6:4【Fool】
「あっはぁ…! あたしの前に鴨二匹発見ー!」
一時間前の西校舎一階。
そこで私たちはフールと接敵をしていた。
「ティアさん、どうしよう?」
「…B型の私とC型のファルサ。私たちでA型の可能性が高いフールと交戦することはあまり好ましくありません」
自分たちに可能なことは増援が来るまで耐え凌ぐことと相手の分析。現在の私とファルサが立っている場所は廊下。ここで防戦に徹する場合、不利な戦況となる。私はファルサに「場所を移動します」と伝え、すぐに逃走態勢へと入った。
「あれあれぇ? 逃げるんですかぁ? あんだけ威勢が良かったのにぃ?」
一方通行の廊下で相手にするのは愚策。ならば、近くにある広い空き教室で交戦をするべき。そう考えた私はフールの挑発を完全に無視して、ファルサと共に移動を開始した。
「運が良いことにこの教室は他の場所より広いようです。ここでフールの攻撃に耐えましょう」
真正面から交戦するのに私たちの組み合わせは最悪だが、増援を待つ場合の耐久戦なら断然有利。しかもこの広い教室を利用することで、防御に徹するだけなら一時間は耐え凌げる。
「ここへ移動してきたってことはぁ…あたしから逃げやすくしたってことですよねぇ?」
「ええ、私たちはあなたとやり合うつもりはありませんので」
「へぇぇ! この程度で私の攻撃を耐えられると思ってるんですかぁ!?」
フールは至る個所に棘の付いた鞭を手元に創造し、それを振るいながら私たちへと接近を仕掛けてきた。
「得物で攻撃するだけなんですね」
私はファルサの前に立ち、厚い壁を二重に創造する。
「こんなものであたしの鞭を防げるとでもぉ?」
フールは私の創造した壁を破壊しようと鞭を叩き付けた。
「あっはぁ! 創造破壊を意識せずとも壊れましたねぇ?」
「ティアさん…! 来るよ!」
鞭による攻撃を受けた壁は、縦に刻まれた傷から左右へと崩壊していく。ファルサが少々焦っているが、私は「大丈夫です」と余裕の表情でなだめた。
「次の壁も破壊して――」
何故そこまで余裕でいられるのか。
そのワケは次の壁を破壊しようとしたフールだけが気が付くこと。
「その距離なら…当たりますよね?」
「――!?」
私たちの前方から聞こえる爆発音。黒色の煙が立ち込める中、私は口を押さえながら目の前の壁を消した。
「気を抜きましたね、フール」
「今のは…」
「簡単なトラップですよ。ああいう方がよく引っ掛かります」
二重に創造した壁。あれに施されていた工夫。それは一枚目の壁だけ脆く創造し、二枚目の壁は頑丈に創造したうえ、衝撃に反応して起爆する爆薬を何個か付けておくというもの。
「それって…引っ掛からないこともあるってことだよね?」
「ええ、その可能性もありました。ですがフールに限っては必ず正面から突撃してくると確信はしてましたよ。自分自身の強さを誇る者は大抵"知恵"を使いませんから」
フールの目の前に立ち塞がるのは二枚の壁、相手よりも自分が強者だと自覚していれば必ずその壁を試しに一度は攻撃する。その結果、壁を気持ちよく破壊することが出来るであろうものなら、更に自分の強さへ自信を持ち二枚目の壁も引き続き攻撃を仕掛ける。
(…こんなところで昔の経験が役に立つとは)
媚びを売りながら生きてきた過去。
その影響のせいか、気が付けば傲慢に浸る者を言葉巧みに操ることが出来ていた。弱き者としての生き方。それを身に刻まれた私からすれば、フールをこちらの罠に誘導して引っ掛けることぐらい容易いことだ。
「痛いんですけどぉー?」
「うそ…!? 爆発に巻き込まれて平気なの!?」
けれど、フールは黒煙の向こうで平然と立っていた。私はフールの足元に金属の破片と瓦礫が散らばっているのを見つけ、あることに確信を持つ。
「どうやら…フールはAB型のようですね」
「あっはぁ! せいかい!」
それはフールがA型単体ではなく"AB型"だということ。
辺りに散らばる金属の破片は爆発に巻き込まれぬように壁を創造した痕跡。仮にA型のみの型ならば、壁を創造したところであの距離での爆発を完全には防ぎきれないからだ。
「それって私たちの攻撃が通らないんじゃ…」
「確かに通る可能性は非常に低いですね。ただ…AA型じゃなかっただけでもマシです」
攻撃に全振りしているAA型だったのなら力技で攻め込まれて終わりだった。私とファルサ、二人合わせて防御と治癒のBC型だとしてもAA型の猛攻を抑えられる気はしない。
「それとぉー…」
「…?」
フールは私たちの足元を指差す。
私は彼女が何を指差しているのかと下を向いてみれば、
「もうあなたたちは詰んでるんだよぉ」
「――!!」
いつの間にか鞭に付いていた棘たちが
「あっはぁ! それで満足に動けませんよねぇ?」
「…動けないのなら動きやすくするだけですよ」
フールの性格からして、この棘には何かしらの"罠"が施されているはず。このまま放置しながらフールの攻撃を耐えることも容易い事ではない。ならば、踏んでしまう前に撤去するしか方法はない…。
「
と、考えた私は第一キャパシティを発動し、周囲に散らばる棘たちへと命令する。
「…棘たちが動いてる」
そうすれば棘たちは自我を持ち始め、交戦の邪魔にならないよう後方にある壁へ次々と突き刺さっていく。
「へぇぇ! それがあなたの能力ですかぁ?」
「答える義理はありませんよ」
ティアの第一キャパシティに値する能力。"魂を持たぬ物質"に"言魂を宿させる"ことが可能になるというもの。例えば"相手を攻撃しろ"という言霊を物質に宿せば、その物質は自我を持ち相手を攻撃してくれる。
(…この能力は、あまり使いたくありませんね)
ただし言霊を宿せるのは一つの物質に一つまで、一度宿した言魂を別の言霊で上書きすることは不可能、既に魂を持つ人や動物などには効果がない、言霊を宿させる際は大きくハッキリと声に出さなければならない…という四つの欠点が存在する。ティアは便利な反面、欠点の多い自分の能力をあまり公には晒したくなかった。
「そうですかぁ。それじゃあ、あたしの能力も見せてあげますよぉ」
フールはニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら包丁を創造して、
「ぐふっ…」
「あの人は…何をしているの?」
自分自身の腹部に深く突き刺した。
それを見たファルサは思わず口を押さえて、僅かにフールから視線を逸らす。私は自分自身にわざわざ深手を負わせる行動の意味を汲み取ろうとその光景をひたすらに見つめていた。
「――視線を逸らしましたねぇ?」
フールは包丁を乱暴に引き抜いて、ファルサを指差す。
「え――」
「ファルサ…!」
その瞬間、ファルサは自身の腹部から血が滲み出ていることに気が付き、その場に立ち膝をついた。すぐに傷の部分を確認してみれば、鋭利なもので突き刺された跡が残っている。
「能力は
能力者が自分自身で自虐する光景。それを相手が一度でも視界に入れた後、その傷つける光景に耐えられず視線を一度でも逸らせば、その分負った怪我を視線を逸らした相手に与えることが出来るという力。
「ファルサ、すぐに再生を…」
「無駄ですよぉ? あたしが怪我を再生しない限り、その子の怪我だって治りませんからぁ」
その怪我は能力者が再生を使用して治療しない限り、自身で治療は不可能。ファルサは歯を噛みながらその痛みに悶えていた。
「私は、大丈夫、だから…」
「いえ、その傷では長く持ちません」
ファルサが苦しみに悶えているのに対し、フールは腹部から血を流しながら平然と立っている。痛みに慣れているからこそ彼女は無理をしてでも立っていられるのだろう。
「相手も深手を負っているはずです。一気に攻め込みます」
「ティアさん…」
「包帯を創造して少しでも止血をしてください。私がフールを仕留めますから」
能力の効果は相手が気絶をすれば消失する。
私はすぐに攻め込もうとファルサに止血をするよう指示を出して、
「
創造力の消費が激しい創造武器を召喚する。
得物の系統は
「その武器は…どうしてあなたが持っているんですかぁ?」
「こう答えるのは二度目ですね。あなたに答える義理はありません」
「あっはぁ…! たくさん楽しめそうですねぇ!!」
フールは鞭を鳴らし、飛んでくる瓦礫を粉々にする。私は辺りに転がる瓦礫を、絶やすことなくフールへとひたすらに送り続けた。
(…あの傷であれだけ動けば、いずれ動きが鈍くなります。そこを狙って渾身の一撃を叩き込めば…)
辺りに煙が立ち込めたタイミングを狙って、創造武器を構えてフールの元まで接近する。
「どこにもいない…?」
しかし途中で煙が晴れていく最中、フールの姿が前方に見当たらないことに気が付き、その場で足を止めた。
「ティアさん!」
ファルサの声。
それが聞こえたと同時に何者かが私の首を掴んで持ち上げた。
「はぁい、あの世へご案内ですよぉ!」
フールは私の首を持ち上げながら全力疾走で走る。何を考えているのかなど微塵も分からなかったが何か嫌な予感がした。だから創造武器で反撃しよう…と考えた時には、
「……っ!?」
身体の至る個所からフールの鞭に付いていた棘が貫いていた。
「私の能力は工夫をすればぁ…」
フールは棘の壁へ貼りつけにされている私の元までゆっくりと歩み寄り、
「こうやって相手の意思関係なく視線を逸らせるんですよねぇ!!」
「っ…!!」
自身の身体の至る個所に棘を貫通させ、私の頭部を掴んで顔を無理やり逸らさせた。被虐の能力が私の身体に影響を及ぼし、フールの分の棘による怪我を負わされる。
「…腐った…ことを!」
「あっはあ…まだ動けるんですねぇ!」
私は片手に握りしめていた創造武器で薙ぎ払い、棘やフール諸共そこから吹き飛ばして、何とか
(あれだけの傷を負って、生きていられるなんて…化け物ですね)
フールの生命力は想像の数倍凄まじいものだ。
先ほどから出血が続いているというのに、動きが鈍くなっていない。むしろ怪我を負えば負うほど、更に更にと動きの速さが増しているような気がした。
「殺戮殺戮ですよォ!!」
興奮しているフールは鞭を創造して、こちらへと近づいてくる。
「迎え撃つしか、方法はありません」
フールほどではないが、痛みには慣れている部類。
私は薙刀の柄を長く持ち、接近戦に備えた。
「先にこっちから殺してあげますねぇ!?」
だが私の方ではなく、ファルサへと途中で目標を切り替える。
「
能力で机や椅子に言霊を宿して、ファルサを守るように命令を下す。しかしフールは障害となるそれらを一瞬で破壊し尽くしてしまったことで、その猛攻を止められない。
「ティアさん逃げ――」
ファルサの身体にフールによる鞭が打たれる。バチンと痛々しい音が響き渡れば、ファルサは壁まで飛ばされその場に倒れ込んでしまった。
「ファルサ…っ!」
「あれは死にましたねぇ? 確実に逝ってますよぉ」
AB型による一撃をC型が受けたらどうなるのか。それは言葉にせずとも最悪な結末を招くだろうと分かっている。だからこそ私はフールへと薙刀を構えた。
「殺さないようにあなたと戦うことは…出来なさそうですね」
「それってぇ、あたしが強すぎるからですかぁ?」
「いいえ。私があなたを生かしておくことが難しいという意味ですよ」
私の薙刀とフールの鞭がぶつかり合う。これから一対一の戦いが始まるだろう――その瞬間に、
「クソ…がぁぁ!!」
「「――!!」」
先ほど吹き飛ばされたはずのファルサが怒声を上げながら立ち上がった。
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