January Holiday
Rosa&Noah
「……」
ノアはたった一人、目的もなく、ただ外にある公園内をぶらぶらと歩いていた。
(…明らかに衰えている)
黒金鉄也との戦いを思い返しながら、彼は自身の力不足を感じている。相手は四色の孔雀といえどもたった一人。初代救世主の名は捨てたが、それでも元初代救世主としてあそこまで力量の差を感じるとは想像だにもしていなかったのだ。
(ティアは能力の欠点を見破り、ルナはアイツと正面からぶつかり合った。俺はあの一戦で何か貢献できていたのか?)
メテオとルナが一対一で戦っているとき。ノアは傍観者としてその場にいた。本当ならば彼も戦いに身を投じなければならないというのに、何もできず、その場にいた。
("創造力"を粗方"霊力"へと変換しても、あいつの腕を折るだけで精一杯だったな)
ノアはルナの危機に創造力をもう一つの力である"霊力"へと変換し、メテオの腕の関節を破壊している。だがそれで限界だった。大半の霊力を使用しても、その一撃がすべて。
(…情けない話だ。徐々に仲間の足を引っ張り始めているなんて)
ルナがいなければ、創造力とは別の力を扱うメテオに太刀打ちできなかった。その事実がノア自身に劣等感を与えるため、ルナたちのいる部屋から逃げ出し、外であてもなく時間を潰しているのだ。
「珍しいですね。あなたが警戒を解いて歩き回っているのは」
そんな彼に声を掛けてきたのは制服姿のローザ。少女は時計台の陰から姿を見せれば、ノアの目の前まで、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「そうやって気を抜いていると…不意討ちを受けて命を落としますよ」
「心配でもしてくれているのか?」
「心配ではありません。これは警告です。此方があなたをいつでも"殺せた"という暗喩を含めています」
その言葉は真実のようで、ローザは殺気を放ちながらノアにそう伝えてくる。Aクラスのローザと個人で話をするのは、彼にとって夏の間にあった特別授業以来だ。
「…確か、お前は四色の蓮の中でも特に強いんだっけ?」
少女は四色の蓮の一人。しかもその実力は、四色の蓮の中でも最高峰と言われている。そんな噂話を聞いていたノアは、ローザにそのような内容を尋ねてみた。
「七つの大罪よりも七元徳よりも、あなたたちが以前戦ったメテオよりも…此方は"強い"ですよ」
「よくそんなことを堂々と言えるな」
「それが事実だからです。此方はこのエデンの園で最も強いと断言できます」
自身に満ち溢れた一言。どうしてそこまで言い切れるのか。ノアはあまりにも堂々とした態度に苦笑してしまう。
「まさかお前もクローン…じゃないよな?」
「そのような紛い物と一緒にしないでください。此方は正真正銘、人から産まれた人間です」
「悪かった。生粋の人間と話していないせいで、疑心暗鬼状態なんだ」
クローンではないかと疑われた少女は、その人形のような顔を不機嫌な表情へと変える。一切崩れなかった表情に起きた変化。ノアはローザが何か"クローン"関連に因縁でもあるのかもしれないと推測する。
「それより、あなたは過去の記憶を取り戻したと聞きましたが本当ですか?」
「まだ忘れていることもあるとは思うが、大体は思い出してるよ」
ローザはその返答を聞いて「なら…」とこんなことを質問してきた。
「"ユートピア"、"ディストピア"、"イデア"…。この言葉に覚えはありますか?」
「…何だそれは?」
「
ローザが次々と述べる言葉と名前を、一度も聞いたことがない。単に忘れているだけなのか、それとも本当に記憶に残っていないのか。ノアは少女に対して、首を左右に振った。
「此方は真剣に聞いているのです。よく、ちゃんと、しっかりと思い出してください」
「悪いが、本当に覚えていないんだ」
彼は至って真面目に、そのキーワードが引っ掛かる記憶を呼び戻そうとする。しかしいくら探したところでほんの一欠片すら出てこない。
「だったら、誰が現ノ世界を支配しようとした教皇を止めたのですか? 誰が教皇の部下たちである邪教徒を倒したのですか?」
「木村ゲンキたちだ。アイツらが教皇や邪教徒たちを倒して――」
「違う…!」
そんなにも否定をしたかったのか、ローザはノアの言葉を遮りながらも声を荒げた。
「…今のあなたにとって、その記憶は忘却の彼方へと消えてしまった。けれど確かに、此方たちは、彼らはそこにはいたのです」
「待て、邪教徒や教皇がいた時代は何千年も前の話だ。お前は何故それを知っている?」
教皇が現ノ世界を支配しようとしたのも、邪教徒たちが暴れていたのも、何千年も前の話。ノアが初代救世主として務める前。彼は少女にその問いを投げかけるが、
「その様子だと…あなたは此方のことも忘れてしまっているようですね」
「忘れているだって? 逆にお前は俺のことを知っていたのか?」
「ええ、此方はあなたのことを知っています。あなたが四色の蓮として、"黒の象徴"と呼ばれていた時代から」
「――!!」
彼が四色の蓮で"黒の象徴"と呼ばれていたのは、ナイトメアという宗教団体がユメノ世界で活動を始めてから、ノアが初代救世主として務めるまでの間。
「ローザ、お前は俺たち同じ…」
それが意味するのは、ローザが邪教徒たちとの攻防が繰り返されていた一年の間に生きていたということでもあり、"何千年も前から今の時代まで生き長らえてきた"ということでもある。
「此方はこの世界が"忘れている物語"を覚えています。それは必ず此方が覚えていなければいけない。それが彼らの生きている証となるのです」
「…」
「あなたたちを殺して、此方がこのエデンの園で"主役"になる。この世界に此方の力を認めさせる。それが叶うのであれば、此方はどんな手段も躊躇いません」
少女は強い意志と殺意を宿した瞳で、ノアの顔を見上げる。彼からすれば、ローザの話はほんの一
「…もういいでしょう。あなたに聞きたかったことも聞けました。此方はこれで失礼します」
しばらく見つめ合っていれば、ローザの方から視線を外して、ノアへと踵を返す。
「ローザ、俺が忘れている"物語"とやらはどうすれば思い出せるんだ」
「先ほどからの様子だと、あなたには思い出すことができません」
「…その理由は?」
彼の問いかけに、少女は時計台の針を見上げながら朧げな様子でこう答えた。
「まずは、"あの女"のユメで起きた出来事を思い出してください」
「…"あの女"?」
「あなたにとって大切な存在だった。雨氷雫のことです」
雨氷雫。
ノアはその名を聞いて、顔をしかめた。
「…DDOの話か」
「いいえ、DDOが起こる前の話です」
「DDOが起こる前だって…?」
一つの世界を"現ノ世界"と"ユメノ世界"へ分けてしまったDDO。少女はその出来事よりも前に起きた話の内容を指しているらしい。
「"雫ノユメ"。そこで起きた事件と同じ事件が、過去にこの世界で起きているのです」
「あのユメの話か?」
「よく思い出して、考えれば分かることですよ。あなたが知らない物語を、此方はどうして覚えているのかが」
ローザは彼に鍵となる助言を与え、そのまま寮へと帰ってしまった。その場に一人残されたノアは、俯きながらも必死に"雫ノユメ"の話を思い出そうとする。
「雫ノユメ、か」
しかしローザの口ぶりからするに、それを思い出しても明確な答えにはならない。精々、ヒント程度の情報しか得られないだろう。
「…ダメだ。さっぱり分からない」
"答え"に辿り着くには、更にそこから追求する必要がある。今、ノアが立っている場所は所謂マイナス地点。
「はぁ、ローザのせいで考え事が増えたな」
最初に抱えていた劣等感など、ローザの話によって霧で覆いつくされてしまう。彼は「やられた…」と額を片手で押さえながら、公園内にあるベンチへと腰を下ろした。
(あー…頭が全然回らねぇ)
薄暗い曇り空。
それは彼の心境を表すかの如く、考えれば考えるほどその濃度は増すばかりだった。
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