【だれのコイビト?】
「デコードさん、この資料は廃棄しますか?」
「ああそれか。もう不必要なものだ。シュレッダーにかけておいてくれ」
俺はこのエデンの園で働いている研究員の一人。デコードさんの元で指示に従い、Noel Projectの計画進行を務めている研究員。俺にネームも名前もない。何故なら、誰かの細胞を再利用され創られた"クローン"だからだ。異名を付けるなら、"名も無き研究員"といったところだろう。
「シュレッダーシュレッダーっと…」
この島での生活に対してほぼ不満はない。食事も一日三食だし、研究が進められれば休暇が貰えるし、クローン技術のおかげで人員不足もないし…。"本物"の俺がこういうのに携わることが好きだったせいか、この仕事にもやりがいを感じている。
まぁ、唯一の不満を上げるなら名前が付けられないせいで、まともな"恋愛"ができないということだけど。
「…んん?」
シュレッダーの投入口に何枚かの研究資料を入れようとしたが、何かが詰まって上手く入らない。俺は正方形の投入口の蓋を取り外して、その裏側を見てみる。
「クリップぐらい取っとけっつーの」
どこかの馬鹿が資料をまとめるクリップを付けたまま入れたせいで、シュレッダーの刃が通らなくなり切り刻めなかったらしい。俺はその資料を強引に取り出して、クリップを外す。
「おっ、この資料はー…」
四色の孔雀に関して記載されているもの。作成日付はおよそ一年前。去年ということは、エデンの園を創り上げる計画が始まったぐらいの時期に作成された資料みたいだな。
「デュアルちゃんだ!」
黒髪に一つ結びの女の子。
整った容姿に純粋無垢な笑顔。俺の好みにドストライクの女の子を見つけて、テンションを上げながらそこに書かれた文を黙読してみる。
(ふーん…デュアルちゃんは
デュアルの名前は
まさに正統派ヒロイン。名前も無い俺なんかじゃ、手が届かない高嶺の花だ。
「んで、これが黒金鉄也っと…。あのおっさん、かなり暑苦しかったもんな」
俺は東雲桜の情報が記載された資料を白衣の裏ポケットに忍び込ませ、次なる資料へと目を通してみる。そこにはナイトメアで研究員として働いていた黒金鉄也の顔写真とプロフィールが載せられていた。本物はとうの昔に殺されちまったし、今となっては"暑苦しいおっさん"という印象しか残っていない。
とにかく、黒金鉄也に関してはまったく興味がないので、すぐにシュレッダーの中へと投入して、その資料を切り刻んでしまう。
「うわっ…! めっちゃ不気味なやつきちまったよ」
真っ赤な瞳に黒色のガスマスク。名前の欄にはただ"ブラッド"とだけ書かれており、プロフィールもほぼ空欄の状態。唯一得られる情報は、こいつの職業が"殺し屋"だということ。だから素性を知られないようにしているんだろうな。
「まっ、こいつにもあんま興味はねぇし廃棄廃棄っと」
ブラッドの資料もシュレッダーへ放り込む。そして手元に残ったのは一枚の資料だけ。俺は「目の保養になるものを…」と一筋の望みをかけて、最後の資料に目を通してみた。
「女の子キター!」
黒髪のポニーテール・制服・茶目っ気の三拍子が揃った顔写真。先ほどの東雲桜は中学生ぐらいの年代だったが、この子の格好からするに男から大人気の"女子高校生"というブランドを持っているに違いない。俺は舐め回すように、資料を事細かにチェックする。
身長百六十五センチ・体重四十八キロ・胸のサイズCカップ。俺の頭の中で描いていた理想の女子高校生像だ。茶目っ気があるのに、少し清楚さを漂わせるのが至高。
「あっれ? でも今の四色の孔雀に、この子はいないよな?」
確か数ヶ月前に教えられた四色の孔雀のメンバーは、さっきの三人と茶髪の青年だったはず。俺はこの子の名前を確認してみる。
「
思い返してみれば、俺がクローンとして生まれた時期に存在した四色の孔雀は三人だけだったような…。三人だけなのに、どうして四色の孔雀なんだろうと疑問に思ったこともあったっけか。
(…へぇ、もうこの子は死んじゃったんだ。ちょっと残念だなぁ)
下の方の欄に"死亡"と記されている。残念なことに夢の女子高校生とはもう二度と出会えないようだ。俺は気分を落としながらも、死因が何なのかを調べてみたのだが、
「死因が自殺って…。戦死じゃないんだ」
死因の欄には"自殺"とだけ書かれていた。俺はてっきり現ノ世界との戦争に身を投じて、戦死したのだろうと思い込んでいたのだが…。このご時世で少しだけ珍しい死に方だな。何か辛いことでもあったのかもしれない。例えば、家族が死んでしまっただとか、戦うことに疲れてしまっただとか…。
(…にしても、やっぱちょっと気になるよなぁ)
しかしこの子は四色の孔雀に選ばれた実力者のはず。そこまでメンタルが弱いとは思えないし、もし何か辛いことがあれば仲間たちがフォローしてくれるだろう。俺は自殺した理由が無性に気になったので、その子の資料を手に持って研究室まで向かう。
そこのパソコンにはありとあらゆる情報が記録されたサーバーへと繋がっている。どこで、いつ、何のクローンが生まれただとか、何千年も前の戦争の歴史やら…。とにかく知りたいことがあれば、そのサーバーへ検索を掛ければ一発的中。
「んーっと? 『神和癒衣』で検索して…」
研究室のパソコンに付属するキーボードをカタカタと鳴らしつつ、神和癒衣について何か記録が残っていないか検索をしてみる。すると百件以上のデータがずらりと画面に映し出され、その子についての情報が提示された。
「おっ、これじゃね?」
目に入ったのは『神和癒衣についての記録』という題のデータ。まとめサイトみたいに、色々な情報が分かりやすく載せられていそうだ。俺は早速それを開いて、内容を見てみる。
「……」
しばらく黙読をしてみれば、予想の範疇を超えている内容に言葉を失った。
「これは、どういうことだ?」
書かれている内容はこうだ。
神和癒衣は四色の孔雀で最弱扱いをされていた。創造力も、能力も、何もかもが他のメンバーよりも劣っている。下手をすれば、"七つの大罪"よりも弱かったと。戦果も上げられず、いつもいつも上から罵倒される日々だったと。
「…この子は、仲間から"いじめられていた"のか」
兵士の性欲処理として使われていた。デュアルちゃんのストレス発散として毎日嬲られていた。研究員からは、新薬の実験台としてモルモットにされていた。四色の孔雀としての立場など関係なしの、奴隷のような扱いを受けていたのだ。
この子は辛いと言えなかった。いや、辛いと言ったところで一人よがりだった。だからナイトメアで自分の居場所を作るために、戦力外として役に立てるように、この子はどんなでも快く引き受けていた。そう書かれている。
「はぁ!? 四色の孔雀に選抜していたのも、ワザとだったって…!?!」
しかも戦力外のこの子を四色の孔雀として選んでいたのも、すべてはイジメの一環で、デュアルちゃんが上に頼んでそうさせていたらしい。役立たずで、使い物にならない、神和癒衣という子を"おもちゃ"にするために。
「…ひでぇ話だ」
死因は自殺なんかじゃない。過度なイジメによる殺害。この子の心が、身体が、壊れるまで弄んだヤツラの犯行だ。俺は胸糞悪い記事を読んでしまい、片手で髪を掻きむしる。
「クローンも失敗作扱いだって? この子に慈悲もかけてやんねぇのかここの連中は」
死亡した神和癒衣の遺体から細胞を摂取し、クローンを創り出そうと試みた内容も最下部に記録されている。だが実験結果には"失敗作だった"と一言だけ書かれ、そこからの実験記録は途絶えてしまっていた。
「ここで暮らしてて、一番の不満が生まれたなこりゃあ」
この世界の行く末とか、今行っていることが正しいだとか。どれも深くは考えなかったが、この記録を見て、確かに俺は人の命を弄ぶことに怒りを覚えた。それと同時にここの連中がどういうやつなのかもよく分かった。
(…俺に、出来ることは何だ?)
俺の中に新たな心が生まれる。
そう、"名も無き研究員"の俺に芽生えたものは――反抗心だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます