5:3 インドア組は水着を選ぶ

「ノアのうらぎりものぉ…!!」


 ルナはショッピングモール内を一人で歩き回り大きな声でそう叫んでいた。


「私と私服を買いに行く約束をしてたのにぃ!」


 事は今朝方、ルナが何となくノアのクローゼットを物色していたところから始まる。

 

「…あれ? これって夏用の私服だよね?」


 そこで見つけたのは男物の私服。しかも夏用だけでなく冬用の私服まで完備してあり、ファッションの感性に劣るルナにさえ、どれもがノアに似合いそうだと思えるほどの衣服たち。


「ノア、この服は~?」

「あー…前にヘイズたちにショッピングモールに連れていかれて…買わされたっていうか…」 

「えぇっ!? どうして!?」

「いや違うんだ。ヘイズやブライトの買い物の付き添いをしていたら、何の気まぐれか俺に似合う私服を服屋で勝手に選び始めて…」


 ルナは衝撃のあまりその場で四つん這いになる。

 それもそのはずで元々ルナとノアはファッションセンス皆無の同志。だからこそルナたちは必ず二人で私服を買いに行こうと約束を交わしていた。


「私を…どうして連れて行ってくれなかったの?」

「いやあの本当にブライトたちの買い物だけだと思ったし、お前はその日寝てたからさ…? 起こすのも悪いし寝かしておいた方がいいかなって――」

「…ノアの」


 その言い分を聞いたルナはすぐに立ち上がり、


「裏切り者ー!!」

「ル、ルナー!」

 

 心の底からそう叫びながら、勢いよく部屋から飛び出した。



「…いいもん! 私だって自分ひとりで買えるから!」


 ルナは海水浴をするという約束を赤の果実のメンバー内でしていたことを思い出し、水着売り場へと足早に直行する。


(…でも私ってどんな水着が似合うんだろう? 海なんて本当に初めてだからなぁ~)


 売り場へ到着すると、数多く並べられている水着と一着ずつ睨めっこをした。頭の中で「宗教上の都合で海へ入れません」と断ろうかとも彼女は考えたが、沐浴なんてものがある時点で不可能だとすぐに諦め、試しに水色のビキニを手に取ってみる。


「えっと、ホルターとクロス・ホルターの二種類があってこれは…ホルター? あれ、こっちにもある」


 他にもバンドゥ、ツイスト、Vワイヤーのような名称が付いた水着の種類があったせいで、ルナは脳の整理が追い付かなくなってしまい「分かんない!」と小声で言いながら頭を抱えた。 


「…ったくよー。水着なんて何でもいいだろー」


 近くの通路からそんな声が聞こえると、水着を二着手に持ったリベロがルナの横を通り過ぎ、


「「あ…」」

 

 二人の目が合った。

 リベロはさり気なく片手に持っていた一着を全然関係のない場所へと戻す。ルナもさり気なく手に持っていた水色のビキニの水着を元に戻した。


「おー! お前も水着を買いに来たのかー?」

「そ、そうだけど~? ベロくんも水着を買いに来たの~?」

「まぁなー。どうやっても逃れられないから仕方なく買いに来たんだぜー」


 お互いに愛想笑いをすると、二人の間に沈黙が続く。

 

「水着、どうしよう? 僕は友達とプールにも行ったことないのに…」


 そんな中、リベロが歩いてきた方向と真逆の方からグラヴィスが独り言をぶつぶつと呟きながらルナたちと鉢合わせをし、


「「「…あっ」」」


 三人一斉にそんな声を上げた。

  

「おー、グラヴィス。お前も水着を買いに来たのかー?」

「う、うん…。そうだけど…」 

「奇遇だね~? 私も買いに来てたんだ~」

 

 再び三人の間に静寂が訪れる。

 この空白の時間に三人が考えることは偶然にも一致してしまう。



(…他の二人に悟られてはいけない!)

 


 そう…海水浴のようにアウトドアな遊びの経験がないことを。

 迂闊な発言をすれば一瞬で陰なる者・・・・だとバレてしまう緊張感、これはまさに騙し合いの心理戦。


「じゃあ三人で一緒に見ようぜー。そっちの方が楽しい・・・だろー?」

 

 これは"楽しさ"という言葉を盾に「自分は水着選びなんて余裕だから楽しくやろうぜ」という余裕の振る舞いを見せる陰なる者だけが身分を誤魔化せるリベロの高等テクニック。


「そうだね~! 三人の方が盛り上がる・・・・・し~」 


 それに対してルナは"盛り上がる"というアウトドアに身を浸した人物がよく使用する言葉で返答する。これを扱うことで「自分は盛り上がることが大好きだ」と陽ある者を装うことが出来るのだ。


「僕も賛成かな。本当ならみんなで・・・・見れたら良かったんだけど…」


 グラヴィスも負けじと"みんなで"という「自分は少人数より大人数の方が好きだ」という陽ある者独自のアピールをする。三人は一緒に見て回ることに決定し、リベロは男性用の水着売り場へと移動をしようかと話を持ち掛けようとしたが、


「二人にお願いがあるんだけど~…最初は・・・私の水着を選んで欲しいな~」

(なっ…!? こいつ、オレと同じ手を先に打ってきやがった!)


 ルナがリベロより先に話を持ち掛けた。


「僕たちがルナさんの水着を?」

「うん~! ベロくんたちのは後で・・私が選んであげるから~」

(ルナのやつ…今から始まる水着選びでオレたちを潰すつもりだな)


 そこへ"後で"という単語を付け加えた。  

 この行為は「私のターンで二人を潰してみせる」という意味を示す。


「おぉー、それは助かるなー」

「僕もそれでいいよ」

  

 レディーファースト。

 女性の特権。その言葉は男性二人、女性一人の割合ではどうやっても覆すことが出来ない。リベロとグラヴィスは平然を装いながらそう返答するしかなかった。


(…これで私が有利になったね)


 ルナは二人にほくそ笑む。

 女性に生まれて良かったと感謝をしながら、リベロとグラヴィスを速攻潰しにかかる質問を投げかけた。


「それでね~? こっちの青色とこっちの水色、どっちが似合うと思う~?」


 究極の二択。

 例えどちらを選んでもルナが「へぇ~こっちなんだ~…私はこっちの方が良いと思ったのにな~」と言えば、その人物の負けが確定する。その水着に違いなどはない。どちらも寒色で、どちらも同じ種類のビキニ。リベロもグラヴィスも先に選択すれば、敗北することが分かっていたため、言葉を抑えていた。


「あれ…? 二人ってもしかして…こういう水着選びとかしたことなかったりするの~?」

 

 煽る、とにかく煽る。ルナから逃れられる選択肢はない。リベロがグラヴィス、どちらか一人が潰れなければ二人とも潰れることになってしまう。 


「ぼ、僕は――」

「グ、グラヴィス…!」


 ルナはグラヴィスが人差し指を向けた時点で勝利を確信した。


「え~? そっちなんだ~」


 これで残りはリベロとなる。思わず笑みを浮かべそうになってしまったその時、


「その二つより、あっちの水着の方が似合うと思う」

「…!?」

 

 グラヴィスはルナが手に持っている二着の水着ではなく、まったく別物の黒色のビキニを指差したのだ。


(…ギャルゲーで金髪の女の子には黒色が似合うことを知っているから、これは間違いない)


 グラヴィスは現実で海には行ったことがないものの、画面越しでの世界でなら何度かあった。数多くの女の子を攻略し、数多くの海イベントを制覇してきたグラヴィスからすれば、髪の色からどの水着が似合うかを選ぶことなど容易いのだ。


(まさか…選択外から勧めてくるなんて…!?)


 ルナはグラヴィスの予想外の行動によって、内心焦り始めた。

 実際、ルナ自身も自分にどの水着が似合うかなんて分からないのだ。それなのにこのように範疇外の水着を指差したグラヴィスに対してどう対応すればいいかと頭を働かせる。


「オレもあっちの方が似合うと思うぜー。ルナの持っている二着はどう考えてもないなー」

(まずい…っ! 徐々に戦況が動き始めてる…!) 


 ――形勢逆転。

 リベロがグラヴィスに賛同したことからルナは圧倒的不利の状況となる。ここから巻き返す方法はほぼないだろう。


「あはは~、そうかな~?」

(チッ…キャラでやり過ごしたな)


 ここで塗り返すのはお惚けキャラ。

 陽なる者たちが集う中で、少し感覚がずれている性格でもやって来れたという実力。それを露にするための振る舞い方へと切り替えて、ルナはその場を乗り越えた。


「あっちの黒色の水着、確かにいいかも~!」

(…よし、今の僕は冴えていたぞ!)


 ルナは手に持っていた水着を一瞬で元あった場所へと戻して、すぐに黒色の水着がある方へと駆け寄る。グラヴィスは見えないところでガッツポーズをし、リベロと共にルナの後を追いかけた。


「おー、似合うと思うぜー。もうそれでいいんじゃねー?」

「僕もそう思うな。それがルナさんに一番似合う水着だよ」


 思っていない。

 似合っているかどうかなんて根拠は何もない。ただ自身の危機を回避するために上っ面だけで述べている嘘。しかしルナはここで引き下がるわけにはいかないと、


「でも試着してみないと分からないよね~?」

 

 その黒色のビキニの水着を持って、試着室へと向かった。


(あの野郎…! オレたちを徹底的に潰すつもりだな!?)


 カーテンが閉められ、ごそごそと衣服が擦れる音が聞こえてくる。リベロはルナが監視していない今がチャンスだと男性の水着売り場へと向かうために足を動かした。


「もう少しで着替え終わるから待っててね~」

(くっ!? あいつはエスパーかよ!?)

 

 だが、距離を取ろうとする度にそれを阻止するかの如くルナが声を出す。それのせいで身動きが取れないまま、試着室の前で待っていることしかできない。


「どう~?」


 そしてカーテンが開かれ、ついに黒色のビキニ姿のルナが登場する。


「おー! 似合ってるぜー!」

「う、うん! やっぱりそれが似合ってるよ!」 


 もう一度ハッキリとさせておくが、二人はそんなこと微塵も思っていない。ルナのターンを終わらせようと賞賛の言葉をただ縦に並べて述べているだけなのだ。


(…こうなったら奥の手を使うぜ)


 リベロは自分自身を陽ある者としての可能性を高め、尚且つルナのターンを一瞬で終わらせる最終奥義があった。それは――


「やっぱりルナって胸が小さい・・・・・から、サイズ感もそれぐらいがちょうどいいよなー」

「ぐふ…っ!?」

「胸の大きさだったら赤の果実の中でも下から数えた方が早いぜー。もしかしたら最底辺・・・だったりするのかもなー」

「うぼぁ…っ!?」

「でも安心しろよー。ステラより・・・・・はあるからさー」

「んにゃ…っ!?」


 ルナに対して胸の小ささを集中的に口撃・・する方法。

 陽ある者は軽々しくこのような言葉を発することが多い。ルナがそんな口撃に慣れていないことを逆手に取って、自身の尊厳と優しさをすべて捨て去り、ルナの胸を言葉で弄ったのだ。


「私は…持つ者として生まれ変わりたい…」

「そ、そんなに気にすることかな…? 大きくても小さくてもあんまり重要じゃない気が…」

「それは女に生まれなきゃ一生分かんねーことだから気にすんなー。っていうわけで、ルナの水着はそれで決まりだなー」

 

 心をズタボロにされたルナは水着姿のまま試着室の隅でいじけてしまう。勝利を確信したリベロは勝ち誇り、男性の水着売り場へと向かおうとした。


「あれ? ルナちゃんたち…」

「ファ、ファルサさん…!?」  


 そこで出会ったのはファルサ。

 その片手にはフリルの付いた白色の水着が握られている。


「水着を選んでいるのなら私も協力しよっか?」

「おぉ、いいぞー」

  

 想定外の乱入者ファルサ。

 その存在にはリベロも内心焦りを隠せずにいた。


(ファルサは、オレたちと同じ人種なのか?)


 この最底辺の争いに参加をしてきたファルサは果たして陰なる者なのか。リベロはそんなことを考えながらも、ファルサの行動を監視することにした。


「ルナちゃん? その水着ってローライズ・・・・・?」

「……!?」 

 

 ファルサの口から飛び出したのはおそらく水着の種類を表すであろう用語。リベロはすぐにグラヴィスの方へと視線を移すが、


「……」 


 ギャルゲーにそんな用語が登場することは少ないようで、グラヴィスの表情は何かを悟ったかのように清々しいものへと変化をしている。


「ルナのそれはローライズだと思うぜー」


 しかしリベロは諦めなかった。

 目と鼻の先まで手繰り寄せた勝利。それを手にするために乗り越えなければならない壁。リベロは取り敢えずファルサの言葉に便乗するようにその用語を口に出した。


「色はともかく、ルナちゃんはタイサイド・・・・・の方が似合うと思うけどなぁ。リベロ君もそう思うよね?」

「そ、そうだなー」

「じゃあリベロ君。そこにあるタイサイドの黒色の水着を持ってきてくれる?」

(…くっ、タイサイドって何だよ!?)


 サイドという言葉は"横側"を意味する。だが"タイ"という言葉の意味が分からない。リベロは「お、おうー」と汗をかきながら、どれを選ぼうかと思考を張り巡らせる。


「……リベロ君?」

「おー、あったあった。やっと見つけたぜー」


 その思考時間、僅か1.7秒。

 リベロはファルサに声を掛けられ、縋る思いでトップが四角形の布で覆われている黒色の水着を手に取る。サイドという言葉を踏まえて、"横側"だけで固定されているものだと推察したのだ。


「ほらこれだろー?」


 そして縋る思いでその水着をファルサに手渡す。


「…リベロ君」

「何だー?」

「これグラビア撮影とかに使う…眼帯・・って呼ばれてるやつだよ…」

「……」

「タイサイドっていうのは"横で結ぶ"って意味で…」

  

 ファルサはその眼帯型の水着をリベロに返すと、すぐ近くに飾られている黒色の水着を手に取った。


「この二本の紐を横で結ぶタイプの水着だよ」

「そ、そうだったのかー。間違えた間違え――」

「もしかして――こういうのに慣れているって見せかけるために見栄張ってたの?」

「――」


 リベロ、ノックアウト。

 試合終了のゴングの鐘が辺りに響き渡った。


「三人とも水着の知識がないのなら先に言ってくれれば良かったのに」


 陰なる者は陽なる者には変われない。

 それを思い知らされた三人はファルサの元で水着を購入すると、ジュエルペイのメッセージ機能で『インドア万歳』というグループを作ったのだった…。

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