Noel

13:1『Persona』&【Anima】


「ここのどこかに隠し通路がある。それを探すんだ」


 校舎内を歩き回り、端末機が示した場所は学園長室。ノアたちはその扉を蹴破ると、室内のあらゆる場所を散策し始めた。本棚の後ろ、机の下、絵画の裏の壁。そんなこんなで、三分間ほど散策していれば、


「おぉ、こんなところにあったのかー」

「どこにあった?」

「この引き出しの奥だぜー。ゲーマーとしての勘が的中したって感じだなー」


 二段目の引き出しの奥、そこに僅かなくぼみがあることをリベロが発見する。彼は早速、そのくぼみを指で押し込んだ。すると学園長室の壁が大きく回転を始め、扉のあった位置が九十度違う向きへと変わる。


「おー、まるでからくり屋敷みたいだぜー」

「…変に気分を上げないで」


 四人で扉の先へと進んでみれば、筒状の真っ白なエレベーターが設置されていた。


「これが地下研究所に続くエレベーターだな」

「そのパネルで操作するんじゃない?」


 ルナの指差したパネルをノアが軽くタッチすると、どの階層まで降りるかが表示される。上層、中層、下層、最深部…。ゼルチュがどこへでも顔を出せるように作られたエレベーター。彼は迷わず"最深部"という項目を選んだ。


「寄り道をしている暇はない。このまま最深部まで直行するぞ」

「…私たちもそのつもり」


 四人で乗り込んだエレベーターは、最深部へと急降下していく。ノアたちは最深部の階層に到着するまで、気合いをそれぞれ入れ直すために、口を重く閉ざしていた。少しでも喋れば気が抜けてしまう、と誰もが考えていたからだ。


「慎重にな」

「分かってるよ」


 あっという間に最深部まで辿り着いたエレベーターから、外へと足を踏み出した。その先は真っ白な壁と床に囲まれた通路。しかも、数十メートル以上に渡る天井の高さと横幅の広さ。巨人専用の道のようだった。


「…これは異形の死体?」

「まだ殺られて間もないぜー。誰かいたのかもなー」


 巨大な通路の隅には、いくつもの異形の死体が転がっている。頭を消し飛ばされた死体、上半身と下半身を切断された死体、縦に切り裂かれた死体…。不思議なことにそのどれもが、ついさっき殺されたばかりのもの。ノアたちはそれを横目に流しつつ、左右に開閉する扉の向こうへと進んだ。


「この大きな通路に、どうしてこんな小さな扉しかないんだろ…?」 

「そうだな…。巨大な化け物を封じ込めるため、とか」

「おいおいー。ここでフラグを立てるのはやめてくれよなー」 

 

 そんな緊張を和らげるような会話をしながらも、数分ほど歩き続けていれば、前方にある三つ目の扉が左右に開く。


「…お前たちは」

「あっはぁ…遅いですねぇ…」


 そこにはネクロとディザイアを除く、Bクラスの三人が床に倒れていた。フールはノアたちがやってくるのを目にして、乾いた笑い声を聞かせる。彼女らが何故倒れているのか。それは次なる扉を見れば、一目瞭然だった。


「アニマとペルソナか…」

「何でお前らがここにいんだよー? ていうか何で生きてんだ?」

「失礼ですねぇ…。あたしたちはゼルチュの元まで直接行けるよう、道を綺麗にしておいてあげたんですよぉ…。感謝してほしいですねぇ…」

「…それで、ここで詰まったと」


 白のローブのペルソナ、黒のローブのアニマ。この二人が通すまいと、扉の前で佇んでいたのだ。相も変わらず顔に付けているお面は、ペルソナとアニマの不気味さをより濃く漂わせている。


「あいつらは強いですよぉ…。気を付けてください…ねぇ…」


 フールは最後にそう言い残すと、気を失ってしまう。ゼルチュの傍に仕えていたアニマとペルソナ。その素性は未だに掴めないものの、実力だけは底知れないのは確か。ノアは二人をここに配置した理由は、その扉の先にはゼルチュがいるからだと予測する。


「ノア、この際だから正直に言うね。ゼルチュには勝てる自信があるんだけど…あの二人には勝てる気がしないよ」

「…ルナ、怖気づかないで」

「悪いなレイン。俺もルナと同意見だ。戦う前から勝ち筋が見えてこない」 


 二人は改めてアニマとペルソナと向かい合ったことで、"勝つことはできない"という思考に浸る。それは"今まで勝てたことがないから"、という単純な理由から生まれた考えではない。何千もの修羅場を乗り越えてきたノアとルナが、戦う前から降参したくなるほどの実力。それをアニマとペルソナが持っているからだ。


「でもよー? あいつらやらないと先に行けないぜー」

「…リベロの言う通り。戦う前から諦めるのはやめて」

「そんなの百も承知だ。俺たちが言いたいのは――」


 ペルソナが左から、アニマが右から四人を挟み込む形で走り出す。


「――あの二人がデュアルよりも強いということだ!」


 まずはルナの大鎌が、足元をすくうようにペルソナに振るわれる。ペルソナはその場に飛び上がり、それを回避すると、両手に一丁ずつ回転弾倉式のグレネードランチャーを握った。その逆側ではレインがアニマの左拳を刀で受け止める。


「それは物騒すぎるだろー!!」


 リベロはペルソナがグレネードランチャーの引き金に指を掛ける瞬間を狙い、持っていた大剣を思い切りぶん投げた。


位置交換ポジショントレード

「……」


 ノアは第五キャパシティ位置交換ポジショントレードを発動することで、ギリギリまでペルソナに接近した大剣と自分の位置を入れ替える。そしてペルソナの頭部に踵落としを打ち込み、白い床へと叩きつけた。


「危ないぜー」


 大剣がノアの立ち位置に戻ってきたタイミングで、リベロはそれを握りしめる。レインは横目でそれを確認してからアニマの拳を刀で押し返し、


「…分かってる」 

「……」


 その場に軽くしゃがみ込んで、後方へと引き下がる。その入れ替わりでリベロが前方へと飛び出し、アニマの身体を大剣の一振りで吹き飛ばした。


稲妻ライトニング


 リベロによって壁に吹き飛ばされたアニマ。そこへ追い討ちを掛けるように、ルナが第五キャパシティ稲妻ライトニングを発動して、雷を纏わせた左拳をアニマへ打ち込んだ。


「…明鏡止水めいきょうしすい


 そしてノアによって床に蹴り落とされたペルソナ。レインも第一キャパシティ明鏡止水めいきょうしすいを使うと、そこまで瞬間移動をし、刀で二度斬りつけてから斬撃を飛ばす。斬撃を受けたペルソナの身体は、アニマとは真逆の壁まで引きずられていく。


「いきなりハードすぎる連携だなー」

「これぐらいしないとあの二人には勝てない」

「私もそう思うよ。確実にアニマの胴体を殴ったのに、全然手応えがなかったから」

 

 四人の連携は何一つ欠けている部分などはなかった。お互いがお互いを援護し合う態勢と、息の合った入れ替わり。アニマとペルソナはその連携に成すすべもなく、叩きのめされていたのだが、ルナたちはその手応えを感じていなかった。


「……」  

「…」

 

 アニマは真反対に立っているペルソナへ、仮面越しに視線を交わす。その姿は目線だけで会話をしているようにも見える。


「あいつらは何をしているんだ…?」


 そしてお互いに頷き合えば、先に進むための扉の前まで歩いて戻っていく。四人はその二人に警戒を怠らないよう、それぞれの創造武器を構えながら待機する。


「"以前よりも強くなっているな"」

「"そうだね。それも見違えるほど"」


 自分たち以外の声。それが聞こえたことにより、ノアたちは一瞬だけ辺りを見渡したが…。


「あの二人、喋れるんだね…」

「ああ、そうみたいだな」


 その声を発している人物がアニマとペルソナだと気が付き、ノアとルナはやや驚いていた。今まではほんの僅かな言葉すら口に出さなかった二人組。そのローブの下には機械の身体があるのではないか、と疑いを掛けてしまうほど無口な性分なのだ。


「"どうする? 生かしておけと言われてるけど?"」

「"必要なものはあの二人の"魂"だ。肉体は半殺しでも構わない"」

「"そうしよっか"」


 ペルソナは男性の声。アニマは女性の声。二人が話を終えた瞬間、空気の圧が数倍重くなる。 


「ここからが本番らしい。気を抜くなよ」

「「……」」

「…二人とも? どうしたの?」


 リベロとレインに奇怪な面持ちで見つめられていたため、ルナはどうしたのかと尋ねたのだが、


「来るぞ!」


 アニマとペルソナが今度は二人で正面から向かってくる。ルナはレインたちから答えを聞けないまま、黒色の大鎌を器用に回して迎え撃つ準備をし始めた。


「「"創造武器"」」


 走りながら創造武器を召喚するアニマとペルソナ。ノアとルナは前線に立ち、己の創造武器で先手を打とうとする。


「――え?」


 アニマの創造武器は黒色の大鎌。ペルソナの創造武器は二丁拳銃。大きさも色も形も、何もかもがノアたちのものと酷似している武器。ルナとノアは呆気にとられてしまう。


「"死にたいのか?"」

「ちっ…!!」

「"殺されたいの?"」

「くぅっ…!?」


 その隙を狙い、二人は各々ノアとルナの懐に潜り込む。ペルソナは右手でノアの胸倉を、アニマは左手でルナの胸倉を掴めば、そのまま通路の壁まで叩きつけた。


「…これって」

「おいおい、どうなってんだよ?」


 その時、反射的に身体が動いたノアの殴打がペルソナの仮面を、ルナの力任せな肘打ちがアニマの仮面を飛ばす。乾いた音を立てながら、通路の中央に二つの仮面が落下する。 

 

「――どうして"ノアとルナが二人ずつ"いるの?」


 リベロとレインは呆然と立ち尽くす。何故ならそこには"ノアの顔をしたペルソナ"が"ノア"を壁に叩きつける光景。そして"ルナの顔をしたアニマ"が"ルナ"を壁に叩きつける光景が広がっていたからだ。


「お前は、誰だ…?」

「あなたは、誰…?」


 勿論ノアとルナも目を見開き、自分の顔が目の前にあることに対する驚き。それを隠せずにいた。アニマとペルソナの顔は、無表情のままだ。


「君たちに――真実を教えてあげよう」


 先へ進むための扉。それが付いていた真っ白な壁がゆっくりと上昇していく。


「…ゼルチュ!」


 その壁の向こうには、白色のスーツを身に纏ったゼルチュが玉座に座っていた。玉座の周囲には、実験用のカプセルが置かれている。それも人がちょうど入れるほどの大きさだ。


「どうして"ノア"と"ルナ"という二人が、このエデンの園に生まれたのかを」


 そんな彼の傍には、とある二つのカプセルがある。その一つには、青の長髪を持つ女性。そしてもう一つには、白のくせ毛を持つ男性が入れられていた。

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