5:4 赤の果実は海水浴を試みる 前篇
「へぇー…こんな場所があったのか」
ウィッチから「遊泳可能な場所はドームの前にあるわー」と聞いたノアたちは、教えられた通りバスに乗ってドームの前まで訪れていた。そこは他の海岸とは違い、更衣室やお手洗い等の立派な施設が建てられており、海の家と呼ばれてもおかしくないほどの場所だ。
「わーい! 海だー!!」
「あっ…待ってよステラ!」
ステラがはしゃぎながら、海岸まで走り出すとノエルもその後を追いかけるようにして行ってしまう。ノエルをヘイズの部屋へと預けているたった数日の間でステラとノエルは姉妹のように仲良くなっていた。その仲の良さはノエルがステラのことを呼び捨てにするほどだ。
「それじゃあ着替えに行こ~」
「あぁ、そうだな。着替え終わったらこの建物の前に集合で」
そう約束し、各々更衣室へ着替えに向かい十分後。最初に更衣室から出てきたのは白黒の柄のパーカーと水着を身に着けたノアだった。自分が一番乗りなのか、と辺りを見渡しながらルナたちを待てる日陰を探していれば、
「早かったですね」
「なん…っ!?」
すぐ隣からティアが声を掛けてきたことで、ノアは変な声を上げて飛び退いてしまう。
「そんなに驚きましたか?」
「いや…俺が一番乗だと思ったからな。まさかこんなに着替えるのが早いなんて――」
そう言いかけたが、ティアの服装は水着ではない。
長袖の白色のワンピースに黒タイツ。手元以外、一切素肌を見せない先ほどと同様の服装。当然のように狐の面も顔に張り付いている。
「私は泳ぎませんよ。見ているだけで十分です」
「けどその格好はこの猛暑では暑いんじゃ…?」
この日の気温は三十九度以上はある。
そんな中でこのような格好をしていれば、熱中症で倒れかねないのではないかとノアはティアの心配をした。
「これぐらい
「そ…そうか。慣れているのは結構だが、倒れる前に水分補給だけはしっかりとしろよ」
「暑いぜー。今すぐ帰りたいんだがー」
「海にでも浸かれば少しは涼しいはずだぞ」
次に姿を見せたのはウィザード・リベロ・ヴィルタス・グラヴィスの男子四人組。ウィザードとヴィルタスも自身の色を分かっているようで、黒のサーフパンツを履いて二人でお揃いのサングラスを頭に付けていた。
「リベロとグラヴィス…その水着は自分で選んだのか?」
リベロとグラヴィスの水着は黒や白ではなく、橙色と赤色といった目立つもの。二人はそこまで自身を主張しない性格の為、必ず暗い色の水着を履いてくるだろうとノアは心のどこかで思い込んでいたのだ。
「色々とあったんだよー。触れてやんなー」
「僕たちはこの水着一枚の為に、どれだけ苦労をしたことか…」
「ま、まぁ…似合ってるからいいんじゃないか?」
ノアがそんな二人に苦笑いをしていれば、今度は更衣室の方からブライトたちの賑やかな声が聞こえてくる。
「…誰の水着が楽しみか」
「え?」
ティアがぼそりと呟いた独り言に、思わずノアは反応してしまう。
「あなたたちはそういう話をしないのですね」
「リベロたちは知らんが、俺は年下には興味ないよ」
「…? 何を言っているのです? 私たちはあなたと同じ歳ですよ」
「あぁいや…年下よりも年上の方が良いって意味だ。言葉って難しいな」
見た目は同じ歳だが、中身は百年以上生き長らえている年長者。その為、ノアは十七歳という年齢の水着に微塵も興味がない。印象を抱いたとしても、子供っぽくて可愛らしいとしか思えないのだ。そんな理由を説明できるはずもなく、ノアはティアに対して「言葉の綾だ」とか何とか理由を付けて誤魔化す。
「お待たせっ!」
更衣室から姿を見せた水着姿のブライトたち。
ノアはごく普通に視線を向けられたが、ウィザードたちは多少ブライトたちから視線を逸らしていた。
「ノア~! この水着どう~?」
黒色のビキニ姿のルナがすぐさまノアの元へと近づいてくる。
ノアはキラキラと期待をした眼差しを向けられていることにすぐ気が付き、
「俺の感性だと似合っているとは思うぞ」
「ほんとに~!?」
取り敢えず「似合っている」と褒めた。その言葉が聞いた途端、飛び跳ねるように喜ぶルナを見てノアは「そこまで喜ぶことか…?」と首を傾げてしまう。
「良かったねルナちゃん!」
そんなルナにフリルで飾られた白ビキニを身に着けるファルサが微笑みかけた。妙に近い距離、自分の知らないところで何かあったのだろうかとノアは疑問に思いながらも、他のメンバーたちへと視線を移してみる。
「きゃー! 冷たーい!」
「ほんとだ! 冷たいね!」
ステラとノエルは既に海へと足を浸かり、無邪気に遊んでいた。
「あの水着は私たちが選んだんだ」
背後から水色のビキニ姿のブライトとパレオ型の水着姿のヘイズがノアに声を掛ける。ブライトは女子高生らしく、ヘイズは大人びた女性らしい個性のある水着を着ていた。
「そうだったのか。それは申し訳ないことをした。ノエルの水着代は後で払わせてくれ」
「ううん、気にしないで。ノアくんには負担をかけてばかりだったし…」
「ノエルは赤の果実の妹みたいな存在だからね。私たちが面倒を見て当然だよ」
ノエルが赤の果実の一員として自然と受け入れられている。
ゼルチュによって狙われている存在。それは危険分子とも捉えることが出来るというのに、メンバーはそんなことも気にせず仲良くしてくれているらしい。
「ねぇー! ヘイズたちも早く来てー!」
「分かったー! 今行くねー!」
ステラに呼ばれたヘイズはブライトと共に海へと繰り出した。
ノアはその場で海へと駆けていく二人の後姿を見ていると、
「来月にはBクラスと正面からぶつかり合うのに…あの二人は気を抜きすぎ」
青色のショートパンツが特徴的な水着を着たレインが、不満を漏らしながらノアに近づいてきた。
「まぁでもいいんじゃないか? 丸一日特訓のことを忘れて高校生らしく遊ぶぐらい」
「…そう」
たったそれだけを言いに来ただけのようで、すぐに方向転換をして海へと歩いていく。まさか彼女も海で遊ぶのかと気になったノアは「お前も泳ぎに行くのか?」と試しに聞いてみた。
「泳いで体力を付けてくるだけ」
「あ、分かりました」
だがレインはこの有意義な時間でさえ自身を強くするための特訓をするらしい。ノアが反射的に敬語になりながらもそう返答をすれば、レインはそのまま海岸の隅の方まで行ってしまった。
「…よくあんなに楽しめるな」
「十七はまだまだ子供ですからね」
こうしてかれこれ一時間が経過する。
ノアはビーチパラソルの日陰で椅子に座り、海で暴れ回っている赤の果実のメンバーたちを眺めていた。そしてその隣にはティアがいる。彼も彼女も海で盛り上がる気分ではないようで、
「Bクラスを相手に本当に勝てると思いますか?」
「あぁ、狙いは相手のジュエルペイだけ。そのおかげで勝算は十分にある。それこそ入れ知恵や手助けが入らなければほぼ勝ち確定だ」
「そうですか。ところで夏祭りが近いようですが…参加の方は?」
「あー…それは知らん」
一分刻みで話の路線を変えて言葉を交わし、時間を持て余していた。
砂浜ではブライト・ヘイズ・ウィザード・ヴィルタスの四人でビーチバレー。海岸ではリベロ・グラヴィスの二人が浮輪の上で浮かびながら談笑し、ファルサ・ルナ・ステラ・ノエルの四人は海水の掛け合いをしていた。レインは…海岸の隅でひたすらに泳ぎ続けている。
「…では、私の話の続きをしましょうか」
「今するのか?」
「今ぐらいしかありませんよ」
「それもそうか」
ティアの過去。このタイミングで話すのかとノアは少々気が引けたが、ティアの言う通り今ぐらいしか話す時間がなかったため渋々それを了承する。
「私はナイトメアによる襲撃の後、児童養護施設へと預けられます。そこには私と同じように両親を失った子供たちが沢山いましたね」
「…」
「私だけじゃない。私以外にも不幸者がいると思えば、多少は気が楽になりました」
児童養護施設へと預けられたティアの過去。ノアは戦争によって何の関係もない子供たちが苦しんでいること。その現実を突きつけられたようで相槌さえ打つことが出来なかった。
「ですが、その児童養護施設の職員は野蛮な方たちばかりです。私たちは何度も苦しめられました」
「…苦しめられた?」
「暴力、労働、強姦…。私たちが少年少女だからといってやりたい放題でしたから」
「その職員たちは捕まらなかったのか?」
「はい、そこだけは有能でしたね。稀にその過剰な暴力に死んでしまう子供がいましたよ。そういう子供は必ず建物の裏にある庭へと埋められた。しかもそれを埋めるのは私たちです」
ティアがこの話をどんな表情でしているのか狐の面で見ることはできない。けれどその話を聞いていたノアの表情には明らかな怒りと悲しみが込められていた。
「…お前はそんな場所でよく生きてこられたな」
「私は
「まさかお前はエデンの園に来るまでずっとそこで…?」
「ええ、あの方たちがレーヴダウンに私を売り飛ばすまではそこにいましたよ。本当に自分勝手な方たちですよね。散々私を犯しておいて…まぁ
ノアはティアが"避妊具"に執着していたワケをどことなく理解したと同時に、視線を他所へと逸らしてしまう。ティアが精神的に強かったのか、それとも既に精神なんてもの崩壊してしまっているのか。そんな地獄のような場所でよく暮らしてこれたと彼は不謹慎だと分かっていても感心していた。
「…辛かっただろう」
「いいえ、辛いのも
「ティア、お前のその話は本当なのか?」
「私が口にしているのは紛れもない真実。あなたたちと出会ってから
まったく笑えない。
ノアはこんなにも救えない人間が間近にいたのだとティアに見えないよう拳を強く握りしめる。
「ちなみに私の町が襲撃されたとき、七代目救世主様はその現場に来ていましたよ」
「小泉が?」
「ええ、この眼でハッキリとその姿を見ましたから」
そう語るティアは空を見上げながら、狐の面の下からポタポタと汗を流し、白色のワンピースを濡らしていた。
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