【だれのタイセツなモノ?】

 二月十九日、時刻は二十二時半頃。本当なら発売したばかりのゲームをしているはずなのに、オレは本校舎の体育館へとやってきた。


(おいおい、馬鹿みてぇに寒いじゃねーか)


 夜の校舎は怖いというがオレからすれば寒い、寒すぎる。理由があって制服を着てきたが、この選択は正解だったな。寝間着のジャージじゃなくて良かったぜ。


「おー…悪いな呼び出して」


 そもそも何でオレが、こんなクソ真夜中に体育館へ来ているのか。それはオレがとある人物をそこに呼び出していたからだ。


「…何?」


 そう、その人物はレイン。表情筋がダイヤモンド並みの硬さで、創造形態のせいで野外にて全裸になったことのあるヤツ。実力はまぁそれなりにある気がする。 


「お前はどっち側だー?」

「どっち側って…?」

「おいおいー、分かりづらいリアクションすんじゃねーよ」

 

 結論から述べる。

 デュアルに奇襲を仕掛けられ、変な能力を使われたあの時からオレ以外は全員頭が狂っちまった。仲間だったはずのルナを敵だと言ったり、デュアルが元々赤の果実にいたかのように接してる。ワケが分からないことになってる状態。


 だからオレが今こいつにした"どっち側"という質問は、"狂っている側"か"狂っていない側"かということだ。


「まさかお前もルナが黒幕だと思ってんのかよー?」

「…あなたは何を言っているの? ルナが私たちにとっての"敵"でしょ」

「…マジか」


 この返答を聞けば"狂っている側"だということが一目瞭然。ワンチャンこいつなら、オレと同じように平常運転でいてくれると思ったんだけどな…。どうやらその望みも絶たれているみたいだ。


「よーく思い出せ。本当にデュアルが味方で、ルナが敵だったのかをさー」

「思い出す必要もない。あなたこそ、今すぐ考え直した方がいい」


 問いかけてもこの頑固さのせいで、考える素振りさえ見せない。さて、どうしたものか。このまま言葉を投げかけ続けても、こいつは目を覚ましそうにない。あのデュアルの能力が"洗脳"に関係するものだと睨んではいるが…。


「こうなったら古典的なやり方を試すしかないよなー…」


 洗脳を解く術なんてオレは一つしか思いつかない。漫画やゲームでよくある一度倒せば、正気に戻るってやつだ。何もしないより、何かした方がマシだろ。オレは創造武器の大剣メルムを手元に召喚して、剣先をレインに向けた。


「…あなた、何をしているか分かっているの?」

「それはこっちのセリフだぜー」


 こいつもあのムラサメっていう刀を、いつの間にか腰に携えてやがる。最初からオレが交戦するつもりだと勘付いていたのか。普段は超が付くほど鈍いくせして、こういう時だけ冴えてるな。


絶対零度アブソリュートゼロ

火輪紅炎ソルプロミネンス


 今までこいつの戦闘スタイルを見てきたが、余程の相手じゃない限り、戦う相手の様子を窺うことをしない。だからこうやって、第二キャパシティの能力を使い先手を打ってくる。オレはそれを何となく予期していたんで、飛んできた何本かの氷柱を冷静に能力で燃やし尽くした。

 

「今ならまだ収められるけど?」

「オレもこんなこと"やりたくない"んだけどさー。退くに退けないんだよなー。もう残ってんのはオレだけだしよー」


 第一キャパシティ嘘吐きライアーの能力を発動するために、必要な嘘をさりげなく会話の中に混ぜ込む。いつも通り余裕綽々な態度で、お喋りを楽しんでるかのように振る舞いながら。


「あなたは"やりたくない"なんて思っていない。"やらなければならない"と思っている。だからさっきのは嘘」

「おいおいー、普通そんなキッパリと言えるかよー?」 


 しかしまぁ、こいつは嘘に対して異常なほど敏感だ。元々そういう気質なのか、それともオレ自身を以前から注意深く観察していたからなのか、嘘をついたとすぐバレちまう。これじゃあ第一キャパシティが役に立たないじゃねぇか。


「時雨」

(詰めるつもりだな)


 雨露霜雪の移動の型。この型は平気で相手の真上や背後を取ってくる。所謂、瞬間移動みたいなもの。隙とか関係なしに攻撃を仕掛けられるとかチートだ。さっさと弱体化した方がいい。オレはそのチート染みた能力を使って、死角の背後に現れると予測をし振り向きざまに大剣を振った。


(ビンゴ) 

「…!」


 予測は的中。背後にはオレの大剣を刀で受け止めるレイン。こいつの性格上、長期戦をあまり好まない。どれだけ素早く相手を一撃で沈めることができるかを考える。だからこそ最も一撃で終わらせられる可能性の高い"背後"に現れるはず…。


 と、こういう風にこいつの考えを読むしかアレを避ける方法はない。他に何か"対策"でもあるのなら教えて欲しいんだが…。


「豪雨」

(次は叩き込むつもりか)


 雨露霜雪による攻撃の型。右手に構えた刀で斬りかかり、左手に握りしめた鞘でこっちの足元をすくおうと試みる連撃。驚異的なのはその速度。創造力で動体視力を底上げしているのに、たまに刀の残像しか見えない瞬間がある。それほどまでにチート染みた抜刀速度。


 最善の対応は大剣で刀を受け流し、鞘による攻撃は身体で回避。そしてこの"攻撃の型"を破るために必要なのは、


「――記録&再開セーブ&ロード」 


 高火力な反撃を叩き込める隙を狙うこと。オレはわざと後退りで押し込まれるフリをし、最初に立っていた位置からある程度離れたタイミングで、第三キャパシティの能力を発動する。


「ぅっ…?!」


 能力で"記録"してあった位置から"再開"させれば、一瞬でこいつの背後を取ることが可能。オレはレインの後ろから接近し、大剣の持ち手で手加減なしの殴打をした。こいつは変な呻き声を上げて、左手に持っていた鞘を落とす。


「これで少しは目が覚めたかー?」

「…創造貯蔵クリエイトストレージ!」


 問答無用で振り抜かれる刀。オレは一旦距離を保つためにそこから飛び退いた。レインは追撃を食らわせるために刀を逆手持ちにしてから斬り上げる動作を行い、創造力による斬撃を飛ばす。


(これが創造貯蔵クリエイトストレージっていう能力か)


 オレは両手で握りしめた大剣をバットのように振るい、その斬撃を他所の方向へと打ち返した。創造貯蔵クリエイトストレージはプリーデから引き継いだ能力だ。これを敵として受けるのは初見だな。 

 

「もう、手加減はしない」

「本気を出しても多分オレには勝てないぜー」

「勝手に言ってればいい」


 レインを纏うのは蒼色の闘気。これも初見だが、どういうものかは知っている。


(あれが"スコール"か。マジでオレを殺す気かよ)

  

 雨露霜雪の中で最も厄介な型、それが"スコール"。創造力をすべて消費し、少しの間だけ身体能力をバカみたいに向上させる。活動時間が短いなら、その間だけ逃げ回ればいいんじゃないかと思うだろ。それがそう上手くいかねぇんだ。


「――ているの?」

(どうすっかなぁ…!!)


 動き出しは瞬間移動と変わらない速度。そのせいか、最初の声が上手く聞き取れない。やっと聞き取れたと思えば、刀が目前まで迫っている瞬間だ。ゆったりとしている暇なんて一切ない。オレはこいつのあり得ない速度に冷や汗をかく。


(これだけはどうやっても攻略できないんだよなー!)


 オレが今まで戦いに勝利して生き残れたのは、身体能力や能力が強力だったからじゃない。かといって戦ってきた敵が弱かったからでもない。オレが何度も自分の脳内で"その敵"と戦って、攻略してきたからだ。実際、自分の脳内で攻略するためにオレは何千回と死んでいる。


 このエデンの園は"死にゲー"と同じだ。理不尽な罠に、理不尽な敵しかいない。だから初見で挑んでも初見殺しに"殺される"だけ。これを乗り越えるには、情報を集めて、その情報から自分の中で何百回、何千回と"戦い"のシミュレーションを行う。


(変に"強キャラ感"を出さなきゃ良かったぜ…)


 見ている奴らはオレを強キャラだと思い込んでいるだろうが、それは間違っている。オレは単に頭が働くだけで、ゲームをプレイしてきた経験を活かして、このエデンの園で戦ってきただけ。レインみたいに、身体能力や能力が特別なわけじゃないんだよなぁ。

 

「どうしたの? 隙が多すぎて、いつでもあなたを殺せるけど」 

「おー、そうかぁ…。こんぐらい隙を作ってやらないと"不平等"だと思ったんだけどなー」


 デュアルの能力が効いていなかったルナが生きていることを信じたいが、その望みは薄い。ノアはいつまで経っても目を覚まさねぇし、まとものはオレだけ。どうにか洗脳を解く術を見つけ出さなきゃ、そこで"詰み"だ。全部、終わっちまう。


「これが孤軍奮闘ってやつかー」


 起死回生の一手。

 それが打たれる時まで、しばらくこの"無理ゲー"を攻略し続けるしかなさそうだ。

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