11:8 果実は欠ける

「ノア?」

「…ルナか」


 ノアは森の中を宛もなく彷徨っていれば、ルナとファルサが共に行動している姿を見かける。二人の雰囲気はとてもどんよりとしていたため、彼は嫌な予感がしていた。


「ここにいたのか」

「リベロ」

「…やっと合流できた」


 次に合流したのはレインとリベロ。この二人もこの雰囲気を察したようで、口を閉ざしたままその場に立っていた。


「良かった、何とか会うことができて…」

「みんな大丈夫だった!?」


 ブライト、アウラもまたノアたちと合流する。しかし二人はこの重苦しい空気の理由が分からないようで、動揺しながら「どうしたの…?」と尋ねてきた。


「…」 


 最後に合流したのはヴィルタス。彼は制服のズボンに手を突っ込んで、言葉も発さず俯いたまま一本の木に背を付けた。


「ね、ねぇ…! ビートとステラは大丈夫なのかな!?」


 ビートとステラに関しての情報はこの場にいる者たちは何一つ知らない。そのせいか、誰もブライトの呼びかけに答えることがなかった。


「じゃあヘイズは――」

「あいつは、死んじまったよ」

「…えっ?」


 ヘイズの安否に関して、リベロが声を上げる。

 

「海岸で、頭吹き飛ばされて死んでいた」

「な、何かの見間違いじゃ…」

「見間違いじゃねぇよ。オレが、この眼でちゃんとそれを見てきたんだ」


 ブライトの顔が真っ青になり、その場にいる者たちが全員凍り付く。赤の果実内で初めて死者が出た。その現実を突きつけられ、何も言えなくなった。


「ならウィザードは!? ウィザードはどこにいるの!??」

「すまねぇブライト…。オレが、オレが間に合わなかったせいで、アイツは…」 

「ウィ…ザード…」


 ヴィルタスが歯軋りしながらも、自身が見てきたウィザードの亡骸について話せば、ブライトは立っていられず、その場にへなへなと座り込んでしまう。


「おい、グラヴィスは…」

「…駄目だった」

「――!」


 リベロが友人であるグラヴィスの安否について情報を求めたため、ルナはたった一言だけそう返答した。答えを聞いたリベロは、表情を非常に間抜けなものへと一変させ、


「…」


 何も言えなくなってしまった。


「ノア、そのお面って…」

「ティアは――デュアルに殺された」


 ティアの狐の面を右手に持っていたノアへ、ルナが遠回しに聞いてみる。その問いに対して彼は、血が滲み出るほど強く左拳を握りしめ、小さな声でその事実を伝えた。


「どうするのよ…? 私たち、これから何をすれば…」


 アウラの問いに答える者は誰もいない。

 自身の寝床として使用していた寮は跡形もなく消え去り、エデンの園の規則が崩壊してしまった無法地帯。どうすればいいのかなど、誰にも分からない。


「…リベロくん、どこに行くの?」


 たった一人だけ行動を起こしたのはリベロ。彼は何も言わずにその場からどこかへ向かおうとする。


「あの惨状からするに、ヘイズを殺したのは多分オレのお袋のクローンだ」

「ウィッチのクローンだって?」

「ウィッチじゃないけど…私とヴィルタスも見たのよ。死んだはずのクラーラの姿を」


 四色の蓮と四色の孔雀の欠けた人員が、クローンとなり甦っていること。それを知らなかった者たちは、表情を曇らせて息を呑んだ。


「オレはお袋のクローンを始末してくる」

「え…?」


 リベロはそれだけ伝えると、本校舎のある方角へと歩き出す。


「私も、アイツらのところにいく」

「ちょっと待ちなさいよ!」


 リベロだけに留まらず、ファルサまでもが同じ方角へと歩みを始めてしまう。ヘイズとグラヴィス。この二人の仇を取ろうとしているのだ。


「私も行くよ。ウィザードを殺したこと、絶対に許せないから」


 更に加わるのはブライト。

 恋人として関係を深めていたウィザードを殺されたことで、瞳の色は生気を失っているものの、一つ一つの動作が復讐心だけで動かされているように見えた。


「「「……」」」


 その三人の肩を無言で掴んで引き止める者。


「放してよ、ヴィル」

「…それは出来ない。オレはウィザードの為に、お前を行かせるわけにはいかないんだ」

 

 ブライトを引き止めたのはヴィルタス。彼はウィザードを最も距離の近い場所で友人として見てきたため、この状況で彼が一番何を望むかを分かっていた。


「ルナちゃん。どうして止めるの?」

「グラヴィスくんは、"復讐"なんて望んでないよ」


 ファルサを引き止めたのはルナ。グラヴィスが常に頭を悩ませるほど、彼女を気遣っていたこと。それを知っていたからこそ、彼の苦悩を無駄にはしたくないとルナはファルサの肩を放すつもりはなかった。


「何だよ? お前がどうしてオレを止めるんだ?」

「…あなたが一番分かっているはず。今ここで四色の蓮や四色の孔雀と戦っても、勝てないということぐらい」

 

 リベロを引き止めたのはレイン。彼女にとって今まで共闘してきた数が多いのはリベロ。それは逆も然り。彼がどれだけ策士で、戦略的判断が優れているのかをレインは知っている。だからこそ、勝てる見込みのない相手に勝負を挑もうとするリベロが、感情だけで動いていることを分かっていた。


「ノア、いいのかよ? このままやられっぱなしで」

「確かに俺だってすぐにやり返してやりたい。けど、今はレインたちの言う通り。勝算もないのに戦いへ挑もうとすることはあまりにも馬鹿な行為だ」


 ノアはリベロに向けて、冷静にそう言い放つ。彼が復讐心に飲まれなかったのは、"ティア"ならば誰が死んでも冷静にその場をまとめようとした、と考えていたから。


「じゃあどうすんだよ?」

「このエデンの園から撤退する」

「撤退する…?」

「規則が消えた。これは逆に捉えれば、この島から逃げ出しても違反にならないということだ。今から俺たちができることは、この島から"逃げる"ことだけ」


 ティアならきっとそうした。規則が消えた裏を突いて、戦略的撤退を提案しただろう。ノアは海岸のある方角へ視線を向けて、そそくさと歩き出した。 

 

「逃げる…? お母さんやお父さんを化け物に変えられて、ウィザードまで殺されたのに…。何もできないまま逃げるの!?」

「…あぁ、無力のまま逃げるんだよ。死にたきゃ、一人で死ね」

「――!!」


 目が虚ろなノアに、ブライトは喉に言葉を詰まらせる。しかも同じ仲間だというのに「死ね」と初めて言われたことで、何も言い返せない。


「逃げて、どこかで態勢を整える。それがこの絶望的な現状を打破できる方法だ」

「待ってノア! ビートくんやステラちゃんはどうするの?」

「…この島から出るまでに出会えなかったら、やむを得ない」


 要は二人を見捨てるということ。ルナはその意見に言い返そうなどとは思えなかった。何故ならそれが一番賢明で、一番身の安全を確保できる方法だから。下手に捜索して、再び四色の蓮や四色の孔雀と出会ってしまえば、"死者"が増えるだけ。


「全力で走るぞ。あいつらは校舎に全員集まっている。今しか逃げ出すチャンスはない」


 生き残った者たちだけで森の中を全力で駆け抜ける。走って走って、その最中に会話はない。表情も、晴れることがない。

 

「…こっちは崖のある方角だったか」 


 しばらく走れば、森を抜けて崖の上へと辿り着く。


「あっちから降りれるよ」

「本当ならここから飛び降りたいが…」


 崖下には露出した岩が多すぎるため、船を創造することができない。ノアはルナが指し示した場所から、平坦な海岸まで降りようと再び移動を開始しようとする。


「あれ、みんなでどこ行くの?」

「…!」


 森の中から姿を現したのは、デュアル。周りに他の仲間はいない。たった一人でノアたちの前に姿を見せた。


「もしかしてバカンス? それならわたしも連れて行ってほしいかも」

「…よく、その面を俺の前に出せたな」 


 殺意と怒り。

 その二つが込められた視線を、彼はデュアルへと送る。


「え? わたし、ノアくんを怒らせるようなこと何かしたっけ?」 

「…黙れ」

「あっ、その狐のお面ってティアちゃんのだよね。ノアくん、ティアちゃんに素顔を見せてもらったんだー。いいなー、わたしもみたかったなぁ…」


 そんなノアに向け、彼女は挑発交じりの笑顔を浮かべ、

 

「――ティアちゃんの死に顔」

「黙れッ!!」

 

 わざとらしく一言一句ゆっくりとノアへ伝えた。


「俺たちはもうお前に用はない。ここから失せろ」

「わたしは用があるんだよ?」

「どうせ下らないお喋りだろうが。そんなことをしている時間なんて、俺たちにはないんだよ」


 ノアはルナに視線で「先に行け」と訴える。

 彼女はそれを察し、リベロたちを連れて行こうとしたが、


「ノアくんだけじゃなくて――みんなにね」

 

 その海岸までの道を黒い霧で塞ぎ、デュアルは純粋無垢な笑顔を見せた。

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