7:3 ルナは初代救世主と争う

「ノア…やっぱりSクラスと戦うことは止めた方がいいと思う!」


 ウィッチから警告を受けて時が経ち、殺し合い時間タイムが開幕となる前日の夜。椅子に腰を掛けるノアに対して、ルナはSクラスと正面から戦おうと考えている彼に自身の意見をぶつけていた。


「どうしてだ?」

「Sクラスの生徒たちに勝てるほどの実力は私とノアしか持ち合わせてないし…ベロくんたちでさえ抵抗が精一杯の実力なのに」


 ノアとは真逆にルナはウィッチに言われた通り、戦いを避ける方向で動いた方が得策だと考えている。その理由は単純に戦力の差があり過ぎるという点。宣戦布告をされて二週間足らずでそこまでの実力をつけられるとは思えなかったのだ。


「ウィッチ先生がせっかくあれだけ配慮してくれたんだから素直に言うことを聞いた方が…」

「正面から攻撃されて死ぬか、背後から攻撃されて死ぬか。逃げたところでそれの違いだ」

「わ、私たちが守ればいいんだよ~!」

「ミリタスとプリーデ相手にあれだけ時間を掛けていたのに?」


 ノアは決して勝算のある戦いだとは思っていない。むしろルナよりもかなり厳しい二十四時間となるはずだと確信をしていた。


「広いグラウンドで、正面からぶつかり合う。下手に逃げ回ってバラバラになるよりかは生き残れる可能性が高いはずだ」

「みんなで逃げればいいんだよ~! そうすれば――」 

「囲まれて終わりだよ。それぐらいお前も分かり切っていることだろう」


 食卓を間に挟んで議論を繰り返すノアとルナ。

 ルナの布団の中ではノエルがスヤスヤと眠りについている。  


「俺とお前が全力を出して、どうにかメンバーたちを援護するしかない。そのためには正面からぶつかり合ったほうがまだマシだ」

「本当に、本当にそれが正しいのかな…?」


 ルナはノエルの寝顔を見ながらその判断に戸惑っていた。というよりもSクラスと正面からぶつかり合おうが、二十四時間逃げ続けようが、どちらにせよ被害は甚大なものになる。ノアとルナのこの話し合いもすべて無駄だということぐらい分かりきっていたのだ。


「俺たちはまだ救世主と教皇にふさわしい器まで育て上げていない。こんなところで簡単に終わらせたりはしない」

「…ノアも薄々気が付いているんでしょ? ベロくんたちはあれ以上強くなれない・・・・・・ことぐらい」 


 赤の果実のメンバーをBクラスに何とか勝てる実力まではつけることができた。だが、それ以上の段階へ成長が止まってしまっていたのだ。創造力も、戦闘技術も、何もかもがピタリと一定のラインで停止をしている。


「だったらどうするんだ? あいつらを見捨てて俺たちがまた救世主と教皇の座にでも就くつもりか?」

「違うよ…! ベロくんたちを見捨てたくはないし、私ももう教皇にはなりたくない」

「ルナ、俺たちがどう足掻こうが選択肢は二つしかない。戦うか、抵抗するかなんだよ」


 選べる選択肢は正々堂々戦うか、防衛に徹して抵抗するかのどちらか。ノアの提示した選択肢にルナは視線を逸らし、答えることもままならない。


「…お前は変わったな」

「え?」

「このエデンの園へ転生をしてきてもう半年近い。俺は自分自身の変化なんて感じていないが、お前は教皇の時よりも随分と性格が丸くなった。悪く言えば…あまりにも平和ボケをしている」


 ノアは赤の果実のメンバーと共に過ごしているルナの変化について言及する。その言葉には「良い変化だ」という称賛ではなく、「どうして変わってしまったんだ」という呆れと悲しみが含まれているように彼女は感じていた。 


「何が…言いたいの?」

「初代教皇としての力をちゃんと発揮してくれ、と言いたいんだ。昔のお前ならミリタス相手に逃げるなんてこと絶対にしなかった。それなのに平和ボケをしているせいか戦いよりも遊びに暮れている」


 ルナはこの半年を振り返ってみて、確かにノアの言う通り平和ボケをしすぎていたと思う点はいくつかあった。しかし彼女自身は平和ボケというよりも、殺しに明け暮れていた自分ではない新たな自分を作ろうと考えていたからで、決して楽しむために気を抜いているわけではない。  


「ノアは、ノアは初代教皇の頃の私が良かったの? 仲間を殺して、狂いに狂っていた初代教皇が…そんなに欲しかったの?」

「…そういうわけじゃない。ただ多少なりとも初代教皇としての自覚を持って、このエデンの園で過ごしてくれと言いたいだけで」

「ノアは、あなたは何も変わってないじゃん!!」


 ノアの言葉を遮って、ルナは大声を上げて反論をした。


「ノアは初代救世主だった頃から、この半年間で何も変わっていないよ! 少しも声を出して笑わないし、いつも考えていることは戦いのことばかり! それに私の気持ちにだって…!」

「お前はあの頃と変わっていない。だから少しは初代救世主から変わろうとしろ。…お前が言いたいのはこういうことか?」


 逆にノアはこの半年間で初代救世主だった頃の自分を捨ててはいない。救える者と救えない者の判別は未だにしっかりとさせ、仲間のことを考えずに挑まれた戦いを正面から受けて立とうするその性格。ノア自身はそれを気にしてはいないが、ルナはそんな彼を過去の面影と重ね、初代救世主としての印象を強く抱いていた。 


「このエデンの園で過去・・を捨てきったらお前のようになる。戦うことを放棄して、生き残ることばかりを考えて…もしお前が元初代教皇じゃなかったら真っ先に死んでいるのはルナ、お前なんだよ」

「ノアだって私がいなかったら仲間だって集められなかったでしょ…!? 私があなたの足を引っ張っていると思うのならこの赤の果実は誰のおかげで出来たのかをよく考えてよ…!!」

「引っ張るのは俺の足じゃない。お前が自分の成果だと言い張っている赤の果実のだよ」

「…っ!!」


 ルナがその一言に怒りを露わにしてノアへと掴みかかる。

 

「相手はSクラス。お前の甘い考えでどうにかできるほど弱い相手じゃない」

「そんなこと分かってる。分かってるよ」

「いいや分かっていない。分かっていないから逃げ続けるなんて弱気な言葉しか出て…」

「喧嘩してるの?」

 

 ノアとルナが睨み合っている中で、ノエルが目を擦りながら二人のことを心配そうに見上げていた。ルナはノエルにそんな場面は見せたくなかったため、ノアからすぐに手を離して、


「ううん〜! 喧嘩なんてしてないよ〜?」 


 見え透いた嘘をついた。それだけではバレそうだと考えたノアは「おままごとをしていただけだ」と更に嘘を付け加えて、ノエルの頭を撫でる。


「ほんとに?」

「私たちは喧嘩なんてしないよ〜! ほら、先に寝てて〜!」


 どうやらノエルは嘘を信じてくれたようで、再び布団に入るとしばらくして寝息を立てながら眠りにつく。


「とにかく明日は死なずに、殺さずに最善を尽くせ」


 ノアは襟を整えつつ、背を向けたままルナにそう伝え、自身のベッドへと潜り込んだ。 


「…救世主メシア


 一人残されたルナは彼のベッドを見つめながらそう小さく呟いて、寝床につくことにした。

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