「わたしの恋人」

 宿敵だったルナを殺すことに成功はしたけど、それだけじゃ操られていたノアくんは目を覚まさない。わたしが気絶させてから、かれこれ一週間は経過しているのに…。


「ノアくん」


 わたしは毎日ノアくんの部屋に訪れて、見守る日々を続けていた。ちゃんと呼吸はしているし、心臓の鼓動だって一定の感覚でリズムを刻んでいる。もう少し洗脳を解くタイミングが早ければ、救えていたかもしれない。後悔と責任感が心に募るばかり。 


「…まだ目を覚まさないの?」


 ベッドの側でノアくんの顔を見つめていれば、レインちゃんがわたしに声を掛けてきた。この子もノアくんのことを心配する仲間の一人。たまにわたしの代わりになって、彼の世話をしてくれている。相変わらず無表情だけど、前よりも明らかに暗い雰囲気を漂わせていることがわたしには分かった。


「うん、あの洗脳の後遺症なのかな…」 

「…そうかもしれない」


 レインちゃんはわたしの隣で座り込み、正座をする。この子もノアくんが目を覚ますことを強く望んでいるからこそ、ここでこうやって待ち続けているのかもしれない。わたしはレインちゃんの為にも、早く普段通りに喋って、普段通りに生活を続けるノアくんの姿を見せて欲しいと、彼の右手を強く握る。


「付き合ってるんでしょ?」

「…え?」

「あなたとノアが恋人同士だということ。私は知っているから」


 ノアくんとわたしは友達以上、夫婦未満の|関係$嘘をつくな$。告白する前はわたしの片想いだと思い込んでいたけど、告白してみれば実際は両想いだった。とても嬉しかったのに、これから幸せな日々が歩めたのに、ルナのせいでそれが叶わない。わたしは「どうして…」と掠れた声でボソッと呟いた。


「いつまで待っていればいいのかな…?」 

「……」

「もしこのまま目を覚まさなかったら――」


 わたしの肩にそっと手を置く。その先の言葉を口に出したら、本当にそうなってしまう。レインちゃんは口を閉ざしたままだったけど、きっとそう伝えたかったに違いない。そんな気遣いをされたわたしは、左右に首を振って気持ちを切り替える。


 信じて待ち続けること、出来ることはそれだけ。暗い顔ばかり浮かべてても仕方ないや。わたしたちは笑顔で起きるのを待たなきゃ。だってノアくんが目を覚ました時、またいつもの日常が迎えられるから。


「…?」

「レインちゃん、どうしたの?」


 レインちゃんは突然背後を振り返る。この部屋にいるのはわたしとこの子だけ。他に人はいないし、虫でも飛んでいたのかな。


「…何でもない」


 でもその動作を踏まえて考えれば、虫が飛んでいたというわけではなさそう。"何かが聞こえたけど、気のせいだった"みたいな反応をしてる。わたしは少しだけ、レインちゃんの見ていた方に視線を送ってみた。 


「わたしって、幽霊とか妖怪とか苦手だから怖がらせるのはやめてね…?」

「…あんなに強いのに?」

「得体のしれない存在ほど怖いものはないよ…!」


 そこに置かれているのは本棚程度で、人の姿など見当たらない。わたしは幽霊とかお化けとかが苦手で、遊園地のお化け屋敷もまともに楽しめない怖がりなタイプ。だからレインちゃんには"霊感"があって、この部屋に幽霊とかがいるんじゃないかと、わたしはこの子に反論しながら表情筋を強張らせてしまう。


「昔から怖いものは、いつまでも怖いよ。どれだけ能力や創造力で強くなっても、自分の心が強くなるわけじゃないし…」

「…そう」 

 

 幼い頃、テレビで怖い番組を見た思い出。成長すれば然程怖くはないけど"恐怖した"という感覚と"記憶"はしっかりとわたしの身体に刻まれている。だから時々、少女の頃のように得体のしれない存在に対して、恐ろしく感じてしまう瞬間がある。


「でもね、一番怖いのは大切な人を失うときだよ」


 それを更に上回るのはわたしの目の前で、大切な友達や恋人がいなくなっちゃう瞬間。昨日まで仲良くお喋りをしていたのに、時が経てばあっという間に殺されてしまう。わたしは"悲しさ"に入り交じる"恐怖"を身に染みるほど実感させられていた。


 次にまたあの瞬間が訪れ、ノアくんがこのベッドの上で、いなくなる。そんなことが起こりうれば、わたしの心はズタズタに引き裂かれちゃう。この場で自ら命を絶つことだって、十分にあり得る。それを止めてくれるのは、レインちゃんのような|仲間たち。


「大丈夫、ノアは必ず目を覚ますから」

「…ありがと」

「私はまた皆で過ごせれば、それでいい」 


 レインちゃんの励ましの言葉で、わたしのモヤモヤしていた気分が少しだけ晴れた。今は沢山の夢を持たなきゃ。皆でまた海で遊んだり、皆とまた下らないことで盛り上がったり、ノアくんと幸せな家庭を築き上げたり…。わたしが楽しいことを考えないと、ノアくんが安心して目を覚ませられないもんね。


「うるさい」

「…うるさいって?」

「え? ううん何でもないよ!」

  

 わたしは冷蔵庫に購入しておいたスポーツドリンクがあることを思い出して、一本だけレインちゃんに手渡す。この子は戦いが終わったのに、今でもずぅーっと欠かさず鍛錬を毎日行っている。それが何の為なのか、それはわたしには分からないけど…汗を掻いたりするから塩分摂取はきちんとさせないと。


 レインちゃんに無理をして倒れて欲しくはないし、可能な限りは身体を気遣ってあげたい。


「…くれるの?」

「レインちゃんまで一緒に倒れちゃったら嫌だもん。運動の合間には、ちゃーんと休憩を取ってね」


 わたしは注意喚起だけして、さっきと同じようにノアくんを見守ることにした。とても安らかで、幸せな夢でも見ているかのような寝顔。ノアくんの寝顔を見ていると、表情も自然と綻ぶ。レインちゃんはそんなわたしを見て安堵すれば、その場に立ち上がり、この部屋から出ていこうとする。


「もう行っちゃうの?」

「…私には、やるべきことがあるから」


 この子にも何か大事な責務があるんだ。わたしは追求はせず「頑張ってね」と応援をし、レインちゃんの後ろ姿を見送る。


「わたしは独りでも大丈夫だよ。だって、ノアくんは聞き上手だから」


 ノアくんと二人きりの部屋で、わたしは"色々な思い出話"や"これからしたいこと"をいつもの明るい口調で語り始めた。




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