嫉妬と才能は別物なんですか?

「やぁ、行くよ」


 エンヴィーはヘイズから少し離れた小さな足場の上で自らの鍵盤に指を走らせて、水の矢を彼女へと撃ち出した。ヘイズはそれをアルテミスの弓の矢を放ち相殺する。


「すごいね君。前よりも強くなってるよ」


 エンヴィーの第三キャパシティ水流ウォーターフロウ。水であらゆるものを生成できる能力。遠隔で水の矢を撃ち出したりが可能となる力だ。


「褒めてくれて…」


 自身の感情を演奏で表現するエンヴィーに向かってヘイズは、他の弓矢よりも一段と鋭い矛先を持つ弓矢でエンヴィーに狙いを定め、


「ありがとう…!」

「やぁー!?」


 胸郭を広く開いて、その手を離した。その弓矢は速く、鋭く、的確にエンヴィーの頬を擦ったことで、彼は水飛沫を上げながらそのまま水面へと着水をする。


「やぁっぱり君は強いなぁ…」


 エンヴィーはしばらく経ち水面から顔を出すと、プカプカとラッコのように身体を浮かせながらヘイズのことを褒め称えた。彼は本気で褒めているのだろうが、彼女からすれば煽られているとしか思えない。


「もしかしたら僕よりも強いかも」

「…」

「なんてね。僕は負けないよ」


 今度は一際大きな水飛沫が高く上がり、エンヴィーは水面下へと姿を暗ましてしまう。


(これ…海水じゃないっぽい)


 足元に広がる水面に人差し指を突っ込んで舐めてみる。てっきり海水なのかと思ったが、塩特有のしょっぱい味はしない。ヘイズはその水が超が付くほどの純水なのだと理解し、辺りを見渡した。


「あの人は、どこから…」


 そう呟いた瞬間、後方で水飛沫が上がる。エンヴィーが背後を取ってきたのか、とヘイズはすぐに振り返りその先にいるモノへと視線を向けた。


「あれは…なに?」


 そこにいたのはやや扁平な狭い楕円形の生き物。口の前方には二本の触手を備え持っており、身体を覆う茶色の甲殻が透明な水面に何匹も漂っていた。


「やぁ、僕のお友達と遊んでよ」


 小さな島が徐々に水面へと浸かることで、ヘイズの足元が濡れる。エンヴィーはヘイズやその生き物たちから随分と離れた場所でグランドピアノへと指を走らせていた。

 

交響シンフォニー――"カノン"」

 

 エンヴィーはパッヘルベルが作曲した"カノン"の演奏を始める。茶色の甲殻を持つ生物たちはその音色に操られているのか、一斉に列を整えてヘイズの周囲を取り囲んだ。


(島が沈む前に始末するしかない…!)


 人間は水の中ではなく地上で暮らす生物。あのような捕食生物たちがうようよしている水中へと引きずり込まれれば、餌食となるだけ。そう考えたヘイズは、島が沈み切る前に弓矢で茶色の生物一匹ずつ仕留めることにする。


「っ…! 全然当たらない!」


 しかしその生物たちはヘイズの弓で狙われた仲間に向かって自身の身体で体当たりをし、数を減らされないよう立ち回る。まるで人間と同じく"意思疎通が図れている"ように。


(やばい…)


 既に彼女は腰辺りまで水の中に沈んでいる。水の中で弓を扱うことなど不可能。一匹でも仕留めればと考えていたが、ヘイズの胸元まで沈んでいる状況で始末できた捕食生物たちはゼロ匹。


(…ただの水で良かった) 

 

 不幸中の幸いだったのは、沈んだ先が海水ではなく超純水だということ。誤って海水を何度も飲んでしまえば細胞外液の塩分濃度が上がり、脳症などの症状が現れてしまう。それに加えてヘイズは海水の中で目を開けられない体質、だからこそ超純水のおかげで目を開けていられた。


(囲まれてる…!!)


 しかしそれは不幸中の幸いなだけ。ヘイズが目を開けて周囲を確認してみれば、既に捕食生物が逃げられないように彼女のことを取り囲んでいたのだ。


「ごぼっ…!?」

 背後から捕食生物が忍び寄り、ヘイズの右腕に二本の触手を絡ませ齧りつく。遠目で目視していたときは大きいと感じなかったが、この至近距離で見るとヘイズの上半身ほどの大きさを持っていた。


(これ、前に図鑑で…)


 間近で見たからこそヘイズはその捕食生物について思い出す。幼少期、リベロの部屋に置かれていた生物図鑑。そこに書かれていたのは"アノマロカリス"という"古生物"。下面中央に、放射状に配列した歯に囲まれた丸い形の口が付いておりそこで獲物を捕食する。

 

「ぁっ……」

 

 我先にと古生物たちがヘイズの身体へと張り付き、丸い形の口を刺し込んで肉を貪ってくる。このアノマロカリスという古生物は、カンブリア紀中期の動物としては最大かつ最強で、生態系の頂点に君臨していた存在。


(ユメノ…使者…)


 ヘイズは体内の創造力を一点に集中させ自身の背後に、


(――"アフロディーテ"!!)


 愛と美と性を司る女神であるアフロディーテを呼び出した。彼女は呼び出されると即ヘイズの身体に張り付く古生物たちを、水圧の刃で次々と真っ二つにする。


(助かった…)


 水の中にヘイズの真っ赤な血液が漂う。アフロディーテは彼女の身体に手を触れさせると、古生物に貪られた肉体を癒し始めた。


(正面から突っ込んでもあの人には逃げられる。だったら……)


 ヘイズは水面を見上げて、小さな足場が浮かんでいる場所を見つけ出し、


「…やぁ? 僕のお友達から応答がな――」

(下から攻めればいいよねっ…!)

「やぁぁぁーー!!?」


 アフロディーテに指示を出して、彼のすぐ真下に渦潮を発生させる。エンヴィーは渦潮に攫われ、ぐるぐるとグランドピアノと共に回り続けた。


「ぶはぁっ…!!」

 

 一時的にエンヴィーの身動きを封じることができたため、呼吸をしに水面上へと顔を出す。そしてゆっくりと酸素を肺へと取り入れて、自身の近くに大型の鉄製ボートを創造する。


「さっきの仕返しをさせてもらうから!」


 ヘイズはアルテミスの弓を構えて、矢に創造力を集中させた。狙いはもちろん渦潮に巻き込まれているエンヴィー。


「――当たって!」


 しっかりと狙いを定めて放った弓矢は、エンヴィーの右肩へと突き刺さり、


「うやぁぁぁぁああーーっっ!?」


 渦潮の大きさと同等の水飛沫を上げて、エンヴィーは遠くへと吹き飛ばされていく。


「やぁぁぁーーー!!?」 


 吹き飛ばされたエンヴィーは着水をし、ごぼごぼと水の中で空気の泡を立てる。


「……」 


 ヘイズは口を閉ざしたまま、ボートの上で空気の泡を見続けた。あれが消えればエンヴィーが死んだことを意味する。普通ならばそれを願うはずなのだが、


「…優しさは、捨てなきゃ」


 彼女の心の中では、"これで終わってくれ"という願いと"生きていてくれ"という想いがごちゃ混ぜになり、複雑な心境へと変わりつつあった。


「――!!」


 そんなヘイズを我に返すかのように、突然水面が大きく揺らぎ波が立つ。震源地は間違いなく、自分の足元である水面下だ。


「やぁ、行くよ"レヴィ"!」

「なに…あれ?」


 水面から顔を出したのは巨大な蛇。

 ヘイズを軽々と見下ろせるほど巨大な頭部。エンヴィーのユメノ使者、"レヴィアタン"。


「軽い気持ちで呼びだしてんじゃねーぞガリガリ! ぼくはこうみえても忙しいんだ!」

「ごめんねレヴィ。僕だけじゃあの子に勝てないんだ」


 一人称は"ぼく"。

 その姿に似つかない言葉遣いに、ヘイズは苦笑いするしかなかった。


「あの子って誰だよ!? ぼくの相手に相応しいんだろうな……」


 そう文句を述べつつも、レヴィアタンはヘイズへと視線を移す。


「……」

「……?」

  

 鋭い視線を向けられヘイズは息を呑んだ。ひたすら巨大な蛇にじっと見つめられる。彼女は金縛りにでもあっているのか、指先すら動けずにただ黙って見上げることしかできない。


「うっひょぉー! 可愛い子ちゃんだぁーー!!」

「うわぁー!?」


 レヴィアタンはヘイズを見るなり身体を大きく左右に動かして狂喜乱舞する。レヴィの身体に乗っているエンヴィーは、振り落とされ水面へと再び着水をした。


「ねねねっ! 君の名前はなんていうの?! てかどこ住み!?」 

「…え?」

「ぼくのことは気軽に"レヴィ"って呼んでよ! ていうかなんなら"レヴィちゃん"って呼んでくれると嬉しいなぁ!」


 ナンパされている。  

 そう理解したのはレヴィアタンがその後に二言三言話しかけてきたとき。ヘイズはまさかこんな戦いの最中でナンパされるとは思わず、どう答えようかたじたじしていると、


「レヴィ! これは大事な戦いだから早くその子を倒し――」

「うるさいなぁ!!」

「やぁーー!!?」

 

 水面から顔を出したエンヴィーに向かって、レヴィアタンは口から水鉄砲のようなものを吐き出して遠くへと吹き飛ばしてしまう。


(もしかして…この子なら私の味方につけられるかも…)


 エンヴィーはレヴィアタンを扱いきれていない。そのことに気が付いたヘイズは、意を決してユメノ使者であるレヴィアタンへと接触を試みることにした。


「私はヘイズ。現ノ世界に住んでいて、今はエデンの園でみんなと一緒に戦っていて…」


 頭の中で文章の構成が上手くできない。ヘイズは今まで口説かれたことなど一度もないため、このような相手とどう対話すればいいのか分からなかったのだ。


「ヘイズちゃん! いい名前だね! 現ノ世界に住んでいなきゃ最高だったのになぁ…」

「…ねぇレヴィくん、こんな戦いはやめようよ。私たちは手を取り合ってゼルチュを倒すべきだと思うんだ」

「ゼルチュ? ああー、あの気に食わないやつねー」


 ゼルチュに対してレヴィアタンは不満を抱いている。これならばきちんと話し合って、間違っていることを理解させて、こちら側へと引き入れることができるはず。ヘイズはそう強く確信を得て、更に会話を続けようとしたのだが、


「……?」

 

 ジュエルペイに一件のメッセージが届く。


「ルナちゃんから…?」


 届いたのは赤の果実のグループチャット。そこには確かにルナからのメッセージでこう書かれていた。


「…"ストリアを倒した"」

「――!!」


 その文を読み上げた途端、レヴィアタンの身体が硬直する。ヘイズからすれば無事に倒せたことを意味するため、一安心できる内容だったのだが、


「…ストリアが、死んだ?」

 

 レヴィアタンは何かを思い詰める。先ほどの和やかな口調ではなく、足元に広がる水のように冷たい――そんな声だ。


「ストリアが、ストリアが?」


 ストリアは現ノ世界の七元徳。対してエンヴィーもといレヴィアタンはユメノ世界の七つの大罪。敵同士だというのに、声色はとても悲しそうで、とても苦しそうだった。


「まだ、ぼくはストリアと…"神凪楓"ちゃんと…デートしてない…」

「レヴィくん…?」

「お前たちが、お前たちが楓ちゃんを殺したのかっっ!! お前たちが、お前らが…!!」


 瞬間、ヘイズの目の前に巨大な水の壁が生成される。


「許さない、許さないぞぉぉぉ!!!」

「きゃぁっっ!?」


 水の壁は大津波となり、ヘイズとアフロディーテに覆いかぶさった。鉄製のボートはバラバラに破壊され、ヘイズは再び水の中へと身体を沈ませることになる。


「やぁ、次の曲は"雷鳴と電光"だよ」


 エンヴィーはレヴィアタンの身体に飛び乗って、鍵盤に指を走らせポルカが作曲をした"雷鳴と電光"の演奏を始めた。すると巨大な身体を持つとは思えない機敏さで、レヴィアタンはヘイズに追撃をしようと追いかけてくる。


(まさか、あの演奏が力を向上させる源…?)


 エンヴィーの第二キャパシティ交響曲シンフォニー。演奏をすることによって仲間や自分の能力を向上させることが可能となる力。古生物がやけに連携能力に長けていたのも、レヴィアタンの動きが機敏になったのも、すべてはエンヴィーの演奏が原因。


(アフロディーテ!)


 突進してくるレヴィアタンを、アフロディーテが水の壁で受け止める。


「ぼくに勝てると思うなよぉ!!」

「ごぼっっ!?!」


 けれどアフロディーテを水の壁を突き破って、その巨体でヘイズに体当たりを食らわせた。身体に与えられる衝撃と痛み、これだけでも十分に重傷だというのにレヴィアタンはそれだけでは済まそうとはせず、


(この子、私を海の底まで連れて…!!)


 水の底へ底へとそのまま急降下し始めた。創造力で肉体を最大限まで強化しなければ、水圧の負荷により押し潰されてしまうほど深く深く暗闇へと連れていかれてしまう。


(このままだと呼吸が…)

 

 ヘイズは身体を何とか動かすと、レヴィアタンの突進から抜け出し、呼吸をするために上へ上へと浮上しようとする。しかし彼女の活動時間は限界を迎えていることで、


(…アフロディーテ、助けて)


 途中でその場でもがくことしか出来なくなってしまった。頼みの綱であるアフロディーテは、レヴィアタンによって倒されている。


(…死…ぬ)


 口から水が流れ込む。

 最後の一呼吸が尽き、身体が底へと沈んでいく。


(……)

 

 上へと手を伸ばすが、頼れるものはもう何もない。誰かが掴んでくれるはずも、ない。


(……?)


 ――そう思っていた、彼女の手を確かに誰かが握りしめると、


「――火輪紅炎ソルプロミネンス」 


 確かにそんな声が聞こえ、


「やぁぁあ!!?」


 エンヴィーの悲鳴と共に、周囲の水が巨大な炎の渦によって蒸発してしまった。


「おいおい、しっかりしろよ」


 見覚えのある顔に声。炎の渦の真ん中の道を自身のユメノ使者で飛んでいる。ヘイズはその人物に運ばれながらも、朦朧とする意識の中で静かにこう呟いた。


「――リベロ」


 そう、ヘイズの危機を救ったのはリベロ。彼はユメノ使者であるロキの力で飛び続け、水面上へと復帰する。 


「どうしてここに…?」

「オレの方は早く終わったからなー。暇だったしお前の方へ遊びに来たんだぜー」


 リベロは足場となるボートを創造して、その上へとヘイズを下ろす。


「危機一髪だったな、ヘイズ」


 炎の渦が消失すると、すぐに周囲の水がその穴埋めを補修しようと流れ込んだ。


「やぁ、君はその子のお友達かい?」


 レヴィアタンの上に乗ったエンヴィーは炎の渦に巻き込まれたのか、やや髪の毛が焦げている。リベロは大剣メルムの矛先を彼らへと向けた。


「おーそうだなー。こいつはオレにとって大切な幼馴染だぜー」

「かっこつけるなよ! お前が来たところでぼくたちには勝てないんだからな!」

「どうだろうなー? やってみないと分からないだろー?」

「…待って」


 代わりに戦おうとするリベロのズボンを掴み、ヘイズは咳き込みながらその場に立ち上がる。


「私に…やらせて…」

「お前、戦えるのかよー?」

「…うん」


 リベロは半信半疑になりながらも大剣を納めて、ヘイズの後方へと移動した。エンヴィーはそれを見ると「じゃあ僕もそろそろ…」と言って、レヴィアタンの身体に手を触れさせる。


「レヴィ、あれをやろうよ」

「ちっ…しょうがないなぁ」

 

 すると巨大な身体を持つレヴィアタンが黒色の光へと変化し、エンヴィーへと吸収されていく。


「――合理化」


 エンヴィーの身体に包み込んだのは魔導士のような青色のローブ。彼は自身の頭に乗せていた赤色のベレー帽を水面へと投げ捨てる。


「…気を付けろよヘイズ。あのモードはかなりヤバいぜ」


 謀反化と同等の力。

 リベロはそれを経験していたからこそヘイズへと注意を促す。


「僕の第一キャパシティは嫉妬だよ。君のことを妬めば妬むほど、僕はどんどん強くなる」


 エンヴィーの第一キャパシティ嫉妬しっと。能力の所持者は妬めば妬むほど、自分の合理化時の力を増大させることが可能となる。それが例え、身勝手な嫉妬でもその力を上げることができるのだ。

 

「どうだい? 僕のことが羨ましいとは思わないかい?」

「……」


 ヘイズは焦らない。

 いや、焦らないというよりエンヴィーのことを哀れな目で眺めていた。


「合理化はね。事前に聞いていたよ」


 ヘイズは喋りつつも、編んでいた髪を一つずつ解き、着ている制服の上着を脱いでシャツ一枚の姿となる。


「私が誰の遺伝子を継いでいるのかもね」


 そして手に創造武器の弓を持ち、宙に浮かんでいるエンヴィーを見上げた。


「聞いた話によれば私の身体には卯月紫苑うづきしおんっていう人の遺伝子が組み込まれていたみたいで…とても手間がかかったって」


 ぶつぶつとひたすらに彼女は語り続ける。


「どうして手間がかかったのかというとね…。その人がとても優しすぎて、戦いには向かなかったんだ」

「…それには同感だよ。君は僕が渦潮に巻き込まれたとき、頭を狙わずに肩を狙っていたよね? それには少し優しすぎると思ったかな」

「…だから優しすぎる私には"もう一人"、違う人の…残忍な部分となる遺伝子を組み込んだ」

 

 ヘイズは目を閉じて、弓矢を何十本か片手に握った。

 

「その人はとても冷酷で、とても強力な力を持つ人――」


 そう言いかけた途端、目の色が赤色へと変わる。

  

「――雨空霰あまぞらあられ

「うわっ…!?!」


 弓矢が一瞬でエンヴィーを取り囲んだ。


「第二キャパシティ――冷血コールドブラッド


 ヘイズの第二キャパシティ冷血コールドブラッド。温情を捨て、情けなしの性格へと自身を豹変させる。この能力は優しすぎるヘイズ自身を変えるために組み込まれた能力で、一度発動すれば手加減をせず全力で殺しにかかることができるのだ。


「優しさは――捨てた」

「やぁぁ!?」

「……嘘だろ」

 

 合理化さえも凌駕する力。

 彼女は水面の上を走り、弓を左手、弓矢を右手に持ちエンヴィーと接近戦を始めた。


水流ウォーターフロウ!!」 


 ヘイズを水の矢で撃ち抜く…が、彼女は自分自身に弓矢を突き刺して治療する。

 

「信じられないよね。たった"残忍"ってだけの遺伝子でこんな力を出せるなんて…」


 女性を癒し男性を負傷させるアルテミスの弓の状態で、弓矢を自分に突き刺し、エンヴィーに突き刺し攻防を繰り返した。その姿はまさに戦闘狂。リベロはヘイズの戦う姿を呆然と眺めることしかできない。


「僕の…合理化が通じないの…!?」


 赤の果実で最も強い者は誰なのか。その議論が生じた場合、恐らくノアとルナ、もしくはレインとリベロが上がることだろう。


「通じるはずがないよ。私はもう、あなたに"優しさ"は与えられないから」

  

 しかしリベロはこの戦いを目の当たりにしたことで真っ先にヘイズの名を上げる。その理由も至極単純で、情けの無い、無駄のない、ただ殺しに長けているだけの戦いを行っているから。


「うやぁぁぁぁぁあ!?!」

 

 とても強大な力である合理化。

 それをヘイズは更に圧倒的な力で上からねじ伏せる。


「あなたは…まだ自分が強いと思ってるの?」

「やぁぁぁああぁあーーー!!?」


 ボロボロにしたエンヴィーの首を片手で掴み、一本の弓矢で滅多刺しにして更に更にと追い討ちを掛け続けた。


「これで――」


 ヘイズは最後のトドメだと言わんばかりに、創造力の根源であるエンヴィーの肝臓を鷲掴みして、


「――私の勝ちだね」

「うっっ…!!?」


 紙くずのように握りつぶしてしまった。エンヴィーは水面へと墜落し、身体全体から血を流しながら仰向けに浮かぶ。


「…」


 納得のいかない勝利、素直に喜べない勝利。見ていたリベロも実際に戦っていたヘイズも、それを心のどこかで感じていた。


「僕が…負けちゃった…んだ」

「……」

「負けちゃったら…本物の、"金田信之"に、悪いかもなぁ…」


 金田信之。

 その人物の偽物だと自覚すれば、ヘイズは水面に浮かぶ彼の側にしゃがみ込む。


「ごめんね…。僕が、君たちに悪いことしちゃったみたいで…」

「…」

「……お詫びに、僕の最後の演奏、聞いてくれるかい?」


 うつ伏せになりながらもゆっくりと演奏し始めた曲は聞き覚えの無いもの。ヘイズは黙ったまま、金田信之が演奏を終えるのを待つ。


「……これは、"現のユメ"って曲でね。僕にとって思い出深い、曲、なんだ…」 


 音と共にヘイズの身体に金田信之の力が流れ込む。


「君に…お願いがあるんだ。僕を、僕たちを…殺して…あげて…ほし――」


 金田信之が最後の遺言を伝えかけた瞬間、


「"静かにしてくれる"?」 

「なっ…ヘイズ!?」 


 ヘイズが片足を振り上げて、金田信之の顔に強烈なストンプを食らわせた。それがトドメの一撃となったようで、彼の身体は光の塵となって、消えていく。

 

「どうしたのリベロ?」

「…お前、正気かよ?」

「だって、この人敵でしょ? どうして手加減する必要があるの?」


 足元に浮かんでいる赤色のベレー帽。彼女はそれを踏みつけながら、赤色の瞳を輝かせ、ユメノ結晶の前に立つ。


「次の場所へ、殺しに行くよ」


 そして弓矢を突き刺して、ユメノ結晶を破壊した。

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