Seven Virtues
純潔で潔白を証明できますか?
「行くわよ! ガブリエル!」
キャスティの背後に現れたのはユメノ使者であるガブリエル。青色のドレスに身を包み、手にはキャスティが腰に提げている刀と同じものがあった。
「天使の姿は一度も見かけたことがなかったけど…案外人間と同じ姿をしているのね」
「天国へ行けるようにお祈りでもしたらどう?」
「必要ないわ。天に昇るか、底に落ちるかは私が神様に決めてもらうことよ」
アウラは大きく深呼吸をし、体内の創造力を外へと放出させ、
「――
自身の周囲にいくつもの金色の十字架を召喚した。
その十字架たちはアウラを取り巻くように、自由奔放に動き回る。
「偉いじゃない。ちゃんと自決用の十字架を用意するなんて」
「違うわね。これはあなたを磔にするための十字架」
挑発されたアウラは手を振り上げ、キャスティの顔を見つめると、
「"神よ、あの者に罰を与えよ"」
その手を振り下ろして、十字架をキャスティの元まで突撃させた。十字架はくるくると回転をしながらキャスティの周囲をあっという間に取り囲んで、じりじりと詰め寄る。
「私に罰を与えるですって?」
キャスティは鞘に一度刀を納める。
そして彼女は十字架が迫りくる目前まで目を瞑って精神統一を図り、
「笑わせないで」
「…!」
その場で行った一振りの抜刀。
それだけで周囲の十字架を四方八方へと吹き飛ばしてしまった。この火力から踏まえればキャスティはAA型、アウラはそう推察する。
「こんな玩具で罰を与えるなんて馬鹿にしてるの?」
「…七元徳にこんな力が通じるはずないわよね」
アウラはキャスティがどれほどの力を持っているのかを改めてその目で確認し、十字架を自分の元へと再び呼び戻す。創造武器はそんなに簡単に破壊は出来ないため、十字架には多少の擦り傷がついている程度で戦うには何の問題もなさそうだった。
(生半可な戦いであいつは倒せないわ)
彼女は腹を括り、第一キャパシティを発動しようと両手を自身の胸の前で握り合わせた。
「"神よ、私に罰するための力をお貸しください"」
アウラが祈りを捧げれば、宙に浮いていた十字架が二度三度点滅を繰り返して鋭利な棘が生えてくる。創造武器である十字架は面影を残したまま"凶器"へと変わり果てていた。アウラはCA型、治癒が主となるがA型としての攻撃力も備え持っている型だ。
「"神よ、再びあの者を罰せよ"」
「串刺しの刑は勘弁してほしいわね」
鋭利な棘が付いただけでもその殺傷力は先ほどの数倍以上はある。キャスティも抜刀だけでそれを防げないと考えたのか、ガブリエルと共に十字架を刀で何度も何度も弾き飛ばしたが、すぐに復帰して襲い掛かってくるためキリがないかった。
「こっちの十字架が無敵なら…」
キャスティは遠隔で動き回る十字架の相手をガブリエルに任せ、アウラの元まで腰を低くしながら刀を構えて走り出す。
「あんたからやればいいだけの話よ…!」
刀によるキャスティの一閃。
アウラはそれを防ぐために再び胸の前に両手を合わせて、
「"神よ、私に自衛するための力をお貸しください"」
「…っ!!」
そう祈りを捧げる。
さすれば、攻撃を行っていた十字架のうちの一本が一瞬でアウラの前に立ちふさがった。十字架は攻撃性を失う代わりに、アウラの身体が隠れるほどの大きさまで巨大化する。
「硬っ…!?」
目の前に立ち塞がる十字架を刀で一閃しようと振り抜いたが、痺れるほど強力な振動が腕に伝わるだけで十字架に掠り傷一つ与えることができない。
(今が機会…!)
「ぐぅ…っ!」
キャスティの背後から十字架を呼び寄せて、背中に体当たりを食らわせる。彼女は呻き声を上げながらもその場から一度態勢を整えるためにガブリエルの元まで飛びのいた。
「…神に頼ってばかりの能力ね?」
「頼らずに死ぬよりはマシだと思うわ」
アウラの第一キャパシティは
神に祈りを捧げることで、一定期間だけ"鉄壁"か"猛撃"のどちらかの加護を受けられる。鉄壁の場合は十字架が大きくなり、猛撃の場合は十字架に棘が生えるという変化が起こるのだ。
(この創造武器を作ってくれたグラヴィスたちに…生き残れたら感謝の言葉ぐらい述べないとね)
そして創造武器の名前は"エスト"。
何個かの十字架を遠隔で操作が可能となり、彼女の第一キャパシティに合わせて作られた武器だ。アウラは攻めと守りを両立できるように設計してくれたグラヴィスに心の内で感謝しながらも、ガブリエルと共に自分のことを睨みつけてくるキャスティに視線を返した。
「…しくじったわね。相手の能力を見極めるべきだったわ」
十字架には境内の土が付着している。そのせいか先ほど背中から体当たりを食らったことで、露出している肌の部分に土などが付着をしていた。
(おかしい、アイツの創造力が低下してる?)
アウラは土に塗れたキャスティを見て、戦いを始めたときよりも創造力が低下していることに気が付く。
「やっぱりむやみに突っ込んだらダメね。"これだけ汚れただけ"で、私の第一キャパシティが使い物にならなくなる」
「汚れただけ…? あなたの第一キャパシティは何なのよ?」
「そんなの答えるわけがないでしょ? …って言いたいところだけど、どうせもう使い物にならなくなるから教えてあげるわ。私の第一キャパシティは"
キャスティの第一キャパシティ"
綺麗なままの身体であれば創造力を普段の二倍は向上させられる。しかし衣服を除いた肉体に外部からの汚れが付けば付くほど、その効果は失われ能力の効果を失ってしまう。まさに"汚れなき者のみ"力を得られる能力だ。
「…今からは手を抜かない。徹底的にあんたをここで殺すわ」
神社の境内。
取り囲んでいたのは緑に染まる木々だったはずが瞬く間に桜の木へと変わり始め、辺りに桜の花びらが風に吹かれて景色に彩りを持たせる。
「――
刹那、桜の花びらが自我を持つようにしてアウラの顔へと当たりに向かってきた。
「前が見えない…!!」
両手で顔を覆い隠して前を見ようとするが、桜の花びらは小さな隙間を潜り抜けてアウラの顔へと張り付いてくる。アウラは視界を塞がれたままだとマズイと考え、十字架を自身の前方へと鉄壁の形態で設置した。
「後ろよ」
「きゃあっ…!?」
が、彼女の背後にキャスティが既に回り込んでおり、さっきのお返しだと言わんばかりに回し蹴りを背中へと打ち込んでくる。アウラはその場に膝を付くと、すぐに背後へと振り返り十字架で攻撃を仕掛けようとしたが、
(ダメ…! 花びらが邪魔であいつの姿が見えない!)
再び桜の花びらが視界を遮ったことでキャスティの姿を見失ってしまう。
(神よ! 私に罰するための力を…!)
能力の
「させないわ」
しかし祈りを捧げようと手を合わせる寸前に、キャスティによって両手首を刀で斬り落とされる。
「ガブリエル!」
そこから繰り出されるガブリエルとの連携技。
ガブリエルはキャスティがアウラの手首を斬り落としたタイミングで、追い討ちを掛けるように刀を彼女の肩に突き刺して神社の本殿へとそのまま突進した。
「…百花繚乱、この力は花を自由自在に操れる。この世界は私が自由に描けるユメノ世界、あなたには相当戦いにくい世界になるのよ」
キャスティの第二キャパシティは
「あなたはそのことをちゃんと分かってる?」
本殿が跡形もなく崩れ去る。
跡地となった残骸を見たキャスティは、少しだけ悲しそうな表情を浮かべつつも自分の元まで戻ってきたガブリエルに「よくやったわ」と賞賛の言葉を与えようとした。
「そんなこと…重々承知しているわ」
「……ならさっさと死ねば?」
そんな彼女たちの前に、本殿から身体を這いずらせて現れたのは汚れたアウラの姿。身体能力を創造力で向上させ、両手首と肩の怪我を再生で治療している。
「自分の命は安売りしてはいけないものなのよ」
「私のユメノ世界へ干渉した時点で…命を捨てていることに気付くべきだったわ」
キャスティはアウラが立ち上がる前に、桜の花びらを辺りに舞わせて自分たちの姿を消した。アウラは飛び散る花びらを見ながら、本殿の残骸から身体を奮い起こしてその場に立ち上がる。
「…違うわね」
顔を俯かせたまま、キャスティの言葉を否定するアウラ。
「私は、命を捨てに来たわけじゃない」
ゆっくりと目を瞑り、
「――命を、紡ぎに来たのよ」
内に秘めていた創造力を解放させ、
「ユメノ使者、"パンタソス"」
「――な!?」
周囲に吹き荒れる烈風により、桜の花びらを一瞬で消し飛ばした。
「驚いたわ。まさかその類のユメノ使者を呼び出せるなんてね」
アウラの隣に立つは優雅な女性、パンタソス。
非生物に大地、岩、水、木のイメージ、預言的な夢を見せる非現実的な夢の神。ユメノ使者のランク帯で見れば、最高位の存在。種族が天使であるガブリエルよりもランクが高い。
「面白くなってきたじゃない…!」
キャスティとガブリエルは再び桜の花びらで自分たちの身を隠してしまう。視界が塞がれば神といえども太刀打ちができないと考えていたのだ。キャスティは左からアウラを、ガブリエルは右からパンタソスを挟み撃ちし、刀で斬りかかった。
「っ…!?」
けれどガブリエルとキャスティの刀は届かない。
いや、そもそもその先にアウラもパンタソスも立っていなかったのだ。
「気を抜いたわね?」
キャスティの身体を何かが抉る。それは棘の付いた十字架、彼女は肩から腰に掛けて肉を抉られたことで肉塊を石の地面に落としながら後方へと倒れていく。
「パンタソス」
キャスティを守ろうと動き出すガブリエル。パンタソスはそれを背後から首を掴み、近くにある桜の木々へと何度もぶつけ光の塵へと変えてしまった。
「…やってくれるじゃない」
抉られた怪我を再生で治癒して、刀を地面に突き刺しながらなんとかアウラの前に立つ。キャスティの行動が読めた理由、それはパンタソスは非生物の起こす行動を"予知"ができるから。大気中の風の流れ、キャスティたちの持つ刀、それらが未来に起こすあらゆる行動を読むことが可能なのだ。
「残念だけど、私はあなたをここで消さないといけないの。あなたが助かる道はないわ」
「…そんなこと知ってる。だって私は、死ぬために"創られた"んだから」
キャスティがぶつぶつとお経のようなものを唱え始める。
(祈り…?)
最初は祈りを捧げているのかと思ったがどうやら違う。
ここに何かを呼び寄せようとしている…そんな雰囲気を漂わせていた。
「…神のユメノ使者に対抗するにはね」
お経を唱え終えると、徐々に辺りの空気が凍り付いていく。
「――神を呼び寄せないといけないのよ」
アウラの目にはハッキリとそれが見えた。
キャスティの身体の中に空か降り立つ男が入り込む光景を。
「神降ろし――
彼女の身体から溢れ出る神々しい気迫。
アウラは息を呑みながらキャスティを見つめていれば、
「
閃光の如く、音を置き去りにした刀の一振りが、
「早い…っ!?」
アウラの目の前を斬り上げた。
本来ならば反応が遅れていたアウラの身体は縦に真っ二つとなっていたが、パンタソスが彼女を引き寄せてくれたことで何とか命拾いをする。
「……」
キャスティの目は金色の瞳へと変わり果て、先ほどの彼女とはまったくの別物。
「…本物の神様を自分の身体に宿したとでもいうのかしら?」
キャスティの第三キャパシティ、神降ろし。その名の通り自分の身体に神様を降臨させて、その力を得られる非常に強力な能力だ。先ほどのお経のようなもので、キャスティは自分の身体にスサノオを降臨させている。
「…斬り捨てる」
「パンタソス!」
神の相手は神に任せるしかない。
アウラはそう判断し、キャスティとパンタソスを衝突させる。
(…本物の神様と戦わないといけなくなるなんて、罰当たりなことね)
神様を信仰している者がその神様と戦うことになるなんて苦笑いせざる負えない。アウラはパンタソスがスサノオを憑依させているキャスティの相手をしている間に、どう太刀打ちするかの思考に浸る。
(…一か八か、あれをやるしかないわ)
ある秘策を思いついたアウラ。
彼女は周囲に漂わせている十字架の上に乗ると、
「…
第二キャパシティを発動して、キャスティの足元にいくつかの石板が現れた。
「……!!」
キャスティはその石板を見て明らかに動揺する。その動揺はスサノオではなく、明らかにキャスティ本人のものだと見て取れた。
「パンタソス! その石板をあいつに踏ませるのよ!」
パンタソスはアウラの命令に従うように、キャスティに接近戦を仕掛けて石板がばら撒かれた方へじりじりと押し寄せる。
「っ…!!?」
そしてその石板をキャスティが踏んだ瞬間、彼女は頭を押さえて瞳の色を金色から元の色へと戻しかけた。
「いいわよパンタソス! それを何度も繰り返しなさい!」
アウラの第二キャパシティである
それは足元に何枚かの石板を設置することから始まる。その置かれた石板に映されるものは相手にとって"踏むことさえ躊躇ってしまう存在"。もし仮にそれに触れてしまえば、そこに映る存在の悲鳴と磔にされる姿が幻として相手の脳に映し出される。
「ぐぅぅっ!!?」
この能力は身体的というより精神的に揺さぶりをかける能力。神降ろしを行っているキャスティを無理矢理引き出すことで、スサノオの憑依を取り払おうとアウラはそれを思いついたのだ。
「邪魔を…するなぁ!!」
置かれている石板に斬撃を飛ばして次々と斬り捨てる。
排除することを優先しているということは、かなり効果がある証拠。
「だったら…」
アウラは十字架に乗ったまま、キャスティの元まで突撃する。
「これ…でっ…!!」
その最中に落ちている一枚の石板を拾い上げた。
(頭が…割れそう…)
この能力はアウラ自身にも効果があるため、使用者も触れないように心掛けなければいけない。それを知っていたからこそアウラは十字架に乗って、宙に漂っていた。
(お母さん…お父さん…)
アウラは石板を右手に掴み続ける。彼女の頭の中に母親と父親が磔にされて殺される姿が流れ込み、悲鳴が幻聴として脳内に響き渡った。
「負け…ないわ!!」
アウラは石板を強く握りしめて、パンタソスと交戦しているキャスティの元まで接近し、
「――!!」
その石板をキャスティの顔面に力強く押し付けた。
「あぁぁあぁああああーーっっ!!?」
キャスティの脳内で磔にされる者は祖母と祖父。過去の記憶が蘇り、キャスティは刀を手放してアウラによって石板を押し付けられながら地面に後頭部を打ち付けた。
「神よ…! この者を、浄化せよ!」
アウラがキャスティに馬乗りになって、両手で石板を彼女の顔へとひたすらに押し付けていた。
「あぁあ……」
それを数分も続けていれば、叫び声が徐々に薄れていく。
「終わっ…た」
アウラも石板から手を離し、近くへ横渡る。
石板がキャスティの顔から滑り落ちると、そこにある彼女の顔は、
「――」
金色の瞳が元の色へと戻り、涙で至る個所が"汚れていた"。
「ごめんなさい…」
「それは、あなたの脳内で映し出された大切な人に対して懺悔をしているのかしら?」
アウラは十字架に持たれかかりながら立ち上がり、謝っているキャスティを見下げる。
「違うわ。あなたに言ったのよ」
「……え?」
「私は、私はとんでもないことをしてしまった…」
精神が狂ってしまったのか。
アウラは一瞬だけそう考えたが、キャスティの表情は最初に会った時よりも晴れている。
「…過去の記憶が戻ったの?」
「ええ、思い出したわ」
キャスティは何千年も前の記憶を思い出した。自分が神社に住んでいた巫女だったという記憶、祖父と祖母を失った悲しい記憶、友人たちと過ごしていた喜びの記憶。
「私は――
「…松乃椿」
「私は人を沢山殺してしまった。純潔なんて大嘘。私が潔白だなんて…あり得ない」
キャスティが自然と差し出す手をアウラは握る。
「あなたに、私のすべてを…」
「待ちなさい! あなたは何をして…」
アウラが手を握れば、キャスティの身体が光り出す。そう、これはキャパシティの継承。彼女の体内にはキャスティの"力"と"記憶"が流れ込んでくる。
「私は…生きてはいけない。だからあなたに託して、ここであなたに殺されるの」
「記憶が戻ったのなら殺さなくてもいいでしょ!? 私たちと一緒に戦えば――」
「お願い…! お願いだから、殺して…!」
松乃椿の涙で地面が濡れてしまう。
アウラは「殺して」と懇願する彼女の姿を見て、歯を食いしばりながら、
「神よ、この者に、安からな死を与えよ…」
一つの十字架を手に握り、松乃椿の心臓に突き刺した。その途端、辺りに咲き誇っていた桜の木々たちがすべて枯れ木へと変わり果ててしまう。
「本当にっ…ごめん…なさ…ぃ」
苦しそうな息遣い。
それが聞こえなくなると、境内の真ん中にユメノ世界から出ていくためのユメノ結晶が現れる。
「…仏よ、この者に極楽浄土の道を歩ませたまえ」
アウラは松乃椿の亡骸に祈りを捧げ、ゆっくりと立ち上がった。
「……安心しなさい。必ずあなたを創り出した創造者を…地獄の底に叩き落してあげるから」
静寂に包まれる境内。アウラは自分の髪に付着していた花弁を手に取り、それを見つめながら強くそう呟くと、ユメノ結晶を十字架で叩き割った。
頭文字を並び替えると→PATSS
それを組み合わせる
→パン(PAm)タ(T)ソ(S)ス(S)
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