11:3 四色の孔雀
「くっそ…ブライトたちは無事なのか?」
北西の方角。
そこではウィザードがバスの通る道路のど真ん中で、ジュエルペイの画面を何度も指先で叩いていた。彼は吹き飛ばされたものの、すり傷程度の軽い怪我で済んでいる。
「…誰かと合流した方がいいな。孤立するのは危険すぎる」
島の真ん中を通っていくよりも、このまま道路に沿って歩いた方が人と遭遇する確率が高い。ウィザードはそう考え、島の左回りに道路を歩いていくことにする。
「生き残っているのは俺だけだったりしてな…」
苦笑しつつも辺りを警戒しながら、ウィザードは固いコンクリートの道を踏みしめた。寮を爆撃したのは赤の果実へと奇襲を仕掛けるため。
「…!!」
考え事の最中、背後から感じ取れたものは"殺気"。彼は振り返りざまに創造武器のスタッフで横払いをする。
「……」
「お前は…」
そこに立っていたのはガスマスクを付け、黒色のフードを深く被る男性。そしてその左手にはナイフが握られていた。ウィザードは背後から"殺そうとしていた"のだとすぐに察し、後方へと飛び退く。
「四色の孔雀のブラッド」
「…」
ブラッドは何も答えない。
だがウィザードは返答を貰えなくとも、続けてこう話す。
「メテオと同じように、クローンとして創り出されたんだろう?」
「…」
「お前は七月に死んだはずだ。俺は直接それを見てはいないが、ノアたちから話は聞いていたよ」
ブラッドはエデンの園を七代目教皇である妲己と襲撃し、ペルソナによって既に殺されていた。その話を知っていたからこそウィザードは、視線の先に立っているブラッドがクローンだと強く確信できたのだ。
「…」
「…何も反応してもらえないと、こっちの調子が狂うな」
語り合う必要などない。
ブラッドはそう言いたげな様子で、ナイフを逆手持ちにする。
(現状で最大の問題は、俺がこいつに勝てるかどうかだな)
身体に魔力を通わせると、スタッフに雷と炎を纏わせ、
(けど、やるしかないか)
ブラッドに向けて、雷を混合させた炎の球をいくつも放った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ビート、もっと速く走って!」
「くそっ! しつけぇなおっさん!!」
南西の方角。
ビートはステラを背負い、ドーム内を走り回ってある人物から逃げ回っていた。
「だったら逃げるのをやめて、オレと戦ったらどうだ?」
その人物は先月倒したはずのメテオ。
二人は爆撃の影響でドーム付近まで吹き飛ばされ、そこでメテオと鉢合わせしていた。どこか鈍いビートとステラでも、そのメテオがクローンだと出会った瞬間に理解をする。
「オレとステラで敵う相手じゃねぇよ…!」
そして自分たちだけでは勝てないと悟り、即座にメテオから逃走をし始めた。ステラの足が致命的に遅いせいで一度追い付かれかけたため、ビートが仕方なくこのように背負いながら全力で逃げているのだ。
「ビート、こんなドーム内で逃げ回ってても意味ないって! 外にいるノアたちと合流した方がいいよ!」
「ドーム外に逃げたところで、他の敵が徘徊しているに違いない! だったらここでメテオから逃げ回って、ノアたちが助けに来るのを待っていた方がいいだろ!」
「…! ビート、どうしてそんなに――」
妙に頭が回るビートの返答。
それを聞いたステラは彼の横顔を見つめ、その先の言葉を詰まらせてしまった。自分の知っているビートと何か違う。去年のクリスマスの日、少女はそれを彼に打ち明けていた。
(ビートじゃないの?)
ビートからは未だにまともな回答を貰えないまま。ステラはあの日から彼に距離を保たれ、避けられている現状。その反応からするに、やはりビートは何かを隠しているとステラは睨んでいた。
「これじゃあ埒が明かない! ステラ、オレが囮になるからこのドームのどこかに隠れてろ!」
「え? でもそれじゃあビートが…」
「オレは大丈夫だ!」
彼は目眩まし用の煙玉を足元に叩きつけて、辺り一帯の視界を封じた後に、背負っていたステラをその場に下ろす。
「後で絶対迎えに来る」
「ま、待ってよビート!」
「それまで、オレを信じて待っていてくれ」
ビートは白煙の中を駆け抜けて、わざとメテオのいる方向へと向かっていく。
「来いよおっさん! オレが相手をしてやる!」
「青臭い小僧が。すぐに叩きのめしてやるよ」
徐々に遠くなっていく二人の足音。
周囲の白煙が晴れるまで、ステラは呆然としてしまう。
「…ビート」
そしてその場に一人残されたステラは彼の名をぼそりと呟き、ドーム内部へと移動を開始した。
「待ってなきゃ…」
隠れていられる場所。ステラが目を付けたのは選手などが使用する控え室。少女はそこへ立ち入ると、扉の鍵を閉める。
「ビートならきっと迎えに来てくれるよね?」
側に設置されていた青色のベンチへと座り込み、控え室にある時計で時刻を確認する。長針と短針が示すのは丑三つ時。ステラは今は亡き両親に「お化けや幽霊が出没する時間帯」と言われたことを思い出す。
「…ひとりぼっちの方が、こわいよ」
幽霊やお化けではなく、少女はひたすら"孤独"に怯え続けると同時に、「誰でもいいから早く会いたい」と願うばかりだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「これは何が起きて…」
寮に最も近い島の中心部。
レインは視線の先に広がる光景を目にしたことで、しばし思考が停止してしまう。何故ならそこに建っているはずの寮が、跡形もなく消え去っていたからだ。
「…私がいない間に何があったの?」
あの爆撃が行われた時、レインは自主トレーニングをするために外出をしていた。それが功を奏したのか、爆撃に巻き込まれることはなくこのように無傷で立っていられたのだが、
「――ノアたちはどうなったの?」
彼女の内面では自分が無事でいられたという安堵よりも、他のメンバーたちが無事なのかという不安が勝っていた。ジュエルペイも日付が変わった瞬間から起動しなくなり、連絡を取り合う手段もない。
「何か、嫌な予感がする」
レインは仲間たちを捜索しようと寮の跡地に踵を返した。
「おや? あなた様は…」
その時、一人の男子生徒が彼女の前に姿を見せる。
「…エルピス」
レインはその男子生徒の名前を独白してから、創造武器の刀を腰に携えて、すぐさま戦闘態勢に入る。
「なるほど。あなたは幸運なことに、あの"爆撃"に巻き込まれなかったというわけですか」
「…あの音は本当に」
島全体に響き渡るほどの爆発音。
それを耳にしたからこそ、レインはすぐに寮へと戻ってきた。彼女はエルピスの口からその話を聞いて「本当に爆撃の音だったのか」と目を丸くする。
「ですが私目も幸運でした。手始めにあなた様と戦うことができるとは」
「…何が目的? それにノアたちはどこにいるの?」
「目的は"赤の果実の抹殺"。あなた以外の方とはまだ一度もお会いできていませんが…四色の孔雀か四色の蓮の者たちと交戦中なのでは?」
彼女は"四色の蓮と四色の孔雀"という言葉を聞いて、すぐに顔をしかめた。規則など無いものとした奇襲に、殺し合い時間を無視した抹殺という一単語。
(本格的に、ゼルチュが私たちを殺しに来た)
エルピスが金色の剣を構えれば、彼女は腰を低くして抜刀の姿勢へと入る。
(…これは一筋縄ではいかない)
そして互いに一呼吸置いた後、刀と剣が衝突した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
西の方角。
そこに吹き飛ばされた者はティア。彼女は木に持たれかかり、一人考え事をしていた。
「私が爆風で飛ばされたのは島の西側。そこから導き出せるのは爆撃の中心地が"寮の真ん中"だったということ。ならノアが飛ばされたのは南、ルナが飛ばされたのは北ですね」
爆撃の中心地、自分自身が飛ばされた方角、仲間の部屋の場所。ティアはそれらを上手く材料にして、赤の果実のメンバーがそれぞれどの方角へ飛ばされたのかを導き出す。
「なら、私はこのまま南へ向かいましょう。ノアなら私と同じように考えているはずです」
最も頼れるノアと合流すること。彼女はそれが得策だと結論に至り、南の方角へと歩き出そうとした。その瞬間、
「こんばんは狐さん」
「――!」
背後から何者かに挨拶をされたことで、ティアは即座に振り返る。
「…デュアル」
彼女の視界に入ったのは、ニッコリと笑みを浮かべているデュアル。
「これからどこに行くの?」
(マズイですね。デュアルは、この状況で最も遭遇してはいけない人物です)
狐の面越しに見えるものは、デュアルを取り囲む黒色の霧。ティアは交戦せざるを得ない状態に息を呑みながら、創造武器の薙刀を片手で器用に回す。
「ティアちゃん、折角だからわたしと遊んでくれるよね?」
(本当に、私は運が悪い)
昔から運の悪さは何も変わらない。彼女は自身の運勢に反吐を吐き、デュアルへと薙ぎ払いを仕掛けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます