10:13 ローザはデュアルと対峙する

「…これで終わりですか」


 四階にあるAクラスの教室。ローザとエルピスは、教室の隅にある窓から地上を見下ろして、赤の果実の戦いを今まで傍観していた。


「ローザ様のご推察通り、赤の果実が勝利を収めましたね」

「デコードからあなたも聞いていたはずですよ。赤の果実を率いるあの二人は、元初代救世主と元初代教皇だと」

「それは重々に承知しております。ですが、相手は四色の孔雀といえど一人。初代救世主と初代教皇の二人がかりであの様では…いかがなものかと」


 赤の果実に対するエルピスの苦言。それを耳にしたローザは「確かに、その通りかもしれませんね」とその苦言に肯定をし、窓から視線を逸らす。


「けれど赤の果実は、今まで立ちはだかる壁を幾度となく乗り越えてきました。Cクラスとの攻防、Bクラスとの激戦、Sクラスとの死闘、そしてつい先ほど一人とはいえども、四色の孔雀に勝利を収めた。あの者たちは着実に"経験"を積み重ねている」

「…それは、赤の果実がローザ様のお手を煩わせるような"敵"となるということでしょうか?」 

「いえ、此方が相手をするまでもありません」


 ローザはエルピスにそう返答しながら、教室の外にある廊下へとこう呼びかけた。


「そうでしょう、"デュアル"」


 名を呼ばれれば、教室の引き戸の陰から少女たちに向けてデュアルが顔を覗かせる。 


「ばれちゃったかー」

「…此方たちに何か用でもあるのですか?」


 エルピスは表情を険しくさせつつ、教室内へと足を踏み入れるデュアルを警戒していた。それもそのはずで、彼女は四色の孔雀の一人。彼が慕っているローザの敵だ。


「わたしのクラスメイトは赤の果実に全員やられちゃってね。誰も話し相手がいないから寂しいなぁって」

「スロースはあなたが直々にトドメを刺したはずです。今更猫を被ったところで、此方があなたに同情するとでも?」

「あははっ、厳しいねローザちゃんは」


 デュアルは足取り軽く、近くに置かれていた教卓へともたれかかる。敵意を剥き出しにしている少女たちに背を向けて。


「確かにスロースくんを"殺したよ"。でもそれはわたしたちを裏切ったから。当然その行為は死に値するよね?」

「…」

「それにわたしは知ってるんだよー? ローザちゃんがスロースくんが…裏で情報を共有していたこと」


 一切警戒せず、呑気に話し続けるデュアル。彼女の背中をローザとエルピスは黙ったまま、見つめていた。


「スロースくんに、"あの二人"の情報を教え続けていたんでしょ」

「根拠もないことを。嘘をついてまで此方をからかいたいのですか?」

「…あくまでもしらばっくれるんだね」 


 自身の後方でローザが返答すれば、デュアルはゆっくりと後ろを振り返る。


「素直に認めればいいのに」

「此方は嘘をついたことなど一度もありません。すべてはあなたの勝手な妄想に過ぎないのですから」

「あはっ、妄想かぁ…」


 口を押さえつつ微笑むデュアル。

 それを機に、彼女の周囲へ黒色の霧が漂い始めた。


「妄想かどうか、試してみる?」

「…いいでしょう。そこまで言うのなら相手をしてあげます」


 ローザを取り囲むように剣、槍、斧、弓矢などが召喚され、デュアルへと敵意を向ける。 


「ローザ様、あまり消耗をしては…」

「エルピス。デュアルの相手は此方にとって子犬と戯れる程度です。そこで見ていてください」


 心配するエルピスを少女は人形のような表情を崩すことなく後方へと引き下げ、濁りきった瞳をするデュアルと向かい合う。


「ほら、手加減をしてあげますよ。全力で掛かってきてください」

「ふふっ…その言い方だとローザちゃんの方がわたしよりも強いって聞こえるよ?」

「そうですか。デュアル、どうやらあなたの耳は正常のようです」


 その瞬間、デュアルの周囲を漂っていた黒色の霧が槍を模り、ローザへと鋭い突きを放った。


「…此方を甘く見ていますね?」

「あはっ、これぐらいで十分かなぁーって」


 黒色の槍は目前に立ち塞がる盾によって、軽々と防がれる。その盾の頑丈さが故に、デュアルの放った槍の先端は真っ二つに折れてしまっていた。


「此方も随分となめられたものです」

「そうだよ。わたしはローザちゃんのことを"なめている"から」

 

 一本の刀がデュアルに迫り来れば、黒色の霧が黒色の刀へと変貌し、それを受け止める。戦闘が始まってから、ローザもデュアルはその場から一歩も動いていない。


「あははっ! やっぱりローザちゃんは面白いね!!」

「…煩わしいですね」


 その場から動くのは人を殺める"武器"のみ。攻撃するのも、防御を行うのも、すべてがローザとデュアルの周囲にて自動で行われているように見える。


「衰えているかなぁーって心配してたけど、以前と何も変わっていなくて安心しちゃった」

「何も変わっていない、ですか」


 しかし彼女たちはただ立っているだけではない。デュアルは"黒色の霧"を、ローザは"武器"に命令を下して、自身に向かってくる刃を捌いているのだ。


「どうやらあなたの衰えは著しいようです」


 百を優に超える弓矢が、一斉に撃ち出される。

 ローザの第一キャパシティは操り人形マリオネット。創造したものを思うがままに操れる能力。少女は自身で武器を創り出し、それを能力で操っていた。


「それはどうかなー?」


 向かってくる弓矢を黒色の霧が包み込み、すべてを一片も残らず塵へと変える。デュアルの第一キャパシティ、黒霧ブラックミスト。この能力は黒色の霧を自由自在に操り、武器などへと変貌させ攻撃する。その黒い霧はまさに身体の一部そのものに近い。


「あはははッ! 楽しくなってきたから、もう少しだけ力を出しちゃおっかなー!!」

「そちらがその気なら、此方も手加減できなくなりますよ」


 武器同士の衝突はいつまで経っても決着がつかない。それならば、とお互いに次なる能力を使用するためにその場から一歩だけ踏み出したが、


「二人とも、そこまでだ」


 その教室に顔を出して仲裁をする人物が一人。


「…デコード」

「これ以上の戦闘はこの島に被害を及ぼしかねない。もし命令を聞かずに暴れるつもりなら、アニマとペルソナの要請をさせてもらう」


 ――デコード。彼女はローザとデュアルの間に立って、戦いを止めるように命令を出した。


「そっか。残念だけどここまでみたいだねローザちゃん」

「命拾いをしましたね、デュアル」

 

 先ほどの戦いは素直に一時的な休戦という形で幕を閉じたが、未だに殺気が漏れている二人を見て、デコードは溜息をつく。


「エルピス、どうして君はこの二人を止めなかった?」

「私はローザ様の命令に背くことなど到底できません。傍観していろと命令をされれば、何もせずただここで眺めている。それが忠誠というもの」

「忠誠が過ぎるのも問題だな…」


 彼女はエルピスから視線を逸らすと、抱えていたタブレットに指先をなぞらせる。


「ゼルチュから直々の指令がある」

「指令? わたしたちに?」

「そう、君たちにだ。正確には……まぁいい、とにかく私に付いてきてくれ」


 ローザたちは険悪な雰囲気を醸し出しながらも、デコードの後に続いて廊下を歩き始めた。


「…七つの大罪と七元徳が赤の果実が敗北したこと。君たちはもちろんそれを知っているだろう」

「知っていますよ。此方の耳に風の噂として流れてきましたから」

「今回の指令はそれと大きく関係している。目的地に到着すれば、私が説明しなくとも君たちは理解できるだろう」

 

 三人が連れて来られた場所は体育館。最近は滅多に利用されていないせいか、少しだけ埃っぽい。


「連れてきたかった場所はここだ」

「それで? 体育館に到着したら、わたしたちが自然と理解できる…みたいな言い方してたよね。全然指令の目的とか分からないよ?」


 薄暗い体育館内。デュアルはその場でくるくると回りながら何度か見渡し、デコードを細目で見つめる。

 

「ローザ様、あちらの方に誰かが…」

「えぇ分かっていますよ。此方にも気配を感じ取れます」

「…あ、ほんとだ。誰かいるねー」 


 微かな気配。それを察知した三人は近づいてくる足音を耳にして、向かってくる者たちの影を視認する。


「正確には"君たち"への指令ではなく、"私たち"への指令だ」

「なるほど、此方たちに指令というのはそういうことでしたか」


 デコードがその者たちと合流すれば、体育館の照明によって辺りが照らされた。


「次は、此方たちの出番ということですね」


 ローザの前に立っていたのは、赤の果実の為に命を懸けたウィッチ。エデンの園襲撃時にアニマによって殺されたクラーラ・ヴァジエヴァ。そして、デコード。 


「あはっ…! やっとわたしたちの出番なんだ!」


 デュアルの前に立っていたのは、エデンの園襲撃時にペルソナによって殺されたブラッド。先ほど赤の果実によって敗北し、自害を果たしたメテオ。そして、


「――エルピス、自身の役目を果たすのです」


 ローザの元で従者として仕えていたエルピス。


「はい、必ずや」


 四色の蓮・四色の孔雀。彼、彼女らが集った体育館内は、心なしか狭くなったように感じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る