11:9 メアリー・スー

 月光が赤の果実を照らし、木の陰がデュアルを覆う。下りの道を黒色の霧で塞がれたノアたちは「やるしかない」と一斉に創造武器を召喚した。


「わたしはね、みんなに真実を伝えないといけないの」

「…真実?」

「そう、だーれも知らなかったこと。わたしがみんなに教えないといけないなぁって」


 真実を伝えなければならない。ノアはその言葉を聞いて、眉間にしわを寄せながら二丁拳銃の銃口を下げる。

 

「実はー…この世界って"神様"が実在するんだよ」 

「…あなたは宗教家? それとも哀れな子羊かしら?」

「あはっ、信用してないでしょ? これは本当の話なんだよ。神様がこの世界を一週間で創り上げた。戦争が起きたのも、神様のせい」


 その神様となるのは"ゼルチュ"のことなのか。彼は一瞬だけそう考えたが、デュアルの話し方からするにまったく違うナニカを指している。


「神様はいつもわたしたちのことを見ている。天高い場所で、別の世界で、わたしたちのことを観察してるんだ」

「何を言って…」

「ほら見えない? "神様"だけじゃなくて、わたしたちのことを見ている"色々な人"たちが!」


 視線を夜空や草むらなどに向けながら、身体をゆっくりと一回転させ、ノアたちへと共感を求めてくる。しかし、そんなものは見えるはずがない。  


「わたしには見えるよ。そこにいるのも、あそこにいるのも、すぐ真下にいるのも!」

「イカレてるぜ、あいつ」

「みんなはわたしのことが狂っているように見えても仕方ないよ。でもね、見ている"あなたたち"は…わたしのことを"狂っている"なんて言っちゃダメだから」


 狂ったデュアルの話には、恐怖すら感じた。誰に向けて、どこを見て、何を話しているのか。それが何一つ理解に及ばないから。


「わたしは、今からその"神様"を消してあげる」

「神様を消す?」

「わたしにはその力があるからね。神様を消して、わたしがその座を奪っちゃうんだ」


 座を奪うと宣言するデュアル。

 ノアたちは何が起こるのかと、その場で身構えた。


「神様が消えても、みんなはその変化には気が付けない。だからそんなに身構える必要はないよ」

「…何をされるか分からないでしょ?」

「あははっ、それはそうかもね」


 彼女は軽く笑いながらも、自身の左手を夜空へと掲げる。


「わたしにも、何が起きるのかは分からないし」


 そのように左手を掲げたところで、何も起こらない。ノアたちは静寂に包まれた空気の中で、手の平が向けられた夜空を見上げた。


「何も起こらないと思う?」


 何も起こらないだろう。

 彼女の言葉はすべて偽りに過ぎない。精神を狂いに狂った末の戯言だ。


「聞こえてるんでしょ? わたしの声が」

「デュアルは誰に話しかけて…」


 ルナが怪訝そうにその様子を窺った。

 デュアルも彼女たちと同様に夜空を見上げれば、虚空にそんなことを問いかける。もちろん返事はない。そこに広がるのは、無数の星と薄っすらと光輪を浮かべる月のみ。


「いつまでそうやって隠れてるつもり?」


 星の陰か、はたまた月の陰か。そこに隠れている者でもいるように、デュアルはひたすらに声を掛けている。


「"星の陰"でも"月の陰"でもないよ。そこにいるよね?」

「…俺たち以外に人なんていないのに、アイツには一体何が見えているんだ?」


 幻覚でも見えているのかとノアは自身も夜空をよく見渡す。けれどやはり星と月以外に、見えるものなどはない。人間が空に浮かんでいるわけでもなかった。


「あはははァッ!! それでも無視するんだぁ!?」


 初めて見せる高笑い。

 赤の果実一同は、その高笑いを聞いて息を呑んだ。


「それならわたしにも考えがあるよ?」


 彼女はニタァッと汚い笑みを浮かべ、第二キャパシティの能力を発動する。


「――二次創作メアリー・スー」 


 わたしの汚い笑みで、勝利を確信した。


「…何も、起きない?」


 レインたちは特に変化が起きていないと辺りを見回す。しかしその変化は、着実と起こり始めていた。


「あはっ、気が付いた?」

 

 デュアルは、"貴方"は何をしたんだ。


「こんなことすれば、無視なんてできないよね?」


 わたしはやっとのことで反応をしてくれた"神様"に、汚いと言われた笑みを向けてやる。


「わたしには見えているんだよ。神様、あなたの姿がね」


 貴方には見えていない。 


「見えているよ」


 見えていない。


「見えているよ」 


 見えていない。


「あはは、強情だね。そんなに強情なら、この力で今すぐ消してあげる!」


 わたしは、掲げていた左手を強く握りしめる。そこにいる"神様"を握りつぶす要領で。


「――消えちゃえ」


 デュアルの力が押し寄せる。それは、間違いなく神を殺す力。世界を創造した、神を殺す力。だが彼女がしていることは"禁忌"で――


「あっははははぁッ!!! わたし、殺したんだぁ!! 神様を、殺しちゃったんだぁ!!」


 わたしは自身の力でかき消した"神様"にほくそ笑む。これで、これでわたしがその座を奪い取れた。これからは、すべてが思うまま。


「ルナ、あいつに何か変わった様子は?」

「ううん、創造力もそのままだし…。特に外見も変わっていないけど…?」


 ノアくんとルナちゃんはなーんにも気が付いていない。だからわたしは試しにこの力を利用してみる。


「みんな、これで洗脳が解けたはずだよ! 今がチャンス!」

「…? デュアルは何を言って――」

「ありがとうデュアル!」


 わたしの願いが届いたおかげで、洗脳されていた仲間たちを元に戻すことに成功した。ブライトちゃんは、隙だらけのルナへと短剣で斬りかかる。


「ブライト、何をしているんだ…!?」

「ウィザードの仇は、絶対にここで取る!」

「ああそうだな! あいつの為にも、ルナを殺さないといけない!」


 ノアくんの洗脳はまだ解けていないみたい。でも、ヴィルタスくんも洗脳が解けたようで、強大な敵のルナへ攻撃を仕掛けていた。


「ノア、目を覚ましなさい!」

「ノア君!」

「何を言っている? お前たち、急にどうしたんだ!?」


 アウラちゃんとファルサちゃんが必死にノアくんへ呼びかける。けど呼びかけだけじゃ、洗脳は全然解けない。


「ノアくんはわたしが取り戻すよ! みんなはルナを押さえて!」

「っ…!?」


 わたしはノアくんを正気に戻すため、側まで急接近してから黒色の霧を大剣に変えて斬りかかる。


「どうしちゃったのみんな!? 私は仲間だよ…!?」

「何を言ってやがる…!! お前がウィザードたちを、オレたちの仲間を殺したんだろうが!」

「…! そんな、そんなわけない!!」


 ルナは自分が殺したというのにそれを自覚していないみたい。とても狂っている。こんな狂人に殺されたと思うと、わたしは心の内から怒りが込み上げてきた。


「ぅ…ぐぅ…!?!」

「…く…っ!?」


 レインちゃんとリベロくんは洗脳が解けかかっている。後少しで正気を取り戻しそう。わたしはノアくんの周囲を黒色の霧で囲んで、後頭部に巨大な金槌をぶつけた。


「これで、終わりだよ!」

「ぅあっ…!?」


 ルナに黒色の霧で創り出した槍を投擲して、その肝臓を貫く。これは致命的な怪我になるはず。この長い戦いに、終止符を打てるんだ。


「逃げ…ろっ…!!」


 ノアくんがそんな声を上げる。まだ洗脳が解けていないんだ。わたしはもう一度、後頭部に巨大な金槌を思い切りぶつけてあげる。多分死んではいないけど、これで意識は当分戻らないかな。 


「ノアーーッ!!」

「ルナぁ、早く、逃げろぉ…! オレたちが、おかしくなる、前にぃ…!!」

「リベロ!!」


 ルナは肝臓に突き刺さった黒霧の槍を力一杯に引き抜いて、崖際へと後退りする。でもその先に広がるのは海。怪我の治療もできないし、そこから飛び降りたら死んじゃうよ。


「みんな、後はわたしに任せて」

「…させっ…ないっ!!」


 レインちゃんが操られているせいで、わたしに刀で斬りかかってくる。可哀想だけど、強い衝撃を与えないといけない。わたしはその刀を指先一つで受け止めて、レインちゃんの顎に裏拳を打ち込み気絶させる。


「行かせねぇ…!!」


 リベロくんもまだ解けていない。わたしは彼が振るう大剣を避けて、鳩尾に左拳を叩き込む。


「この…チート野郎…」


 これでわたしはルナと一対一で向かい合える。


「飛び降りなよ」

「…え?」

「グラヴィスくん、ウィザードくん、ヘイズちゃん、ティアちゃん。あなたのせいでみんな死んじゃったんだよ?」

「私は、私はそんなことやってないよ!!」


 自分の罪を認めない。

 やっぱりルナは狂人。わたしは「それなら…」と一定間隔で手を叩いた。


「飛ーべ、飛ーべ、飛ーべ」

 

 みんなも一緒になって手を叩く。ルナの顔は絶望そのもの。その場に立ち尽くすだけだった。


「どうして、何で、私は、私は何もしてないのに。どうして、どうして…!?」

「飛び降りろルナ!!」

「そうよ! あなたは自分が何をしたのか分かっているの!?」


 これだけ言われているのに、ルナは飛び降りない。わたしは大きな溜息をわざとらしくついて、ルナの前まで歩み寄る。


「こういう場面では飛び降りないとダメだよ」

「あなたは、何をしたの…!? みんなを返してよ…!!」

「返してって、あなたは何を言っているの? みんなのことをあなたが勝手に洗脳していただけでしょ?」

 

 この期に及んでまだお惚けでやり過ごそうとするんだ。

 本当に嫌いだなぁ、そういうのは。


「違う! 私は、私は赤の果実でみんなと今まで頑張ってきて――」

「赤の果実は"ノアくん"と"わたし"が創り上げたものだよ。勝手に自分のものにしないでよ」


 わたしはルナの胸を掴んで、崖際へと押していく。


「再生が使えないのに、今こんなところから落ちたら死んじゃう…!!」

「あはっ、何言ってるの?」


 そしてわたしは、崖際でルナの耳元に、


「――わたしはここで死ねって言ってるの」


 そう囁いて、突き放した。

 虚空を掴もうと両手を動かして、荒波に包まれ消えるルナ。わたしはそれを見下ろして微笑む。


「じゃあね、ルナちゃん」


 その日。 

 わたしたちはついに強大なる敵、"ルナ"を倒すことに成功した。

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