11:4 魔術の消失
「行くぞフェンリル!」
巨大な狼の姿をしたフェンリル。彼はユメノ使者を呼び出して、その場で佇んでいるブラッドを襲わせた。
「…」
鋭利な牙。
それを口元から覗かせ食らいつこうとするのだが、ブラッドは猛獣の扱いに手慣れているかのように一切動じることもなく、冷静にその噛みつきを回避する。
(この間に、第二キャパシティの準備を…!)
ウィザードは第二キャパシティ
「……」
「――!?」
フェンリルの相手をしているにも関わらず、ブラッドは怪しい動きをしているウィザードに目を付け、腕の袖から隠し持っていた小さな針を射出させる。
「
彼はスタッフを突き出して雷の障壁を自身の前方に展開し、向かってくる針を次々と撃ち落とした。
「…」
よそ見をしているブラッドの身体に、巨体を活かしたフェンリルの体当たりが打ち込まれる。呻き声も上げず、表情も変化しないブラッドにそれが効いていたのかは不明だが、
(あれだけ隙があるのなら
四色の孔雀の彼にも隙が生じるということを理解した。ウィザードは自身が出せる最高の火力技を叩き出せるように、ブラッドに警戒をしながらも石ころに魔力を込めて魔石へと変えていく。
「……」
(七元徳のアンティアにもこの技は通じた。一撃で仕留められなくても、あいつに深手は負わせられるはずだ)
深手を負わせた後、全力で逃走すればこの最悪な状況を抜け出すことができるだろう。彼はフェンリルがブラッドに頭突きを放つ瞬間を見計らい、火・水・地・風の四大元素となる魔石を自身のスタッフに一つずつはめ込んだ。
(これで準備は整った…が)
問題はここから。それはブラッドに隙が生じた瞬間、大技を近距離で放つ方法。隙が出来たところでブラッドはすぐに態勢を立て直す。
「一か八か…」
それはつまり数秒後に隙が生まれる前提でブラッドへと接近し、大技を当てなければならないということ。
「――
ウィザードはアンティアから引き継いだ第三キャパシティ
「俺は、絶対にあいつを倒す」
この能力の効果は自身の感情を口に出した言葉で上手く表し、感情を高ぶらせることで創造力を大きく向上させるというもの。彼の内面には"ブラッドを倒す"と勝利に対する情熱が込み上げている。
「行くぞ、フェンリル!」
実際、彼は逃げようと考えている。堂々と"倒す"と断言したのは、これぐらいの覚悟がなければ大技をブラッドに当てられないと思ったから。
「……」
その情熱がウィザードの創造力と魔力を向上させ、先ほどの数倍は移動速度が機敏となった。
「…」
「…ッ!」
しかしブラッドはその速度に劣ることなく、ウィザードへと再び腕の袖から小さな針を的確に撃ち出してくる。
(そう上手くはいかないか…!)
自身に向かって飛んでくる小さな針を、木の陰に隠れてやり過ごした。ブラッドの注意はフェンリルよりも、自分に深く向けられているのだと彼は軽く舌打ちをする。
「だったらこれでどうだ!!」
ウィザードは反撃だと言わんばかりに木の陰から半身を出しつつ、魔力による水の球を無数に放った。
「…」
けれどそんなものが通じるはずもなく、ブラッドはそれらをナイフで細かく斬り刻み、ただの水へと崩してしまう。
「…雷撃」
次に彼が飛ばしたのは雷の球。
ブラッドはそれに触れてはいけないと判断したのか、ナイフを使用しない。ただその場で最小限の動きで回避に専念するのみ。
「…!」
しかし次の瞬間、ブラッドの全身に雷が流れ始め青白く発光した。
「フェンリル」
彼がユメノ使者の名を呼べば、ブラッドは背中からフェンリルの片足によってその場に押し倒される。
「…!!」
コンクリートの地面には水溜まりが何個も作られていた。ブラッドが前のめりにそこへ叩きつけられれば、その身体に流れる雷の強さは更に増す。
「…今がチャンスだ!」
先ほどの水の球は、足元にいくつかの水溜まりを作り、ブラッドの衣服を濡らすために放っていた。所謂、相手の隙を生むための事前準備。本当の目的はその事前準備を踏まえて、雷の球で感電させること。
「この一撃で必ず倒してみせる…!!」
身体が痺れ、身動きの取れない今がチャンス。ウィザードは全力で駆けながら、黒色のスタッフに魔力を集中させ、第二キャパシティの発動準備を行う。
「――
前のめりに倒れ込んでいるブラッドの身体に向けて、ほぼゼロ距離で自身の出せる最高火力をぶつける。赤色・緑色・茶色・緑色。それぞれ四色の光がブラッドを包み込んだ。
「はぁっはぁっ…」
ウィザードは激しい魔力の消耗により、息切れを起こす。光が徐々に収まっていく最中、彼はブラッドがまともに動けない状態となっているだろうと、すぐに背を向けてその場から走り出した。
「――少しだけ効いた」
が、背後から聞き覚えのない声がしたことですぐに振り返り、
「っ…!?!」
自身の背中にナイフが突き刺さっていることに気が付く。
(嘘だろ…!? あれをまともに受けたのにどうして動けて――)
視線の先に立つ人物はブラッド。ウィザードの最大火力を撃ち込まれたというのに、彼は平然とそこに立っている。
「ぐっ…」
考えている場合ではない。彼はすぐに脳内の切り替えをして、背中に刺さっているナイフを左手で強引に抜く。そして深い刺し傷を治療するため、再生を使用しようとしたのだが、
「――?」
身体の内側から紅色の棘が露出していた。ウィザードは何が起きているのか理解ができず、しばらくその場で呆然としてしまう。
「再生を――」
創造力を集中させて治療を行っても、再び紅色の棘が内側から飛び出すせいで、何度やっても完治ができない。身体に疲労感が募っていくばかり。
「いつの間に、俺の身体を切り刻んで…」
背中を刺されただけだと思いきや、全身にナイフによる切り傷を入れられていた。両腕、両脚、脇腹、首元。とにかくあらゆる個所に、切り傷を負っていたのだ。
「…これが、あいつの能力なのか?」
ブラッドの第一キャパシティ
「がは――ッ?!」
臓器を貫き、肉を貫き、皮膚を貫いて、その紅色の棘はウィザードの身体から鋭利な先端を見せた。再生による完全治癒は、たった一秒ですべて水の泡となる。
「創造力、が…」
身体に染み渡る痛みの感覚と同時に、彼は体内の創造力が消えていく感覚も覚えていた。ウィザードは「マズイ…」と逃げるために背を向ける。
「――ぅっ!!」
だが怪我のせいで膝から崩れ落ちて、コンクリートの道路へと正面から顔を打ち付けてしまった。
「…魔力なら、オレも持っている」
そう呟きながら、ゆっくりと近づくブラッド。
彼から逃げるように、ウィザードは力の限り這いずって前へ前へと進んでいく。創造力の源である"肝臓"が損傷してしまっていること。それを悟っていたからこそ、ウィザードは逃げようとしていたのだ。
「オマエの魔力は"弱い"。だから効かない」
「逃げないと、逃げないと…」
「オマエとオレの差、分かるか?」
ウィザードの肩から指先にかけて、紅色の棘が一面に噴出する。筋肉をズタズタに裂き、骨をボロボロにし、その肌を真っ赤に染め上げた。
「"実戦経験の差"。それがオマエの"死ぬ"理由」
ウィザードの実戦経験数とブラッドの実戦経験数の違いは雲泥の差。例え七元徳や七つの大罪に勝てたところで、それ以上の実力を持ち、実戦経験を積み重ねてきた四色の孔雀に敵うはずもない。
「死んでっ…たまるかっ…!!」
必ず生き延びるという強い意志。彼は両腕が使い物にならなくなっても、生きようと全身をよじらせて前へ前へと進もうとする。
「綾香の分まで、俺は生きないといけないんだっ…。逃げて、生きて、逃げて、生きてっ…」
「言葉は、いらない」
「――!!」
彼の喉元を貫く一本の棘。その首筋に風穴が空いたせいで、言葉の代わりに空気の洩れる音が聞こえ始めた。
「――」
「まだ、生きようとするか」
それでもウィザードは逃げようと、生き延びようと芋虫のように身体を動かして前進する。ブラッドはそんな彼に冷酷な眼差しを向けた。
「――尽きろ」
ブラッドが彼の背中越しに心臓付近をナイフで突き刺す。
(生き残らない、と…)
心臓の鼓動が緩やかに、穏やかに静まっていけば、ウィザードの視界は少しずつぼやけ、チラチラと真っ黒な世界が映り込む。
(ヴィルタス、ブライト、みんな…)
意識が途絶える直前、血だまりの中で彼が見た光景は、"自分を除いた赤の果実の後ろ姿"と"二人で手を振っているブライトとヴィルタス"。
(――ありがとう)
ウィザードとして生きた
◇◆◇◆◇◆◇◆
「アウラとはぐれたな…」
クラーラ・ヴァジエヴァと戦闘中、アウラとはぐれてしまったヴィルタスは一人で道なりの道路を歩き進めていた。
「とにかく、他のやつと合流しねぇと」
今すぐ道を引き返したところで合流できるとは限らない。ならばとヴィルタスは、このまま先へと進んで他の仲間と会うことに望みをかけていたのだ。
「何で赤いんだ?」
道路が赤みを帯びていることに気が付いたヴィルタスは、不思議に思いながらも足を止めずに歩き続ける。
(ここで誰かが戦っていたのか?)
木々に焦げ跡が残されているのを見て、誰かが先ほどまで戦っていたのだと彼は予測を立てた。その答え合わせのために、赤みが増していく道路をどんどん進んでいく。
「あれは…」
そこで誰かがうつ伏せで倒れているのを見かけ、彼はその場に足を止める。
「――ウィザード?」
その髪型と体型でウィザードだとすぐに理解できるはずだった、はずだったのだが、
「おい、そんなところで何してんだよ…」
鉄臭さと真っ赤な水溜まりのせいで、理解するのを彼の中で自然と拒んでしまった。
「誰だか知らねぇけどよ。そんなとこで寝てたら風邪を引くぞ?」
自分の声に応答しない。
ヴィルタスは"ソレ"が"死んでいる"のだと確信する。
「なぁ、おい聞いてるのか?」
何故か、ソレに近づくためには勇気が必要だった。無関係の、顔も見たこともない、ただの死体。ソレに近づくために、彼は勇気を振り絞ったのだ。
「――」
うつ伏せになっている死体を仰向けにすれば、ヴィルタスは何も言えなくなる。
「なにを、してんだよ?」
ソレは瞳孔を開いていた。
口元からは涎と血唾を垂らし、喉にはぽっかりと小さな穴が空いてしまっている。信じたくない現実。ヴィルタスは目を背けていたが、ソレの胸元に付けられているネームプレートには、
「――
無色のプレートにしっかり【Wizard】と刻まれていた。それだけではなく、彼の右手首には夏祭りの日にブライトから貰った赤いブレスレットが付けられている。
「目を、覚ませよ」
その身体はとても冷たかった。
触れているだけで、自分自身が生きている心地すらも感じさせないほどに。
「…んでだよっ」
現実を受け止めた途端に、彼の瞳から涙の粒が零れ落ちる。
「なんで、なんだよっ…!!」
犬猿の仲。
それでも良き相棒、良き親友として信頼を寄せていた。日頃から共に過ごす時間も多かった。お互いに将来の"夢"も語り合った。
「約束っ…しただろうがぁっ…!!」
そして何よりも、このエデンの園で"共に生き残ること"を固く約束していた。様々な想いと記憶が蘇り、ヴィルタスはウィザードの亡骸を震える両腕で抱えながら、
「ちっくしょう…! ちっくしょぉぉぉぉぉぉぉーーッッ!!!」
――ただ泣き叫んだ。
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