10:12 殺し合い時間 閉幕
「距離を取れ!」
ノアは第二キャパシティの能力が解除されたことに気が付き、メテオの足元に倒れているティアを抱え上げ、すぐにその場から離れる。
「おいおい? 今度はどんな能力がお出ましなんだー?」
彼らは自ら負った怪我を再生で治療しながら、雄叫びを上げるメテオを眺めていた。気のせいか周囲の空気が妙にざわついている。
「オレは"四色の孔雀"だ。貴様らに舐められる存在じゃないんだよ」
雄叫びが徐々に消えていけば、メテオはノアたちの方へと顔を向けた。創造形態を解除していることで、最初の時と何ら変わりない姿。
「気を付けて。創造力とは別の力が流れてるから」
「…別の力?」
「あれは多分、"法力"だと思う」
仏道修行によって身に着けられる創造力とは別の力である"法力"。ルナはそれをメテオの体内から感知し、ノアたちへ警戒するよう伝える。
「あの力を持ってる人は滅多に見ないよ。しかも、あそこまで洗練されている人は特に」
「そんなに珍しいものなのかよー?」
「うん。ユメノ世界で生まれた人間は、創造力とは別にもう一つの力を持つことがあるけど…。でもその大半は"魔力"や"霊力"と呼ばれるものばかり。法力を持つ人間なんて、指折りで数えられるぐらいしかいないんじゃないかな」
彼女からそれを聞いたノアは、溜息をつきながら、
「流石、四色の孔雀を務めているだけはあるな」
抱きかかえていたティアをその場に下ろして、二丁拳銃を構えた。ルナたちがそうこうしているうちに、メテオは法力による威圧感を更に更にと増していく。
「…どう戦うの?」
「あれだけ強大な法力となれば創造力はもはや通じないだろう。対抗するには、俺たちも創造力以外の力を使って太刀打ちするしかない」
「おいおいー? そんなの持ってるやつ、ウィザードぐらいじゃねぇかー?」
「ううん、ウィザードくんのあれだけの魔力じゃ歯が立たないよ」
ルナは黒色の大鎌をくるくると器用に回し、
「だから、私がアレの相手をする」
第四キャパシティ
「創造力と違う力。それをユメノ世界の人間が持つようになった原因は、私にあるもん」
「…お前が原因? それはどういうことだ?」
「私は――ユメノ世界に住む人間たちに力を与えたから」
初代教皇だった頃のルナは現ノ世界との戦争の真っ最中に、憎しみを抱く人間たちやナイトメアの戦闘員たちへと"創造力"とは"別の力"を与えていた。
「Noel Vは"膨大な力"を与え、"異形化"を進める薬。でも、その薬品は本当は別々の薬として存在していた」
「まさか…」
「そうだよ。私は自分の神通力をナイトメアの研究員に採取させていたんだ。創造力とは別の力を、ユメノ世界の人間たちに与えるためにね」
異形化を進行させる薬とは別に、もう一つの力を扱うことができる薬。それを自分は研究員に開発させていた。現ノ世界の人間よりも優秀だと見せつけるために、現ノ世界の人間を"殺させるため"に…と、静かにルナは語った。
「ユメノ世界の人間は、創造力とは違う力が身体に流れている…なんて常識が広まったのは私のせい。私が何千年も前に薬を作らせて、それを人間たちに打たせたから」
一度別の力を宿してしまえば、その力は血筋が途絶えない限り永遠と引き継がれていく。そして、それが何度も繰り返されれば、時代の流れと共にいつの間にか"非常識"から"常識"へと変わる。
「よく分かっているじゃないか。記憶を取り戻した、という話は本当だったようだな」
「…黒金鉄也、どうしてあなたが何千年も前に作られた薬を再開発できたの? 本当はあなたも白金昴と同じように、能力で生き長らえて――」
「バカなことを言うな!!」
ルナの言葉を遮るように、メテオは"黒金鉄也"として大声を上げて否定した。
「オレはこの時代に生まれた人間だ!! 初代教皇に初代救世主。貴様らが始めた無駄な戦争のせいで苦しめられている…一人の"被害者"に過ぎないんだよ!!!」
「被害者…」
「そう被害者だ!! お前が開発させていた薬は、ナイトメアの人間どもが何千年にも渡って今の時代まで継がせてきた! 初代教皇、この意味が分かるか!? お前が平然と口にした一つの命令が、言葉が、すべてが、この時代まで継がれ、この世界に影響させた!!」
彼は目を見開き、彼女のことを睨みつける。ノアたちの視線の先にあるのは、憎悪に囚われている"黒金鉄也"の顔。偽物のはずなのに、本物のように感じてしまう心の叫び。それに思わず、ノアたちは言葉を失った。
「この世界の常識を作ったのは――貴様だろうがァァ!!!」
「…ッ!!」
黒金鉄也はルナの懐まで一瞬で潜り込むと、強烈なアッパーカットを彼女の顎に直撃させる。
「…やるしかない」
「おー、そうだなー」
レインとリベロの二人は視線を交わし、ルナを援護するために刀と大剣を彼に振るった。
「邪魔だァ!!」
だが二人の身体に"目に見えない何か"が衝突する。それは鉛の砲弾が身体に撃ち込まれた感覚と同じ。レインとリベロは地面に身体を引きずりながら、飛ばされていく。
「手を出さないで!」
上空へ飛ばされたルナが、すぐさま下降して黒金鉄也の顔面に膝蹴りを叩き込んだ。彼の筋肉質の図体は、地に足を付けたまま、数メートルほど後方へと下がっていく。
「あいつは私のことを憎んでいる。だから私が相手をしないとダメなんだ」
ルナは妖力によって生み出した鬼火をいくつか周囲に漂わせ、黒金鉄也に殴り掛かった。
(あの拳の破壊力、私でも軽く意識が飛びかけた…。数発受けたら、確実に私が負けるかも)
第三キャパシティ、
(それに、レインたちを吹き飛ばしたあの技は"気功"だった。)
更にこの能力を発動中は"気功"という技が扱えるようになる。"法力"を"気"として纏わせて、相手の外部から内部に直接損傷を与えられる技。それに加え、自身の"気"を塊として空気砲のように相手にぶつけられる。
「ふんぬらァァッ!!」
「負けない…ッ!!」
辺りに砂煙が立ち込めるほど激しくなる殴り合い。か細い身体のルナは鬼火で相手の視界を塞ぎながら、殴打や蹴りを何十発も彼の身体に叩き込む。
「効かん!!」
対して黒金鉄也はひたすらにその拳で殴る、殴る、殴る。俊敏さと馬鹿力を頼りに、ルナを叩き潰そうとしていた。
「潰れろォォ!!!」
「吹き飛べッ!!」
両者の突き出した左拳と右拳が触れ合えば、辺りに衝撃波が生じる。ノアは、険しい表情を浮かべながらその殴り合いをただ傍観するだけ。
「ぅっ…!?」
威力は互角…かと思えばルナの左腕に激痛が走る。黒金鉄也に力で押し負けていること。それを彼女へ伝えるかのように、骨が悲鳴を上げ、大きなヒビが入る。
「隙だらけだ!」
反応が鈍くなったその一瞬。黒金鉄也はそれを狙って、空いている左手でルナの首を掴み上げた。
「はな、せぇ…ッ!!」
鬼火をぶつけたり、蹴りを顔面に叩き込んだりと抵抗をするが、彼がうろたえる様子はない。むしろルナの虚しい抵抗を見て、喜ぶように握る力を強めて首を絞め上げる。
(ヤバい…これしぬ、かも…)
もはや咳き込むことすら出来ず、全身から力が抜けていくようで、ルナは口元から涎を垂らしながら、瞳から涙を流していた。
「苦しいか、苦しいだろう! それがオレたちの苦しみだ!! "息子"を、"家族"を殺された男の苦しみだッ!!! それが分かるか初代教皇!!」
「……」
黒金鉄也の瞳に何が映っているのか。見るに堪えない顔のルナに叫びながら、彼もまた涙を流す。
「――もういい」
ルナの意識が飛びかけた瞬間、黒金鉄也の左腕の関節が真逆の方向に折れた。
「ゲホッ、ゴホッゴホッッ…!!」
彼の握力が緩まったことでルナは地面に落下をすれば、首元を押さえて必死に空気を肺へと取り入れる。
「初代救世主…。お前にとってコイツは最大の敵だろうが!!」
「俺はいつまでも過去のことを引きずりたくないんだよ」
「引きずりたくないだと…!? どの面下げてそんなことが言えるんだ!!?」
黒金鉄也は左腕の再生を行いながら、右拳を振り上げて目の前に立つノアへと殴り掛かった。
「この面だ!!」
ノアは振り下ろされる右拳を、二丁拳銃で自ら受け止める。
「ノアぁ…!!」
自身より力の無いノアがあの拳を受け止めれば、ただじゃ済まされない。ルナは掠れた声で立ち込める砂煙の中へ呼びかける。
「貴様…!?」
「…分かってるんだよ、俺たちが憎まれていることぐらい。分かっていなきゃ、俺たちはこんなところで戦っていない」
二丁拳銃はバラバラに砕け散り、ノアは自身の両手と頭部でそれを受け止めていた。額からは血液が流れ落ち、その顔は真っ赤に染められている。
「世界の常識を作ったのは、俺たちだ。今も戦争が続いている原因は、俺たちだ。お前の家族を殺したのも、俺たちだ」
ノアの掛けていた眼鏡が地面へ滑り落ちれば、視線をルナの方向へと向けた。
「だから、俺たちはこのエデンの園で償いをしようとしているんだよ。この身体で、この頭で、この力で。変えようと、必死に命をすり減らして戦っているんだ」
「貴様っ…」
「コイツだって今は変わった…! 素直に笑って、心から楽しんで、誰かの為に努力をするようになったんだ! 昔のコイツはもういないんだよ!!」
彼は身体を震わせ、黒金鉄也の右拳を徐々に押し返していく。
「だからコイツは
「なぁっ…!?」
怒りの叫び声。
ついにその右拳を一気に弾き飛ばして、黒金鉄也の態勢を崩す。
「掴まれ!」
「…うん」
差し伸べられた血塗れの左手を、ルナは強く握りしめる。
「あの頑丈な身体に強烈な一撃を叩き込む方法は一つしかない」
「それって、もしかして…」
「…やれるか?」
ルナは彼の問いに迷わず頷いた。一人ではなく、ノアもいる。その事実が彼女にとってはとても心強く感じ、何でも出来るような気がしてならなかったのだ。
「行くぞ…!
彼女の手を握ったまま、黒金鉄也へと投げ飛ばす。その際に飛ばされる速度を能力によって音速まで向上させた。
「行け!」
身体能力の強化のみに神力と妖力を費やして、標的である黒金鉄也に向け左拳を構える。
「負けるかァァ!!」
黒金鉄也は雄叫びを上げながら、対抗するように右拳を突き出した。
「――なにぃッ!?!」
しかし彼の拳はルナではなく、笑みを浮かべたノアの右半身を抉るのみ。すぐにルナの居場所を探そうとしたが、もう遅い。
「ぐぅ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"あ!!?」
左の脇腹に叩き込まれるルナの拳。ノアが受け継いだ能力である"
「やれ、ルナァ!!!」
音速まで向上した拳の威力は、黒金鉄也の身体を軽々と校舎まで連れ去り、その壁を突き破りながら飛ばされていく。今まで破れることのなかった校舎の壁。それが崩壊するほどの破壊力。
「まったく、だな…」
「ほんとに…ね…」
ノアがその場に座り込めば、ルナは彼に持たれかかるようにへなへなと倒れ込む。
「大丈夫!?」
「待っててね! すぐに治療を…」
戦いが終わったと同時に、ブライトたちが二人の元まで駆け寄ってくる。ノアとルナは「何とかな…」と苦笑交じりに答え、ファルサの能力である"
「…さすがだな、英雄」
「「――!!」」
校舎に空いた穴の向こうから、黒金鉄也が脇腹と押さえながらも姿を現す。
「…大丈夫、もう法力は身体に流れていないから」
彼の身体はもう戦える状態ではない。筋肉が破け、脇腹の肉が抉られ、骨が露出している。鉄骨も数本至る個所に突き刺さっていた。
「頼む…。オレの息子を…ディザイアを…」
「ディザイアだって?」
「救って、やってくれ…」
「待て、まだ話を――」
それだけノアたちに伝えると、彼は自らの心臓に鉄骨を突き刺して、その場にバタンッと倒れ込む。
「……鐘が、鳴ったよ」
鳴り響くは殺し合い時間終了の鐘。何とも言えない終わり方。赤の果実は倒れている偽物の黒金鉄也の亡骸をしばらく眺めていることしか出来なかった。
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