第2話 昼休憩と体育
「よぉ! オレらと一緒に飯食おうぜ!」
四限終了の鐘が鳴れば、白澤来が弁当片手に彼へ声を掛けてくる。
彼は頷いて快くそれを了承した。
「おん、楓もわいたちとどうや?」
「お断りよ。せっかくの弁当がマズくなるわ」
「おおんなんやて!?!」
白澤来の隣にいた波川吹が神凪楓に怒声をぶつける。仲が悪いようにしか見えない彼は苦笑いを浮かべながらも、近くのコンビニで買ってきたパンや飲料水が入ったビニール袋を鞄から取り出した。
「ん? お前は弁当じゃないのか?」
「そういえばそうやな」
彼はこの街のマンションで一人暮らしをしていると二人に伝える。それを聞いた白澤来と波川吹は「大変だな」と同情をしながら、
「どの辺に住んでるんだ? 交差点のゲームセンターの方角か?」
どの地域に住んでいるかを尋ねてきた。彼はゲームセンターとは真逆の方角で、セキュリティーが完備されているマンションだと教えると、
「ぶっ…!?」
すぐ近くで弁当を食べていた神凪楓が、飲んでいたイチゴ牛乳を咳き込みながら軽く吐き出した。
「ちょっと!? あんたそのマンションってまさか…」
彼は神凪楓に問い詰められ、住所を一言一句しっかりと述べる。彼女はそれを聞いて、目を丸くしつつ、ハンカチで口元を拭いてから大きな溜息を付いた。
「…あんたの住んでるマンション、私と同じじゃない」
「そうなんか?」
「最近誰かが引っ越してきたって話は聞いていたけど…。まさかあんただったなんて…」
彼も引っ越してきた当時、マンションのオーナーに「同じく真白高等学校に通っている生徒が二人いる」と聞いていたが…。そのうちの一人が後ろの席にいる神凪楓だとは思わず、彼も少々驚いてしまっていた。
「すまない。昼食を一緒に取る約束をしていた――ってもう楓たちと食べていたんだな」
「私を含めないでもらえるかしら?」
「でも白澤くんたちと一緒に食べているようにしか見えないよ?」
生徒会の仕事で席を外していた西村駿と東雲桜が彼らの元へとやってくる。彼は少しだけ席を窓際へとずらして、二人が入れるスペースを作った。
「それで、何の話をしていたんだ?」
「おう聞いてくれよ! こいつ一人暮らししてるんだけどさ! 住んでるマンションが楓と一緒なんだってよ!」
「それ以上喋ったら…。その頭に付いたもずくをむしり取るわよ!」
「へぇー! 楓ちゃんと同じマンションなんだね!」
「運がいい。これで学校外のことはすべて楓に頼れるな」
この街に来たばかりの彼はまだ右も左も分からないほどまで、真白町や真白高等学校のことを知らない。特に街中なんて未知数なもので、頼れる存在が同じマンションにいてくれることはとても喜ばしいこと…。
「私に頼るのはやめなさい。あんたは自力でどうにかしなさいよ」
「まぁそう言うなよ! オレたちだってちゃんとこいつのことを手助けしてやるからさ!」
だったのだが、神凪楓が露骨に嫌そうな顔をするせいで素直に喜べなかった。彼は明るく振る舞う白澤来に救われながらも、パンを口に運ぶ。
「そんなことより、どうだ? この学校の授業は?」
その後、彼は西村駿たちと楽しく談笑をして昼休憩の時間を終えた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「駿、行こうぜ!」
五限目は体育の時間。
生徒たちは体操服を身にまとい、女子はテニス、男子はサッカーをするために下駄箱で靴へと履き替えて外へと繰り出していた。白澤来は西村駿の腕を引っ張りながらグラウンドへ駆け出す。
「おん、お前は運動が得意なんか?」
そんな二人の様子を見ていた彼は波川吹にそんなことを尋ねられる。彼は転校してくる前は、バスケ部に所属していたことを吹へと打ち明けた。
「やるやんけ! わいは中学が吹奏楽部で、今は軽音楽部でドラムを叩いてるで」
彼は頷きながら心の中で「音楽が好きなのだろうか」と独白をしていると、
「おーい、早く集まれー! 体慣らしが終わったら試合をさせてやるぞー」
やや熱血っぽい体育の教師が三年一組の男子生徒に招集をかけた。体育の時間に試合をさせてくれる、というのはほぼ身体を動かして遊ぶことと同等なもの。サッカーが好きそうな白澤来は、真っ先に体育教師の前に集まる。
「集まったな。まず最初は二人一組でパス回しをしろー」
生徒の中で次々とパス回しをする相手を決めていく。彼は辺りを見渡しつつ、一人になるのではないかと不安に陥っていたが、
「なぁ、俺と組まないか?」
そこはさすがの学級委員、西村駿。転校してきたばかりの彼に気を使い、声をかけてきてくれた。彼は一安心して、彼の誘いを承る。
「駿がそいつと組むなら仕方ないな。オレは吹とやることにするか!」
「なんや。わいじゃ準備運動にもならないんとちゃうんか?」
「まぁ確かに、準備運動にもならないかもな!」
「おおん!?! お前の顔面にアウトサイドキック決めたるわぁ!!」
白澤来は怒り狂う波川吹とパス回しをし始めた。彼は苦笑まじりに西村駿の表情を少し窺ってみれば、そんな二人に対して爽やかな笑みを浮かべている。
「…俺たちもやるか」
彼は西村駿に賛同し、丁寧なパス回しをする。西村駿はサッカーが不慣れだと気を使ってくれているのか、彼でさえ緩すぎると感じてしまうパスを出してくる。
「ん? もしかして運動は出来る方なのか?」
少しだけつまらなそうにしている彼の様子を察した駿は、サッカーボールを一度自分の足元で止めた。彼は中学の頃にバスケ部だった自身の過去を教える。
「そうだったのか。それはすまなかった。俺が強すぎるパスを出すと、君が取れなくなるんじゃないかと心配だったんだ」
彼は西村駿に気にしなくてもいいと伝えた。もしかしたら西村駿という人物は、どの程度まで気を使えばいいのかが分からないのかもしれない。彼はとにかく遠慮はしなくていいと、頑なに駿へと伝える。
「それじゃあ、少し強めに蹴るぞ」
西村駿は足元にあるサッカーボールを彼へとパスした…のだが、先ほどとは段違いのその速さに彼は身体が追いつかない。彼は上手くボールを止めることができず、全く関係のない方向へと弾いてしまった。
「大丈夫か…!?」
ここまで速いとは予想だにもしていない。彼は西村駿に「大丈夫」と返答し、どこかへ転がっていったサッカーボールを探すことにする。
「おい、こっちに転がってきたぞ」
そんな彼に転がっていったボールを渡してくれたのは、黒髪に赤メッシュの怖そうな男子生徒。転校してきた初日、彼をひたすらにじーっと見つめてきた人物だ。
「すまない玄輝。助かる」
「…次から気をつけろよ」
玄輝と呼ばれた男子生徒のパス回しの相手。その人物はガッシーとあだ名をつけられていた金田信之。彼が西村駿と一緒に感謝の言葉を述べると、玄輝はそのまま背を向けてパス回しをしに戻っていく。
「どのぐらいの力量で蹴ればいいのか…。力加減が分からないな」
とても鋭いパス。彼は西村駿にサッカーをよくしているのかを尋ねてみる。
「そうか、君には言っていなかった。俺はこの学校のサッカー部に入っていて…。白澤と一緒に選抜チームとして日々練習をしているんだ」
西村駿は自分がサッカー部のキャプテン兼ね、エースを務めていることを彼に伝えた。また白澤来も、西村駿にとって試合ではキーパーソンとなる存在だということも教える。彼はそれを聞いて「すごい」と素直に感心してしまった。
「いいや俺なんてまだまださ。もっとチームを引っ張っていけるような…。そんなキャプテンになりたいんだ」
思い詰めていることを察した彼は、足元にあるサッカーボールを西村駿へとパスをした。こんなところで考え込んでも仕方がない。そう伝えたかったのだ。
「すまない、今のは忘れてくれ。君以外の前で、弱い姿なんて見せられないからな」
再びパス回しが始めようとした瞬間、体育教師がホイッスルを高らかに鳴らして集合をかける。
「よーし、試合をやるぞー! チーム分けは――」
試合をするためにあちらこちらと動き回りチーム分けをする。赤と青のビブスで分かりやすく区別するようで、一人ずつ適当に体育教師がそれを手渡しで配った。
「おっ…! オレと駿は一緒だな!」
「ああ、ロングパスは任せたぞ」
「おう。オレに任せておけ!」
西村駿と白澤来は赤色のビブス。それに対して彼は青色のビブスだ。彼は誰か知っている人物が一緒じゃないかと周囲を見渡してみれば、
「おん、わいと一緒やな」
波川吹も青色のビブスを着用していた。他には金田信之と先ほど"玄輝"と呼ばれていた二人。
「よっしゃ! 一気に攻め込むぜぇー!」
試合が開始すれば白澤来と西村駿のサッカー部コンビが攻め込んでくる。
「させないよ!」
「おぉっ…ガッシーか!」
金田信之は必死になって白澤来に食らいつこうとするが、巧みなドリブルであっという間に翻弄し、
「うわぁ!?」
サッカーがあまり得意ではなさそうなノブユキを、動きだけでその場に転ばせた。
「おん、ガッシーダサすぎやろ」
波川吹はゴールを守る気がないのか、グラウンドの隅で一人の傍観者として試合風景を眺めている。彼は吹に「ボールを取りに行かないの」と尋ねた。
「白澤と駿が一緒のチームになったらわいたちの負けや。どうやってもあの攻め込みを止められへんで」
どうやらこのサッカーの時間を何度も見てきた波川吹の言葉は真実のようで、誰一人として白澤と駿のパス回しとドリブルにはついていけない。彼はどんどん近づいてくる二人を見て感嘆していれば、
「白澤、パスだ!!」
「オーケー! 上げるぜ!」
白澤のロングパスが西村駿の丁度真上まで到達し、
「これで…!」
華麗なボレーシュートを放ち、ボールがゴールを突き抜けた。圧倒的な実力の差に彼はボールを奪うことすら忘れ、呆然と立ち尽くす。そんな状態でいつまでもいれば、
――キーンコーンカーンコーン。
「今日はここまで! 各々、速やかに教室へ戻り六時間目の準備をするように!」
試合終了のホイッスルが鳴らされる。どれほどの大差で負けたのかは分からない。ただ、青チームが一点も取れていないことは確かだ。おまけに彼はじゃんけんに負けたせいで、ボールの片づけを命じられた。
「楽しかったね玄輝!」
「…これのどこが楽しいんだよ?」
誰よりも土まみれになっている金田信之は、授業が終わるとすぐさま玄輝の元へと駆け寄る。彼はグラウンドに転がっているサッカーボールを拾って、そんな二人の後ろ姿を見ていれば、
「さっさと片付けないと次の授業が始まっちゃうわよー」
テニスコートから教室へと帰っていく最中の神凪カエデに背後から声を掛けられる。彼は「なら手伝ってくれないか?」と助けを求めるが、
「絶対にイヤ」
そう即答をして、足早に昇降口へと向かっていく。
「頑張ってねー!」
東雲桜も彼に手を振りながら行ってしまう。彼は「みんな薄情者だな…」と小さな声で呟いて、ボールを片づけを再開しようとしたとき、
「私が手伝ってあげようか?」
茶色の長髪の女子生徒が声をかけてきた。その女子生徒は身体のバランスが綺麗に整っている"モデル体型"。可愛いという言葉よりも美しいという言葉が似合う人物。
「今日転校してきたばかりの子…だよね?」
彼は女子生徒の問いに頷いて返答する。
「私は
彼は「あの二人の友達なんだ」と納得をし、自分の名前などを伝えた。二人はお互いに自己紹介をし終えれば、すぐにサッカーボールの片づけを始める。
「転校してきた初日にボールの片付けなんて大変だよね。駿くんも手伝ってあげればよかったのに…」
西村駿は白澤来に購買へと連れていかれたことを内宮トモカに教えた。それを聞いた智花は突然お腹を押さえ、溜息をつく。
「私も購買に行って軽食でも買おうかなぁ…」
彼はついさっき昼食だったことで「ご飯を食べていないの?」と内宮智花に問いかけた。
「ううん、ちゃんとお弁当を食べたんだけど…身体を動かしたらお腹が空いて…」
彼女はもしかしたら相当食べる系の女子なのかもしれない。彼は少し萎えている智花を見ながらそう憶測を立てる。
「…あ、授業が始まっちゃうんだった! 急いで片付けないと!」
この後、彼は内宮智花の手を借りたおかげで六限目が始まる前に間に合った。だが視線を逸らした先に、お腹を押さえて空腹に悶えている内宮智花がいたこと。
そのせいで彼は心の中で「何か食べさせなければ…」という使命を背負い始めていたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます