8:4 レインと雨氷雫
「ここがノアのユメノ世界のようですね」
リベロたちがルナのユメノ世界に辿り着いた頃、レインたちもまたノアのユメノ世界へと訪れていた。
「この町って…もしかして真白町?」
ブライトが言葉にした真白町とは現ノ世界で最も栄えていた都市。ノアの真のユメノ世界は少し古臭い真白町のようで、レインたちは首を左右に動かしながらそこでの風景をしばらく眺める。
「んじゃあ早速ユメノ結晶とやらを探そうぜ! こんなところでちんたらしてても意味なさそうだしな!」
「さんせー! わたしはこっちを探してくるね!」
「ステラちゃん、これは宝探しじゃないんだよ?」
各自でユメノ結晶を探すために、周囲にある建物の中へと足を踏み入れた。交差点のど真ん中で一人残されたレインは、どこへ行こうかと考える。
「こっちに何かある気がする」
その結果、勘だけを頼りに近くの『マメダ』という喫茶店へとユメノ結晶を探しに行くことにした。
「…ここは、前に兄さんと来たことがある」
内装は至ってシンプルな装飾が施されている。
誰でも落ち着ける喫茶店、というモットーに営業をしていそうな店。レインは小泉翔がよくここへと連れてきて、美味しくも不味くもないフレンチトーストを食べさせてくれたことを思い出す。
(でももう兄さんは――)
レインは首を横に振り、小泉翔のことを考えないようにした。今この場で色々と思い出してしまえば、涙がこぼれてしまいそうでユメノ結晶を探している場合ではなくなってしまいそうだったからだ。
――カチャッ
改めて探索を開始しようとしたレインの耳に聞こえてくる物音。誰もいないはずなのに店内の奥から一定の間隔で同じような物音を立てている。
(…誰かいる?)
レインは足音を立てないよう慎重に店内の奥まで歩を進めた。近づけば近づくほど大きくなる物音は、金属と金属が擦れるような音。
(ここから音が…)
店の奥にある窓際の客席。
音の発信源はどうやらそこからのようで、レインは顔を少しだけ覗かせてその先を見てみると、
(あの人は?)
青色の長髪に青色のコートを着た女性が椅子に座って、外の景色を見ながらコーヒーを飲んでいた。
「はぁ…これ、あんまり美味しくない」
その女性は頬杖を突きながら机の上に置かれたシュークリームを眺め、ため息交じりにそんなことを呟いている。
「…ねぇ」
「――ヴェ!?」
「…ヴェ?」
レインは試しに声を掛けてみれば、その女性は驚いて手に持っていカップを自分の太ももの上に落としてしまい、中身に入っていた珈琲を盛大に溢した。
「……大丈夫?」
「…大丈夫」
驚きのあまりヘンテコな表情をしていたその女性は、すぐに表情を無表情へと戻して冷静にそう返答する。
「…私に何か用?」
レインがその女性に抱いた印象はたった一つ。
"何か妙に自分を飾ろうとしている人"というものだった。
「それ拭かなくてもいいの?」
「……」
下半身のスカートや黒色のニーハイブーツが珈琲によって汚れている。それをレインが指差すと、女性は無言で机の隅に置かれていたおしぼりタオルで拭き始めた。
「…こんなところで何を?」
「ここで夜食を取っていただけ。…あなたは?」
「私はユメノ結晶を探しにここへ来た。何か知っていることがあれば教えて欲しい」
こんなにも外が明るいのに夜食だなんておかしい女性だと思いつつも、レインは自分の目的を女性に伝える。
「ユメノ結晶を探しに?」
「そう、ノアを助けるために必要」
「……そう」
その女性はおしぼりタオルである程度拭き終えると、椅子から立ち上がり机の上に置かれていたシュークリームを一気に口の中に頬張る。
「少しずつ食べないと喉に詰まらせ――」
「んんーー!!」
レインの忠告と同時にその女性は喉にシュークリームを詰まらせ、胸を必死に叩き出した。彼女は小さな声で「何をしてるの…」と呆れ気味に呟き、その女性の背中を何度か叩いてやる。
「ぷはぁー! し、死ぬかと思っ…」
「……」
「…ありがとう。助かった」
どこからどう見ても冷静沈着キャラを演じようとしているようにしか思えない。そこまで知的に見せたいのか、それとも自分のマネをされているのか。レインはつかみどころのないその女性に呆れを通り越して、不信感を覚えてしまう。
「…ユメノ結晶を探しているのなら私に心当たりがある」
「本当に?」
「本当。だけど私はそれを守らないといけない」
その女性は両手にG18Cという型の銃を二丁創造し、
「だから――私はあなたを殺す」
「……!!」
レインに向けて発砲を始めた。彼女はすぐに窓から外へと飛び出して、片手にムラサメを、もう片方の手で遮蔽となる壁を創造した。
「おいどうしたんだよ!? すげぇ音が聞こえたぞ!」
「気を付けて。あいつは厄介な相手」
静寂に包まれた町中で銃声はよく響き渡る。そのせいか散り散りとなっていたビートたちが、レインの元へと急いで駆けつけてくれた。
「…仲間もいたの?」
その女性は冷たい視線をビートたちへ向けつつ、喫茶店内から割れた窓枠を乗り越える。
「…いたっ!?」
が、窓枠に頭をぶつけて痛みにもがきながらその場にしゃがみ込んだ。
「厄介な…相手?」
「レイン、厄介というのはそういう意味ですか?」
ティアたちは拍子抜けし、ムラサメを構えているレインにその答えを求める。
「…仲間が増えたところで、あなたたちじゃ私を倒せない」
「すごいよヘイズ! あの人の言葉ぜんぜん説得力ない!」
「ス、ステラちゃん…。あんまりそういうことは言わないであげて」
「……」
ステラに舐められ、ヘイズに慰められ、彼女は少々悲しみを込めたジト目でレインたちを見つめた。
「…あのさ、もしかしてあの人ってこの人じゃない?」
ブライトが腕に付けたジュエルペイの画面をレインたちに共有する。そこに映し出されていたのは
「資料に書かれていたレーヴダウンの代表者。確かにあの方はこの写真の人ですね」
「レーヴダウンの代表って…結構凄い人じゃねぇか?」
「…当たり前、私はレーヴダウンの偉人だから」
フッと冷静に笑いつつも自信満々にそう答える女性。ステラはその顔写真をじーっと見つめて、
「…ニセモノじゃない?」
「エ"ッ!?」
すぐに本物ではないと否定の意見を出した。雨氷雫?という人物はステラの言葉を聞いて、その場で盛大にずっこける。
「ニセモノじゃない! ホンモノ!」
「「「……」」」
「…なら見せてあげる」
雨氷雫は二丁拳銃の弾倉を地面へと落として、
「――圧倒的な力の差を」
それを力強く蹴り飛ばした。
「…っ!?」
「うおおっ!?」
弾倉はレインの創造した壁を容易く貫き、ビートの顔を僅かに掠ったことで血が頬から流れる。
「…驚いている場合?」
雫はレインたちが驚いている間に、辺りへと煙幕を焚いて視界を塞いでしまう。
「ゲホッゲホッ…!」
「ごほごほっ!」
「ごほっ…げほっ…」
「おい! 何か咳き込んでる声が一つ多くないか…!?」
レインたちが煙幕によって咳き込んでいると雫が咳き込んでいる声も聞こえてきたため、ビートが視界を塞がれた状態で彼女へとツッコミを入れる。
「これで…!」
レインは創造武器のムラサメを抜刀して、辺りに立ち込める煙幕をすぐにかき消した。
「あいつはどこ?」
「…上です!」
雫は上空から身体をくるくると回転させて、銃弾の雨をレインたちの元へと降り注がせる。下手な鉄砲も数打てば当たる…という言葉通り狙いが適当かと思えば、あの回転した状態で的確にレインたちを狙い発砲をしてきた。
「どんな動体視力を持って…!」
レインたちは降り注ぐ弾丸を各々で避けて、少しずつ遮蔽物へと隠れる。壁を創造する手も考えたが、蹴りで飛ばした弾倉だけで容易く破壊されたことを踏まえれば、間違いなく実弾で破られるだろう。
「…どう? これで分かったでしょ?」
「あの、もしかしてふらついていませんか?」
「…ふらついていない」
雨氷雫は地面に着地をしてレインたちへと実力の差を理解したか尋ねてくる。けれど、少しだけふらふらとしており、あの回転で目が回ったのだと彼女へ向けて苦笑いを浮かべるしかなかった。
「ねぇ教えて。どうして私たちの邪魔をするの?」
「…そもそもあなたたちは分かっていない。ノアという人物が何者なのかを」
「ノアが何者かって…。記憶を失っていて、強くて、それ以外は私たちと何も変わらないただの人間だよ」
ブライトの説明に雫は首を左右に振り「それは違う」と呆れた様子を見せる。
「――ノアは初代救世主の生まれ変わり」
「初代救世主の、生まれ変わり?」
「でたらめ言ってんじゃねー!」
「で、でたらめって…」
ステラの心からの叫びを聞いた雫は頬を引きつる。実際はステラだけでなく、レインたちもいまいち彼女の言葉を信用できずにいた。
「…じゃあ聞くけど、この町並みを見てどう思う?」
「オレたちが知っている真白町よりもかなり古いと思うぜ」
「このユメノ世界はノアという人物の記憶から構成されている世界。この町が古いことはノアの記憶が古いことを意味する。ここから導き出される答えは――」
「いいから早くおしえろー!」
頭の良さを見せつけようとしていた雫にステラが再び声を上げる。雫は怒りで拳を震わせながらも何とか抑え、このような答えを出した。
「身体はあなたたちと同じ年齢だけど、中身は容姿と比例してまったくの別物…ということ。あなたたちが見てきたノアという人物の中身には初代救世主が詰まっている。だからあれほど強大な力と知識を持っていたの」
「…初代救世主」
初代救世主は世界の為なら仲間を捨てることさえ躊躇わない冷酷だ…と文献に残されている。救える者と救えない者、レインたちは過去にノアがそのような判断を下していたことを思い出した。
「彼の中では初代救世主としての自分、そしてノアとしての自分がぶつかり合っている。私が彼をユメ人にした理由は初代救世主として彼が戻りかけていたから」
「初代救世主として戻ったら何がマズいんだよ? いつもと変わらない普通のノアなんだろ?」
「全くの別物。初代救世主としての彼は仲間を殺された憎しみで初代教皇――ルナを殺そうとする」
さり気なくルナが初代教皇という真実を伝えられたことで数秒頭が混乱してしまう。ノアが初代救世主としての生まれ変わりで、ルナが初代教皇の生まれ変わり。真実はこの二つだけだというのに情報量が多いように感じてしまっていた。
「この話を踏まえたうえで答えて。彼はノアとして生きていけるのかを」
「…それは」
「あなたたちが目を覚まさせようとしているのはノア? それとも初代救世主?」
そんなの答えようがない。
誰もがその場で黙り込んでしまう。
「もしノアを求めているのなら、一つだけ初代救世主としての彼を消す方法がある」
「本当か!? それはどうやって――」
喫茶店で巻き起こる爆発。
それによってビートの声はかき消される。
「初代救世主としての彼を…倒せばいい」
煙の中から姿を見せたのは手榴弾を片手に握り、もう片方の手で銃を握る…。
「こんなところにいたのか」
「…私に成りすましたのはあなたでしょ?」
「ご名答。演技は上手な方でね」
――初代救世主だった。
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