「わたしの大切なもの」

 二月二十日。

 ルナを倒してから二週間が経過したのかな。わたしたちの生活はとても平和で、退屈ささえ感じてしまう日常を送っているけど、前よりは遥かに幸せ。

 

(みんな待ってるかな…)


 今日は赤の果実のメンバーで死んでしまったティアちゃんたちの墓参りをしに行く。わたしは集合場所として指定された公園まで、足取り重く向かっていた。やっぱり時間が経ってもティアちゃんたちのことを思い出すと、心臓が締め付けられるように苦しくなる。


「ごめん、もしかして待たせちゃってた?」


 集合場所にはブライト・アウラ・ヴィルタス・ファルサの四人がやや暗い面持ちで待っていた。わたしは入りづらい空気の中、少しだけ明るめに声を掛けてみる。


「ううん、大丈夫。私たちもさっき来たとこだし」

「それならよかった…ってリベロくんやレインちゃんはどうしたの?」

「二人とも、体調不良だって…」


 そういえば、前に見かけたレインちゃんの顔色はあまり優れていなかったかもしれない。わたしたちはこうやって何とか立っていられるけど、レインちゃんは精神的に辛い状態に陥っているとしたら…。体調不良なのも納得できる。

 

 リベロくんに関しては、ルナの洗脳が解けた以降、寮の部屋に閉じこもって顔を見せてくれない。わたしはリベロくんのことを心配して何度か様子を見に行ってるけど、音沙汰無し。ヘイズちゃんが殺されたという事実を受け止めきれずにいるのかな…。


「そっか。体調を崩しちゃったのなら仕方ないよね」


 わたしたちはレインちゃんとリベロくんの体調を心配しながらも、ティアちゃんたちの墓参りへと向かうことにする。その道中では大して盛り上がる話もせず、雑談程度のお喋りばかり。そうなったワケは、みんなが仲間のことを想って、空気を読んでいたからだと思う。


 死んだ仲間のお墓参りをするのに、気分を上げることなんて、とてもじゃないけどできないからね。


「皆で、会いに来たよ」


 丘の上に並べられた四つの墓碑。そこにはWizard・Gravis・Tear・Hazeと墓碑に一つずつネームが刻まれている。遺体はそこに埋められてはいないけど、その墓碑だけでわたしたちにはティアちゃんたちが目の前にいるように見えた。

 

 ブライトちゃんはウィザードくんの墓碑の前に、持ってきた花を供えてから両手を合わせる。


「ウィザード…。私、頑張って生きていくから、側で見守ってて…」  


 そして今は亡き恋人に、ちょっとだけ明るめな声を掛けた。ブライトちゃんはいつまでも挫けていられない、と悲しみに浸らないように何とか気持ちを切り替えている。きっとウィザードくんに、情けない姿を見せたくなかったんだと思う。


 だからわたしはそんなブライトちゃんを、一人の友達として支えていきたい。大切な人を失った悲しみや辛さが、わたしにもよく分かるから。


「……」 


 その横でファルサちゃんがグラヴィスくんの墓碑をじっと見つめていた。どこか悲しげで、どこか朧げな…そんな表情を浮かべたまま、ただ見つめる。


(あれ…?)


 わたしはファルサちゃんの手に、供えるために必要な花がないことに気が付き、小首を傾げてしまう。どうして花を持っていないのか。ファルサちゃんに限って、忘れるはずがない。その理由をしばらく俯きながら考えていると、アウラちゃんがわたしの肩を軽く叩く。


「…ファルサは、まだ現実から目を背けているのよ」

「そう、だったんだ」


 ファルサちゃんはグラヴィスくんが死んだという現実を受け止めきれていない。わたしはアウラちゃんからその話を聞いて、ようやくそれを理解する。花を持ってきていないのは、グラヴィスくんが死んでいないと思い込んでいるから。


 "どこかで生きている"と信じ込んでいるのなら、墓碑に供える花なんて必要ないもんね。だってファルサちゃんの中では、グラヴィスくんは死んでいないだもん。


「今はただ見守りましょう。私たちの言葉だけで、ファルサは救えないわ」

「…そうだね」


 わたしはアウラちゃんに同意して、ふとヘイズちゃんの墓碑へと視線を移す。そこには何故か既に花が供えられていた。花の種類は"月見草"。わたしたちが来る前に誰かが供えていったのかな…。


(ティアちゃんの墓碑にも…)


 白色の"ガザニア"という花。それがティアちゃんの墓碑に供えられていた。誰が二人に花を持ってきたのかハッキリとは分からないけど、もしかしてリベロくんとレインちゃんじゃ…。


(…二人とも、仲が良かったもんね)


 リベロくんとヘイズちゃんは幼馴染で、レインちゃんとティアちゃんはよく一緒にいる時が多かった。わたしが知らないだけで、あの二人も仲間を失って心に深い傷を負わされている。ルナは仲間を殺しただけじゃなくて、わたしたちの心に一生消えない傷跡も残したんだ。


 今になって、腹の底から煮えたぎるような怒りが込み上げてくる。今更、こんなにも怒りや憎しみを抱いたところで何の意味もないと。何度もそう自分に言い聞かせたところで、わたしは握りしめた拳の力を抜けずにいる。


「おいデュアル…。どうしたんだ?」

「…ううん、何でもないよ」


 ヴィルタスくんに様子がおかしいと思われたみたいで、横から声を掛けられた。わたしは平常心を何とか保ちつつ、普段通りの笑顔を見せる。けどヴィルタスくんは、わたしが無理をしていることに気が付いたみたいで、


「…憎んでも怒っても、帰って来ねぇからな。俺たちはあいつらのために、生きて笑ってやることが一番だろ」


 わたしにそう伝えて、ウィザードくんの墓碑の前まで歩いていく。


「ヴィルの言う通りよ。私たちには、彼らが歩めなかった未来がある。それをちゃんと歩めなかったら…笑われるわ」


 アウラちゃんの言葉に、わたしは強く頷いた。

 大切なものを失ってしまったけど、まだそれは残っている。すべてを失ったわけじゃない。わたしには未来があって、みんなが、ノアくんがいるから。


(ウィザードくん、グラヴィスくん、ティアちゃん、ヘイズちゃん。わたし、頑張るからね)


 雲の上から見ている気がして、その場で空を見上げてみる。海のように真っ青な色に、わたしの背中を押す心地の良い風。わたしの瞳には、確かに明るい未来が見えていた。

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