8:2 真のユメノ世界

「これは、どういうこと?」


 数日振りに赤の果実の同盟グループチャットに連絡があったと思えば、その内容は『ノアとルナが目を覚まさない』というもの。レインはノアの部屋へと上がって、血塗れの脱衣所を見てそう呟いてしまう。


「…何があったの?」


 リビングへと訪れてみれば、既にリベロたちが寝かされたノアとルナの周りに集まっていた。一番遅れてきたレインは二人の容態を見ているヘイズへ事情を尋ねる。


「一時間前ぐらいにノエルちゃんが私の部屋を訪ねてきてね。『ノアお兄ちゃんとルナお姉ちゃんが死んじゃう』って言われて…それでノアくんの部屋に来たら、二人が脱衣所で血塗れになって倒れてて…」


 ノエルは真っ青な顔色で嗚咽を漏らして身体を震わせ、それをステラが近くで慰めていた。


「怪我は?」

「私とファルサちゃんの能力で何とか治療は出来たんだけど…全然目を覚ます気配がなくて…」

「目を覚まさないって…まだ一時間も経っていないはず。時間が経てばそのうち目を覚ますでしょ?」

「それがよー? どうもそういうわけにはいかないらしいぜー?」


 レインにそう言ったのはリベロ。実の母親であるウィッチを亡くしてから何日か顔を合わせていなかったが、立ち直りが早いのかいつもと変わらず平常運転だった。


「…どういうこと?」

「二人から創造力が感じ取れないのです」

「それってまさか…」

「私たちも最初は創造力を失ったのではないかと推測しましたが、ヘイズとファルサの創造力を使用した能力で傷の手当てが出来たという事実。これでは『創造力を持たぬ者は、創造力による治療は効き目がない』という理論に矛盾が生じてしまうのです」


 ノアとルナから創造力は感じ取れない。

 一般的に見れば創造力を失っている状態という考えに至るが、創造力を持つ者にしか通用しない治療方法が通じるという実証によって、ティアたちも"二人の身に何かが起きている"ということしか分からないのだ。


「私たちもお手上げよ。こんなの神様すら分からないわ」

「……あの」


 アウラがお手上げだと匙を投げた時、グラヴィスが手を挙げた。


「どうしたんだ?」

「…確証はないけど、ノア君とルナさんに何が起きているのか分かるかも」

「ほんとに…っ!?」


 ブライトが歓喜の声を上げる。

 他の者たちもグラヴィスへと、期待するような眼差しを向けた。


「えっと、まずはこれを見て欲しいんだけど…」

  

 グラヴィスはレインたちのジュエルペイにとある資料を送信する。


「…真実? 何だこれは?」


 資料のタイトルは『真実』と書かれたもの。各々、その名前を見てどんな内容かとジュエルペイを操作して資料を開いてみる。


「雨氷雫に、月影村正?」

「この二人はそれぞれレーヴダウンとナイトメアの代表者のようですね。グラヴィス、この資料のどこを見ればいいのですか?」

「見て欲しいのは四ページ目だよ」

 

 グラヴィスの指示通り四ページ目までスクロールさせてみれば、そこには世界を二つに分けたDDOについての話がこう書かれていた。


『DDOのすべての発端は雨氷雫のユメ。彼女のユメは世界規模まで広がり、多くの人間たちを自身のユメへと引き込んで"ユメ人"へと陥らせた』


「DDOにユメ…?」

「雨氷雫ってやつはレーヴダウンの代表者だよなー?」

「うん。ここにDDOが起こるきっかけとなった出来事を起こした本人が記しているんだ」


 レインたちはDDOが起こった原因を知らない。

 例え過去の文献で調べたとしても、現ノ世界とユメノ世界を切り分けたきっかけであるDDO詳細は書かれていなかったのだ。ここに記載されていることは全員が初めて耳にすることばかりだった。


「それでね…この"ユメ人"っていう単語をタッチしてみてほしい」 


 言われた通り"ユメ人"という単語を軽くタッチしてみると、


「…これって」  


 "ユメ人"とはどのようなモノなのか。

 その説明がジュエルペイに映し出された。


「ユメ人は、現実世界で植物状態へと陥り目を覚まさなくなる病…」


 そこに書かれていた文章は『ユメ人となった者は理想を叶えるユメノ世界へと意識だけが連れていかれ、そこで理想の世界を築き上げ生涯を夢の中で暮らすことになる。現実世界では一生植物状態のまま』というもの。


「待ってくれ。ユメノ世界は今はこうやって現実世界に存在するだろ? ユメノ世界で暮らしている俺たちは植物状態になっているってことか?」

「いやここにはDDOが起こる前…と書かれている」

「DDOが起こる前は世界が現ノ世界だけで成り立っていたということでしょう。それがDDOによる影響で現実世界にユメノ世界というものが飛び出してきてしまった」

 

 ヴィルタスはウィザードとティアに説明をされ納得をする。だが納得をしたのはその部分だけであり、彼だけでなく他の者たちも所々理解が追い付かない文章が数多く存在し、頭を悩ませていた。


「今重要なのはここだよ。このユメ人かユメ人じゃないかを見極める方法の…少し下らへんに書いてある文章」


 そこに書かれていたのは『DDOが起こる前は植物状態となり目を覚まさない者をユメ人と判断したが、DDOが起きた後は植物状態となり更に"突然創造力を失った状態"となっている者をユメ人と判断する』という内容。


「この症状って今のノアとルナの状態に似てるよね?」 

「似ているっていうかほぼ一緒じゃねーか?」


 ブライトとビートが顔を見合わせ、意見を求めるように周囲を見渡す。どうやらレインたちも同じことを考えているようで、答えを聞くようにグラヴィスへと視線が集まった。


「もし二人が"ユメ人"になっているのなら、このままだと一生目を覚まさなくなっちゃう」

「それはすげー困るぜー? ノアとルナがいなかったらオレたちの戦力が欠けるからなー」

「だからね? 僕に提案があって…」

  

 グラヴィスはジュエルペイをスライドさせ、とあるページを全員に見せる。


「ここに"ユメ人"を助け出す方法が記されているんだ」

「…! 助け出す方法があるのか…!?」 


 ウィザードは半ば食い気味にグラヴィスのジュエルペイを自分の元へ引き寄せて、助け出す方法を確認した。

 

「助け出すためにはノア君とルナさんのユメノ世界へ僕たちは訪れないといけない」


 ユメ人を助け出す流れは、


 1.ドリームキャッチャーを寝床に飾る。

 2.どの人物のユメノ世界へと訪れたいかを念じながら眠る。

 3.ユメノ世界へと訪れたら、ユメノ結晶を破壊することでそのユメは覚める。


 という三つのステップで構成されている。それはレインたちにもすぐに実行が出来そうなほど簡単な流れ。


「私たちでも簡単に行えそうですね」

「よし! そんじゃあ、さっそく二人を助けに行こうぜ!」


 気合十分のビート。

 そんな姿を見たブライトたちは苦笑してしまう。


「ではこうしましょう。救世主側の私たちはノアのユメノ世界へ、教皇側のあなた方はルナのユメノ世界へ。全員で押しかけるよりもこちらの方が効率がいいでしょう」

「…確かにそっちの方がいい」


 ティアの提案にレインたちは賛成し、それぞれドリームキャッチャーをその場で創造する。


「…不思議なこともあるのですね」

「…? 何がだ?」

「いえ、ドリームキャッチャーを私たちが全員知っているだなんて随分と珍しいことですから」 

「どこかで見たことがあるだけだと思うよ? 私やリベロは小さい頃に見たことあるし…」

  

 ヘイズにそう言われたティアはしばらく首を傾げ「おそらく、運が良かっただけですね」と自己解決した。


「お願い…」

「ノエルちゃん?」

「ノアお兄ちゃんとルナお姉ちゃんを助けて…」

 

 このままでは消えてしまいそうなほど小さなノエルの声。

 それを耳にしたレインとリベロは軽く頷く。


「安心しろよなー。オレたちが叩き起こしてやるからよー」

「…いい子にして待ってて」


 そしてドリームキャッチャーを強く握りしめ、


「それじゃあ行こう。ユメノ世界――ううん、僕たちが知らない"真のユメノ世界"へ」


 真のユメノ世界へと訪れることにした。

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