Dual&Luna

「…あーあぁー」


 そんな腑抜けた声を上げながら、ルナはショッピングモール内を歩き回っていた。ノアは「少し出掛けてくる」と言って外出し、ノエルは絶賛お昼寝タイム。彼女はやることもないため、ゲームセンターで時間を潰そうとしていた。


「ちょっとショックだなぁ~…」


 力勝負でメテオに押し負けたという異例。

 その一件がルナの心に深く突き刺さる。今まで「力勝負なら誰にも負けない」と自信に満ち溢れていたというのに、メテオの馬鹿力をその身に受けたせいで、消失感が彼女の中で渦巻いていた。

 

「私にとって唯一の取り柄が役に立たなくなったら…どうすればいいんだろ?」


 ノアは的確に仲間たちへと指令を出す司令塔。

 ルナはその指令に従って、得意な力技で相手をねじ伏せる攻撃役。その役割分担が自然と成り立っていたが、彼女は攻撃役としてメテオより劣ってしまった。


「あはは~…やっぱり、みんなの足を引っ張っちゃうよね」


 赤の果実で前衛として最も優秀なルナ。

 その彼女が"力"で押し負けたとなれば、仲間たちを不安にさせてしまう。しかもそれが誰よりも劣らないと自負していた長所。不安はより一層高まるばかりだ。


「四色の孔雀よりも劣るのは、私が"クローン"だから…?」

 

 メテオの馬鹿力に対抗できなかったのは、自分が複製されたクローンだから。ルナは塗炭の苦しみを自分勝手な言い訳で紛らしつつも、ゲームセンターの店内へと足を踏み入れる。


「…あの頃が懐かしいなぁ」


 ジュエルペイに表示された貯金残高は二百六十万円ほど。入学当初は"生活費用が足りなくなり餓死してしまうのではないか"、などと金銭面でも細心の注意を払っていた。


「今は、もう私たちしかいないからね」


 生き残りが減れば減るほど、このエデンの園を傍観する者たちの投資先も減少する。現在生き残っているのは、赤の果実十四人とローザ、エルピス、デュアルのみ。ここまで人数が少なくなれば、自然と投資先は生き残りのメンバーたちにバランスよく分担される。


「でも着実に、少しずつ、振り込まれる金額が減ってる。これって傍観者たちが"見飽きた"から?」


 けれど月日が経てば経つほど、振り込まれる金額は減りつつあった。その額はおよそ十万円。五十、四十、三十…というように、まるでエデンの園を眺める傍観者たちが"消えていく"かのように。


「世界の結末なんて本当はどうでもよくて…。私たちが殺し合う光景を見ていたかっただけ?」


 ルナは巨大な鳥のぬいぐるみが設置されているクレーンゲームに、ジュエルペイをかざす。そしてその画面にマイナス三百円と表示されれば、三本のアームが動かせるようになった。


(確かこういう鳥のぬいぐるみ、"楓"が好きだったよね)


 ストリアが、神凪楓が好きそうな鳥のぬいぐるみ。彼女はそれを取ってみようと、考え事をしながらレバーに左手を、ボタンに右手を添えた。


(更に激しい殺し合いをして、更に救いようのない絶望を与えられて、更に過激な色沙汰を経験する。傍観者たちは、私たちにそれを求めているの?)


 レバーを上手く操作し、鳥のぬいぐるみの身体を掴んで持ち上げるが、三本のアームの隙間から元の位置へと落ちてしまう。


(そんなの勝手が過ぎる…。私たちは、世界の為に戦っているのに…)


 自分たちは、決して"見ている者たち"を楽しませるためにこの場にいるのではない。命をすり減らして、世界の命運を託されて、ここに立っている。ルナは顔も名前も知らない"傍観者たち"に嫌悪感を抱いていた。


「あ、ルナちゃん…だっけ?」


 苛立つ彼女に声を掛けてきたのはデュアル。ルナはレバーから手を離して、ニコニコと笑みを浮かべているデュアルの方へと身体向きを変える。

 

「奇遇だね! こんなところで何してるの?」

「ん~…ちょっと暇つぶしかな」


 四色の孔雀であるデュアル。

 彼女は少々警戒しながらも、普段通りの笑顔でそう返答した。


「もしかして、それ欲しいの?」

「え…? あ、ううん。たまたま目移りしちゃっただけだよ~」

「そうなんだ。わたしてっきり"ストリアが好きなものだから"、欲しいのかなって」

  

 デュアルは口元を緩ませ、自身の考えを述べる。ルナはその純粋無垢な笑みの裏に、嫌味が潜んでいるように見えて仕方がなかった。


「ごめんね。私、買いたいものがあるのを思い出したから…」


 そのせいか面と向かい合って話はしたくないと感じ、嘘をついてゲームセンターを足早に出ていく。デュアルは特に呼び止めることもせず、ただ彼女の後ろ姿を見つめるだけ。 


(デュアルとは、このエデンの園で一番関わりたくない相手かも…) 


 ノアがいつの日か呟いていた「デュアルは、"何なんだ"…?」という独り言。その時のルナは然程気にしていなかったのだが、デュアルと言葉を交わして、その"意味"をやっと理解する。


(あれは、"何だろう"?)


 彼女の存在を言葉に言い表せない。

 明らかに裏があると断言できる。だがしかし、その裏がどのようなものなのかを言葉で説明をするのが難しい。いや、難しいというよりも"不可能"に近いのだろうか。


(感じ取れないものなのに、感じ取れる…?)


 このまま考えても埒が明かない。ルナはデュアルに関して思考を深める行為を止め、ゲームセンターからそれなりに距離のある食品売り場へと訪れる。 


「ノエルちゃんにお菓子でも買ってこ~」

 

 ルナが向かうのはお菓子売り場。ノエルの大好物である『クリの』を買っていくことにする。"クリの味"は栗の形をしたチョコレート菓子。外側はチョコレート、内側には栗味のビスケットが詰まっている。


「どれを買おうかなー?」

「――!!」


 お菓子売り場へと顔を出せば、そこにいたのはデュアル。ルナは即座に近くにある棚へと身を隠す。


(どうしてここに?)


 後をつけられた様子もない。かといってデュアルにどこへ行くのかを教えてもいない。それなのに、彼女は目的地であるお菓子売り場にいた。


(それに、どうして私よりも"先に"いるの?) 


 しかも、ルナはゲームセンターから食品売り場まで迷わず最短ルートで歩いてきている。例え、デュアルが遠回りの道を全力で走っても、ルナよりも先に到着するはずがなかった。 


(創造力で身体能力を強化して、ここまで走ってきた…?) 


 その仮説ならば先回りは可能。ただ、どうやってお菓子売り場へ訪れることを予測していたのか。それだけが、考えても分からない。


(バレないうちに移動しよう)


 お菓子は諦め、彼女は気配を絶ちながらお菓子売り場を後にする。後方を振り返り、デュアルが付いてきていないことを確かめ――


「そっちに何かいるの?」

「――!!?」


 前方から突然デュアルに声を掛けられ、瞬時にルナの身体が飛び退いた。

 

「あれ、驚かせちゃった…?」 


 無自覚を演じる嘘の笑み。

 ルナはそれを見て、悪寒を全身に感じてしまった。


「ルナちゃんって、これ買おうとしてなかった?」  

「それって…」


 デュアルが手に持っていたのは確かにルナが買おうとしていた『クリの味』。行動だけでなく、思考まで読み取られている。それを察知した彼女は、すぐさまショッピングモールの外へと走り出す。


(あいつは、やばい…!)


 ショッピングモール内を全力で走り抜けた。ゲームセンターを通り過ぎ、雑貨店を通り過ぎ、クレープ屋を通り過ぎ、バス停まで向かう。


(すぐそこだけど、バスに乗って部屋まで帰ろう!!)

 

 丁度停まっていたバスに駆け込めば、扉がすぐ閉まる。そして、寮の近くにあるバス停を目的地として前進を始めた。


「…変な汗かいちゃった」

「だってあんなに走るんだもん。汗拭きシート貸してあげよっか?」

「ひっ――!?」


 後部座席から身を乗り出して、ルナの顔を覗いた人物はデュアル。これには彼女も悲鳴に近いものを上げてしまった。


「もしかしてさっきからさ…ルナちゃん、わたしから逃げてる?」

「――」


 ルナは全身に触手が絡みつき、締め上げられている感覚に襲われ、上手く声を出せない。支配・洗脳・汚染、更にそんな言葉が脳内を過っていた。 


「どうして逃げるの?」 

「――」

「どうして目を合わせてくれないの?」


 耳元で囁く"その存在"に対する逃避だ。

 ルナは心の中でそう言い聞かせる。


「あはっ、分かったよ」


 デュアルの右手がルナの衣服の中へと滑り込み、左胸を優しく包み込む。


「――わたしが"怖い"んだ?」

 

 しかしその右手が包み込んでいるのは左胸などではない。

 

「いやぁぁぁああぁぁ!!」


 ――その肌の向こうにある心臓。彼女はデュアルに"ソレ"を握られた感覚に陥り、悲鳴を上げながら座席を立ち上がった。


「いやだぁっ! いやだぁぁ…!!」


 寮前のバス停へ到着すれば、ルナは転がり落ちるようにバスから下車をする。


「…お前、何してんだ?」


 四つん這いになりながらも、バスから離れようとするルナ。その姿を偶々通りかかったジャージ姿のリベロに見つかってしまう。


「デュアルが!!」

「は? デュアル?」


 バスは次なる目的地まで出発し、その場にはルナとリベロの二人のみが残される。彼はしばらく周囲を見渡してデュアルの姿を探していたが、


「おいおい? デュアルなんてどこにもいないぜー?」

「バ、バスの中にいて…」

「バスはもう行っちまったし、もう大丈夫なんじゃねー?」


 リベロはコンビニで買い物をしていたのか、右腕にかけていたレジ袋をガサゴソと左手で漁り、


「これでも食べて落ち着けよなー」


 クリームパンを手渡した。


「あ、ありがとう…」


 彼なりの気遣い。

 ルナはお礼を述べながらそのクリームパンを受け取ったが、


(あいつは、私たちの想像以上の力を…)


 その手と足の震えは未だに収まることはなかった。彼女はリベロの手を借りて、その場に何とか立ち上がり、部屋に戻ろうと歩き出す。

  

「あの子は、やっぱり"邪魔"だなぁ…」


 デュアルが寮の屋上からルナを見下ろして、そんなことを呟いているとも知らずに。

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