11:5 晴れない霧

 白波は爆発により飛沫を上げ、細かな砂の粒が降り注ぐ。ヘイズは必死にウィッチから距離を取りながら、創造武器である弓矢を撃ち続けていた。


(あの能力は触れている対象にしか爆発を起こせないはず…)


 ウィッチの第一キャパシティ一触即発インスタントタッチは、一度触れたものを自由自在に爆発させることが出来る能力。逆に触れていなければ、その位置を爆発させることはできない。


「どこまで逃げるのよー?」


 ヘイズはその弱点を上手く利用するために、ウィッチが触れていない場所へと移動をし続けていた。こうすることによって、爆発に巻き込まれる心配がないからだ。


「ウィッチ先生…! 私には、あなたと戦うことができません!」

「馬鹿ねー? 私はウィッチ先生の偽物なのにー」


 優しすぎるが故の躊躇。

 ウィッチは自分たちの為に命を懸けてバトンを紡いでくれた。ヘイズにとって視線の先に立っている者が偽物であれど仮にも"恩師"の姿。とてもじゃないが、本気で倒そうという気にはならない。


「今までその優しさが殺しに役立ったことなんてあったのー?」


 彼女はヘイズにそう問いかけながら、足元の砂を片手で握りしめ、ヘイズへと投擲する。 


「っ…!!」

 

 砂粒の一つ一つが起爆をし、ヘイズは爆風によって海岸の浅瀬へと吹き飛ばされた。


「私にだって、それぐらい分かってる…!」


 海水で衣服がびしょ濡れになり、口の中は塩の味で染み渡る。ヘイズはそう叫ぶとすぐに海岸へと移り、ウィッチの頭部へと弓の狙いを定めた。


「手が震えてるわよー?」


 ウィッチは担任の先生として務めていただけではない。彼女は幼馴染であるリベロの産みの親。ヘイズ自身も幼い頃、面倒を見てもらっていたことを思い出してしまっていた。


(リベロの、母親…)


 ――殺せるわけがない。

 内面で複雑な感情が入り交じり、どうしても視界がぼやけ、手が震えてしまう。もはや戦う意志すらも、示しようがなかった。


「あなたはまだ私を、あのガキんちょの母親として見てるわけー?」

「……」

「本物はとうの昔に死んでるのよー。私は偽物なんだから母親でも何でもないわー」


 ウィッチは勝手に重ねられた本物の面影を否定する。しかし、だからといってヘイズの認識が変わるはずもない。


「リベロは、あなたを必要としています。母親としてのあなたを、必要としてるんです」

「はぁー?」


 クリスマスの日の記憶。"本性"を隠したままでいるリベロに、ヘイズは自分の前だけにでも"本当の自分"を見せて欲しいと望んだ。


「私は、必要とされてなかった。リベロの支えにはなれない。だからウィッチ先生、戻ってきてください…! 母親のあなたが今のリベロに必要なんです!」


 けれどリベロに惚けたフリをされ、その態度に"不必要"という言葉を与えられたような気がした。だからこそヘイズは、自分ではなく母親のウィッチならば、リベロの心の拠り所になれると信じていたのだ。


「随分と身勝手な話だと思わないー? 私には担任としての"責任"も、母親としての"愛情"も持ち合わせていないのよー?」

「それでも、あなたにはあるはずです! 本物のウィッチ先生の優しさが、心のどこかに…!」

「ないわ、全部あなたの勝手な妄想じゃないー?」


 ウィッチは砂を何度もヘイズへと投げ飛ばし、能力で起爆をさせる。絶え間なく鳴り響く爆発音。辺りには砂煙が立ち込めていた。


「妄想でも、私は信じているから!」


 ヘイズの周囲には第三キャパシティ水流ウォーターフロウで創り出した水の壁が立ちはだかり、ウィッチが起こした爆発を防いでいた。


「――アフロディーテ!!」


 彼女の背後に現れたのは女神アフロディーテ。ウィッチに対しての敵意を察知し、アフロディーテは能力で創り出された壁に両腕を振り下ろし、水圧による刃を飛ばす。 


「やっとまともに戦ってくれそうねー」

 

 ウィッチはそれを爆発で相殺して、嬉しそうな笑みを浮かべていた。


「無理やりにでも、あなたをリベロの前まで連れて行きます」

「ガキんちょの為にここまでするなんて、あなたは悲しい子ねー?」

「私は、リベロの為なら何だって…!」


 アフロディーテの水の刃、ヘイズの弓矢と水流ウォータフロウの猛攻撃。激しいようで、どこか切ない。ウィッチはそんな気分にさせられる。


「片想いはあまりにも儚いわー。自分の身を危険に晒してまでして、クローンを本物として連れて帰ろうとするなんてー」


 とても身勝手で、とても無謀な賭け。

 ヘイズはそれを重々承知のうえ、ウィッチと攻防を繰り返している。そこには虚しさだけが募るばかりで、ヘイズの叶わなかった恋情も表れていた。


「折角だからあなたに良いことを教えてあげるわー」

「こんな時に何を――」

「私はあのガキんちょの母親じゃないの」

「…え?」


 それを聞いたヘイズの手が止まる。


「確かに本物の私とあの暑苦しい旦那はDrop Projectで生まれたレプリカだったわー。でもあのガキんちょだけは、少し違ったレプリカなのよー」

「…少し違った?」

「――"月影村正"と"神凪楓"の間に生まれた実の息子の"レプリカ"ってことよー」


 真のユメノ世界で真実を語った月影村正。そして、七元徳を務めていたストリアの本物となる"神凪楓"。この二人の息子と語るウィッチの話を聞いたヘイズは言葉を失った。


「戦争が本格的に始まる前、神凪楓と月影村正は恋人同士だったの。しかも神凪楓のお腹には子を宿していたわ」

「……」

「可哀想なことに月影村正は現ノ世界を裏切って、ユメノ世界側へとついた。この一件があったせいで、神凪楓はお腹の子を中絶するしかなくなったのよー」


 当時の現ノ世界にとって、裏切り者である月影村正の子は"忌み子"。神凪楓は苦渋の選択の末、その子供を"手放す"ことにした。


「それに目を付けたのはDrop Projectの責任者、雨氷雫。あの女はその赤子のDNAだけを摂取していたの」


 神凪楓が中絶した赤子。

 それを哀れに思った雨氷雫は、Drop Projectで"レプリカ"を創り出すためにDNAを摂取した。月影村正と神凪楓の子供。彼女はその子に未来を与えようとしていた。

 

「私たちがカプセルから目を覚ました時、たった一人だけ赤子の"レプリカ"がいた。それがリベロ、月影雅斗だったのよ」

「…けどリベロはウィッチ先生のことを母親に間違いないって」

「そう思い込むのも当たり前でしょー。あの暑苦しい旦那は名前を『月影』と偽って、口調を似させるために私はあのガキんちょとよく話していたしー」


 幼少期に現ノ世界からユメノ世界へと引っ越した本当の理由も、リベロが月影村正と神凪楓の間に生まれた本当の息子のレプリカだと白金昴に気づかれないため。ウィッチが明かした真実に、ヘイズは呆然としていた。


「…っていう本物の私の記憶が残ってるけどー?」

「リベロの本当の母親は、何千年も前に死んでいるなんて…」 

「この話を踏まえたうえで答えなさいー。あなたは本当に私をリベロの前に母親として連れていくつもりー?」


 ヘイズは自分の中で自問自答を始める。

 リベロはウィッチのことを母親だと信じ込んでいる。でもそれは違って、本当の母親は何千年も前に死んでいた。それを黙ったまま"嘘"をついて、"嘘"の母親を連れていくことが正しいことなのかと。


「まぁいいわよー。どうせここであなたは死ぬんだしー」


 ウィッチは何かに触れる動作も見せず、ただその場で指を鳴らす。ヘイズは辺りを警戒して、後方へと下がる準備をしたのだが、


「――え?」


 右側の腹部に衝撃を感じる。何が起きたのか理解ができない…ことはなかった。何故なら自分の身に"痛み"をハッキリと感じたから。


「あなたは私の能力を侮りすぎよー」


 ドロドロと真っ白な砂浜に流れ落ちるのモノは血と混じり合った肉片。ヘイズはその場にガクンッと立ち膝をつく。ユメノ使者も、創造力が失われたせいでその場から消えてしまった。


「…どうして、触れてないのに」

「いいえ、あなたは触れたのよー」


 一触即発インスタントタッチ

 これの発動条件は"一度触れたもの"に対して発動する。砂浜は砂粒という物体が一粒一粒集まっていることで、砂浜として成り立っている。だからこそ、爆発させるために砂を拾い上げる必要があったが、 

 

「――そこに広がる海にね」


 彼女が事前に触れていたものは"海"。

 これは物体ではなく"液体"。液体はそこに一つのモノとして存在する。決して物体の寄せ集めではない。ウィッチが一度そこに触れれば、そのすべては触れたモノとして認識され、爆発させることができる。

 

「あなたは少し前に海水を飲んだ。だから私はその海水を爆発させたのよ」


 浅瀬へと吹き飛ばされた際、ヘイズは全身が濡れ、海水を体内へと取り入れてしまっていた。ウィッチはその海水が"肝臓"に辿り着くまで待ち続け、たった今、爆発させたのだ。 


「…痛い、痛いよ、痛い」

 

 創造力の要となる肝臓は爆発により木端微塵。再生は使用できず、ヘイズは両手で溢れ出る血液を押さえながら、必死に止血しようとする。


「その傷は、現代の医学でも直しようがないわー。ここに腕利きの医者がいてもすぐに諦めるわよー」 

「死にたくない…。こんなに血を出してたら、死んで…」

「あなたはここで死ぬのよ」


 ウィッチが立ち膝をついているヘイズの側まで歩み寄り、人差し指を額に突き付けた。


「覚えておきなさいー。愛は自制心を殺す"毒"なのよー」

「リベロ、助けてリベロ…」


 またあの時のように助けに来てくれる。

 ヘイズは唇を震わせながら、どこかにいる幼馴染へと助けを請う。

 

「あのガキんちょは来ないわ」

「リベロ、リベロ…」


 来るはずもない。

 白波の音が、その場の静寂を遮るだけ。 


「あの世でも元気に暮らしなさい」

「雅斗助け――」   

 

 破裂音。

 何かが弾け飛ぶような音が辺りに響き、ネームプレートが宙に飛んだ。



◇◆◇◆◇◆◇◆



「おいおいー? ゲーム機が壊れちまったじゃねぇかー」


 爆撃の瞬間まで携帯型のゲーム機で遊んでいたリベロ。彼は微塵に破壊されたそのゲーム機をその場に投げ捨てる。


「にしてもどうすんだよー? あいつらと連絡も取れないしー」


 リベロは何となく、敵から奇襲を受けていることを理解している。だが連絡の取り合えない状況に、どうすればいいのか分からず、彼は適当に辺りを歩いていた。 

 

「おー、足跡があるなー」


 偶々通りかかった海岸付近。その砂浜に誰かの足跡が残されていることに気が付き、それを辿ることにする。


「これを辿ればそのうち誰かと会えるだろー」

 

 その足跡をつけた人物と会うために早歩きでリベロはそれを辿り始めた。どうせみんな生きている、なんて楽観的な考えでテキトーに前進する。


「おー…?」


 砂浜の至る所に足跡が付けられた場所。リベロはそこで左右に視線を向け、今度は血の跡が続いているのを見つけた。

 

「……」


 それは砂浜の隅にある大岩へと続いている。彼はナニカがいると確信し、その跡を辿って大岩の陰を覗き込んだ。


「何だ、死体かよー」


 頭部が消え失せ、右辺りの腹部に大穴が空いている死体。リベロは安心すると同時に、ふとこんな疑問が浮かんだ。


「――誰の死体なんだ?」


 服装は制服。つまりこの死体はエデンの園の生徒のもの。この種類の制服は救世主側。下がスカートなら女子生徒に間違いない。


「これはまだ新しい死体…。何なら今さっき死んだばっかりなのか?」


 赤の他人かもしれない。

 しかしリベロにはその体格にどこか見覚えがあった。


「ネームプレートは、どこにある」


 何をそんなに急いでいるのか。彼はすぐさまその場を駆け回り、ネームプレートを探し出す。


「…あった」


 裏返しに落ちている無色のネームプレート。今時、無色なんてこのエデンの園にはいない。リベロはそれをゆっくりと拾い上げ、表側へと向ける。


「――Hazeヘイズ


 そこに刻まれていたのは幼馴染のイヴネーム。リベロはネームプレートを見ながら、その死体の側へと近づいていく。


「おい、もう死んでんのか…?」


 何も答えない。


「まだ、生きてるだろ…?」


 何も応えない。


「オレは、まだお前に何も言えていない」


 何も言えない。

 

「嘘のオレしか、まだ見せていない」


 何も見せられない。


「…おい、ヘイズ」


 何も伝えられない。


「幼馴染のお前なら、よく知ってんだろ…」


 何も、救えない。


「オレが、バッドエンドが大嫌いなことぐらい…」


 何も――できない。


「葵がいないとっ…オレが嘘を続ける意味がっ…なくなるじゃねぇかっ…!!」


 卯月 葵うづき あおい

 彼女の顔のない亡骸の前で、月影雅斗は初めて本当の顔を見せた。

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