6:5【Fals】

「ワタシに傷をつけた阿婆擦れはテメェか?」 


 腹部に負っていた傷が完治し、口調が別人のように乱雑なものとなっている。私はファルサが無事なことに対して安堵するよりも、どこか嫌なモノを感じたため、口を閉ざしたままフールよりも先に距離を取った。


「おっかしいですねぇ。あれを食らってどうして生きているんですかぁ?」

「んだよ? その発言からするにテメェだな? ワタシを傷つけたのは」


 瞳に宿る紅と蒼のオッドアイ――不気味に輝きながらもフールへ明らかな殺意を向けている。


「あっはぁ、そうですねぇ。あたしですよぉ?」 

「くそ雑魚が。イキるのは死んだ後にしろ」


 ファルサは拳を鳴らしながら、フールとやり合おうと歩き始めた。


「あなたはC型。あたしと正面で戦って勝てるんですかぁ?」

「ワタシをなめてんのか? お前ごときにこのワタシが負けるはずがないだろうが」 

「…ファルサ、気を付けてください。フールの能力は――」

「ワタシはFalsaファルサじゃねぇ、Falsファルスだ。それに能力なんてワタシには関係ねぇ」 

  

 そう言いながら自身のことを"ファルス"と名乗った彼女は、自分の周囲に分身を何十体も出現させる。


「分身ですかぁ? それは大層な能力ですねぇ?」 

「阿婆擦れ。思い込みはテメェ自身を殺すことになるぞ?」

(おかしいですね…。ファルサの能力は分身を生み出す力じゃ)


 ファルスは分身らしき者たちと一斉にフールへと襲い掛かった。どうやらフールはそれを幻影の類か、軽いホログラムのようなものだと憶測していたようで、本体であるファルスだけを狙って鞭を振るう。


「ぎゃぁあ…っ!?」

  

 しかしファルスの分身は一体ずつしっかりとした意思を持って、フールに向かって殴り蹴りを繰り返していた。その一撃、一撃はC型とは思えないほどの破壊力。フールは悲鳴を上げ、宙へと放り投げられる。


「これは分身じゃねぇ、ワタシ"自身"なんだよ。テメェは生命の創造も出来ねぇのか?」


 そして本体のファルスが宙へと放り投げられたフールに、身体を回転させて威力を上げた踵落としを叩き込んだ。  


(生命を生み出す創造は、自分自身の生命力を削る危険行為…。まさか彼女はそれを無効にする能力を持って…)


 AB型のフールをC型のファルスが圧倒する光景。

 私はそれを眺めていることしかできない。


「後テメェは一つ勘違いをしているようだが…ワタシは"AA型"だ。テメェがどんな型だろうが知ったこっちゃねぇ」

「あ、はぁっ…C型がAA型に? 何を…何をふざけたこと言っているんですかぁ!?」


 フールは苦痛を快楽として感じているのか、浮かべていた笑みをより一層強めてファルスに抵抗をしようと鞭を振るった。


「威勢のいい雑魚だな?」

「うっそぉ…」


 ファルスはその鞭を片手で掴み、両手で引きちぎる。フールの得物を強引に破壊する行為は、創造力が上回っていなければ到底不可能な行為。これにはフールも声を漏らした。


黒夢ブラックドリーム。ワタシには創造力の常識なんて関係ねぇ」 


 ファルスの第一キャパシティは黒夢ブラックドリーム。創造力による上下関係、創造力による常識、それらをすべて無効とする能力。生命力を消費しなければならない生命の創造が可能なのも、この能力のおかげ。


「テメェはここでワタシが殺す。とっとと地獄へ突き落してやるよ」

「待ってくださいファルサ…いえ、ファルス」

 

 名前を言い直しながらも、トドメを刺そうとするファルスを私は止める。 


「フールのジュエルペイがあれば十分です。トドメを刺す必要はありません」

「テメェはこのワタシに指図するつもりか?」

「指図ではないでしょう。私たちの同盟内でそう規則を決めたはずです」

「そんなもの知ったことじゃねぇ。ワタシの邪魔をするな」

  

 こちらが説得をしようとしたところで聞いてはくれないこと。それは彼女の放つ雰囲気で何となく分かっていた。というより、ファルスとなった彼女をファルサへと戻す方法はないのだろうか。


「…どなたか聞こえますか?」


 私一人では彼女を止めることは出来ない。そう考えた私は耳元のスイッチを押しながら、ジュエルコネクトへ誰かいないかと呼びかけた。


『どうした?』

「ヴィルタス? 今、交戦中ですか?」


 すると疲れ切った声でヴィルタスが反応をする。

 

『いいや、今終わったところだ』

「…そうですか。なら今すぐに西校舎の一階へと来て、"ファルサ"を止めるのを手伝ってください」

『…ファルサを止める? それはどういうことだ?』


 私はすぐにヴィルタスたちの増援を要請したが、"ファルサを止める"という意味を理解できていないようだった。


「私にも分かりません。ただ彼女が"別人"なんですよ。中身だけが入れ替わっているかのような――瞳が"紅と蒼のオッドアイ"になって…」


 一から説明するのにも時間が掛かるため、特徴を次々と述べてどうにか理解してもらおうと努力をしたその時、


「何を話してんだ"女狐野郎"!!」

「――!」


 ファルスがこちらへと殴り掛かってきたことで、途中で通信を切ってその場から大きく後方へと飛び退いた。先ほどまで立っていた場所の床は、粉々に叩き割られている。


「あっはぁぁ、仲間割れですかぁ? 醜いですねぇ?」

「うるせぇぞ雑魚」


 フールが仰向けに倒れながら、私たちを笑い飛ばした。ファルスはそれにイラつきを覚え、生み出した十人の分身で彼女へ暴行を与え始める。


「あなたは何者ですか?」

「ワタシはこの身体の"本物"の持ち主だ。それ以上もそれ以下もねぇ」


 本物の持ち主。

 私はその発言を聞いて、眉間にしわを寄せる。


「本物…とは?」

「あいつ、言ってなかったのかよ。本当は"男"だったってこと」

「…それは何の冗談ですか?」

 

 突然何を話し出すかと思えば、性別詐称をしていたなどというこれっぽっちの信憑性もない話。私はからかわれているだけかと少々睨みを利かせてファルスを見つめる。


「あいつは数年前、男から女の身体に生まれ変わったんだよ」

「生まれ変わった? 性転換をするための手術を行ったとでも言うのですか?」

「ご名答。あいつは男じゃなく女に生まれたかったんだよ。だから無理をして膨大な手術費を払い、性別を変え、"過去の自分"を捨てたんだ」


 詳しい事情までは教えてはくれない。だが、女に生まれ変わりたいというコンプレックスを抱えながら生きていたこと。それは彼女もまた現実世界で何かがあったのだろうと察しがつく。 


「それではあなたは一体…」

「ワタシは捨てられた"過去の自分"――あいつが男だった頃の人格だ」

 

 解離性障害というものがこの世には存在する。

 それは本人にとって堪えられない状況を、離人症のようにそれは自分のことではないと感じたり、あるいは解離性健忘のようにその時期の感情や記憶を切り離して、それを思い出せなくする。そして心のダメージを回避しようとすることから引き起こされる障害のこと。


「…あなたは心の奥に封じ込められていた過去のファルサということですか」

  

 その障害の更に症状の重い類が"解離性同一性障害"。思い出したくない負の記憶自体に人格が付与され、二重人格となり得る障害。ファルサはこのエデンの園へ来る前からそれを患っていたのだ。


「ワタシはファルスだ。あいつと一緒にするんじゃねぇ」


 ファルスはそう吐き捨て、私に向かって中指を立てる。何とも下品な人物だと私も狐の面の裏で溜息をついてしまった。


「それと…あいつがテメェらとどんな約束をして、どれだけ仲良しこよしをしているのかに興味はねぇ。ワタシはワタシだ。邪魔をする雑魚どもを徹底的に潰すだけなんだよ」


 増援が来るまでの時間を稼ぐことを裏の目的として、会話を交わしていたが限界が近いようだ。ファルスがこちらへの距離を詰めていることからそろそろ私を殺すつもりでいるらしい。


(フールと共闘ができれば、助かる希望はありましたね…)

 

 フールは十人ほどのファルサに囲まれている。

 共闘など夢のまた夢。怪我が治れば私一人で何とかやり過ごし逃走することも可能だったが、フールの能力が原因で私の怪我も治療されない。この深手を負った身体で何秒持つのだろうか。


「見逃してくれと私があなたに頼んだ場合、どう返答しますか?」

「見逃すわけがねぇだろうが。ワタシはそこまでお人好しじゃねぇんだよ」


 微かな希望も消え失せた。 

 私は創造武器の薙刀を、両手で構える。


(彼女がAA型なら防御態勢に入ることは愚策ですね。創造武器を出していられる力もあまり残っていませんが…何度か反撃をした方が寿命を延ばせそうです)

   

 ファルスが迫りくる中で、私は様々な思索を張り巡らせた。死ぬ確率を減らせるように最善を尽くした。それでもその確率を半分以下まで減らせない。


「ワタシに、ぶっ殺されろ!!」

「まったく…私は本当に不幸者ですね!」


 創造武器である薙刀を全力でファルスに振るおうとする。


「下がれ」


 が、突然背後から首元の襟を引っ張られたことで私の薙刀とファルスの拳は宙を掠めるだけだった。


「ティ、ティアさん…! 大丈夫!?」


 尻餅をついた私に声を掛けてきたのは、ジュエルコネクトで叫び声を上げて連絡が途絶えたままのグラヴィス。


「あぁ、何だテメェは? ワタシの邪魔をするのか?」


 そして私を後方から引っ張った人物は黒髪に赤色のメッシュが入った男子生徒。


「あなたは確かSクラスのスロース…でしたね?」


 Sクラスのスロースだった。なぜグラヴィスと共に行動をしていたのか。どうして私を助けてくれたのか。あらゆる疑問が脳内に浮かんでくる。


「色々と不安ですが、その子の相手を任せてもいいですか?」

「…おれはお前たちの敵だぞ。お前やあいつを殺す可能性だってあるんじゃないか?」

「グラヴィスを生かしている時点でそれはありえません。もしあなたに殺意があるのであれば、先にグラヴィスを殺していると思います」


 私の推察を聞いたスロースは「どうだろうな」と呟きながら、ファルスと向かい合った。


「どこかで見たことのある目だな」

「そうかよ、ワタシはねぇぜ。お前みたいに"ヒル以下の知能"しか持ってなさそうな雑魚なんてな」

「…スロース、彼女の能力は非常に厄介です。創造力に関する常識をすべて無効化します」

「そんなこと"知っている"」 

 

 能力の忠告に対してスロースは元々知っていたかのような口ぶりでそう返答し、赤と黒色の剣を手元に創造する。


「気に食わねぇ。お前から先にぶっ殺してやるよ」


 ファルスは床を蹴って、渾身の右拳をスロースへと打ち込む。


「やってみろよ」


 が、それをスロースは赤黒い剣で受け止めた。AA型という型の影響で攻撃に関して絶大な威力を誇るファルス。その攻撃を難なく受け止められるスロースはBB型なのか…なんてことを考えている間に、ファルスの怒涛の猛攻が始まっていた。


「中々やるじゃねぇか! ワタシの動きについてこれるなんて!!」

「……」

 

 スロースは特に喋ることもないまま、殴打を避けたり、剣で受け流したりを繰り返す。


「流石は、Sクラスですね。実力が頭一つ抜けています」

「ティアさん、あんまり喋らない方が…」

   

 グラヴィスに心配をされながらも私はスロースの戦い方を自然と眺めていた。交戦してから数分しか経っていないというのにファルスの動きを既に読み切っているようだ。 


「だったらこれでどうだぁ!?」


 フールを取り巻いている十人のファルスの分身を自分の側まで接近させ、今度は十一人掛かりでの集団戦を行おうと試みる。


「…全員が同じファルスなら、能力も同じです。数を減らすことは出来ないでしょう」

 

 黒夢ブラックドリームを持ったファルスが十一人いる。創造力が通じない厄介な相手がそれだけの人数いるのなら、ここは地獄そのものだ。


「数が増えたところで変わらねぇよ」


 しかしスロースは本物を除いた十人のファルスを次々と斬殺し始めた。創造力の常識が効かない相手を、弄ぶかのように余裕の表情で壊滅させたのだ。

 

「なっ…!? テメェ、何をしやがった!?」

「創造力の常識が通じないだけで――異なる力、例えば霊力は効くんだろ?」

 

 スロースは創造力を霊力に変換をしてファルスに斬りかかっていた。黒夢ブラックドリームの欠点は創造力に関することのみに効果があるという点。


「テメェ…そのふざけた力は…」

「ふざけた力は侵害だぞ。この力が無かったらおれたちは戦ってこれなかったんだからな」


 ファルスは少しだけ焦りを見せていた。

 あの性格上、自身の能力の欠点など考えたこともなかったのだろう。


「チィッ!!」

  

 ファルスは能力の欠点を暴かれても尚、スロースに接近戦を持ち掛けた。 


「…この力の変換をおれに教えた"アイツ"は言っていた」


 それをスロースは足を引っ掛け、ファルスのバランスを崩させて、 


「――"強くなりたいなら現実で学んできた常識を全て捨てろ"ってな」


 剣の柄頭でファルスの首元へ衝撃を与え、その場に気絶させた。


「…やっと、終わりましたね」

 

 私はやっとひと息つけたことで、急に眩暈を感じてしまう。


「この場所はこれで終わりか?」

「…ええ、おかげさまで」


 何とかその場に立ち上がり、フールが生きているかを確認するために側まで歩み寄った。

 

「…あっはぁ。終わったん、ですねぇ…」

「やはり、あなたはまだ再生を使っていなかったのですね」


 私自身の傷が癒えないことで分かってはいたが、フールは戦いを始めてから一度も再生を使っていない。殺そうとするその溢れんばかりの殺意は敵ながら感服してしまう。


「グラヴィス、ジュエルペイを解析してください」

「う、うん分かったよ…!」


 私はフールの左腕からジュエルペイを外して、グラヴィスに投げ渡す。


「フール、再生を使わないのですか?」

「使うわけ…ないでしょぉ?」

「…それではその能力の欠点を私が見つけ――」

「あたしの被虐マゾヒズムの欠点は、"優しくされる"ことですよぉ。優しくされれば、能力によって負った怪我がすべて治りますからぁ…」


 自ら能力の弱点を話す。

 そんな予想外の行動に出たフールに私は言葉を失った。グラヴィスは解析に集中しているが、スロースは離れた場所でこちらをじっと観察をしている。

  

「一番突かれやすそうな欠点なのに…今まで生きてきて、一度も突かれませんでしたよぉ」

「…フール」

「ティアさん、解析が終わったよ」


 グラヴィスによるジュエルペイの解析が終わり、次にこんなことを話し始める。


「フールの名前は――西園寺 麗さいおんじ うららだって」

「西園寺麗、ですか?」

「うん…。両親はDVで二人とも捕まって、西園寺さんはその後"孤児院"に送られたらしいよ」

「――!!」

 

 記憶の片隅に残っている話。私はすぐに顔を下へと向ける。そこにはニッタリとしてやったりの表情を浮かべるフール…西園寺麗がこちらを見つめていた。


「あなたはもしかして…私と同じ孤児院へ引き取られた"麗さん"ですか?」

「そうですよぉ。やっぱり、あなたは気づかなかったんですねぇ? まぁ、あたしは気づいていましたけどぉ」 


 西園寺麗、この人物はあの地獄のような孤児院に住んでいた同期。最も親しみがあり、お互いに地獄を潜り抜けてきた戦友のような存在。誰にも逆らえない境遇の中で唯一の心の支えとなっていた"親友"。


「どうしてこんなところに来て…」


 私は孤児院の職員に売られたことでここにいる。西園寺麗だけは売られることもなく、その孤児院に残っていたはずだったのだが…。


「あなたが消えた後、あたしはあいつらを全員殺してあげましたからねぇ」

「…!」

「殺したら、レーヴダウンがその孤児院へやってきましてねぇ。『仲間の元へ連れて行ってやるからこの制服を着て、エデンの園で殺し合いをしてくれないか』って言ってきたんですよぉ」

「まさか、私を追いかけてきたのですか?」

「あっはぁ…? ストーカーみたいで気色悪かったようですねぇ」


 西園寺麗の手を強く握る。殺し合おうとしていた相手が、殺されかけた相手が、唯一の親友だとは思っていなかった。


「同じZクラスだったらぁ…きっとこうはなっていませんでしたねぇ…」

「麗…」

「最後に、あなたにしかできないお願いがあるんですけどぉ…いいですかぁ?」


 私はその問いかけに強く頷く。


「――優しく、してほしいですねぇ」

「私にですか?」

「ずぅっと優しくされたことなんてなかったですからぁ」


 躊躇うことなく西園寺麗を私は抱き寄せた。優しさという温もりを、優しさという気持ちを伝えられるように、私は自分が与えられる優しさをすべてそこで使い切るかのように。

 


「――生き残ってください、ねぇ…」


 

 フールは満足気な表情で私の胸の中で瞼を閉じた。被虐に弱点である優しさを与えたことで、私の傷とフールの傷は跡形もなく消え去った。私はフールを床へともう一度寝かせ、ジュエルペイの画面をタッチする。


「あの、ティアさんの友達なら…密告はしなくても…」

「…いいんです。彼女の居場所はここじゃありませんから」


 私は『さいおんじ うらら』と画面に入力をして決定ボタンを押した。


「その優しさを、私たちのような子供たちに与えてあげてください」


 甲高い電子音が鳴り『密告成功』とジュエルペイに表示された。


「…なんだ!?」

「うわぁ! 地震!?」


 それと同時に辺りが大きく揺れ始める。

 震源地は本校舎の方からだ。


「…この力は、ユメノ使者か? それにこの感じは――」


 その場にいる者たち全員が感じられる強大なチカラ。一体何が起きているのかとティアはジュエルコネクトのボタンを押した。

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