13:2 オリジナルとクローン
「雫と村正か…?」
真のユメノ世界で姿を現した雨氷雫と月影村正。どうしてDrop Projectの責任者でもある彼女らがそこにいるのか。そもそもどうしてもう一人の自分が目の前にいるのか。不明なことばかりで、ノアとルナはゼルチュを睨みつける。
「アニマ、ペルソナ。そのまま二人を拘束しておいてくれ」
ゼルチュから命令をされれば、アニマとペルソナは慣れた手つきでノアとルナを一度うつ伏せの状態で地面に叩きつけ、動けないように上から押さえつける。レインとリベロは二人を助け出そうと、創造武器を構えたのだが、
「……ダメ」
「…こりゃあ、勝てんわ」
アニマとペルソナの気迫に押し負け、同時に後退りをしてしまった。近づこうとすれば、確実に"殺される"。第六感がそう訴えかけてきたのだ。
「君たちには色々と伝えておかなければならないが…。まず、これだけは言っておこう。君たちは"偽物"の存在で、"本物"はそこにいるアニマとペルソナだと」
「本物? 何を言って…」
「まだ分からないのかい? "初代救世主"と"初代教皇"は戦争で死んでなんかいない。あの時代から、今の時代まで――永遠に生き続けてきた」
ノアとルナは、首を動かして自身を押さえつける者の顔を見る。
「死んでなかった…?」
「正確には私が君たちの死体を回収し…。その肉体ごと蘇生させた、とでも言っておこうか。君たちの前にいる初代救世主・初代教皇は、"肉体"も"魂"も"本物"だよ」
二人が高校一年生という若さに満ちた顔つきなのに対し、アニマとペルソナはとても大人びているように感じた。年齢は二十代半ば。ノアとルナが成長を続ければ、このような姿になるのだろう。
「じゃあ、今ここにいる俺たちは…」
「ただの偽物に過ぎない。肉体も魂も、何もかもが偽りの存在。君たちを創り出したのは、全盛期の初代救世主と初代教皇のようなクローンを創るための実験さ。結果は全盛期の半分以下の実力しか出せない"失敗作"」
「――失敗作?」
「そう、失敗作だ。雨氷雫と月影村正が、君たちにいらない感情を組み込んでしまった。それも大きな原因だろうね」
ゼルチュはまるで"本物には感情がない"という言いたげだった。ノアとルナは、本物にも感情はあると声を上げようとしたのだが、
「「――」」
本物の肉体と魂を持つアニマとペルソナ。二人の顔はまったくの無表情。もはや感情なんてものは捨ててしまっているのか。ノアとルナに向けられるのは、冷たい視線と機械的な表情だけだった。
「だけど、君たちは私が生み出した優秀なクローンたちを、次から次へと倒してくれたね。これには私も頭が上がらないよ。見事なものだった」
「ふざけるなっ!! お前は人の命を何だと思っている!? クローンを弄んで、人を殺して、それの何が世界の為なんだ!?」
「口を閉じろ」
ノアがゼルチュに声を荒げたのだが、ペルソナは彼の顔を二度床へと叩きつけて黙らせる。
「お前は俺なんだろ!? どうしてあいつの命令を聞いているんだよ!?」
「…お前は俺の偽物だ。ゼルチュが間違っていて、自分たちが正解だと思い込んでいるその考え。それは"本当"にお前の思考なのか?」
「何が言いたい?」
「Drop Projectで組み込まれた感情の中に、ゼルチュに対する"反抗心"も含まれていたらどうする? それはお前自身の考えではなく、人工的に生まれた考えじゃないのか?」
ペルソナの反論に、ノアはどう答えればいいのか分からなくなり、口を閉ざしてしまう。本物の肉体と魂はペルソナにある。ノアはすべてがその副産物。しかもDrop Projectに関与している肉体。ゼルチュとしてエデンの園を支配する白金昴に噛みつくのは、そうなるように仕組まれていたこと。そうではないと言葉を返す根拠は、何もない。
「あなたは、私はなぜゼルチュの味方をしているの? 戦争は間違っているって、戦いには疲れたって、最後の最後まで言ってたでしょ?」
「そうだね。私は確かにそう言っていたよ」
「だったらどうして…」
「この世界を憎んでいるから。私たちに世界の命運を託して、戦わせて…。何も感じない世界を、人間を許せないからだよ」
初代救世主と初代教皇が戦死したという悲報。それはお互いの世界へ伝わった。二人はゼルチュによって蘇生を果たし、密かに生き長らえていたのだが、
「世界を許せない…。私たちは平和の為に戦ってたんだよ? なのに世界を崩壊させるようなことをしたら…」
「あなたたちは、私たちが死んだ直後に採取された細胞で創られたクローン。その後のことを何も知らないから、そんな綺麗ごとが言える」
世界は、あまりにも残酷だった。戦死した二人に浴びせられたのは、決着をつけられなかったことに対する罵倒。戦争が始まることになった原因。あらゆる偽装の情報により、平和を願っていたはずの二人は、その責任をすべて負わされることになった。
「俺たちは自分たちの世界の為に、今まで精神を擦り減らして戦っていた。だがその世界に裏切られたとなれば、もう守る必要もない。だから俺たちは、ゼルチュの生み出した"新たな支配者"をこの世界に君臨させる」
「新たな支配者?」
「そう、支配者だ。ユメノ世界と現ノ世界を支配する――人間を超えた新たな存在。そいつに世界を創り換えてもらう」
ノアとルナの脳裏に過ったのはノエルの顔。ハッとした二人の反応を、ゼルチュは愉快そうに眺め、
「これを聞いたうえで、もし君たちが邪魔をするのなら…。些細なチャンスをあげようじゃないか」
二人を押さえつけているペルソナとアニマに「下がれ」と命令をする。拘束から解放されたノアとルナはすぐに立ち上がり、それぞれ"過去の自分"と向き合う。
「クローンの君たちは、今まで誰一人として殺さず、このエデンの園を生き残ってきた。その経験と平和的な考え。それが本当に正しいと思うのであれば、そこにいる"オリジナル"に倒してみせてくれ」
「……」
「仮に"クローン"が"オリジナル"を超えられたのならば…。私はNoel Projectから手を退こう」
ノアとルナは分かっていた。ゼルチュがこのチャンスを"余興"のつもりで与えたことに。本当ならば、手の上で踊らせるのは御免被りたいところ。しかし二人はアニマとペルソナを倒すことで、やっとその先のステップへ進めることを理解していたため、断ることをしなかった。
ゼルチュへその返答を示すように、それぞれの創造武器を構える。
「アニマ、ペルソナ。殺すつもりで遊んでやれ」
「「了解」」
ペルソナが二丁拳銃の銃口を動かす前に、ノアは閃光手榴弾を片手に創造して、目の前へと投擲した。青白い閃光によって、辺りの視界が一瞬だけ塞がれる。
「…っ!?」
が、ペルソナはそれを物ともせずにノアの左腕を右手で掴んだ。
「実力の差が大きく開いた相手を前にした時、必ずそうやって相手の聴覚や視覚を暗ませようとする。お前は俺のクローンだということを忘れているのか?」
そして銃口が額に向けられた瞬間、ノアは右手で掌底打ちをペルソナの左腕に下から放ち、その銃口を大きく上へと逸らす。その一連の動作を見たペルソナは、彼を鼻で笑ってみせた。
「捌き方も全てが過去と変わらない。お前がこのエデンの園で学んだ技術なんてものは何一つないんだよ。お前の脳内にあるすべての"知識"は、あの戦争時代に学んだものだけだろう」
「黙れ…!!」
ノアはそう叫びながら、第四キャパシティ
「そうやってお前は能力に頼るんだな」
「っ――!?」
「ノア…っ!」
だが、左手に握る拳銃のマガジン部分で軽々とそれを受け止めた。能力の効果がそこで途絶えるようにして、ノアの動作は元に戻り始める。驚愕する彼に、ペルソナはお返しだと言わんばかりの膝蹴りを、左の脇腹へと打ち込んだ。その一撃は、ノアのあらゆる臓器を潰してしまうほどの威力。
脇腹を片手で押さえながら、ふらついているノア。彼は何とか立っていられる状態だった。ルナは心配のあまり、彼の名前を叫ぶ。
「あなたたちが発揮できる実力は、私たちの実力の半分まで。本気を出しても、私たちに勝てないよ」
「そんなの、やってみなきゃ…!」
そう、何事も試してみなければ分からない。言葉だけでは結論を導き出せない。ルナは黒色の大鎌を両手で握りしめて、アニマへと斬りかかる。
「あなたはとても"幼稚"なんだね」
「かはっ――!?」
刃の付いた大鎌を指先一つで難なく受け止めてみせたアニマ。彼女はルナの首に右手を回して、自分の元まで引き寄せると、もう片方の手で腹部に貫手を突き刺した。
「"ここ"をちゃんと使わなきゃ」
「うぐっ…おぇっ…」
首に回した右手の人差し指で、その頭を三度突っつく。向こう側まで貫いた左手は、彼女の腹部内を這いずり回り、すい臓・胃・腸などの臓器を優しく揉み解していた。ルナは嗚咽を漏らし、口元から血の混じった胃液を吐き出す。
歯を食いしばっていたノアは、脇腹を押さえていない方の手を動かし、アニマに向かって何発かを発砲した。
「お前は過去の宿敵を助けるのか」
けれどその弾丸はペルソナが二丁拳銃で撃ち出した弾丸によって、すべて他所の方向へと軌道を逸らされてしまう。ノアは振り返りざまに、ペルソナへ二丁拳銃の銃口を向けたのだが、
「――俺も堕ちぶれたな」
ノアの額にペルソナの銃が突きつけられ、一発の弾丸が貫いた。眉間が弾丸によって切断され、彼の瞼の上から真っ赤な血液が流れ落ちていく。それを拭うことはおろか、支えを失ったマネキンのように、背中から倒れてしまった。眉間は人体の急所とも言われている部位。そこをもし切られてしまえば――
「ノアぁぁっーー!!」
おおよその人間は"即死"する。レインは仰向けに倒れ、動かなくなった彼の名前を叫んだ。
「ノ…ア…?」
「見れば分かるでしょ。もう死んでる」
「うそ…うそだよ…」
ペルソナがその死体を見下ろしながら、静かに手に持っていた二丁拳銃を消滅させる。白色の床は血に塗れ、その中央に倒れる人物。ルナは現実を受け止めきれず、その死体をじっと見つめていた。
「ノア君はこのチャンスを逃してしまった。ああ残念だ。本当に、残念だ」
ゼルチュはわざとらしく片手で顔を押さえ、残念がる演技を見せる。その指の隙間からは、喜びに浸るような笑みが窺えた。
「呆気なく終わらせたんだね」
「時間をかける必要もないだろう。お前の方も早く終わらせて――」
ペルソナがそう言いかけた途端、ノアの両手に握られていた二丁拳銃の銃口が一斉に彼へ向けられる。そこから間髪入れずに撃ち出した二発の弾丸は、ペルソナの両頬を確かに掠めた。
「チッ、しぶといやつだ」
舌打ちをしながら片手に創造したのは手榴弾。彼はピンを抜いてから、それをノアの口の中へと押し込んで、吐き出せないよう上から右足で踏みつける。
「二度とその顔を見せるな」
「やめ…てっ…! ノアを…殺さない…でぇっ…!!」
ルナの願いは届かない。手榴弾が爆発を起こし、肉片と赤い液体が辺りに飛び散った。灰色の煙の中に見えたのは、首から上が消し飛んだノアの肉体と、蔑むように眺めるペルソナ。
「うぐっ…ひぐっ…」
「本当にどこまでもお子様だね。こんなに泣き虫だなんて…」
頭部を失ったノアは、もう生き返らない。ルナは内臓を弄られる気色悪い感触と、大切な人を失った悲しみで、顔がぐしゃぐしゃになる。アニマは自身のクローンが泣いている顔を目にして、頬を引き攣らせていた。
「アニマ」
「分かってるよ。今、終わらせる」
臓器を弄っていた左手が、しっかりとルナの肝臓を握る。
「前から気になっていたんだよね」
「え――」
アニマはルナへそう伝えた瞬間、握りしめていた肝臓を無理やり引き千切り、身体の外まで引きずり出して、真っ白な床へ投げ捨てた。
「――人間は心臓以外の臓器を失って、生きていられるのかって」
ペルソナが呆れた素振りを見せ、アニマから背を向ける。リベロとレインの視線の先で始まったのは、解体ショーに近かった。ルナの体内から次々と引きずり出される臓器。その種類は大腸、腎臓、脾臓、膵臓…。そこからはもう何の臓器なのかは分からない。
二人はただ、人間の体内にこんなにも臓器があったのかという驚きと、「嫌だ嫌だ」と身体を暴れさせるルナの悲鳴。この二つの要素だけで、思考回路は完全に停止してしまっていた。
「ぃぁっ…」
「へー、凄いね。残りは肺と心臓だけなのに、まだ生きてるんだ」
感心するアニマと、身体をビクビクと震わせているルナ。その二人を眺めるだけのレインとリベロに、ペルソナは横目でこう声を掛ける。
「お前たちはこの二人を助けないんだな」
「…」
「それが賢明だ。ここでアクションを起こしたところで、お前たちは無駄死にするだけ。生き残りたいのなら、そこで静かにしていることだな」
二人は息を呑むことすらできなかった。アニマの足元に転がっているルナの大事な臓器たち。その光景が脳裏に焼き付いていく。
「――ぁっ!」
「…何?」
ルナが左拳を作り、アニマの右頬を殴る。その一発は彼女の右頬に青色のあざを作り、口元から僅かに血を垂らせた。
「ふーん、ありったけの創造力を左手に溜めていたんだ?」
「……ぅ」
アニマはルナの心臓を力強く握りしめる。ビクビクと少しだけ動かしていた身体が、苦しみに悶え始め、最後の力で暴れ回った。
「今のは効いたよ」
アニマの左腕に力が入れば、ルナの身体に繋がれていた線が切れたかのように、だらんと身体が動かなくなる。腹部から引き抜いた彼女の左手には、"赤みがかった心臓"が握られていた。
「これで終わりっと」
「おい、ルナ…?」
それを少しだけ観察をし、アニマは握力だけで、既に鼓動が停止したルナの心臓を破裂させる。辺りに真っ赤な液体が飛び散ったことで、白い床を更に真っ赤へと染め上げた。
「あぁルナさんも脱落か。これでチャンスは命と共に失われた。残念だ、後少しだったというのに…」
ここでレインとリベロに込み上げてきたのは"怒り"の感情。直視していた光景を、やっと脳内で理解できたからだ。
「よくも二人を…ッ!!」
「ふざけんじゃねえぇぇぇーーッッ!!!」
怒りのあまり、腹の底からそう叫んだ二人。レインは蒼色の鞘に納められた刀を抜刀し、リベロは灰色の大剣を構え、ゼルチュに向かって攻撃を仕掛けた。ノアとルナの無残な死体を横切りながら――。
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