5:5 赤の果実は海水浴を試みる 後篇
「…だいぶ日が暮れてきたな」
ノアは飲み物を買いに行っている最中、海の向こうに見える夕陽を目にしてそう呟いた。若い者たちの体力は底知れずで、かれこれ数時間以上この海岸で声が枯れるまで笑い合い、戯れていたのだ。
(そろそろ潮時だ。日が沈めば寒くなるからな)
自販機にジュエルペイをかざし購入した缶ジュースを口に付ける。ブライトの海へ泳ぎに行こうという提案は結果的に、メンバーたち全員の良い気分転換にはなったはずだ…なんてことを考えていると、
「もらい~」
忍び足でやってきたルナがノアの手に持っていた缶ジュースを奪い取り、自身の口を付けて飲み始めた。
「ぷはぁ~! この一杯がたまらない~!」
「お前はおっさんかよ…」
「私の
ルナはそう言いながら、缶ジュースを飲み干して近くのゴミ箱へと投げ入れる。ノアは「それもそうか」と納得をして、近くの階段へと腰を下ろした。
「私たちの前世で…こんなに楽しかったことってあったのかな~?」
「…どうなんだろう。俺もお前も殺し合っていたことぐらいしか覚えていないからな」
「高校生らしいこと何一つやれてなかったかもね~」
「それ以前に高校生にすらなれてなかったりして」
二人は未だにはしゃいでいるブライトたちを見ながら沈黙してしまう。高校生らしい青春をひと時でも味わっていたのなら構わない。だがルナとノアはそんなひと時ですら味わえていなかったのではないかと不安に陥っていたのだ。
「もしお互いに記憶喪失じゃなかったら、私たちは殺し合っていたんじゃ…」
ふとルナの脳裏で過ったそんな疑問。
二人はお互いに記憶喪失だからこそ、こうやって落ち着いて会話を交わせる状態なのかもしれない。
「…かもな」
「じゃあ、私とノアが何事もなく話せているのって奇跡なんだね~」
「記憶を失っていることがむしろ奇跡的なこと…か。それは喜べることなのか?」
「ノアがどう思っているか分からないけど――私は嬉しいよ」
そう言ってルナがノアに教皇らしからぬ無邪気な笑みを向けた。そんなルナを見たノアは、胸が締め付けられるような変な気分へと陥ってしまいルナの顔を見ながら硬直する。
「…どうしたの~?」
「いや、体調が優れないだけだ」
ノアは静かに再生を使用して胸の辺りに創造力を集中させるが、その胸の締め付けは治療されることがなかった。不可思議な現象、彼はワケが分からず自身の胸を叩いて誤作動を起こしてしまう。
「な、何してるの?」
「いや、再生が上手く発動しないだ。気にしないでくれ」
「ほんとに大丈夫~?」
ルナに顔を覗き込まれた途端、胸の締め付けがより強くなったためすぐに視線を逸らした。
(まさか、いや、そんなはずが…。何でこいつに…)
ノアは自身の中で否定をしているが、実際はルナに対して一瞬でも惚れてしまっていたのだ。そんなことを知る由もしないルナはしつこくノアの視界に入ろうと動き回り、
「もぉ~! こっちを見てよ~!」
ついには無理やりノアの顔を両手で掴んで自身の方へと向かせた。
「――え」
その顔を見てルナは瞬きを何度も繰り返す。
何故ならノアは両頬を赤く染めて、ルナのことを見ていたからだ。夕陽のせいかその赤みが余計に濃く見えて、ルナは林檎病なのかと一瞬疑ったが、
(あれ、これってもしかして…そういうフラグ立ってる?)
何かに気が付き、すぐにその可能性を否定する。
「…まぁ、何て言うんだ? 認めたくはないがお前を少しの間だけでも
若干照れながらそう述べるノア。こんな姿を彼女は一度も見たことがなかったため、急に自分自身が恥ずかしくなり「え、えっとぉ…」と口数が急に減ってしまった。
「そ、それなら嬉しいなぁ…」
二人の顔が徐々に近づいていく。
この先何をしようとしているのかはノアとルナがよく分かっている。それでも一度でも動き出してしまえば、夕陽と波の音に後押しされ止められない。
(こ、こんなに早く発展しちゃうなんて…)
ルナとノアは目を瞑る。
(フラグって凄い…)
お互いの唇が触れるその瞬間―――
「起きろぉぉ!!」
耳元で突如叫ばれ、閉じていた目を開いた。
「ふぇ…?」
「何がふぇだ!? お前はいつまで寝てるつもりだよ!?」
ルナは涎を垂らしながら身体を起こす。
そこにロマンチックな景色などは広がっていない。既に夕陽が沈み、辺りも真っ暗だった。ブライトたちの声も聴こえてこないため、何が起きていたのかと目の前に立っているノアの顔を見る。
「フラグは…?」
「フラグ? 何を寝ぼけているんだお前は?」
「だ、だって! 私はノアと話をして…」
「はぁ? 今までこのビーチチェアで爆睡してただろうが! お前がまっったく起きないからブライトたちを先に帰らせたんだよ!」
夢だったのかとルナは気分を落とす。
どうせならもう少しぐらいあの続きの夢を見ていたかったとルナが溜息を付いていた。そんな姿を見たノアも連鎖するようにして溜息を吐く。
「チューまで後少しだったのになぁ…」
「…何を言っているんだ。ほら、早く着替えに行け」
「は~い…」
ルナは肩を落としながら更衣室へ歩いていく。海岸に一人残されたノアは、数十メートル先に生えているヤシの木の近くへ視線を向けた。
「こんな真夜中に何の用ですか?」
「…なるほど。既に気が付かれていたのだな」
ヤシの木の陰から姿を現したのはデコード。
彼女はノアたちがこの海岸へ訪れた時から、今の今までずっと隠れて偵察をしていたのだ。それに気が付いていたノアはブライトたちを先に帰らせて、ルナを起こすのをわざと遅らせていた。
「てっきりこちらに接触をしてくるのかと思っていましたが…結局日が暮れるまで声すらかけてこなかった。あなたは一体何が目的なんです?」
「少し聞きたいことがあっただけだ」
「…
ノアは少しだけデコードに対して睨みを効かせる。
教職員たちは全員ゼルチュの傘下。ノエルを狙っている可能性もあり得るのだ。
「そう構えるな。私はそんなことを聞きたいわけじゃない」
「…なら何を聞きに?」
「小泉についてだよ。あいつの最後の遺言を聞きたいだけさ」
「小泉の遺言だって?」
随分と変わった女性だ。
ノアはそんな印象を抱きながらも、小泉が最後に自身へと向けて放った言葉である「俺には、この世界を理解することは無理だったよ」という言葉を伝えた。
「そうか、あいつらしいな」
「……」
他にも託された言葉はあったがどれも彼のことを初代救世主だと臭わせるものばかりだったことで、ノアはこれからの為にも隠すことにする。
「それが聞けて満足をした。すまなかったね、君たちの時間を邪魔して」
「待ってください。本当にそれだけの為にわざわざ何時間も隠れていたんですか?」
小泉翔の遺言。
それだけを聞くためだけに何時間以上もヤシの木の裏で密かに隠れ続けていたのだ。デコードのその行動に納得がいかないノアは、他にも何かあるのではないかと問いかける。
「時間の価値は人それぞれだ。つまり私にとって小泉の遺言は、その時間分だけの価値があったということだよ」
デコードはノアにそう回答すると海岸近くの道路前に停めていた赤色の車の扉を開き、
「来月の殺し合い週間、私は君たちに期待をしている」
それだけ言い残して、車のエンジン音と共に走り去っていった。
「お待たせ~! …あれ、どうしたの?」
「…いや、何でもないよ」
虚空を眺めるノアにルナが首を傾げる。
デコードはBクラスと対峙することも知っているかのような口ぶりだった。そんな情報がどこから漏洩したのか。二ヶ月前の殺し合い週間の様子を傍観していたとしても、その不信感を拭い切れはしない。
「ねぇ~! お腹空いたから早く帰ろ~?」
「残念だがバスはないぞ」
「えぇ~!? なら飛んで帰るよ~!」
猛暑もそろそろ終わり時なのか。
海岸の方から吹く潮風に、ノアは少しだけ肌寒さを感じた。
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