憤怒は静まりますか?

「おおん! やったるでぇ!!」


 ラースは奇妙な鼓舞をしつつ双剣を構えて、突撃してくる。ティアはそれに対抗するため創造武器である薙刀の岩融を召喚し、大きく左右へと薙ぎ払った。


「甘いでぇ!」

 

 彼はそれを軽々とその場で飛び上がり回避する。その身軽さにティアは舌打ちをし、


「あなたは、罪の重さを知るべきです」

「おん…っ!?」


 上段蹴りをラースの腹部へと打ち込んだ。

 上手く鳩尾に入ったのか、ラースの動きが少しだけ止まったため、


「"礫となる"のです」

 

 第一キャパシティ言霊ワードソウルを発動して、校庭にある花壇のレンガへそう命令を下し、ラースへと襲い掛からせた。


「わいのことをなめとるんとちゃうんか!?」


 この能力は意志を持たぬ物質に言霊を宿し、自由自在に操ることができる。『壁となれ』と言えば壁になり、『襲い掛かれ』と言えば対象に向かって飛んでいく。しかし汎用性が高い分、ただそれだけ。ラースは飛んでくるレンガを双剣で斬り刻み、


「速攻で終わらせたるわ!!」


 宙で何度も空気を蹴って、ティアの周囲を飛び回り始めた。


「…なるほど、それがあなたの能力ですか」


 ラースの第二キャパシティ身軽足軽ニンブルライト。自身の身体の重さを軽くして、跳躍力等を向上させる能力。主に回避や空中戦において効果を発揮するものだ。


「"身代わりとなりなさい"」


 ティアは言霊の能力でレンガを自身の周囲に漂わせる。命令内容は"身代わり"。これで不意を突かれてもレンガが自身を犠牲に何度か守ってくれる。


「厄介な能力やなぁ!」 


 ラースがティアに詰め寄り双剣を振るう瞬間、レンガが壁となり庇う。これを何度も繰り返すうちにティアの足元にはレンガの破片が散らばり始め、


「"礫となりなさい"」


 ティアがラースに向かってその破片を攻撃として使う。彼女の岩融の一振りをラースに当てるためには、大きな隙が必要となる。ティアはその隙を作るために、攻めと守りを交互に行おうとしていた。


「覚えていますか? 数年前、あなたはとある町を襲撃したことを」

「そんなの覚えてるわけないやろ!! わいが何十以上の町を潰したと思っとるんや!?」

「…そうですか」


 その返答を聞いたティアは、岩融を持つ手に力を込めて地面へと突き刺す。


「どうやら――あなたの口からは懺悔の言葉一つも聞けなさそうですね」 

「おんっ…!!?」


 そこから両腕の力を使い棒高跳びの要領で両脚蹴りを放つ。レンガの破片に気を取られていたラースはその予測外の行動に身体が追い付かず、脇腹にティアの蹴りが直撃する。


「やってくれたなぁ!? わいを一度怒らせたらもうお前は生きて帰れへんで!!」


 ラースは怒りの感情を露にし、双剣を振り回して創造力を一点に集中させ、


「来るんや、"サタン"!!」


 ユメノ使者を呼び出した。上空に現れたのは六枚の羽根に長い尾を持ち、頭部に王冠のようなものを装着した悪魔。その名もサタン。


「吾輩の力が必要か?」

「おん、あいつをぶち殺すんや!!」

「いいだろう。吾輩が温めていた最高のバットエンドを見せてやろうではないか」

 

 暗い空から降り注ぐは炎を纏う隕石。ティアは地面に突き刺した岩融を手に持ち、その矛先を隕石へと向けた。


「"塵となれ"」


 言霊ワードソウル

 その力を発動して、自身に向かって落ちてくる隕石を消してしまおうと試みたが、


(…効かない?)


 その命令に従うことなく、ティアのすぐ目前まで迫り爆発を起こした。


「わっはっは! 吾輩の炎は生きている。お前の能力が通じるはずもない」 

「わいを怒らせたこと、後悔するんやな」


 ティアは後方へと飛び退いて爆発を回避したが、自身の制服の袖に炎が引火していることに気が付く。


「…これは」


 彼女は引火した部分を水で消火したりせず、制服の袖を千切ってその場に投げ捨てた。その行動を目にしたラースたちは「何で知っとるんや?」と怪訝そうにティアのことを睨む。


「そうですね、今思い出しましたよ。この炎が、私の大切なものを奪った炎だということを」


 ラースの第三キャパシティは"エルガープロス"。怒りの感情を灼熱の炎に変えて、自身に纏わせたり敵に引火させたりすることができる能力。その炎は怒りの感情を抱いている限り、水などで消火は出来ないもの。


「こんなものが、こんなものが私の家族を……」


 彼女は狐の面を震わせながら歯軋りの音を立てる。


「何がこんなものやて!? わいの炎を馬鹿にするんか!!」


 ラースはエルガープロスによって生み出された消えない炎を自分自身に纏わせて、ティアへと突っ込んでくる。一度触れれば炎が引火し、先ほどのように燃えた部分を捨てなければ全焼は避けられない。


「馬鹿にしていません」


 それを重々に理解しているからこそティアは、ラースの身体に触れないよう"言霊ワードソウル"を利用した遠距離からの攻撃に集中することにした。近づかれれば距離を取り、距離を取ればレンガの遠隔攻撃を行う。


「吾輩のことを忘れてはいないか?」


 再び上空から降り注ぐ炎の隕石。

 ティアは二対一で対応するのは難しいと考え、


「仕方ありませんね。来てください、"コノハナサクヤ"」 


 自身のユメノ使者を呼び出した。白色の装束に身を包むその美しい女性は"コノハナサクヤ"。彼女は巨大な大木を地面から生やし、向かってくる隕石を正面から受け止める。


「木と炎の相性は悪いですが…サタンの相手ぐらいは務まるでしょう」


 ティアはサタンの相手をコノハナサクヤに任せ、ひたすらに突っ込んでくるラースへと視線を移す。


「…"春はあけぼの"」

「おん!?」

「"やうやう白くなりゆく山ぎは少し明りて"…」

「何を呟いとるんや!?」


 ラースの攻撃を回避しながら、ティアはぼそぼそと小声で喋り続けた。 


「"紫だちたる雲の"…」

「気持ち悪いんやぁ!!」

 

 そんな彼女を気味悪がり、ラースは双剣を回転させてティアへと斬りかかる。

 

「――"細くたなびきたる"」 

「っ…!! なんや!?」


 その瞬間、ティアの身体に覇気のようなものが纏わりつき、接近するラースを衝撃波で吹き飛ばしてしまった。


「どうしました? 七つの大罪ともあろうものがこれぐらいで驚くなんてまだまだですね」

「おおん!? なんやて!!?」


 ティアの瞳の色が"桃色"へと変わっていること。それに気が付かないままラースは怒りに身を任せ、双剣を振り回しながら彼女の元へと再び突っ込んでいく。

  

「――創造破壊クリエイトブレイク

「ぬぁんやて…!?」


 右手に握られている双剣の片割れ。

 それにティアは岩融を衝突させ、光の塵へと変えてしまう。


「わいの創造力を上回っとるんか!?」


 ティアの第二キャパシティ歌人ポエット。詩を読み上げることで自身の"戦いの様式"を変えることが可能な能力。『春は、あけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは 少し明りて紫だちたる雲の細くたなびきたる』という詩は自身の創造力を向上させることができる様式、別称の"春の様式"。


「"夏は、夜。月の頃はさらなり。闇もなほ。螢の多く飛び違ひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし"……」

「今度はなんや!?」


 ラースがティアの岩融を弾き飛ばし、身動きを封じようと足払いを仕掛ける。


「――"雨など降るもをかし"」


 その瞬間、今度はティアの瞳が緑色へと変わり足払いを後方回転で避けてしまう。


「鬱陶しい動きやなぁ…!!」


 これは"夏の様式"。創造力ではなく、身体能力を向上させられる力。ティアはラースの猛攻をすべて身体能力だけを活かして避け続ける。


「"冬は、つとめて。雪の降りたるはいふべきにもあらず。霜のいと白きも、またさらでも、いと寒きに、火など急ぎ熾して、炭もて渡るも、いとつきづきし"」

「また何かするつもりやな!?」

「"昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も、白き灰がちになりて、わろし"」


 次にティアの瞳の色が灰色へと変化すると、ラースの周囲をレンガや体育倉庫のボールなどが取り囲む。最初の時よりも操られる量が格段に増えていた。


「なんや!? 変な小細工を仕込んどるんとちゃうぞ!!」


 これは"冬の様式"。

 自身の"能力"の効果を向上させることができる様式で、言霊によって操れる物質の量を上げるうえ、"発動する際は声を出さなければならない"という欠点を無くすことも可能となるのだ。


「おおん!! もう怒ったでぇぇ!!!」


 ボールやレンガを双剣で粉砕しながら、ラースは身体に纏わせる炎を青色へと変化させる。


「わいの第一キャパシティをお前に見せたるわぁぁ!!!」


 ラースの第一キャパシティ憤怒ふんぬ。それが一度でも発動すれば常に怒りの状態を保ち続けられることで、怒りの臨界点をも超え、炎の色は最高温度とされている"青"へと向上する。


「エルガープロスやぁぁ!!」 


 数メートル離れていても火傷をしてしまいそうなほどに高温。そのせいでティアの衣装類は汗まみれ。


(…さて、どうしたものでしょう。ラースに近づけばこちらが先に燃えてしまいます。打開策としてはラースの怒りを一瞬だけでも鎮められることですが…)


 言霊ワードソウルによって操られていたレンガやボールたちはラースが自ら手を下さずとも、身体に纏う青い炎であっという間に灰に変わってしまう。


「おおん! おんおんおおおんん!!!」

(もはや意識すらなさそうですね)


 ラースは怒りのあまり我を忘れている。気を逸らせるような手法などまったくの無意味。ティアは岩融でグラウンドの地面の砂埃を立てて、辺りの視界を塞ぐ。


「おおん!? どこや!? どこにおるんやぁぁぁ!!!」

(視界を塞げば…私からはラースの姿を捉えられますが向こうから捉えられない。これで上手く立ち回りましょう)


 熱気と青い炎、そして耳障りな雄叫び。この三要素のおかげで位置はすぐに把握が可能。彼女は手元に大量の閃光手榴弾を創造し、


「いくら燃えていたとしても…五感には効果があるはずですよね」


 ラースから数十センチ離れた場所へと転がした。

 

「おおおんんんーーー!!!!?」


 起爆すると同時にラースは奇声を上げる。どうやら視界と聴覚を奪うことに成功したらしく、双剣を闇雲に振り回しながら暴れていた。


(このタイミングで接近すれば…」


 薙刀である岩融を握り直し、暴れているラースの元まで駆けだす。相手は何も見えず聞こえない状態。一撃でも食らわせられればと、岩融を突き出した。


「おおん!!!」

「なっ…!?」


 が、それは虚空を掠めるだけ。偶然なのかとティアはすぐに態勢を立て直そうとしたが、まるで見えているかのように双剣でティアの身体を斬りつける。


「ぐぅっ…」


 制服に青色の炎が引火し、上着をすぐさま脱ぎ捨てた。

 斬られた個所が焼けるような痛みに襲われ、ティアは再生を試みようとする。


「おおんおおんおんおん!!!」

「っ…私の姿が見えているのですか!?」


 しかしラースはそれを阻止しようと奇声を上げ、ティアの側まで接近してきたのだ。


「かはぁっっ…!!?」

 

 完全に油断をしていたティアは二本の双剣を腹部に突き刺され、中段蹴りを胸元に受けながら地面へと背を打ち付ける。


(まずいですね…)


 ティアは焼けるような痛みに堪え、引火した衣類を千切っては捨て、千切っては捨てを繰り返してどうにか青色の炎が回らないようにする。


「……おん、なんや? それはわいにやられたんか?」

 

 ボロボロなティアを見て、ラースはそう尋ねた。彼は自分がやったという自覚はない。ただ怒りに身を任せ暴れ回っていただけ。ただそれだけのことに過ぎなかったのだ。


「よく覚えておくことやな。わいを怒らせるとどうなるかということを」

「…」 


 挑発交じりにそう述べるラース。ティアはその言葉を聞くと、燃えてもいない自身の右半身の制服のシャツを次々と破り捨てる。


「おんどうしたんや? 命乞いでもするんか?」

「あなたが一つ大きな勘違いをしているので教えてあげようと…」

「…なんや? その身体は」


 晒されることのなかったティアの肌。

 それを目にしたラースは険しい表情を浮かべる。


「私の身体に記憶として一生残り続ける――あなたへの復讐心です」


 彼女の右半身には、火傷の跡が残っていた。それもティアが子供の頃に負わされた火傷の後遺症。白い肌に似つかない黒ずんだ肌。


「このお面も、もう必要ありません」 


 顔に付けていた狐の面を剥ぎ取って投げ捨てる。その整っている顔つきに似つかない火傷の跡。右目から右肩にかけてしっかりと黒ずんだ肌がティアを覆っていた。 

 

「燃えた時は熱かったですよ。とにかく熱かった。泣き叫んでも、助けを求めても、その炎は消えなかった。瓦礫の上で虫のように這いずり回りながら、転がりながら、生きようと必死に足掻いた。あんな幼い少女がですよ」

「…おん思い出したわ。お前、あの時のガキか」


 ラースはDrop Projectにより生み出されたレプリカを粗方殺し終えた際、幼少期のティアと一度だけ見かけていたのだ。それも瓦礫の上で転げ回っている――その時の醜い姿を。


「この肌は再生を使っても治らない…この意味があなたに分かりますか?」

「ふん、分からへんな」

「女性として、人として、私としての人生がもう既に終わっているということですよ…!!」


 ティアはラースに憎しみを込めた怒声をぶつける。


「私はあなたのせいで人生を狂わされた。もう私の中ではあなたを"殺すこと"しか頭にないのです」

「…おもろいな。お前にわいを殺せるんか?」

「ええ勿論です。何故なら――」


 身体の内から発せられるのは確かな憎悪。

 それを感じ取ったラースは、少しだけしかめっ面になる。


「――私の方があなたより怒りに満ちているからです」

 

 サタンと交戦していたコノハナサクヤが白色の光となって、ティアの体内へと吸収されていく。


「待つんや…! お前まさか…っ!?」

「――"謀反化"」


 そこに現れたのは黒色のマントに黒色のドレス、背中には蝙蝠の羽根を生やした姿のティア。ラースはその技を見て、思わず声を上げる。


「どうしてお前がそれを使えるんや!?」

「分かりませんか? 私は"ゼルチュ"と取引したんですよ」

「ゼルチュと…!? お前、本気か!?」


 ――謀反化。それは本来七元徳のみが使える特別な技。それをティアが扱ったことでラースは驚きを隠せずにいたのだ。


「言いましたよね。私は人として終わっているんです。だから…私はどうなっても構わない」

「…このドアホが!」


 ラースはサタンを自分の元へと呼び寄せる。


「サタン! わいもあれをやるで!」

「うむ、いいだろう。吾輩たちの力を見せてやろうぞ」


 今度はサタンが黒色の光となってラースへと吸収されていく。


「――合理化!!」


 ラースは聖職者のような格好へと変わり果て、青色の炎をより一層炎上させる。


「ラース。ここであなたを殺します」

「なめとるんとちゃうぞ!!」


 薙刀と双剣が空中で衝突し合う。ティアは蝙蝠の羽根を羽ばたかせ機敏に動き回り、ラースは空気を蹴って高速移動を繰り返す。お互いに実力はほぼ均衡している。


「お前、ゼルチュからどんな条件を出されたんや!?」

「どうしてそれをあなたに言わないといけないのですか?」

「あの男が出す条件なんてろくなものがない! それに本来敵であるお前に謀反化を教えるなんてありえへんやろ!!」

 

 双剣で岩融を受け止め鍔迫り合いが始まった。高温の青色の炎を纏っているラースにティアは一切動揺も躊躇もせず、接近攻撃を仕掛けてくる。


「何度も言ったはずです。私はあなたを殺すためならどんな条件だって呑みます」

「それが例え…仲間を裏切る行為でもか!?」


 ラースは双剣で岩融を受け流し、ティアに向かって回転蹴りを放つ。 


「――えぇ」


 ティアは回転蹴りを間一髪で回避して、岩融の持ち手でラースの顎へとカウンターを食らわせた。


「っ…!! その腐った根性叩き直したるわぁぁ!!!」

 

 ラースの双剣による猛攻撃。

 ティアは岩融で受け流したりを繰り返し、彼の顔を見て微笑する。


「何がおかしいんや!? わいを相手に笑っていられるとでもいうんか!?」

「いえ、そういうわけではありませんよ」


 彼女は微笑しながら反撃の一撃を食らわせるために大きく岩融を振り上げた。

 

「そういえば伝え忘れていましたが――」

「なんや!?」


 青色の炎で強化された双剣で振り下ろされる岩融を受け止めようと構えるラース。


「今までの話は全部"嘘"ですから」

「……は?」

  

 しかしその発言で怒りを忘れてしまう。それにより青色の炎が消え、頭の中が真っ白となり、


「やっと隙が出来ましたね」

「なん…やて…っ!?」


 岩融による双剣が創造破壊され、岩融で身体を縦に斬られてしまい地面へと叩き落された。

 

「騙されましたね、ラース」


 ラースの側に降り立ち、岩融の矛先を彼の首へと突き付ける。


「どういう…ことや…!?」

「謀反化の話、あれは全部嘘です」

「嘘やて!? どうしてそんなことを…」

「あなたの怒りを忘れさせる方法が…あれしかありませんでした」


 ティアが思いついた作戦。

 それは臨界点を突破しているラースの怒りをわざと更に更にと向上させ、"アホらしい発言"で一瞬だけでも怒りを忘れさせ"呆然"とさせることを狙う作戦。


「ならどうして謀反化が使えるんや…!? あの技は普通に使えるはずが…」

「残念でしたね。謀反化じゃありませんよ」


 ティアは背中に付けた蝙蝠の羽根を取り外して、ラースへと見せつける。それは精密な機械で作られた偽物。グラヴィスにティアが頼んでおいた仮装グッズに過ぎなかった。


「これは…ただそれっぽく見せていただけのコスプレです」

「だったら空を飛べたのは!? お前が空なんて飛べるはずないやろ!!」

「ラース。あなたは私の足元をよく見ていなかったようですね」


 彼女は自身の靴を脱いでその裏を見せる。

 そこには引っ付くタイプの粘着シートが綺麗に貼られていた。 


「これで"空を飛べ"と命令をすれば飛んでくれますから」

 

 それに加えてティアの瞳は灰色、つまり"冬の様式"。言霊を使用する際に声を出さなくとも、バレずに発動ができる。コノハナサクヤを消すときもそのように演出させただけ。


「…ですが私があなたを憎んでいること、そしてこの火傷の跡も事実です」

「……」

「殺してやりたいという欲望だって私の正直な気持ちですね」


 ティアは地面に落ちている狐の面を拾い上げ、顔に装着する。


「けど、それだけであなたは倒せませんでした」

 

 彼女は岩融の矛先をラースから逸らし、地面へと突き刺した。


「私が赤の果実として仲間たちと交流しなかったら…あんな油断のさせ方もこんな作戦も思いつかず、あなたに殺されていただけです」


 ティアはうつ伏せに倒れているラースを見下ろす。


「例え倒せていたとしても…あなたを殺してしまえば、その後に私は生きる意味を失って自ら命を絶っていたことでしょう」

「……」

「今の私は敵討ちを果たしたというのに、まだやるべきことが、生きる意味があるのです。これほど素晴らしいことはないとは思いませんか?」 

「…ふん」

 

 ラースは楽しそうに語り続けるティアを鼻で笑う。


「わいは…どこで"波川吹"になれなくなってしまったんやろうな…」

「いいえ、違います。あなたは波川吹という人物には絶対になれません。所詮クローンはクローンに過ぎません」

「…お前、厳しいんやな」


 波川吹はティアの足首を無理やり掴んだ。


「何をするつもりですか?」

「心配せんでええ。わいの力をお前に託すだけやからな」

「…それをして何の意味が――」

「毎回一言余分やで自分」


 彼は空気の読めないティアを見上げてから笑いをする。


「……すまんかったな」


 そして目を閉じると光の塵となって、天へと昇って行った。手首に付けるリストバンドが二個だけ残り、それをティアは拾い上げる。


「…仇は取りましたよ」


 目の前に現れるのはユメノ結晶。

 ティアは岩融を地面から引き抜いて、


「さぁ、次の"目的"を果たしに行きましょう」


 横から真っ二つに叩き割った。

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