4:8 エデンの園は襲撃される 前篇
「レーヴダウンとナイトメアだって…? それは本当か?」
「戦艦の装甲に黒色と白色の睡蓮の印があるから間違いないよ…!」
ノアはルナの言葉が偽りなのではないかと疑ってしまう。
それもそのはずで、レーヴダウンとナイトメアがこのエデンの園へ襲撃を仕掛けてくるメリットがないからだ。ゼルチュの話ではレーヴダウンとナイトメアの二つの組織はそれぞれこのエデンの園での一件を承諾している。
「とにかく外に出る。お前にノエルの事は任せたぞ」
ノアは眠っているノエルの介護をルナに任せ、玄関まで駆け寄る。
「……何かいるな」
今すぐにでも外へと出たかったが、扉の向こう側から妙な気配をノアは感じていた。人の気配なのは確か、しかしこのエデンの園で感じたことは一度も気質。彼は呼吸を鎮めて、ルナに三本指を立てる。
「……」
三秒後に扉を開くというサイン。
ルナはそれを汲み取って、ノエルを抱えながら壁に背を付けた。
「――行くぞ」
ノアは扉を乱暴に蹴り開け、煙幕を巻き上げる手榴弾をその場に落として辺りの視界を塞いだ。
「ぐぇ…っ!?」
「ぐぁ!!」
視覚だけでは何が起きているのかは分からない。
だがルナは能力である六神通の一つ、
「全員で六人…ということは分隊か」
煙幕が晴れるとノアがそう呟きながら、その場にしゃがみ込んで倒れている兵士の持ち物を探っていた。
「こいつらはナイトメアの兵士だな。武器の型が今の時代にしては少し古すぎる」
「……ナイトメアは私たちを狙って襲ってきたのかな?」
「いや違うな。あの部屋の前を見てみろ」
ノアが視線を向けていたのは三つほど隣の玄関の前。
そこには同じように武装集団が首元から血を流し、無残にも殺されていた。
「俺たちを狙っているわけじゃない。恐らくこのエデンの園にいる生徒たちを狙っているんだろう」
ジュエルペイが軽快な音を鳴らし、画面にこんなメッセージが表示される。
『全校生徒に告ぐ。至急、本校舎へと避難をせよ。殺し合い週間外での殺害は規則で禁止されているが、今回だけは襲撃者たちのみ殺しても構わない。自分自身が生き残ることだけを最優先に考え、行動せよ』
「…どうやらゼルチュたちもこの襲撃は想定外のものだったらしいな」
ノアは画面を数回タップして、赤の果実のやり取りを確認し始めた。
そこには数分前に『こっちは大丈夫』等などの生存報告をしているメッセージがいくつか見える。
「本校舎へ向かうぞ。レインたちもきっと無事だ」
ノアはノエルを抱えたルナを守りながら、寮から脱出し外の公園へと何とか辿り着いた。
「ノア!」
公園内を通りやや駆け足しつつ本校舎まで向かっていると、運が良いことに俺とルナ以外で集団行動をしているブライトたちと鉢合わせする。しかし不思議なことにブライトたちは本校舎のある方角から寮のある方へと走ってきたのだ。
「良かった。無事だったんだな」
「ノアくんたち…全然ジュエルペイに連絡をくれないから私たち心配してたんだよ?」
「ごめんね~。色々とやってたら手間が掛かっちゃって…」
「それより、早く本校舎へ避難をするぞ。襲撃者たちに見つかったら厄介なことになるからな」
「待って」
ノアが本校舎の方角へと歩き出そうとした時、それをレインが服の袖を掴んで止めた。
「そっちはダメ」
「どうしてだ? 何か問題でもあるのか?」
「向こうに行くと歓迎パーティーをしろってうるさそうだからなー。問題大ありだぜー」
レインは本校舎へ向かう道に百人は優に超える武装集団が待ち構えていることをノアたちへ説明する。彼はその話を聞いてブライトたちが寮の方へ戻ってきたワケに納得をした。
「ねぇ、あの人たちは何者なの?」
「レーヴダウンとナイトメアだ。数隻の戦艦に乗ってこのエデンの園に攻撃を仕掛けてきた」
ファルサにノアがそう返答すれば、各々「嘘でしょ?」「どうして?」などと一驚する。ノアやルナにもその理由など見当もつかないので、彼女らが求めている答えを与えることは出来ない。
「俺とルナは少し先を偵察してくる。お前たちはここで隠れて待っていてくれ」
「うん。気を付けてね」
「というわけで…はいウィザードくん! ノエルちゃんをよろしくね~」
「おい、どうして俺なんだ?」
ルナはウィザードにノエルを起こさないように手渡す。何故自分なんだと文句を言いたげなウィザードに対してルナは、
「妹さんのお世話と変わらないでしょ~?」
と豪語してノアの後に続いて、ブライトたちが引き返してきた道を歩いていく。
「これは…多すぎるな」
「しかも、レーヴダウンの部隊だね~」
二人は数分も経たないうちに、強い照明で照らし出された場所へと辿り着いた。草むらの陰から先の道を覗いてみると、そこにはブライトたちから聞いた通り百は優に超えるほどの兵士たちが待ち構えている。
「強行突破は出来ないよね~…」
「相手の目的も分からないうちは迂闊に交戦しない方がいい」
本校舎まで遠回りをすることに決めた二人は、引き返そうと兵士たちに背を向けた。
「――ユメノ使者」
その瞬間、聞き覚えのある声が辺りに響く。
「殺れ、ベルフェゴール」
「御意――」
それを合図に牛の骨を顔に付け、黒色のマントを羽織った人型のナニカが兵士たちを次々と惨殺し始めた。頭と身体を繋ぎ止めている首の皮が剥げ、血塗られた頭部が辺りへとボールのように転がる。それを蹴り飛ばし、姿を現したのはスロースだった。
「このエデンの園から出ていけ。さもなくばここで
「七つの大罪だ! 全員撃てぇ!!」
隊長格らしき人物が生き残った兵士たちに向かって叫びながら、最新型の長銃を創造し正体の掴めない牛の骨に向かって一斉射撃を開始した。
「やぁ、僕が撃ち落としてあげるよ」
今度はエンヴィが後方からゆっくりと歩きつつ、兵士たちが撃ち出した弾丸を水の矢を無数に放ちすべて相殺させる。いくつかの水の矢は見事兵士の頭に的中し、血飛沫と共に風船のように破裂した。
「第二陣営だ! 例の武器を使用しろぉ!!」
次に兵士たちが創造したのはロケットランチャー。
それも旧式の筒のような形ではない。
「撃てぇぇっ!!!」
何個かの細かな発射口があり、小型のロケット弾を十発ほど撃ち出せる兵器。何百発のロケット弾が宙を飛び回りながらスロースとエンヴィの元に集中する。
「――伏せ」
その一声でロケット弾はすべて低空飛行したまま動かなくなってしまう。そして主人を探すかのようにして、背後に立っていたラウストの足元まで動き出した。
(あれは、能力なのか?)
ラウストは呆然としている兵士たちに軽く手を振る。
その途端、ロケット弾が一斉にそちらへと方向を変えて発射された。
「総員!! 壁を、壁を創るん―――」
耳を劈くような爆破音と共にその声はかき消される。
辺りは火の海と化し、瞬く間に地獄絵図。
「…た、たすけてくれぇ」
皮肉なことにその爆撃で生き残ったのは隊長格の兵士のみ。スロースは這いつくばるその兵士の元まで歩み寄り、ユメノ使者であるベルフェゴールを自身の側に就かせた。
「助けてくれだと? おれたちが七つの大罪だと知っての命乞いか?」
「俺たちは上からの命令で動いただけ、なんだぁ…! 頼む、助けてぇくれぇ…!」
「どうするの? 生かしておいても良いことないと思うけど?」
エンヴィはスロースにそう意見を述べる。無様に死にかけている人間を前にして、スロースは少しだけ辺りを見渡しつつ考える素振りを見せた。
「悪魔にだって…心ぐらいあるだろぉ…!?」
「……いいや?」
そんな人間に対しての判決。
それはスロースが手を下したことだけで分かった。
「――悪魔は生まれて死ぬまで心を持たない」
ベルフェゴールが剣を首元に振り下ろし、その人間へ裁きを下す。ノアとルナは百人以上生きていたであろうレーヴダウンの兵士たちが死んでいく様を黙って見ていた。たった三人で葬り去られていたが、決して兵士たちが弱いわけではない。七つの大罪が
「…そんなところで見てないで、少しは手を貸してくれてもいいんじゃないか?」
「手を貸さなくともお前たちは無傷じゃないか」
スロースはベルフェゴールをその場から消すと、ノアたちがいる草むらに声を掛ける。二人は大きな溜息を付きながらも、草むらから姿を現し、三人の元まで近寄った。
「…まさか三人で強行突破するなんてね~。驚いちゃった~」
「そういうあなたも強行突破しようと思ってたでしょ?」
どうやらラウストのその指摘は図星だったようで、ルナは下手くそな口笛を吹いて誤魔化そうとする。
「それでスロース。何故エデンの園は襲撃を受けている?」
「おれにも分からねぇよ。だけどレーヴダウンもナイトメアも、おれたちを殺す気だ。顔を見るなりすぐに発砲してきたからな」
「今は僕たちが役割を分担して、生徒たちを本校舎へ誘導しているんだけど…」
「Sクラスのメンバーがか?」
「Bクラス・Aクラスは放っておいても問題ないが…CクラスとZクラスは放っておけば間違いなく殺される。だからおれたちが散らばって保護することにしたんだ」
ノアとルナはその発言に少しだけ懐疑心を抱いた。
このような予想外の襲撃があったならば、スロースたちにとって敵となる生徒たちの数を減らせる良い機会。それなのにわざわざ弱い者たちを保護しようとするのだ。
「…それなら公園の方に俺たちの仲間が待機している。悪いが、本校舎まで連れて行ってやってくれないか?」
「今回だけは協力してやる。お前たちは余程のことがない限り大丈夫だとは思うが…さっさと本校舎まで避難をしろよ」
「分かっている。俺も無駄な交戦は避けたいからな」
スロースはノアにレインたちのことを頼まれ、エンヴィとラウストを連れて公園の方角へ走っていく。その場に残されたノアとルナは、二人で七代目救世主である小泉翔と七代目教皇である妲己に何が起きているのかを聞き出すために行方を探し出すことにした…。
「ルナ――」
が、ルナはその場から忽然と消えてしまう。
「…どこへ消えた?」
こんな状況で悪戯などをする性格ではない。
ならば一体どこへ消えたのか。
「…ルナなら妲己たちが連れて行ったよ」
ノアが背後を振り返るとそこには小泉翔と勇ましい金髪の女性が二人で立っていた。
「ここまで被害が甚大なものになるなんて思ってなかった」
「…小泉、どういうことだ?」
「まだ分からないの? この襲撃は――俺と妲己が計画したんだよ」
小泉が述べた真実にノアが驚くことはない。
その代わりに送ったものは冷たい眼差し。敵を見るような視線だった。
「…目的は?」
「こうするしかなかった。このエデンの園を止めるにはね」
「それなら俺たちを殺す必要はないはずだ。そうだろ――
ノアは言葉と言葉のわずかな間で小泉の懐まで潜り込み、取り押さえようと手を伸ばす。
「アタシの姿が見えなかったのかい?」
瞬時に繰り出される蹴り。
ノアは蹴りを脇腹に食らい、未だ鎮火していない火の海まで吹き飛ばされる。
「ソイツは…四色の蓮か」
「そうさ。アタシはクラーラ・ヴァジエヴァ。
黒色の眼帯に軍服。
口にキャンディーを咥えている姿。これで二人目の四色の蓮と出会った。ノアはまさかこんな早くに出会えるとは想像しておらず、苦笑いをしてしまう。
「小泉、二人がかりでくるなんてよく考えたものだな」
「君も俺の立場だったらそうしただろ?」
「ああ…まぁな」
ノアは肋骨にヒビが入っていたため再生を発動して、その場に立ち上がった。
「本気で殺しに来るつもりか?」
「――本気じゃなきゃ攻撃も当たらないだろ」
小泉が足元に転がっている石を拾い上げた瞬間、ノアの右腕が肩から下にかけて血を散らしながら吹き飛ぶ。
「ヒュー。やるじゃないか小泉」
「光速か…。まったく見えないな」
「俺は本気で君を
小泉翔は実戦訓練の際は周囲を気にして能力の力を抑えていた。
しかしこの場ではもはや何も気にすることなく、全力を出しても問題はない。
(手加減して戦うのは…キツイかもな)
ノアは吹き飛んだ右腕を見ながら「酷烈だ」と心の底から浮かび上がる言葉を吐き捨てた。
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