四月

第1話 転校生

 ――真白町。

 この国で最も有名な都市でもあり、学業のトップを象徴とする真白高等学校が建設されている町だ。そんな街へと彼は両親の都合でやってきた。


「…緊張しなくてもいい。あなたが転校する三年一組には優しい人たちがいるから」


 青髪の長髪に眼鏡をかけた女性に、彼は慰められる。

 その女性の名は雨氷雫うひょうしずく。彼にとっては従姉弟となる血族の関係だ。


「そうだ。これを被って」


 新たな道を歩むのに緊張をしている彼を景気づけるために、雨氷雫は鞄から青色のニット帽を取り出す。


「私があなたに用意しておいたもの。テレビで『帽子を被っていると緊張感がほぐれる』って聞いたから」


 信憑性の薄い情報だが、彼は有難くそれを受け取って、頭に被った。新品だからか少しだけキツイが徐々に慣れていくはずだ。


「…じゃあ、そろそろ行かないと」


 雫によって背中を押された彼は、足取り重く正門を通る。やはり少しだけ不安が募っているため、一度だけ雫の方へと振り返ってしまった。


「心配しなくてもいい。あなたはきっと楽しい学校生活を送れる。私がそれを保証する」


 励ましの言葉を受けた彼は小さく頷いて、本校舎の下駄箱まで歩き始める。国の頂点に君臨している進学校なだけあって、グラウンドの整備や、校舎の外壁はとてもしっかりとしていた。彼が転校するクラスは三年一組。校舎の三階の隅にある教室だ。


「おぉ! やっと来たか!」


 階段を三度登って、三年一組の教室まで辿り着くと、そこで担任の先生が彼のことを待っていた。三年一組の教室からはざわざわとした空気が漂い、彼は少しだけ背をピンと伸ばしてしまう。


「何かあっても俺がフォローしてやるから安心してくれ! さぁ、行くぞ!」


 背中を押されて教室の中へと足を踏み入れれば、ガヤガヤとしていた話し声が一瞬にして収まった。


「今日からこの三年一組で共に過ごす転校生だ! ほら、自己紹介をしてくれ!」


 彼は、一呼吸入れてから自分の名前を繋ぎ繋ぎで何とか紹介する。好きな食べ物や誕生日なども交えようと考えていた彼だったが、自身に集中する視線のせいでそれらはすべてすっ飛んでしまっていた。


「よーし、みんな仲良くしてやれよ! 君はそうだな、神凪の前の席に座ってくれ」


 神凪という名前の生徒がどこに座っているのかが分からず、戸惑ってしまっていると中央列の一番前に座った茶髪の男子生徒が「金髪の女子生徒の前だぞ」と小声で教えてくれる。彼は感謝を述べて、神凪と呼ばれる生徒の前の席へと腰を下ろした。


神凪楓かんなぎかえでよ。よろしく頼むわね」


 セミロングほどの金髪に猫目の女子生徒、神凪楓に声を掛けられた彼は、少しだけ動揺をしながらも挨拶を返す。こうして、壁となっていた自己紹介を何とか終えることが出来たことで彼は安心をしていた。


「朝のホームルームを始めるぞー」


 朝のホームルームが彼が辺りを見渡してそわそわとしている間に終わり、一限目の準備時間でもある十五分休憩へと入る。

 

「やぁ、転校初日はどうだい?」


 一人で席に座って、俯いていると天然パーマに赤フレームの眼鏡。そして何よりも高身長だというのに、やせ細っているその体系が目立つ男性生徒が声を掛けてきた。彼は朝から緊張していたとその男子生徒に返答する。


「やっぱり緊張するよね。僕もその気持ちが分かるよ」


 気持ちが分かると述べたその男子生徒は同じ転校生なのかもしれない、と僅かな希望を彼は抱いていれば、先ほど席の位置を教えてくれた茶髪の男子生徒が彼の側までやってきたため、改めて感謝の言葉を述べた。


「気にしなくていい。それよりもガッシー、お前は転校生に自己紹介をしたのか?」 

「あ、そういえばしてなかったよ」


 彼はガッシーという変わったあだ名に首を傾げながらも、二人が自己紹介をするのを待つ。


「僕は金田信之かねだのぶゆき。みんなからはガッシーって呼ばれてるよ」

「俺は三年一組の男子学級委員を務めている西村駿にしむらしゅんだ。これからよろしく頼む」  


 金田信之と西村駿の二人と握手を交わしていると、今度はキノコヘアーの男子生徒とロン毛の男子生徒が、これみよがしに彼の元まで接近してくる。


「ついでにオレは白澤来しらさわらいだぜ! よろしくな!」

「そのついでにわいは波川吹なみかわすいや」

「あんたらうるさいわね。廊下に摘まみ出すわよ」


 賑やかになってきたところで、後ろの席で勉強をしている神凪楓が不機嫌な表情を白澤来たちへと見せる。しかしそれを一切気にすることなく、白澤来たちは更に挑発をした。


「怒るなって! カルシウムちゃんと摂取しろよ!」

「そうやで。キレやすいのは身体に悪いんやぞ」

「どうやら死にたいようね!?」

 

 バチバチとなっている三人を見て彼は止めようとしたが、それを西村駿に阻止される。


「いつものことだから大丈夫だ。あの三人は本当は仲がいい」

「そうだよ。喧嘩するほど仲が良いって言うでしょ?」


 そんな言葉で片付けて良いものかと彼は疑問を抱いたが、やり取りからして長い付き合いなのは確かなため、三人を放っておくことにした。


「西村君、何を話してるの?」


 彼に声を掛けてきたのは、黒髪を一つ結びにしている可愛らしい女子生徒。西村駿や金田信之と仲が良いのか、女子と男子の壁が一切ないように見える。


「クラスの副学級委員を務めている東雲桜しののめさくらだ。この学校の生徒会長も務めているから、何か聞きたいことがあったら、俺か桜に声を掛けるといい」

「よろしくね!」

 

 東雲桜に彼は軽く会釈をして、時計へと視線を向けてみれば一限がもうすぐ始まるではないか。


「あ、もうすぐ授業が始まるね」 

「…僕、まだ次の授業の準備してなかった!」


 ドタバタとしながら自分の席へと戻っていく金田信之を彼は見ていると


「……」


 自分のことをじっと見つめている一人の男子生徒に気が付く。黒髪に赤い髪のメッシュを入れて、少しだけ怖そうな目つきをしていた。


「どうしたんだ?」


 西村駿に何かあったのかと尋ねられ、彼は首を左右に振って何でもないと返答する。再び横目でその男子生徒を見てみるが、既に視線は下へと向けられており、視線を交わすことが出来なかった。


「昼食を食べるときに色々と聞かせてくれ。それまでは授業に集中だ」


 授業に集中だ、という言葉は冗談ではないようで、西村駿の表情は至って真面目だ。どうやら男子学級委員は生真面目な性格らしい。


「ほら、最初の授業は数学。足し算掛け算が出来れば誰でも解ける内容よ」


 神凪楓にそう言われた彼は、数学の教科書を開いて学ぶ内容を見てみる。その内容は数学Ⅲのもので、足し算掛け算が出来たとしても到底解ける内容ではない。彼は「解けないと思う」と楓に反論をしてみる。 


「…はぁ? 解いてもいないのに、最初から諦めてどうするのよ?」


 彼はそんな正論を返され「確かに…」と納得をした。だが納得をしただけで、数学Ⅲの内容など解けるはずもなく、


「えっ…? 分からないから教えて欲しい? ったく、しょうがないわね」


 授業が始まる僅かな時間で、神凪楓に軽く教わることにする。楓という女子生徒は、頭が良いようで机の上に置いてあるノートに、百点と記載された答案用紙が挟まれていた。


「…これで分かった?」


 一通り予習をしただけで、彼も大体が理解出来るようになる。神凪楓は物分かりが良い彼に、


「この短時間でちゃんと分かるようになるだけでもあなたはマシ。どこかの"バカ"は説明をしても分からないのよ」


 褒めているのか曖昧な言葉を述べながら、中央列の後ろの席の方へと視線を向ける。そこには先ほどまで楓をおちょくっていた白澤来という男子生徒と、彼のことを見てきた怖そうな男子生徒が座っていた。


「まっ、あなたもああいう風にならないよう頑張りなさいよ」


 彼は楓の言葉を聞いて縦に頷く。それと同時に数学の教師が教室に顔を出し、彼にとっての初めての授業が始まったのだった。

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