February

11:1 規則の崩壊

 二月の最終日、子の上刻。ノアは部屋のベッドに座りながら、今までの一年を赤の果実のメンバーたちで書いてきた"記録"を見返していた。


「…次は三月か」


 入学式の四月から始まり、仲間たちが次々とその月にあった情報を書き記してきたノート。それを見ながら彼は懐古する。


(長かったように感じていたが…もうすぐ三月なのか)


 脳内に様々な情景が思い浮かぶばかり。ノアは時計の針を見つめながら、日が切り替わるまで残り数分なのを確認する。 


(ジュエルペイの履歴でも振り返ってみよう)


 何となくジュエルペイを起動して、貯金残高や過去のメッセージやらに目を通す。ウィッチが送信してきた授業日程、ルナとの下らないやり取り、赤の果実での会話。


(規則も、今となれば無意味だな)


 それらに一通り軽く目を通した後、エデンの園の規則が表示されるよう操作する。


「あー? やけに読み込みが長いな」


 いつもならすんなりと表示されるはずが、通信回線が悪いのかまったく表示されない。ひたすらにぐるぐると円形の矢印が回り続けるのみ。


「……」


 秒針の音。

 それだけが部屋に響く。


「あ…」


 ノアはそれが読み込まれるまで口を閉ざし、画面を見続けていれば、やっとのことで読み込みが終了し、エデンの園の規則が記載された画面が表示される。


「――何だこれ?」


 しかし、そこには何も書かれていなかった。あっけらかんとした空白。ただそれだけで埋め尽くされている。


「不具合?」


 何度も閉じたり開いたりを繰り返すが、何も変わることがない。彼はその空白が表示された画面をよく観察してみることにする。


(このページの上には"規則表"としっかり書かれている。不具合じゃなくて、これが正常の状態なのか…?)


 時計に視線を移してみれば時刻は既に子の中刻、日付は三月一日。ノアは何かが頭の中で引っかかり、時計とジュエルペイを交互に何度も見つめた。


「まさか――」


 ノアは立ち上がり、ノエルの眠る部屋へと急いで向かい、その扉を勢いよく開く。


「…っ!!」 


 そこにいたのはペルソナ。眠っているノエルを脇に抱えて、ノアの方へと視線を送った。


「ペルソナッ!!」


 彼は二丁拳銃を構え、ペルソナに発砲しようと引き金に手を掛けたのだが、


「……」

「――!」


 ノエルを自身の盾にしたため、発砲できずに一瞬躊躇ってしまう。


「……」

「っ…待て!」


 その一瞬の隙を見計らい、ペルソナは側にあった窓を突き破って外へと逃げ出した。ノアはすぐにその後を追いかけようとしたのだが、


「ぐぅぅっっ!?!」 


 建物が突然大きく左右に揺れたことで、ノアは態勢を崩しかけ、近くの壁へと張り付く。


「この揺れは、爆撃――」


 それに気が付いた頃にはもう遅かった。ノアの目の前が真っ白となり、身体にとんでもない衝撃が加わる。そして、爆風による影響で寮の外へと吹き飛ばされ、数キロ先にある森林の中へと背中から着地する。


「く…そっ…!」

 

 身体機能を創造力で強化していたことで、木端微塵にならずに済んだノアは、再生で怪我を治療しながら、寮のある方向を確認する。


「…嘘だろ」


 見る方角は間違っていない。

 だが、視線の先にあるはずの寮が跡形もなく消え去っていた。ノアは爆撃により消滅した寮を見て、すぐにルナの顔が脳裏に過る。


「すぐに連絡を…!!」


 ジュエルペイは壊れてしまったのか、黒い画面のまま起動しない。安否の確認もできない状況の中、ノアは必死に頭を働かせて、連絡を取る手段を考える。


「…そうだ、ジュエルコネクト!」


 懐にしまっていたジュエルコネクトを取り出して、すぐに耳へと付ける。


「おい! 誰か聞こえるか?!」


 頼むから返事をしてくれ、と縋るような思いで何度も向こう側にいる"仲間"へと呼びかけた。


『…ノア!』

「ルナ、無事なんだな! 今、どこにいる!?」


 返事を寄越したのはルナ。ノアはルナが無事だったことに安堵をしつつも、彼女の居場所を聞き出す。 


『すぐに逃げて!! 四色の孔雀と四色の蓮が島全体に徘徊して――』

「ルナ? おいルナ!」


 けれど向こうからの返答がその言葉以降、ノイズと共に途切れてしまう。ノアは再び何度も呼びかけるが、誰からも応答は返ってこない。


「どうして、どうして俺はもっと早く気が付けなかったんだ…!」


 規則表が空白に埋められていた意味。それはその"空白"が"規則"だということ。つまりこのエデンの園の規則は、


「あいつ、エデンの園の規則をついに崩壊させやがった」


 何もない状態。

 殺し合いの制限も、密告システムも、規則という規則がこの島から抹消された。三月一日を合図に、ゼルチュが規則を裏で消していたのだ。


「…俺たちをはめるためか」


 あの奇襲は四色の蓮と四色の孔雀が仕組んでいた。それは彼、彼女らがゼルチュから"月が変わるタイミングで規則の変更が行われる"、と伝えられていたということ。

 

「ルナは四色の蓮と四色の孔雀が島全体を徘徊していると言っていたな。今はレインたちが生き延びているかどうかを考えている暇はない。生きていると信じて、早く合流しないと…!」


 ノアはすぐに走り出す。仲間たちが生きていると信じて、仲間たちを助けたいという一心で、森の中を駆け抜けた。



◇◆◇◆◇◆◇◆


 

「あっははー! ぜーんぶ塵になったね!」

「趣味が悪いですよ。此方ならもっと綺麗に消せました」


 爆撃によって寮は跡地となり果て、やや火種が所々に転がっている。そんな光景を眺めながらデュアルは歓喜の声を上げていた。


「消えちゃうものを綺麗に消そうが雑に消そうが、結果はなーんにも変わらないからね」

「あのような大雑把な爆撃、此方には許容できません」

「ふーん…やっぱりローザちゃんはわたしと気が合わなさそうだねー」


 不満気なローザを横目に、デュアルは星一つすら浮かんでいない空を見上げ、不敵な笑みを浮かべる。

 

「わたしは西の方角を見てくるよ。あっちにとても"怯えそうな子"がいるから」

「好きにしてください。此方は東を見に行きます」


 ローザとデュアルはお互いに背を向け合い、東と西の方角へと歩き出す。


「あ、これは大事なことだから聞いてほしいんだけど…」

「…何ですか?」


 デュアルが一旦足を止め、その場で振り返る。


「わたしの邪魔をしたら、許さないからね?」


 ローザは振り返らなかったため、彼女がどんな顔をしていたのかは分からない。だが少女は背中に突き刺さる殺気からデュアルが相当"本気の顔"をしていたのだと予測する。


「お互いにこう約束を交わしたはずです。相手と交戦を始めた時点で、他の者がその戦いの邪魔や手助けは決してしないと」


 一時的に手を組んでいると言えども、四色の孔雀と四色の蓮は敵同士。彼女たちは仲間割れが起きないよう『お互いの邪魔・加勢はしない』と契約を結んでいたのだ。


「ローザちゃんって約束破りそうだからさ。一応、忠告しただけだよー」

「失礼ですね。此方よりもあなたの方が約束を破りそうですよ」

「あっはは! そうかなー?」


 露骨な愛想笑いを浮かべたデュアルは、顔を前に向ける。 


「そういえばあなたの側によくいるエルピスって子、四色の孔雀に選ばれるなんて予想外だったなぁ」

「エルピスは此方が見込んだ実力者です。四色の孔雀となって当然のことでしょう」

「前任だった神和癒衣かみより ゆいの代わりになるのかなー…?」

「なりますよ。あなたの目が節穴ではないことを祈るばかりです」

  

 エルピスの前任者である神和癒衣。その話題を上げれば、ローザは明らかに口調が強くなる。その声を聞いて、デュアルは少女の見えないところで、悪戯な笑みを浮かべていた。


「…長話は無用でしょう。早く片付けますよ」

「おっけー! じゃ、全員殺し終わったらここにまた集合ねー」

「分かりました」


 赤の果実の抹殺。

 二人はその目的を果たすために一定の距離まで歩き、その姿を忽然と消してしまった。 

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