11:2 四色の蓮

「ノア? ノアっ!?」


 北の方角にある木々の近辺でルナは声を上げた。

 それは先ほどまで繋がっていたはずの無線が途切れてしまったから。彼女は何度かジュエルコネクトへと呼びかけたが、応答する気配がないのを察し、東と西の方角へと顔を交互に向ける。


(東からはローザの気配…。西からはアイツ、デュアルの気配を感じる…)


 東からはただただ強大な創造力を、西からはあの感じ取れない"ナニカ"を隠し持っているデュアル。ルナはそれらを感知すれば、ゆっくりと視線を下す。


(みんなを助けなきゃ…。そう考えているのは私だけじゃなくてノアも同じのはず。だから、私はノアが西に向かっていることを信じて、東の方角へ行こう)


 デュアルとは会いたくない。

 彼女の心のどこかで、未だに先月植え付けられた恐怖心が残っている。そのせいか、ルナの身体は無意識のうちに、東の方角へと走り出していた。


(飛んで移動をすれば、周囲の注目を集めかねない…。今はただひたすらに走って、みんなと合流することだけを考えないと…!)


 暗闇に閉ざされた森林を、夢中になって駆け抜ける。第一キャパシティを使用して仲間の創造力を感知し、位置を探ろうとしても、何者かの力があまりにも強大が故に仲間の創造力を覆いつくし、まるで役に立たない状態。


「そんなに走って、一体どこへ行くつもりだ?」

「…!!」


 そんな声が聞こえれば、ルナの周囲を緑色の障壁が一斉に取り囲む。彼女はすぐさま創造武器の大鎌を召喚して、辺りを見渡しながら声の居場所を辿った。


「まさか君とここで出会えるとはな。私の計算上、君と出会う確率が一番低いはずだったんだが」

「――デコード」

 

 木々の陰から姿を見せたのは白衣を身に纏うデコード。その格好は普段とは違い、動きやすいブーツに軽装といったもの。ルナはデコードに視線を向け、黒色の大鎌をより強く握りしめる。


「まぁいい。私は君と遭遇した以上、交戦をしなければならない」

「あなたたちはどうしてゼルチュの命令に従うの? 特に四色の孔雀。あの子たちにとってゼルチュや四色の蓮は敵でしょ?」


 ルナの問いにデコードはしばらく沈黙する。その問いに対する回答に困っているとは思えないが、だからといって、彼女がルナに答える気配もない。


「すまないが、私はあいにく喋ることが苦手なんだ。特に"感情論"で訴えかける君のような者を相手にすることがな」 

「…私も苦手だよ。自分の感情に素直じゃない人が」

 

 こんなところで道草を食っている場合ではない。ルナは一刻も早く仲間を探し出すために、そう反論すると大鎌でデコードへと斬りかかった。

  

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 

「アウラ…! もっと早く走れ!」

「無茶言わないで! こっちは乙女なのよ…!?」


 寮から北東の方角。

 ヴィルタスとアウラは薄暗い森を抜けるために、海岸まで必死に走っていた。二人は爆撃の寸前、たまたま一緒の部屋にいたことで、同じ方角へ吹き飛ばされ、お互いに再生を使用して何とか生き長らえていたのだ。


「他の皆は大丈夫なのかしら? もし生き残っているのが私たちだけだったら――」

「そんなこと考えるぐらいなら、状況把握と自分たちが生き残ることだけを考えろ!」


 不安そうな声を上げるアウラに、ヴィルタスはそう叫ぶ。他者のことよりも自分たちのことを優先的に考える。仲間のことに関しては、ただ心の奥底で"生きている"と信じるしかない。


「後少しで出られるぞ!」


 彼はアウラと離れないように左手を強く握りしめ、走りながら森の出口を指差す。僅かに道路を照らし出す月光。二人はそれを見て、やっと森から出られると安堵した途端、 


「いいねぇ、生きのいい獲物を早速二人見つけちまったよ」


 その出口を封じるように、眼帯を付け、軍服を着た女性が月光に照らされた。 


「四色の蓮、だと?」 

「それにあの人って、エデンの園を襲撃したときに死んだんじゃ…」


 クラーラ・ヴァジエヴァ。

 エデンの園を七代目救世主である小泉翔と共に襲撃した四色の蓮の一人。彼女はアニマによって殺されたと聞いていた。しかし、二人の視線の先に立っているのは紛れもないクララ。


「アタシは地獄の底から這い上がってきたのさ。アンタたちを殺すためにね」

「ウソをつくな。どうせこの前のメテオと同じように創られた"クローン"なんだろ?」

「…何だい。ノリが悪い坊やだね」


 クララは両拳をパキパキッと鳴らしながら、二人の元までゆっくりと近づいてくる。


「やるしかないのか!!」


 ヴィルタスは黒色の細剣を手元に召喚し、矛先をクララに向けて戦闘態勢に入ったが、


「ヴィルタス、ここは逃げた方がいいわよ! 相手は四色の蓮なんだから!」 


 アウラが彼に戦わず逃げるべきだと訴える。


「鬼ごっこでもするつもりかい? あいにく、それはアタシの得意分野だよ」

「悪いが、あんなやつに背中を向けたくないな。ここは無謀でも正面からやり合う方法しか、生き残れる可能性はない」

「ああもう、分かったわよ! こうなったらやってやるわ!」

 

 創造武器の十字架が彼女の周囲をふよふよと漂い始める。その瞬間に、クララは地面を強く蹴って、二人を相手に殴り掛かった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



「…どうしよう。何とか死なずに済んだけど、みんなと全然連絡が取れない」 


 南東の方角。

 ヘイズはあの爆撃によってその方角に飛ばされ、たった一人で海岸付近を歩き回っている状態。赤の果実のメンバーと誰一人として連絡が取り合えず、彼女は目的もなく永遠と彷徨い続けていた。


(もしかして、生きているのは私だけ?)


 ふと嫌な憶測が脳裏に過り、その場に足を止める。ヘイズは「まさかそんなわけがない」とすぐにその憶測を脳内から抹消して、白波が押し寄せる砂浜へと足を踏み入れた。


(寮に戻ってみよう。みんなはきっとそこに集合しようとしているはず)


 今度は何の根拠もない憶測を立て、砂浜を踏みしめながら寮のある方角へと歩き出す。ヘイズが砂浜を歩く理由は、自身の足跡が砂浜に残っていれば、それを生き残っている仲間が追いかけてくれるだろうという考えから。


「あーあ、せっかくここでサボってたのに…。どうして来ちゃったのよー?」


 砂浜を歩いていれば、向かう先にピンク髪の女性が立っていることにヘイズは気が付いた後、


「――ウィッチ先生?」

 

 今は亡き、Zクラスの担任の名を声に出した。


「どうして生きているんですか? ウィッチ先生は私たちを守って死んで…」

「クローンよクローン。私はあんたの知ってるウィッチじゃないわよー」 

「……」

 

 ウィッチのクローン。

 ヘイズはそう捉えるのでなく、自然と"リベロの母親"の"クローン"だと捉えてしまっていた。だからこそ、彼女を前にしてヘイズは立ち尽くしてしまう。


「本当なら誰も来ない場所で適当にふらついて、仕事した感を出せばいっかー…なんて考えてたのよー。でもどうしてかしら? あなたは私と出会ってしまった」


 ウィッチは自身の指先を軽く鳴らす。


「それがあなたの運の尽きかしらねー」

「…嘘でしょ」

 

 創造武器の弓を構えて、臨戦態勢に入るヘイズ。彼女は険しい表情を浮かべたまま、その手に握る弓矢を見つめていた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



「あ、あれ? ジュエルペイもジュエルコネクトも使えないの!?」


 東の方角へと爆撃で飛ばされたグラヴィス。彼も何とか生き残り、教会近くのベンチに腰を下ろしながら端末と通信機を確認していた。


「じゃあネット回線は…!」


 ノートパソコンを起動して別の回線を試すが、繋がる気配など微塵もない。グラヴィスは、挙動不審に辺りをキョロキョロと見渡す。


「ど、どどどどうしよう!? 早くみんなと合流しなきゃ! きっとその辺にあの爆撃を起こした敵がいて――」

「見つけましたよ」


 彼に声を掛けたのは銀髪の少女。グラヴィスはその少女を見て、顔色が真っ青になる。


「Aクラスの、ローザさん…」


 四色の蓮の中で最高峰の実力。

 何を考えているか読み取れない人形のような顔。グラヴィスは自身がとんでもない人物と出会ってしまったことに、思わず後ずさりをしてしまった。


「まさか、此方が怖いのですか?」

 

 口には出さなかったが、グラヴィスの心臓は恐怖のあまり破裂しそうなほど鼓動を速めている。こうやって立っているだけで精一杯。少女は彼のその様子に、小さな溜息を吐く。


「赤の果実にはこんな"小鹿"がいたのですね。此方はあなたたちを過大評価しすぎていたようです」


 ローザの周囲に様々な"銀製"の武器が展開される。

 それを目にしたグラヴィスは腰が抜けそうになったが、


「僕だって、戦える…!」


 自分は昔よりも成長している。

 そう暗示をかけるよう自分に言い聞かせ、第二キャパシティ機械兵器マシンウェポンを使用し、様々な"重火器"を側に設置した。 

 

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