第3話 部活動と生徒会
「これで終礼は終わりだー。各々気をつけて帰れよー」
転校初日の長いようで短かった一日が終わりを告げる。彼は五限の体育で片づけを手伝ってもらった内宮智花の元へ訪れようとしたが、既に帰宅をしているのか姿が見えない。
「あ、どうしたの? 智花ちゃんに何か用でもあった?」
智花を探している彼に声をかけてきたのは、適度な長さの黒髪を持つ女子生徒。その目の下に若干くまを浮かべているのを見るに、どうやら寝不足なのだろう。
「…え? お礼をしたいから探してるの?」
彼は体育の授業後、内宮智花にボールの片づけを手伝ってもらったことを女子生徒へと話した。理由を聞いた彼女は「そうだったんだ」と納得をし、
「智花ちゃんならまだ学校にいると思うよ。今日は帰りが遅くなるって言ってたし…」
それならば取り敢えず校内を探してみよう。彼はそう考え、教えてくれた女子生徒にお礼の言葉を述べてその場を後にしようとした。
「良かったら、私も一緒に探してあげよっか? まだ転校してきたばかりだからどこに何の教室があるかとか分からないでしょ?」
確かに今日が転校初日だ。彼は「お願いします」とその心遣いに甘えることにした。
「敬語じゃなくていいよ。私は
鈴見優菜。どこかで聞いたことのある苗字だと彼は少しだけ思索に浸ったが、彼女に腕を引っ張られたことで考えるのを止めてしまう。二人は智花を探すために横並びで廊下を歩きながら会話を始めた。
「"転校生くん"はどこに住んでたの?」
彼は自分がこの真白町よりもかなり田舎の町に住んでいたことを語る。両親の都合で仕方なく転校してきたことや、あまりにも都会すぎて高層ビルを見上げてふらついたこともついでに話した。
「そっかー、転校すると大変だよね。手続きとか人間関係とか…色々と悩まないといけないことが多くてさ」
上の階からは楽器が音楽を奏でる音、グラウンドからは男子の掛け声。様々な音が彼の耳に入り、少しだけぼーっとしてしまう。
「転校生くんって、前の学校にいたときは何部に所属していたの?」
彼は波川吹へ話した時と同じように、バスケ部へ所属していたことを語る。鈴見ユウナは「やっぱり? 見た目がそれっぽいよ」と大きく頷いて何かに納得をしていた。
「じゃあさ…。この学校でもバスケ部に入る?」
そう問いかけられた彼は、前と同じ部活に所属をしてもいいが、せっかくならばこの学校で新しいことに挑戦をしてみてもいいかもしれないと考えた。そして優菜に「部活動のかけ持ちはできるの?」と尋ねてみる。
「えーっとね…。確か運動部と文化部の掛け持ちならできた気がするよ」
彼はその答えを聞いて運動部はバスケ部へ入部し、文化部で何か新たなことへ挑戦しようと心に決めた。そして優菜へと何かオススメの文化部はないかと再び尋ねる。
「私に聞くよりも見て回った方がいいと思うなぁ…」
苦笑する優菜に彼は「それもそうだね」と同様に苦笑いを浮かべた。
「それにせっかく転校生くんがやる気に満ち溢れてるなら…。今からでも文化部を私と回ってみる?」
彼は優菜の誘いに強く頷く。内宮智花を探しながら部活動見学を案内してもらえるなんて一石二鳥の話だろう。
「よーし、そうと決まればまず最初は上の階から見ていこ?」
鈴見優菜が彼を最初に案内した場所は最上階の"音楽室"。教室の扉を開いて中を覗いてみれば、金田信之が一人でピアノを心地よさそうに弾いていた。
「この部活は"吹奏楽部"。転校生くんが知っているのはガッシーぐらいかな?」
金田信之は鍵盤へと指を走らせる。一つずつ丁寧に鳴り響くピアノの音色には、聴衆側の心を揺さぶらせる"感情"が込められていた。優菜としばらくの間その演奏を聴いていると、
「…あれ、優菜? そんなところで何をしてるの?」
やっとのことで金田信之は二人の存在に気が付く。優菜は軽く手を振り、彼は挨拶代わりにノブユキへと頭を下げた。
「転校生くんが部活動見学をさせるために案内していたの」
「へぇ。君は何部に入るのか決めているのかい?」
「ガッシー…。それを決めるために見学してるんだよ?」
頓珍漢なことを述べる信之に、優菜は軽くツッコミを入れる。
「それで? ガッシーこそ、どうして一人でピアノを弾いているの?」
「うん、実は練習が休みなっちゃったんだ。みんなは帰っちゃったけど、僕は自主練をするためにここへ残ってて…」
三人の他愛もない会話。そんなものが長く続くはずもなく、話に一旦区切りがつくと、
「それじゃあ私たちは他の部活動を回るから、また後でね?」
「うん! バイバイ!」
優菜と彼は別れの挨拶を交わし、そのまま音楽室から出て行った。次なる目的地へと向かうために階段を降りている最中でも、音楽室の方から微かにピアノの音が聞こえてくる。
「次はここかなぁ…」
次に辿り着いたのは少しだけ寂れた引き戸の教室。先ほどはゆったりとしたピアノの音色だったが、今度聞こえてきたのは激しいロック調の音楽。優菜は中から聞こえてくる音楽には触れることなく、引き戸を軽くノックをして入室する。
「吹、もっとビートを刻めぇぇ!!!」
「おおおおぉぉんんーー!!!」
中へとやや頭を下げながらも入り、彼が目にした光景。それはエレキギターを高速で弾いている一人の男子生徒と、同じクラスメイトの波川吹が上下に頭を高速で揺らし、ドラムを叩いている姿。
「ここはねぇー!?! "軽音楽部"だよーー!!」
声をかき消されないように彼の耳元で優菜がそう叫ぶ。彼はあまりの騒音に耳を塞いでいたが、ユウナは騒音に慣れているのか耳を塞ぐ様子はない。
「こういう激しい演奏を沢山やる部活でーー!! 吹奏楽部とは似て異なるものだよーー!?」
軽音楽部の部室内は防音シートが壁中に張られ、ギターやベースといったバンド編成で使われる楽器が隅に置かれている状態。誰かが住み着いているのか、寝袋なども置かれていた。
「おおおぉぉんん! BPM999を目指すんやぁぁ!!」
BPM999を目指すには一秒間に十六音を刻まなければいけない。彼は頭の中でそんなことを考えていると、ユウナに右腕を引かれ、
「ここにいるとねー!? 転校生くんの耳が悪くなるから早く出て行こーー!!」
軽音楽部の部室から無理やり引きずり出された。中からは"音"と"おん"が絶え間なく聞こえてくる。
「あーうるさかった。じゃ、次の部活動にいこっか」
しばし歩いて辿り着いた三つ目の部室は廊下の一番隅にあった。持ち手が付いた扉には『ボードゲーム部』という貼り紙が張られている。
「中に入ってもいいよ」
部室の中には自分の分身となる駒を使って遊ぶ"ライフゲーム"。五十三枚のカードで様々な遊びができる"トランプ"など、卓上で遊べるゲームが取り揃えられていた。
「活動内容はー…この部室でボードゲームを使って遊ぶだけだかなぁ?」
彼は誰もいない部室で一人でに活動内容を説明する優菜に「どうしてそこまで知ってるの?」と質問する。
「だって私がこのボードゲーム部の部長だもん」
優菜は部員が自分含めて六人ほどいることを彼に説明しながら、部室内を歩き回って様々なゲームを彼へと見せた。その中にはすべて英語表記で書かれたものも置かれており、とにかく多くのボードゲームがあるのだと彼は理解する。
「どう? 転校生くんも入ってみる?」
彼は勧誘をされて、少し戸惑ってしまう。どの文化部に入るかをすぐに決められるほど、彼は決断力に優れてはいない。鈴見ユウナはそんな彼を見て、
「…なんてね、冗談だよ」
悪戯な笑みを浮かべつつ扉の持ち手へと触れる。
「調理室に行こ? 多分智花ちゃんはそこにいると思うから」
ボードゲームの部室を後にし一階まで降りてみれば、香ばしい匂いが鼻元で漂い始める。その匂いのする方角が調理室だと彼は気が付き、優菜へと視線を送った。
「智花ちゃんは"料理部"なんだ。お腹を空かせていたしきっと活動拠点の調理室にいるはず…」
調理室へと二人で顔を覗かせてみる。だがそこいたのはエプロン姿の女子生徒数人のみ。内宮智花の姿は見えなかった。
「おっかしいなぁ…。智花ちゃんはここにいると思ったんだけど…」
制服のポケットからスマートフォンを取り出して、鈴見ユウナは時刻を確認する。画面に映し出されたのはゲームのキャラクターらしき背景画と十八時と表示された数字。
「…あ! 私、"生徒会室"に行かないと…!」
鈴見ユウナは十八時から予定が入っていたようで、慌てて調理室から出ていく。
「転校生くんも私と一緒に来て!」
彼は自分が付いていく意味も分からないまま、取り敢えず言われた通りユウナの後を追いかける。
「ここだよ…!」
一階の廊下を走り抜けて調理室とは真逆の位置にある生徒会室へと到着すれば、ノックも無しに扉を開いて中へと滑り込んだ。
「なんや優菜? 遅かったやないか」
「ごめん! 転校生くんと部活動見学をしてたら遅れちゃって…」
そこには東雲桜や西村駿といった三年一組のあのメンバーたちがいた。彼はその光景を目にして少しだけ呆然としてしまう。
「あなたがそこまで世話を焼くなんて珍しいわね」
「だって転校生くんは智花ちゃんのことを探していたんだもん」
「え? 私を探していたの?」
神凪楓に事情を説明する鈴見優菜。その話を聞いた内宮智花は驚きながらも、呆然としていた彼へと視線を移した。彼はすぐに我へと返り「片付けのお礼がしたかった」と打ち明ける。
「そうだったんだ。それぐらい気にしなくても良かったのに、あなたは優しいんだね」
「いいじゃねぇか智花! そいつの厚意に少しぐらい甘えてやろうぜ!」
『書記』と名札が貼られた席に神凪楓と内宮智花。『宣伝』と名札が貼られた席に鈴見優菜と波川吹。『会計』と名札が貼られた席に金田信之と白澤来。そして『副生徒会長』という名札が貼られた席に西村駿。『生徒会長』と貼られた席に東雲桜が座っている。
彼はそれを見て、三年一組のメンバーたちが生徒会を務めていることを理解した。
「うん、せっかくだし甘えたいんだけど…。まずは生徒会の仕事を終わらせない?」
「それもそうだな。全員で協力して早く終わらせよう。君は椅子に座って待っていてくれ」
「よぉし! みんなでがんばろー!」
東雲桜が西村駿たちと自分を鼓舞するように声を出す。それを見ていた彼は一度席に座ったものの、待っているのも性に合わないとすぐに立ちあがり、西村駿の元へと歩み寄る。
「どうした? 今は少し手が離せないんだが…」
彼は西村駿に「自分に何か手伝えることはないか」と返答をした。それを聞いた駿は少々驚き、どうしようかと迷った結果、
「桜。何か手伝えることがあれば彼にやらせてあげてくれないか?」
「へ? もしかしてわたしたちの仕事を手伝ってくれるの?」
「どうやらそうらしい」
東雲桜へと仕事を分けてもらえるように声をかけた。桜は一瞬だけきょとんとしていたが、手伝ってもらえると聞いてすぐに表情を明るくさせる。
「ありがとう"ニット"くん!」
"ニットくん"と東雲桜に呼ばれた彼は「え?」と誰の事か分からず、その場で硬直してしまう。
「青色の"ニット"帽を被ってるから"ニット"くん! とてもいいあだ名でしょ?」
何とも安直だが彼は不思議と悪い気はせず、東雲桜に「確かにいいあだ名だ」と肯定をした。
「ニットか! 面白いあだ名だな!」
「いいじゃない。私はそっちの方が覚えやすいから好きよ」
白澤来と神凪楓もそのあだ名に賞賛の声を上げる。こうして彼のあだ名は『ニット』となり、改めて生徒会の仕事を手伝うために東雲桜の元で指示をされ、自身の仕事をこなしていくことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます