【だれがテキ?】

「…不愉快ですね」 


 本校舎の廊下を歩きながら、ぼそりと呟いた。最近、妙にデュアルの顔が脳裏にちらつく。能力で赤の果実を手中に収め、仲間として振る舞っている姿をよく外で見かけるからか。どちらにせよ此方にとって、デュアルの"幸福"は"不幸"のようなもの。


(それにしても、呆気のない終わり方でしたね)


 此方たちの奇襲によって五名ほど死亡し、デュアルの脅威によって赤の果実は腐り果てた。それも一瞬で、なすすべもなく。本当ならば、此方が赤の果実を始末したかった。此方一人でも、赤の果実を捻じ伏せられると証明したかった。


 けど、デュアルに邪魔をされた。あいつは此方が何をしたくて、今まで何を目的にしてきたのかを分かっている。分かっているからこそ、集合を掛けられた後、ワザとそこから抜け出して赤の果実を仕留めに向かったに違いない。


「どこまでアイツは此方の邪魔を…」


 去年の九月頃に、今は亡きスロースと交わした会話を思い出す。此方は"風の噂"で、本物の彼の記憶が"スロース"というクローンに残っていることを耳にした。それが真実なのかと試しに接触してみればスロースは、


『…なぜそれを知ってるんだ?』


 と驚きに満ちた表情で此方の顔を見つめてくる。本物の記憶が残っているのなら話が早い。此方は、彼と裏で取引を持ち掛けた。


『あなたは赤の果実を手助けするつもりでしょう。此方がそれに協力してあげますよ』

『どういう風の吹き回しなんだ? お前はあいつらを目の敵にしているだろ。そうなったら立場上、おれはお前にとって敵になるんじゃないのか?』

『確かにあなたも赤の果実も此方にとって敵となりますが…"天敵"は違います』


 スロースは此方の返答に動揺する。敵は赤の果実で間違いないが、天敵は赤の果実ではない。此方はその天敵となる人物の名前を彼にこう告げた。


『此方の天敵は"デュアル"。あなたに求めるものは"デュアルの抹殺"です』

『デュアルの抹殺って…。お前、それ本気で言ってるのか?』

『冗談で"抹殺"なんて言葉は使いません』


 天敵はデュアル、見返りは"デュアルの抹殺"。スロースは半信半疑になりながらも、此方の求める見返りについて思考に浸る。


『それはお前がやればいいだろ。そっちの方が勝算は高いんじゃないか?』

『四色の蓮と四色の孔雀は、殺し合いを禁ずる契約をしています。迂闊に手は出せません』


 此方が直接手を下さずに抹殺する計画。その手順は、此方が彼に有益な情報を与え続け、彼は赤の果実をデュアルと戦える前まで生存させるという流れ。そこでスロースの力と赤の果実のメンバーが全員で掛かれば、デュアルを殺すことができる…。此方はその計画を彼に説明した。


『…その後はどうする』

『デュアルが消えた後は、此方と赤の果実の一騎打ち。この時点であなたも此方にとって敵となります。あくまでもこの計画が完遂されるまでの、一時的な協定というわけです』 


 邪魔者が消えれば、後は此方が赤の果実とそれを味方する者たちを殺せばいいだけの話。最後には此方が救世主となり、エルピスが教皇となる。このエデンの園で描かなければならない理想。


『お前はデュアルに"私怨"でもあるのか』

『…あなたは"神和癒衣"という人物を知っていますか?』


 一時的であれど協定を結ぶのなら、此方はこの者に"アレ"を話しておかなければならない。そう考え、口に出した言葉は神和癒衣という"人物"の名前。彼女は此方にとってかけがえのない"友人"。住む世界は違えど、長い間共に"物語"を歩み、"共闘"してきた旧友。


『あぁ確か、元四色の孔雀だったよな』

『異名は"歴代最弱の孔雀"。どこまでも実力不足の女子高生です』


 此方は現ノ世界で努力を積み、時間を費やして、実力を開花させることができたが、彼女はどれだけ努力を積んでも時間を費やしても、ユメノ世界で実力を開花させられなかった。二人とも住む世界も実力も、何もかもが違う。  


『住む世界は違っても、彼女は親友でした。世界は敵同士なのに、此方と彼女だけが密かに裏でやり取りしたり、顔を合わせたりしていましたね』

 

 レーヴ・ダウンで四色の蓮として務めると決まった時、彼女は自分のことのように喜んでくれた。そして「私も四色の孔雀になれるよう頑張る」と意気込んだ。次に会った時は、選ばれた者だけが与えられる不老長寿ロングライフという能力を手に入れたと自慢げに語ってくれた。


 親友という名のライバル。いつかは本気で殺し合わなければならない。その日が来ることが怖くて、彼女を何度もレーヴ・ダウンへ来ないかと勧誘し続けた。けどその度に彼女は「今いる場所で頑張りたい」と断るばかり。


『それとデュアルに何の関係が?』

『…神和癒衣は、デュアルに殺されたのです』


 汚名を着せるためにワザと実力不足の神和癒衣を上に推薦して、四色の孔雀として務めさせた。都合のいいおもちゃが死なないように、不老長寿ロングライフの能力を与えるように研究部へ頼んだ。すべてはデュアルが己の為に仕組んだことだった…とそれを知ったのは、彼女が死んだ後。


 彼女は幸せそうに笑っていたから、此方でも気が付かなかった。親友として寄り添えなかった自分を、"救う"ことができなかった自分を。酷く、憎んだ。 


『デュアルだけは、生かしておけません。神和癒衣を殺した罪を償わせるために、このエデンの園で死んでもらいます』

『…おれらに復讐の代行をしろってことか』

『あなたにとって、これは悪い話ではないはずですよ』


 スロースと此方はその日から協定を結び、赤の果実の動向を彼に伝え続けた。Bクラスとの死闘、七代目たちの襲撃。どれもスロースが行動できたのは、此方が赤の果実の近況を連絡していたから。とにかく、この協定による計画は途中まで何事もなく上手く進んでいた。


 デュアルが、ノアとスロースの戦いに横槍を入れなければ。 


(…すべてデュアルの思い通りになりましたね)


 そこでの接触は、スロースがノアと和解をするために必要なものだった。和解をし、赤の果実に本腰を入れて協力する。その流れは、突然真のユメノ世界に現れたデュアルによって瞬く間に壊されてしまう。


「何をしている?」


 これからどうするのかを考え始めた時、白色のスーツを身に纏ったゼルチュが廊下の向かい側から声を掛けてきた。デュアルの次に会いたくない人物。此方は重い口を開き、こう返答をする。

 

「考え事をしているだけです――"父上"」 


 白金昴は此方にとっての父親でもあり、唯一残された家族。


雨音あまね、デュアルとは仲良くしているんだろうね?」

「…はい」

「あの子は私の"最高傑作"。赤の果実を一瞬で壊滅させるほどの凶悪な能力も持っている。仲良くしておけば、雨音の心強い味方にもなるぞ」


 口を開けば、自分の創り出したクローンの話ばかり。此方のことなんて、まったく見てくれない。


「父上、此方にだって赤の果実を一瞬で殺し――」

「雨音には"無理"だ。現に、私が研究を進めている"能力"や"クローン"の方が強いだろう?」

「そんなことは…! 此方も研究成果にも劣らない能力を持っています! 父上のために努力をして、実力をつけたんです! こうやって四色の蓮を任せられたのも――」


 父上は必死にそう訴える此方の右肩を、軽く二度叩いた。


「雨音に四色の蓮を任せたのは、あくまでも"代理"のつもりだ。デュアルのような凶悪なクローンを創り出せることが分かった以上、そのうち雨音には四色の蓮を降りてもらう」

「待ってください…! 此方ならそのクローンを超えられます! 四色の蓮を降りるかどうかは、此方とクローンを戦わせて決めれば…」

「…雨音、もう"努力"をする時代は終わったんだよ。今の時代は"才能"だ。優秀な遺伝子から才能に満ち溢れた人間を創り出せるクローン技術。人間の雨音には超えられない"壁"なんだ」 


 "努力"の時代ではなく"才能"の時代。父上はゆっくりと言い聞かせるようにそう告げ、此方の横を通り過ぎていく。


「あぁそうだ。デュアルの話によれば、あの"失敗作"のクローンは案外優秀らしい。神和癒衣の遺伝子を継いでいる個体なんて、ロクなもんじゃないと思っていたが…」 

「エルピスは"努力"をしていました。努力をしていたからこそ、才能を上回る優秀なクローンとして――」

「いずれ彼のポジションも私が創り上げた成功作品と入れ替えるつもりだよ。もうすぐ手筈が整うNoel Projectが完遂した後に」


 認められない、認めてたまるものか。才能が努力を上回るなんて、絶対に此方は認めない。父上には分からせるしかない。此方が誰よりも強いということを、此方が父上にとって一番の最高傑作だと。

 

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