Who are those "Tear"s for?


 一月三十日。奇襲を仕掛けられる一日前。ティアは昼頃なのにも関わらず、自室のベッドで虚無感に浸りながら横たわっていた。


(…私は何をしているのでしょうか)


 この世で最も時間を無駄にしている気分。ティアは重い溜息をついて、ジュエルペイの画面をタッチして起動する。


(折角なら、誰かと一緒に…)


 メッセージ欄にある会話の履歴を遡ってみるが、これといって何かに誘われているような形跡はない。ティアは机の上に置かれた狐の面に視線を移す。


(ああいうお面を付けていると、やはり誘われにくい?)


 今まで素顔を隠したまま、赤の果実のメンバーたちと接してきた。唯一素顔を見せたのは、家族を焼き殺した元凶であるラースのみ。


(今更外すのも、何か違うような気がします)

 

 そもそも素顔を隠していた理由は、この顔に負った火傷の跡を見せたくなかったから。ただラースだけには、己の復讐を果たすために見せつけてやろうとずっと考えていた。


「寝ていても駄目ですね。気分転換に外出しましょう」


 ティアは寝間着姿から私服へと着替え、狐の面を顔に付ける。


(さて、まずはどこに行きましょうか)


 玄関の外へと足を踏み出し、そこから地上にある公園を見下ろしてみた。


(…あれはウィザードとブライト?)


 二人で腕を組みながら仲睦まじく歩いている姿。それが目に入り、ティアはその様子をしばらく眺めてみることにする。

 

(どう見ても恋人同士。幸せそうな顔をしています)


 都会の街中でよく見かけるカップル。それに近しいものを感じたティアは、狐の面の下で微笑した後、地上へ降りるために階段まで向かった。


(ノアが何をしているのか気になりますね)


 ノアの部屋の前を通りかかった時、彼がこの時間帯をどのように過ごしているのかが気になってしまう。ティアはそれを知るため扉の前に立ち、中から聞こえる音に耳を澄ましてみる。


「はいドーン~!!」

「はぁー!? 今の判定無いだろー!! クソゲかぁー!?」

「あーあリベロ、今のは読みが浅かったね」

「お前らどんだけこのゲームやり込んでるんだよ…?」


 聞こえてきた声は、ルナ・リベロ・グラヴィス・ノアの四人。ド派手な効果音やコントローラーのカチャカチャ音からするに、恐らく四人で対戦ゲームで遊んでいるのだとティアは察する。


「ノア最下位で草~!」

「俺はアクションじゃなくて、パズルかクイズ形式の対戦を希望する」

「おいおいー? それはお前が無双するだけだろうがー」

 

 ルナたちが上手すぎるのか、それともノアが下手すぎるのか。アクション型の対戦ゲームにおいて、彼は最下位。しかし頭を使うパズルやクイズなどは、ノアが圧勝するようだ。


(ここに私が入っていくのは場違いですね)


 ティアはノアの部屋の前から離れ、階段を下って地上へと降り立つ。そんな彼女を歓迎するかのように、冷たいからっ風が髪を撫でてきた。


「時間もありますし、島を見て回りましょう」


 寮の近くに停車しているバスへと乗り込めば、その島の左回りに出発する。ティアはバスの中で特に目的地も考えないまま、どこまでも続く水平線を眺めていた。


「…教会」


 水平線とは逆の方向にある教会。その窓の奥にはヴィルタスとアウラが少し距離を空けて、長椅子に座っている姿。


(あの二人も、付き合っているんですね…)


 どれほどの距離感でいればいいのか、お互いに分かっていない馴れ初めカップル。ティアはそのような印象を受けて、再び狐の面の下で微笑した。


(でも、幸せそうに見えます)


 バスが再度動き出して、教会から離れていく。ティアは二人の邪魔をするわけにもいかないので、座り込んだまま水平線へと視線を移す。


(…?)


 こんなにも寒い時期。冷たいからっ風がよく当たる丘の上で、数人の影が動いていることに気が付いたティア。彼女は目を凝らして、それが誰なのかを観察してみれば、


(あれはヘイズたち、ですね…)


 花畑で楽しそうにはしゃぎ回っているステラとノエル。そしてそれを微笑ましそうに眺めるヘイズの三人だった。


(両親が死んだ原因はノエルだと言っても過言じゃありません。ヘイズやステラも、両親を失った被害者。きっと内面ではノエルと接しながら、複雑な感情を抱いていることでしょう)


 しかし実際にノエルは何も悪くない。そもそも全ての元凶はゼルチュだ。彼が自らの野望の為にNoel Projectという計画を完遂させようとノエルを創り出した。


(哀れな子です)


 ノエルは自分が生まれた意味など知る由もないだろう。一人の少女として、ここにいる。そう思い込んでいるに違いない、とティアは少々哀れみの視線を送ってしまった。


(…考えてもみれば、私たちにもそれは同じ事が言えますね)


 Noel Projectによって創り出された"ノエル"という名の少女。ティアたちはその計画を阻止する役目を背負わされ、雨氷雫たちに創り出されたDrop Projectの"レプリカ"。一つの目的を果たすためだけに生まれた、という立場はティアもノエルも何ら変わりない。

 

「不満か? 満足か?」


 すぐ左隣から聞こえてくる声。それを耳にした彼女は、すぐさま視線をそちらへと移す。


「…あなたは誰ですか?」


 黒色のズボンに、白色のパーカー。フードを深く被り、ティアと同じ狐の面を顔に付けていた。


「私が誰なのか、それは知っておくべきだ。いや、そんなことは知らなくていい」

「…では質問を変えます。あなたの目的は?」

「目的、そうか目的か。私の目的は一つだけじゃない、いや一つだけかもしれない。哀れなお前の為に会いに来てやったのだ」


 本来なら警戒心を抱くはずなのに、この人物が側にいても込み上げてくるのは安心感だけ。ティアはからかわれていると感じ、「余計なお世話です」と再び視線を窓の外へ向けてしまった。


「お前は運が悪い女だ。お前は運が良い女だ。私はその運の悪さを、遠くで近くで見届けてきた。いいや見届けていない。この世界のどこを探しても、お前ほど不幸な者はいない。いや、いるかもしれない」

「…不愉快ですね。その上から見下ろすような言葉と、全てを知ったかのような口ぶりは」

「そうか不愉快か。それも悪くない、いや悪いかもしれない」


 どうも言動が噛み合わない。彼女は不気味な先ほどから肯定や否定を繰り返すその人物へ、軽蔑の眼差しを送った。


「だが、私に向けて軽蔑の眼差しを送ること自体が間違っている。いいや、間違っていない。それはお前にとって自分の弟を侮辱するようなもので、侮辱しないようなものかもしれない」

「私の弟は既に亡くなっています。あなたこそ、私の弟を侮辱していますよね」

「いいやこれは私のことだ。いや、私のことじゃない」

「…まともに会話する気がないのなら、ここから早急に消えた方がいいですよ?」

 

 その人物に向けていた"軽蔑"は"敵意"に豹変する。それを察したのか、ティアの隣に座るその人物は付けている狐の面を半分だけずらして見せた。


「私は私で、お前は私の姉で、私の姉じゃない」

「――!?」

 

 その顔はティアの弟とそっくりなもの。瓜二つというより、本物がそこにいるのではないかと自身の目を疑うほど酷似していた。


「今のはジョークだ。いや、冗談じゃない。姉のお前が不幸な人生を送ったおかげで、お前の弟は幸運な人生を送っている。送っていないかもしれない」

「…からかうのにも限度があります。本物とそっくりなクローンを作って、私を怒らせたいのですか?」

「ああ、怒らせたい。いや、怒らせるつもりはない。お前の弟は、天国にも地獄にも逝っていない。私の元へやってきた。おそらくな」

「あなたの元へ…? それはどういうことですか?」


 私の元へやってきた。

 ティアはその言葉の意味を尋ねる。


「今の私は私ではない。いいや、私かもしれない。お前の弟は死んだ後、私の元へ魂だけで訪れた。アイツは私に向かってこう言った。姉だけでもこれから助けてくれと。助けないでくれと」

「…!」

「私はお前の全身に纏わりついていた消えない炎を消した。いや、消していなかった。私が干渉したから、お前は生きている。生きていないかもしれない」 


 自分の身体に付いた消えぬ炎だけが消えたのか。理由を答えるその人物に、ティアは狐の面で冷や汗をかいていた。


「アイツの願いを叶えた。いいや、叶えていない。だから私は代償としてあの者の"姿"を貰った。貰っていない」

「…その話が本当だとして、あなたは何者? どうして私の前に姿を見せているのですか…?」 

「前者は答えられる。いや、答えられない。私はお前に警告をしに来た。来たのかもしれない」

  

 その人物は狐の面を再び顔にしっかりと付けると、ティアの方へと顔を向ける。


「今日中にこの島から出ていけ。いいや、出ていくな。お前は二日後に死ぬ。死なないかもしれない」

「…死ぬ?」

「不幸に殺される。いや、殺されない。お前は私の警告を聞き入れるべきだ。聞き入れないべきだ」


 言動はおかしいままだが、その口調からするにふざけている様子はない。


「私にその警告を聞き入れろとでも?」

「アイツはお前を助けろと言った。いや、言っていない。だから私は未来に関わる重大な選択が迫るたびにお前の元へ"警告"と"答え"を与えに来た。来ていないかもしれない」

「何を言っているのですか? 私はあなたとはここで会うのが初めてです」

「初めてではない。いいや、初めてかもしれない。とにかく私はこの警告をした。していない」


 ドーム前の停留所でバスが停車する。


「私と出会った記憶は、"一時間後にすべて忘れる"。いや、忘れないかもしれない」

「…」

「さらばだ。さらばじゃないな」


 その人物はバスから降りれば、停留所から忽然と姿を消してしまった。ティアは"島から出ろ"という警告を受け、しばし考える。


「…ノアたちと共にいれば大丈夫でしょう。私が死ぬなんてこと、あり得ません」


 安直な結論。

 こうしてその日も時間が過ぎ去り、ティアの一日は終わりを告げた。



 

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