博愛は本当に平等ですか?
「ミカエルさーん!」
アリタスは自身の数倍巨大なユメノ使者を背後に呼び出す。男か女か分からない性別不詳。何より背中に小さな羽に比例していない、巨大な鎧を身に纏っている。そんな天使をアリタスは"ミカエル"と呼んでいた。
「私は喧嘩が嫌いなんだけどー…あなたは倒さないといけない子だよねー?」
「…うん」
「そっかー。それじゃあ行くよー!」
ミカエルが数メートルほどの長い槍を構えると、アリタスは大剣を両手で振るいながらファルサへと接近戦を持ち掛ける。
「
ファルサは鉄扇型の創造武器を召喚して、大剣の一振りを受け止めた。
「…あれー? C型のあなたが私の大剣を受け止められるんだねー」
「そこまで柔じゃないからね…!」
扇型の創造武器は
CB型へと成長をしたファルサの為に殺傷力を犠牲にして、防御力へと全振りしている創造武器だ。例えアリタスによる重い大剣の一撃も受け止めるだけならファルサにも可能となる。
「ミカエルさんー!」
(…来る!)
アリタスが命令待ちをしているミカエルを呼ぶと、とんでもない勢いで二人の元まで飛んできた。いくら丈夫といえども巨体のミカエルの一撃を受け止められる気はしなかったファルサは、アリタスの大剣を右へと受け流す。
「…あの破壊力は、やばいかも」
何とか飛び退いて回避をしたが、先ほど自分が立っていた足場に巨大な槍が突き刺さっているのを見て、一発でも受ければただじゃすまされないとファルサは息を呑んだ。
「私はこれでもAC型だからねぇー? あなたの防御力が高くなっていても、攻撃をし続ければ耐えられないでしょー?」
(…確かにあの人の言う通り、私にはこのままだと攻撃をする術がない)
ファルサは白双を開き、精神を心の中に集中させる。
(でもそれは"私"だけ)
黒色の光。
それがファルサを包み込み、彼女の体内の創造力が向上し、
「ユメノ使者――"アメ"!!」
ユメノ使者を名を叫んだ。
「…やっとワタシの出番かよ?」
そこへ現れたのは金髪に黒色のゴスロリ服を身に着けた少女。ユメノ使者の名は"アメ"。
「何だぁファルサ? ニヤニヤと気持ちのわりぃやつがいるじゃねぇか」
「アメ、あの二人は破壊力の高い攻撃技を持ってるよ。気を付けてね」
「なめるんじゃねぇ。破壊力なら――」
アメは両方の手の平ををもふもふとした雲の地面に叩き付ける。
「――このアメ様の方が上だ!!」
「何か来るよーー!」
すると、黒色の棘がミカエルとアリタスの足元から次々と突き出した。二人はそれを何とか避けつつも、持っている槍と大剣で棘自体を破壊しようと試みるが、
「あっれー?」
ヒビすら入らないほど頑丈に出来ているのかびくともしなかった。弾き返されたその反動で、アリタスの右脚をアメの棘が貫く。
「ははッ! テメェらごときがワタシの力に敵うはずがねぇーんだよ!」
「…やっぱりすごいね。あなたの
「見惚れている場合じゃねぇだろうが! テメェも多少は援護しやがれ!」
そう、アメの正体はファルサのもう一人の別人格である"ファルス"。二人は"とある事情"がきっかけとなり、和解をして手を貸し合える仲となっていたのだ。
「えへへー…あなたは強いねー?」
「あの人、怪我をしたのに笑ってるよ…」
アリタスは右脚をアメの棘で貫かれたというのに、表情を崩すことなく笑っていた。そんな姿を見たファルサは不気味に感じ、後ずさりをしてしまう。
「ビビるなファルサ。殺し合いはビビった方が負ける」
「…あなたのその力は、創造力が効かないって能力なのかなー?」
「知らねぇなー? テメェのその貧相な頭でよく考えろ」
アメは煽りながらもアリタスにガンを飛ばした。アメが激情させようと挑発をしても、彼女はいまだ笑顔。その表情が画像として顔に貼りつけられているかと思えるほど、変わり映えしない。
「ミカエルさんー? 私があっちをやるから、あなたはあの子を頼むねー」
アリタスはファルサに、ミカエルはアメに標的を絞り再び全力で突撃してくる。
「ファルサ、あのデカブツはワタシが仕留めてやる! お前はとにかく耐えろ!」
「了解!」
アメとファルサは左右に別れて、それぞれ向かってくる敵の相手をし始めた。
「おらぁ! こっちだデカブツ!」
小さな身体のアメと巨大な身体のミカエル。
破壊力はミカエルが上だが、機動力はアメが上。アメはミカエルの周囲をちょこまかと動き回りつつも、何度か殴り蹴りを繰り返して、地道に損傷を与え始めた。
「えーい!」
「あぶなっ…!」
アリタスの大剣が向かってくる速度は比較的にゆったりとしている。だからこそ動きが見えやすい分、ワンテンポ回避行動を遅らせたりしなければならない。
(…右から!?)
突然動きが機敏となり、フェイントを入れられたことでファルサは防御動作を左右逆に構えてしまう。向かってくる大剣。ファルサは創造力を右腕にすべて通わせて、損傷を最小限にしようとしたのだが、
「うそ…っ!?」
「ファルサ!」
何故か創造力を一点に集中させることが出来なかった。ファルサは大剣の一振りをほぼ生身の状態で受けて、近くにあったお菓子の家まで吹き飛ばされてしまう。
「くっ…うっ……」
右腕は斬り落とされ、肺にかけて大剣による斬り傷を負っていた。ファルサが負傷したことでアメは舌打ちをし、アリタスとミカエルの足元から黒色の棘で牽制をしつつ、彼女の元まで駆け寄る。
「ファルサ! 再生を使え!」
「…きつ…い…かも」
「チィッ!! なら第二キャパシティを使え!」
ファルサはアメにそう言われ、第二キャパシティを発動することにした。
「
アメの身体が黒色に輝き、ファルサの身体が白色に輝く。
そして白色の光がアメの身体に、黒色の光がファルサの身体に入り込むと、
「くっそぉー!! いってぇぇなぁぁ!!」
オッドアイの瞳が特徴的なファルスとなり、
「"イトナ"ぁ!! 早く治してくれぇ!!」
「まって、いまなおすから…!」
アメは着ていた黒色のゴスロリ服から白色のものへと変わり、乱暴者の口調から大人しい少女のようなものとなる。
「頼むぞイトナ!」
「
"イトナ"と呼ばれた少女は能力を使用し、白色の霧でファルスの身体を包み込む。酷い出血に、斬り落とされた右腕。見るに堪えない怪我は白色の霧に包まれたことで、跡を残すこともなく治癒してしまった。
「すごいねー? 二人とも身体を入れ替えることができるんだー」
「黙ってろ。テメェの声は聞き飽きたんだよ」
ファルサ、ファルスの第二キャパシティは
二つの人格を持つファルサたちはCA型・AA型と正反対の型を持つ。それを存分に活かすことができる能力がこの能力だ。片方はユメノ使者として、片方は肉体として共存が出来る。それに加え、立場を入れ替えることも可能になる力。
「ファルス、きをつけて。あの人と戦ってるとき、なにかおかしかった。創造力をみぎうでに集中させようとしたのに、できなかったの」
「おそらく能力だ。ワタシがその正体を暴いてやるよ。イトナはあいつの相手を頼むぜ」
「うん…わかった」
イトナがミカエルの相手をしている最中、ファルスはアリタスの能力を把握するために接近戦を仕掛ける。
「創造武器――黒双!!」
アメの両手に鎖鎌を召喚して、アリタスに斬りかかった。
「私の能力が分かるかなー?」
「ワタシを馬鹿にするのも大概にしやがれ!!」
第一キャパシティの
「くるっとかいてーん!」
「ちっ…!!」
アリタスの回転斬り。ファルスの分身を次々と一撃確殺で斬り捨てる。彼女はそれを目にした時、あることに気が付いて一度アリタスから距離を離した。
「テメェの能力は、創造力を集中させない力だな?」
「ピンポーンー! 私の第一キャパシティは"博愛"ー! 体内の創造力を平等にする力だよー」
第一キャパシティ
「だけど私と距離が近くないと効果は発揮しないけどねー」
とても強力な能力だが、欠点は距離。
アリタス本人が相手の一メートル以内にいなければ効果は発揮しないのだ。
「自分の能力の欠点を暴露するなんて馬鹿なのかテメェは?」
「だってこの力よりも、他の能力の方があなたたちを倒しやすいからねー」
アリタスは両手で振るっていた大剣を片手持ちに変える。
「
第二キャパシティと第三キャパシティを同時に発動をしたアリタス。
ファルスは重ねて使用することで強力になるタイプかと、彼女の行動を警戒する。
「私がすぐに勝っちゃったらごめんねー?」
「調子に乗るんじゃねぇ。ワタシがテメェに瞬殺されるはずがねぇだろ」
「それはどうだろうねー?」
アリタスは、片手持ちをした大剣を降ろしながら歩いて向かってきた。街中を歩くように、戦う意志を示さないように、何の態勢も整えることなく歩いてくるだけ。
「…ッ! なめんじゃねぇ!!」
ファルスは鎖鎌を高速で回転させ、彼女へと投擲する。狙いは正確、威力も申し分なし。確実に当たるであろう鎖鎌の鎌の部分は、
「あっれー? どこを狙ってるのー?」
「な…っ!? どうして関係のない方向へ!?」
まったく見当違いの方向へと飛んで行った。今のは明らかに挙動がおかしかったと、ファルスは何度も鎖鎌をアリタスに向けて投擲するが、
「くそが…!! なんで当たんねぇんだよ!?」
すべてあらぬ方向へと飛んでいくのみ。
彼女に掠りもしなかった。
「えーい!」
しばらく眺めていたアリタスが、今度は見当違いの方向へと大剣を投げる。
「どこを狙ってんだよドアホ!!」
ファルスは大きく逸れて飛んでいく大剣を目にして、アリタスへと罵声を浴びせた。しかしアリタスの表情は変わらず笑顔のまま。
「そんなのが当たるはず――」
そう言いかけたとき、急に吹き荒れる突風。それによってアリタスが投げた大剣が弧のように軌道を描き、ファルスの脇腹に突き刺さった。
「ファルス…!」
「な…んだと…!?」
ファルスは右の脇腹から左の脇腹へと深々と突き刺さる大剣の柄を手で握り、何とか引き抜こうと力を込める。
("運"がわりぃ…! 肝臓まで剣の刃が掠ってやがる!)
"不幸"なことに一気に引き抜こうとすれば、創造力の源である肝臓を傷つけてしまう。
「ぐぅあぁぁあぁーー!!」
ファルスは自分の身体に突き刺さる大剣を、激しい痛みに声を上げながら慎重に引き抜いて投げ捨てた。
「私の"運"が良かったみたいだねー」
「…! まさかテメェは…!」
「
アリタスの第二キャパシティ
「きゃああぁーー!!」
「イトナ!!」
イトナがミカエルに捕まり、片手でギシギシと圧迫をされる。ファルスは再生を使用して、イトナを助けようと駆け出そうとした。
「うおわっ!?」
しかし走り出そうとした瞬間、その場で派手に転んでしまい額を地面に打ち付けてしまう。
「そんなところに石が転がってるなんて運が悪いねー」
「くそがぁ!!」
「イトナ! 大丈夫か!?」
「うん、くるしかったけど…だいじょうぶ」
「ワタシと変われ。そっちの方がまだ安全だ」
「アメ、どうするの? あんなにも運が良い相手…私たちがどう太刀打ちすれば…」
「ワタシに良い案がある。耳を貸せ」
アメはファルサに思いついた作戦を耳打ちする。その案を聞いていたファルサの表情は、徐々に険しいものへと変わっていった。
「でもその作戦はアメが…」
「大丈夫だ、ワタシはそんなに簡単には消えねぇよ」
自信満々にそう述べるアメ。
ファルサは渋々その作戦を了承する。
「どうやって私を倒すつもりなのー?」
「それは見てからのお楽しみだ!!」
首を傾げるアリタスに、アメが何の技も態勢も取らずにただ無鉄砲に突撃した。
「っー! いってぇ!」
その最中にアメは何度も転んでしまう。転んでは起き上がって、転んでは起き上がって…それを繰り返して地道にアリタスの前まで接近する。
「うーん? 何を考えて――」
ミカエルをアメに仕掛けようとした時、ファルサの姿が見当たらないことに気が付き、彼女はすぐに周囲を見渡す。
(…隠れる場所なんてないのに、どこへ?)
ファルサの姿を見つけられずにいると辺りに白い霧が立ち込めた。アメやミカエルの姿も同時に見えなくなってしまう。
(これってあの子が使ってたー…)
イトナが治療に使用をしていた
アリタスは大剣を振り回してそれをかき消そうとした。
「隙ありだぜ…!」
「ちょ、ちょっとー!? なにしてるのー!?」
その時、アリタスの背後からアメが忍び寄り制服のセーターの中へと身体を潜り込ませる。
「ミカエルさんー! この子を剥がしてー!」
ミカエルが霧の中から姿を見せ、すぐにアメを剥がそうとした。
「え――」
が、巨大な槍がアリタスの腹部を貫く。
何でこんなことに…とアリタスは口から血を垂らしながら背後を振り返ってみれば、
「は、ははっ…! やっぱり、テメェも、食らうよなぁ?」
アメも同様にその小さな身体に巨大な槍が貫いていた。
それを見た途端、アメたちが立てていた作戦にやっとアリタスは勘づく。
「…あなたは、私の近くにいれば、こうやって巻き込めると思って…」
「そうだよクソ野郎…! テメェが運の良さでワタシたちを殺せるのなら、ワタシたちは運の悪さでテメェを殺してやる!!」
アリタスが
「ワタシは…ファルサの能力で治癒される! テメェは早くワタシをどかさねぇと傷が増えるばかりだぜ…!」
ファルサの
「ミ、ミカエルさん…やめて…剥がさなくていいから…」
止めるように指示を出したアリタス。
ミカエルは言われた通り、巨大な槍で突き刺すことを止めた。
「がふっ!?」
けれど運が良い彼女は、ミカエルがその場で足を滑らせた影響でアメに強烈な体当たりを食らわせられる。アリタスは運が良い故に、うつ伏せに倒れ込んだ。
「かはぁ…っ!?」
まだ運が良い出来事は続く。
たまたまその場に転がっていた大剣がアメの方へと矛先が向けてあり、うつ伏せに倒れる際にそれがアリタスの背中にいるアメを貫いたのだ。
「や…やめ…て…」
「ほら、どうだ…!? これでテメェも少しは…きつく…」
アメがアリタスの顔を背後から覗き込んだ時、彼女は生きてきて初めて寒気を感じた。
「しんじゃう…よ…」
こんなにも傷ついているのに最初と何一つ変わらない"笑顔"だったのだ。弱々しい声に合わない明るく満面な笑み。このような状態になっても、楽しそうに"笑っている"。
「テメェは…何で笑ってやがる…?」
次々と幸運な出来事は訪れた。
アメを貫いていた大剣がずれて、そのまま下半身と上半身を斬り捨てるという幸運。アメの
「やめ…やめて…よ」
アリタスの第三キャパシティ
これは笑顔を貯金できる能力。第二キャパシティの
「ひ"ぎ"ぃ"あ"…!!?」
つまり彼女は第三キャパシティの貯金がなくなるまで――この幸福な時間を終えられない。
「…何が起きているの?」
降りかかる幸運によってついにユメノ使者も消えてしまう。ファルサは
「ねぇアメ…! もういいんじゃない…? その人の悲鳴、私はもう聞いてられ――」
「ダメだ! こいつの笑顔が消えない限り、ワタシたちに勝ち目はねぇんだ! 辛いのなら耳を押さえてろ!!」
彼女が貯金をしてきた笑顔。
それが尽きたのはそれから三十分後。
「ひぐっ…ぐぇ…」
「はぁはぁ…もう…笑え…ねぇだろ?」
彼女の顔から笑顔が完全に消失すれば、そこにあったのは絶望と痛みによって歪み切った酷いアリタスの顔。アメは制服の中から抜け出して、倒れているアリタスを見下ろした。
「ファルサ、終わったぞ」
「良かった。やっと終わって――」
ファルサはアリタスの姿を見てすぐに両手で口を押さえる。下半身と上半身が切断され、両腕もちぎれかけ、片目は棘のようなもので貫かれたのか血塗れだ。
「笑ったら…笑ったら…ダメ…なの?」
「…」
「私はみんなに…平等に笑顔を…振るまって…」
アメはアリタスに背中を向けていた。
彼女はこのような湿っぽい空気が苦手なのだろう。
「…ああ、そうだった。私は…偽物…だった」
「……」
「私は…本物の
柳未穂。
彼女は何千年も前に生きていた柳未穂の偽物。
「柳未穂ちゃん…」
「…ごめんね? 私が…みんなを悲しませちゃって…」
ファルサはちぎれかけの手を握る。
「私の代わりに…みんなを笑顔にしてあげ、て」
柳未穂は最後の力を振り絞り、ファルサへとキャパシティの継承を行う。
「…ごめん、ね」
彼女はニコッと笑みを浮かべると、身体の力が抜けてガクッと握っていた手を落とした。それを合図に少し離れた場所へユメノ結晶が出現する。
「お前の最後のその笑顔は偽物じゃない。確かに"本物"だった」
「…アメ」
「行くぞファルサ。ワタシたちがいつまでもこんなところにいても仕方ねぇだろ?」
ユメノ結晶の前にファルサとアメは立つ。
「ファルサ、ワタシにやっと目標ができた」
「…目標?」
「――ゼルチュの野郎を"笑顔"でぶっ殺してやることだ」
「……うん」
笑顔でぶっ殺す。
そう宣言したアメは素手、ファルサは鉄扇でユメノ結晶を叩き割った。
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