Elpis&赤の果実

 

「こんな真夜中に、しかもお前と二人でどうして教会まで行かないといけないんだよー?」

「一人よりも二人の方がいい。それにあなたにだってあのメッセージが届いたはず」

「おいおい、あんなのただの悪戯だろー。わざわざ顔を出す必要はないと思うぜー?」


 二月の下旬。

 そろそろ三月へと月日が切り替わる頃、レインとリベロは送信者不明のメッセージをジュエルペイで受け取っていた。そこに書かれていた内容は『今晩の零時に教会まで』という短文のみ。


「このエデンの園で悪戯する意味なんてない。それにあのメッセージの宛先が私たちだけだった。ノアや金髪女にじゃなくて、私とあなたの二人だけ。おかしいでしょ?」

「そりゃあ、おかしいけどさー。これでAクラスの連中とか待ち構えていたらほんと笑えないぜー?」


 リベロは「悪戯だ」と即座に決めつけ無視しようとしたため、レインは彼を無理やり連れだして、教会まで向かっていた。そのせいでリベロの格好は部屋着のジャージにサンダルだ。


「…笑えないかどうかは、まだ分からない」


 十分以上歩いて、教会まで到着する。普段なら神々しいものを感じさせる教会も、深夜帯となれば不気味さしか感じられない建造物となっていた。


「リスキルされたら流石のオレもキレちまうからなー?」

「…何そのリスキルって?」

「到底許されない行為のことだぜー」


 しかしこの二人は臆しない。

 冷静かつ無感情なレインと、ポーカーフェイスを保つことに長けているリベロ。ノアやルナの次に、いくつかの修羅場を潜り抜けた赤の果実のエース。


「ここまで足を運んでいただき、感謝致します」


 教会内部へと足を踏み入れれば、巨大なステンドグラスに月の光が差し込み、制服を身に着けたある人物の姿が映し出される。


「おー…確かお前は"ピクルス"だったっけかー?」

「違う、あいつはエルピス。Aクラスの生き残り」


 ――Aクラスのエルピス。

 彼はたった一人でレインとリベロの前に姿を現した。


「おーそうだったそうだった。まぁそんでさー、オレたちをこんな時間に呼び出して何のつもりなんだよー? 睡眠妨害のつもりかー?」

「…それとも、私たちに勝負を挑むつもりか」


 レインはいつでも創造武器を召喚できるように自然と構え、リベロはすぐ側にある教会の長椅子の前に移動する。


「では、少々手荒な真似をご容赦ください」


 警戒する二人の態度を見たエルピスは、振り上げた左手を軽く下す。


「「――!!」」

 

 その手にはいつの間にか金色の細剣が握られており、空間を切り裂くかの如く、レインとリベロの間に切れ目が生じた。


「合わせて」

「はいはい」


 右側に飛び退いたリベロが片足で長椅子を蹴り飛ばす。


「流石です。反撃までの切り替わりが素晴らしく早い」


 エルピスの足元をすくうように向かっていく長椅子。彼はそれを飛び上がって回避し、細剣を構えたのだが、 


「…相手を褒める余裕があるの?」


 その行動を読んでいたレインがエルピスの対面に現れ、創造武器のムラサメを鞘から抜いて斬りかかる。


「滅相もない」


 刀による一閃。エルピスはそれを細剣で一度受け止めた後、優雅な身のこなしでリベロの蹴り飛ばした長椅子へと着地する。


(あいつの空間を裂く技。あれは私の次元斬と同じもの…?)


 レインは一旦リベロの元まで退避して、先ほどの切れ目が生じた場所へ視線を移す。赤い絨毯が敷かれた教会の床は、先ほどエルピスが立っていた場所から入り口までにかけて綺麗に断裂していた。


「成る程。私が見込んでいた通り、あなた方には実力があるようですね」


 エルピスは二人の連携を見てどこか安堵すると、左手に握りしめていた金色の細剣を消して、臨戦態勢を解除する。


「…試したの?」

「はい、お二人のお力を試させて頂きました。先ほどの無礼、お許しください」


 そして軽くお辞儀をして、リベロとレインに謝罪の言葉を述べた。二人はその畏まった姿を目にしても、臨戦態勢は未だに解除はできない。


「何で試すようなことをしたんだよー? まさかオレたちを呼び出したのも、情報収集するためなのかー?」

「いえ、そんなことは決して…。私はあなた方が"相応しい"かどうかを確認させていただいたまでです」

「…相応しい? あなたは何の話をしているの?」 

 

 実力を測る行為。

 それこそリベロの言う通り、敵の情報を収集するためじゃないのかとレインは密かに心の中で彼に疑いを掛ける。けれど、エルピスは次に二人へとこんな勧誘をしてきた。

 

「単刀直入に申し上げます。私と共に"ローザ様"の下で戦いませんか?」


 それは『仲間にならないか』という誘い。レインとリベロは、突拍子もない発言に表情を険しくする。


「…何が目的?」

「目的、と言いますと?」

「オレたちが簡単に『はい、そうですかー』なんて言うと思ってんのかよー? その勧誘とやらはお前の上司に命令されたのかー?」

 

 エルピスの誘いに乗れば、仲間である赤の果実を裏切ることになる。レインとリベロがそれを易々と承諾するはずもない。そんな無茶な誘いをするエルピスに何か意図があるのではないかと二人は睨んでいた。


「いいえ、これは私自身の意志で、その目的はあなた方を救うためです」

「…私たちを救う?」

「何言ってんだよー?」


 自身の勧誘がリベロとレインを救う行為だ、と自負しているエルピス。二人は一瞬だけ視線を交わして「話だけでも聞いてみよう」という意志疎通を図った。


「心苦しいお言葉となりますが…。あなた方は、赤の果実はこのままだと崩壊します」

「…崩壊?」

「正確には四色の孔雀と四色の蓮に"崩壊させられる"といった方が正しいでしょうか」


 四色の孔雀、四色の蓮。その二つの勢力がエルピスの口から飛び出したことで、リベロとレインは更に表情を険しく、重々しいものへと変えた。 


「ノアさんとルナさんは、四色の孔雀を一人倒すのにもあれだけ苦戦を強いられていました。あなた方もそれにはお気づきだと思います」

「…それとこれとで何の関係があるの?」

「私目はお二人にこう断言します。四色の蓮と四色の孔雀が力を合わせてしまえば、赤の果実に勝機はない。生き残りたいのであれば、あのお二方の下を離れ、ローザ様の下へ来るのが賢明です」


 二人はエルピスの言葉を聞いて、わざとらしく大きな溜息をつく。


「お前は一つ勘違いをしてるぜー。オレたちが赤の果実に入ってる理由は、ノアとルナが強いからじゃないんだよなー」 

「それでは、なぜ赤の果実にそこまでこだわっているのですか?」

「…馬鹿なことを聞かないで」


 答えを求めるエルピスに、レインとリベロはハッキリとこう述べた。


「赤の果実は、私たち自身が強くなるために必要な居場所。生き残るためじゃなくて、自分たちの目的を達成するために、今まで戦ってきた」

「そうそうー、しかもお前のとこのような上下関係なんてまったくないからなー。全員が平等で、全員で頭を悩ませて、全員で悲しんで、全員で戦う。それが赤の果実なんだぜー」


 二人の揺るぎのない回答。それを聞いたエルピスは淡白に「…残念です」と返答し、レインとリベロの間にある教会の入り口まで歩き出す。


「――"四人"」 

「…?」

「四人です。来月、赤の果実内から四名ほど死人が出ますよ」


 その最中にそれだけ二人に言い残して、教会から出ていってしまう。


「…最後の最後まで気味の悪いヤツだった」

「まっ、ああいうのは所詮脅しに過ぎないからなー。気にした方が負けだぜー」


 来月は三月。

 その月に四名の"死人"が出ると呟いたエルピス。リベロは然程気にしていないようだが、レインは心の内で僅かに気がかりとなっていた。


「ふぁぁー…もう眠いから帰ろうぜー。明日の昼からイベ周回も始まるしさー」

「…あなたは緊張感がなさすぎ」 

「お気楽な性格って言ってほしいもんだなー?」 


 レインとリベロはそんなやり取りを交わしながら教会を後にする。誰もいなくなった空虚な教会は、断裂した床のせいで少しだけその不気味さを増していた。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る