11:7 乾いた涙
デュアルに遭遇してしまったティア。
彼女は薙刀を振るいながら、こんなことをふと考える。
(私の力だけでは、デュアルには勝てませんね)
自分一人では手に余る相手。
勝利への道筋も、ここから脱するための逃げ筋も、何もかもが見えてこない。
「狐さんのネームって、確かティアちゃんだったよね?」
黒色の霧は多数の小さな刃が回転をするチェンソーとなり、ティアへと襲い掛かってくる。しかも様々な形状へと姿を変えることができるようで、
「っ…!」
途中で猛獣の大口へと変化し、喰らいつこうともしてくる。ティアは薙刀を地面に突き刺して、身体をその場に浮かせて何とかそれを回避した。
「わたし、ティアちゃんと仲良くなりたかったんだ」
「仲良くなりたいのなら、関係の築き方を改めることをオススメします」
デュアルは腹が立つほど純粋無垢な笑顔を浮かべている。彼女は自分が何をしているのか理解したうえで、その笑顔を崩さない――狂人そのものだった。
「コノハナサクヤ」
ティアは自身のユメノ使者を呼び出し、デュアルの周囲を木々で取り囲む。
「エルガープロス」
そして第三キャパシティを発動して、その木々を一斉に炎上させる。燃やすために必要な木材でデュアルを閉じ込めた後、そのまま四方八方から火を点けて、焼き尽くしてしまうという戦法。下手をすれば焼き殺してしまうかもしれない。
「あはっ! とても"暑かった"よー」
だがティアはその心配など一切していなかった。なぜなら彼女は視線の先に立っているソレを"化け物"として認識しているから。その認識は間違ってはいなかったようで、デュアルは"消えぬ炎"を黒い霧で包み込んで"消火"してしまう。
「チート、という言葉の意味をやっと理解できました」
しかもデュアルに対しての影響は汗を掻かせる程度。微塵も焦げてすらいない。この現状で最も損害を与えられる可能性が高かった"能力"と"ユメノ使者"の組み合わせによる連携技。それがほぼ効いていないことで、ティアは頬を歪ませ微笑した。
「何となく分かっていると思うけど、ティアちゃんはここで"死ぬ"よ」
「…それはありがたいご忠告ですね」
「違う違う。今のはティアちゃんに言ったわけじゃないんだ」
彼女は首を左右に振って否定する。ティアは「なら一体誰に?」と問いかけようとしたが、デュアルの黒い霧が地面を伝わって足元まで近づいていることに気が付き、
「紫だちたる雲の――細くたなびきたる」
第二キャパシティ
(相手の意表を突くしかなさそうですね)
ティアは状況をリセットするために、左右の手に一個ずつ閃光手榴弾を創造すると、一つをデュアルの足元に、もう一つを自身の足元に転がして起爆した。
「あははっ、なーんにも見えないね」
辺りに眩い閃光と耳を劈くような爆発音が広がっていく。ティアはそれに巻き込まれないよう、両手で耳を塞いで目を瞑りながらも、近くの草むらへと飛び込んだ。
「コノハナサクヤ。この辺りにダミーの木々を」
元々生えていた木々に紛れて、コノハナサクヤに新たな木々を生やすよう指示を下す。その間にティアは
(狂人相手に賢く能力で戦おうとするのは愚策。現実的な戦い方をするべきですね)
現実的な戦い方。デュアルには能力による攻撃が一切通じないことが分かった。ならば非常に現実的で、高い殺傷能力を誇る戦い方へと変えるしかない。
(身を隠しながら、距離を保ちつつ、慎重に行動を起こす)
自分に言い聞かせるように心の中で独白し、爆薬を素早く木々の根元に一つずつ設置し始めた。
「――
それからスコップに魂を与えるために能力を発動した。下した命令は"塹壕を作ること"。いくつかのスコップは指定された個所の土を掘り進めていく。
「ティアちゃん、わたしとかくれんぼでもしたいの?」
しばらくして、デュアルが木々の中へと足を踏み入れて来れば、ティアはすぐさま木の陰へと身を隠した。
「…"白き灰がちになりて、わろし"」
深呼吸をして使用した能力は
(――
そして自身のネームプレートを剥ぎ取ると、第一キャパシティを発動してとある命令を下す。
(…さて、問題はここからですね)
その場からどこかへ飛んでいく『Tear』と書かれたネームプレート。ティアはそれを見送り、自身の後方付近で捜索しているデュアルの様子を一瞬だけ覗いてみる。
「みーつけた」
「っ…!?」
背を付けている木の裏側。デュアルは行動を予測でもしていたのか、そこから半分だけ顔を覗かせていた。相も変わらず不気味な笑顔を浮かべたまま。
「エルガープロス…!」
「あっ、ティアちゃん!」
しかしそれはティアからすればここまでは予測通り。見つかることを前提に隠れていたこの木の位置は、周囲に爆薬が埋め込まれた中心地となる場所。彼女は事前に掘り進めていた塹壕へと飛び込んで、エルガープロスによる炎で爆薬を起爆させようとした。
「――そこには飛び込まない方がいいかも」
塹壕の中に埋められた無数の爆薬。それは確かに先ほどティアが至る個所に設置していたもの。
「しまっ――」
エルガープロスによる炎が塹壕の中へと入り込む。
ティアはすぐに塹壕から飛び出そうとしたのだが、
「BOMB」
そんなデュアルの声が聞こえると同時に、塹壕は土をまき散らしながら大爆発を起こす。雨のように降り注ぐ土。その色はやや赤みを帯びていた。
「…だから言ったのに」
彼女が塹壕の付近へと歩み寄れば、そこには腰より下が消え失せた上半身だけのティアが転がっている。
「怪我をしちゃうと大変だと思って、わざわざこの穴に爆薬を入れておいたのに…。ティアちゃんもドジなんだね」
「――"虫の音っなど、はたいふべきにっ、あらず"」
「でも凄いよね。あの状況でユメノ使者を瞬時に盾として使うなんて」
呼吸を乱しながらも
「もうそろそろ殺し時かな?」
「はぁっ、げっほげほッ…」
「殺さないでって…。わたしは最初にティアちゃんはここで死ぬって言ったでしょ?」
苦しみに悶え、咳き込むティア。
そんな彼女を他所にデュアルは独り言をブツブツと呟いていた。
「可哀想だけど、これがティアちゃんの最後。わたしにはもう止められない」
(どうして爆薬が、塹壕の中に…)
「殺してほしくないのなら、ティアちゃんを助けてみてよ。あなたに何かが出来るのなら」
爆薬を移動させる素振りなど一切見せなかった。というより、塹壕の近くには自分が立っていたではないか。気づかれないように移動させることなど"不可能"だ。ティアは下半身の膝辺りまで再生され、やっと落ち着きを取り戻す。
「あははっ! ティアちゃんって、みんなから愛されてるんだね!」
「…どういうことですか?」
「ううん、こっちの話だから気にしないで。とにかく、ティアちゃんには生き残ってほしいって望む人たちが沢山いるってこと」
ティアは会話でデュアルの気を紛らわせつつも、下半身が完全に治癒したことを両脚を動かして確認する。
「でもね、もう終わりだから。ティアちゃんは今から無残に"死ぬ"」
「――!!」
今までの数倍強い殺気を肌で感じ取ったせいか、ティアは反射的にその場へと起き上がり、薙刀を振るう。
「ここからはわたしの"番"」
わたしの黒い霧で一度怪我を負えば、再生で治療はできなくなる。だからわたしは黒色の霧でティアちゃんの両脚を、バターみたいに斬り落とした。
「うぐっ…!?!」
再生が使えないことに気が付いたからかな。ティアちゃんは、仰向けに倒れながら自分の両脚とわたしを交互に見てきた。
「わたしの黒い霧って"再生"で治せない怪我を負わせちゃうんだ。ティアちゃんの脚ってすらっとしていて綺麗だったけど、もう治らないね」
ティアちゃんは話を聞いてくれない。残された両腕を上手く使って、わたしから逃げようとしている。その姿は赤ちゃんみたいでとても可愛らしい。
「どこに行くの? わたしも一緒に付いていくよ」
わたしはティアちゃんのペースに合わせて一緒に歩く。子犬を連れて散歩をしているようで、とても楽しい。
「ティアちゃんってそのお面を外さないの?」
「……」
「あはっ、面白そうだし外しちゃおっかな」
ティアちゃんの顔に手を伸ばすと、後退するために使っていた両手でお面を取られないように守ってしまう。
「えー? 死に顔ぐらい拝ませてよー」
狐の面の耳の部分を軽く引っ張っても、ティアちゃんは力一杯握りしめたまま離さない。そんなに見せたくないと強情になられると、わたしは更に興味を惹かれちゃう。
「もぉー、ならその邪魔な手を切っちゃお!」
「っあぁッ…!!?」
だからわたしは黒い霧を大きなハサミに変えて、ティアちゃんの両腕の肘から下を切ってしまった。我ながら、腕の内側がくっきりと見えるほど綺麗な断面で切ることができたなぁ…。
「それじゃあお披露目ターイム」
どんな顔をしているんだろう。わたしは気分を高揚させながら、その狐のお面に手を触れた。
「鐘が鳴った…ってことはもう終わり?」
でも残念なことに召集の鐘が鳴ってしまう。こんなに良いところだったのに、ほんとゼルチュは空気が読めない。好き放題、自由にやらせてほしいのに。
「あーあ、ティアちゃんの死に顔拝みたいなぁ…」
「…くっ…ぅ」
「けど集まらなくてもいいや。少しぐらい遅れても問題は――」
召集命令を背くだろうと予測されていたみたいで、白色のローブで身を包むペルソナがわたしの背後に立っていた。
「あははっ、わたしを無理やり連れてこいとでも言われたの?」
「…」
「うん、分かってるよ。今すぐ行くから」
わたしはティアちゃんの頭を軽く撫で、
「バイバイ、ティアちゃん」
別れの挨拶をしてから、みんなが集まる学校へ向かうことにした。
「バイバイ、あなたたち」
そろそろ"コレ"も返すときかな。時機に怒られちゃいそうだし、わたしの番はこれまで。
「じゃ、行こっか」
こうして、デュアルはペルソナと共にその場を後にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「これは…」
ノアは仲間を探しに走り回っていれば、『Tear』と刻まれたネームプレートが自分の元まで漂ってきた。そのネームプレートは彼を見つけるなり、逆方向へと再び飛んでいく。
「そうか、ティアが自分の位置を教えるために能力を使って俺の元までこれを…!」
ふよふよと飛んでいくネームプレートの後に続き、森の中を駆け抜ける。賢いティアならば、敵に見つからないようどこかへ隠れた状態で、この能力を使用しているのだろう。ノアは「流石だ」と心の中で彼女を称賛していれば、目的地まで辿り着く。
「…は?」
目的地が間違っているんじゃないかと目を疑った。何故ならそこは木々がなぎ倒され、爆心地のようになっていたからだ。
「ネームプレートは…」
ふよふよと草むらの陰にネームプレートは浮かんでいた。ノアはそこにティアが隠れているはずと早足でその陰を覗き込み、
「――ティア?」
再び自身の目を疑ってしまう。
それはティアなのかと確信が持てなかった。ティアは人間。人型の身体がそこにあると思い込んでいた。しかしそこにあったのは人型ではなく、ダルマのような"肉塊"のみ。
「…しくじり、ました」
「ティアッッ!!!」
その声を聞いてやっとのことでティアだと認識し、すぐさま彼女の側にしゃがみ込んで、そのダルマのような身体を支えた。
「待っていろ…! 今すぐ治療する!」
ノアはティアの体内に自身の創造力を流し込み、再生を無理やり発動しようと試みる。
「…何故だ!? 何故再生が使えない!?」
けれど、失われた両腕・両脚が再生することはない。彼は脳を回転させて、ティアの容態を慎重かつ迅速に確認する。
「デュアルの、力です…。再生が、使えなくなる力で…」
「なら今すぐ止血をするぞ! ここで応急処置を施せばまだ助かるはずだ!」
再生が使えないのなら応急処置。ノアはあらゆる医療用具を創造して、ティアの両腕と両脚の断面から流れ続ける血を止めようと手を動かすが、
「…ノア。この出血量では、助かりません」
「やってみなきゃ分からない!!」
彼女はあまりにも血を流し過ぎた。
本当ならば、とっくに意識が途絶えていてもおかしくないほどの出血量。それをノア自身も理解していたが、ここで諦めるわけにはいかない。
「本当に…運が悪いことばかりの人生でした…」
「輸血を、輸血をしないと…!」
「家族も焼け死んで、身体も汚されて…よりもよって、デュアルと出会ってしまうなんて…」
「絶対に救ってみせる…! だから俺を信じてくれ!」
もはやノアにも手の施しようがなかった。生命維持するために必要な血液の減少。彼は輸血をしてティアを助けようと、生命の創造を行うために手をかざす。
「ノア…!」
「――!」
ティアの絞り出した怒声に、彼は手を止めた。
「私にとって…赤の果実にいられたこと…。それが…とても幸運だった…」
「…」
「例え、私が戦うためのレプリカだったとしても…。私の思い出は、記憶は、私のものです…。どれも楽しくて…嬉しくて…"幸運な出来事"ばかりの…」
ティアが言葉を紡げば紡ぐほど、ノアの視界は徐々に歪んでいく。
「最後に、私の頼みを…聞いてくれませんか…?」
「頼み?」
「このお面を取って…ください…」
ノアは恐る恐る狐の面に触れ、それをゆっくりと取り上げる。
「火傷の、跡…?」
目にしたことがなかったティアの素顔。それは痛々しい火傷の跡が残っているもの。言葉を詰まらせているノアを見たティアは、その瞳を彼の瞳に通わせる。
「私がこの顔を見せようと…思っていた相手は…二人だけでした…」
「二人だけ?」
「私の家族を焼き殺した相手と、もう一人――」
ノアにとって初めて目にするティアの微笑み。
それと共に告げられた言葉。
「――愛する人、です」
「……!」
「死ぬ前に…あなたへこの顔を見せられて…私は…運が良いですね…」
思考が、思考が停止する。
「もし…もし叶うなら…あなたに抱きしめて…欲しいです…」
それでもティアの"言霊"に操られるようにして、ノアはその肉体を優しく抱きしめる。その肉体は、冷たいようで、ほんの少しだけ温もりを感じさせてくれた。
「とても…温かい…」
「ティア…」
「あぁ私は…本当に…最後まで運が良かった…」
消えていく声、消えていく温もり。
ノアは彼女が逝かないように強く抱きしめる。
「私と…私と出会ってくれて…ありがとう…ござい…まし…た…」
「…ティア? ティアッ!!」
呼びかけても、何も応えない。
それでも彼は彼女の身体を離さず、ただ抱きしめていた。
「最初に見せる顔がっ…死に顔じゃっ…意味がねぇだろぉっっ…」
歯を食いしばり、子供のように顔をぐしゃぐしゃにし、その"肉塊"を涙で濡らす。
「あ"あ"ぁあ"ぁぁあ"あ"ぁあ"ぁぁ嗚呼ッッーーー!!!」
どれだけ叫んでも、何も返ってこない。只々、彼の右手に握られていた狐の面が、どこか寂しそうに哀愁を漂わせているだけだった。
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