4:9 エデンの園は襲撃される 中篇
同時刻
「こっちだ! こっちに逃げたぞ!」
「く、くそぉっ!」
ヴィルタスは同盟メンバーのネッドたちを連れて、本校舎とは真逆の方角へと逃亡し続けていた。運が悪いのは逃げている道がバスが通るために設備された障害物のない道路だということ。しかも追いかけてくる相手はレーヴダウンの強者の兵士たち。どうやっても撒きようが無い。
「ヴィル! オレたちがあいつらを食い止めるからお前は遠くへ逃げろ!」
「そうだな…そっちの方が賢明だ!」
「なっ…!? 自分の身を犠牲にするつもりか!?」
「それしか、ない…」
ネッドが提案した意見にアイクとサリーが二人して賛同する。
ヴィルタスはその提案を断固反対をしたが、三対一で無理やり意見を押し通されてしまった。
「ユーリ! お前はヴィルと遠くへ逃げろ!」
「そ、そんな…! 僕とヴィル君だけで逃げるなんて…!」
「いいから――行け」
サリーがヴィルとユーリの背中を押すと、他の三人はその場に立ち止まり武器を構える。
「ふざけるな…っ! 現ノ世界の人間たちに復讐を果たすまで俺たちは死なないって…そう約束しただろうが!」
「ヴィル君、逃げよう。ネッド君たちが稼いだ時間を無駄には出来ないよ…」
声を荒げるヴィルタスを力づくで引っ張りながらその先へと逃げていく。二人で生き残ったところで何の意味もない、ヴィルタスは我を忘れて必死にネッドたちの元へ戻ろうとしたが、
「
普段から大人しかったユーリが怒声をヴィルタスへと浴びせたことで、彼の抵抗は虚しくもその場で収まった。
「…行くぞユーリ」
拳を強く握りしめながらも、冷静さを取り戻したヴィルタスはユーリと共にただひたすらに前へと進む。ネッドたちがどうなったのか。後ろを振り返ればその答えを知れるかもしれない。だが、ヴィルタスにはそこまでの勇気を持ち合わせてはいなかった。
「…ヴィル。まだ現ノ世界の人たちに復讐しようと思ってる?」
「当たり前だ」
ユーリはその返答を聞いて「…そっか」と小さな声を発する。ヴィルタスが復讐心によって身体を浸食され切っていることを同盟メンバーであるユーリたちだからこそよく知っていた。暇があれば、現ノ世界の人間たちへの罵倒をしていたヴィルタス。ユーリたちでさえもそこまでの憎しみを抱いている理由を聞き出すことは出来ていない。
「ねえ、どうしてそこまで現ノ世界の人間を恨んで――」
「…見ろ! ナイトメアの兵士たちだ!」
ユーリは決心をし、ヴィルタスの口からそのワケを聞き出そうと試みる。しかしその前にナイトメアの印の付いた兵士たちと鉢合わせし、ヴィルタスが歓喜の声を上げた。
「向こう側にレーヴダウンの兵士がいます! 俺たちの仲間が戦っているんです! 今すぐ向かって助けてあげてください!」
ヴィルタスはその兵士たちに事情を説明して、ネッドたちを助けてもらおうとしたのだろう。けれどユーリの視点からすればそこにいるナイトメアの兵士たちはどこか恐ろしさを感じ、思わずヴィルタスの制服の袖を掴んでいた。味方なのか敵なのか、それが分からなかったのだ。
「ヴィル…この人たち怖いよ」
「何を言ってるんだ? この方たちはナイトメアの優秀な戦士なんだ。俺たちの味方だよ」
味方ならばすぐにでも駆け寄って保護をしてくれるはずなのに、ナイトメアの兵士たちはユーリたちと一定の距離を保ったまま、近づこうとも遠ざかろうともしない。何を考えているのか、ユーリは息を呑んで事の行き先を見守っていると、
「――え?」
辺りに鳴り響く発砲音。
ヴィルタスの右脚から流れ出る血液。そして一人の兵士が手銃を握る姿。
「――ヴィル!」
「"ぁ"あ"あ"っ!!」
ヴィルタスが右脚に煮えたぎるような痛みを感じ、喉の奥から叫び声を上げながらその場に崩れ落ちる。味方なのか敵なのかはそれがすべてを物語っていた。
「どうしてだぁ!? 俺たちは仲間…ユメノ世界に住む人間だろ…っっ!?」
ナイトメアの兵士は何も答えない。必死に訴えかけるヴィルタスに向けられる視線は哀れみと殺意。ユーリは急いでヴィルタスに肩を貸そうと手を伸ばす。
「血が…血が止まらない…!!」
あまりの痛みにヴィルタスはその場でのたうち回ることしか出来ない。立ち上がることもユーリの手を握ることもままならない彼に待ち受けている結末は死のみ――
「う…うわぁぁあぁぁ!!!」
――だったが、ユーリはその結末に抗おうと剣を創造して兵士たちに雄叫びを上げながら斬りかかった。
「……ユーリ! 逃げろ…俺は…いいから…」
「嫌だよ! 僕はネッド君たちにヴィルを任せられたんだ! ここで君を見捨てて逃げたら…僕は死んだも同然だ!」
ナイトメアの兵士はレーヴダウンよりも兵器に関しては劣っているが、逆にレーヴダウンよりも優れているものだってある。
「ユメノ使者」
「うっ…」
それは創造力。
ナイトメアの兵士はそれらに優れていた。よってユメノ使者のランクを気にしないのであれば、一般兵士たちでも当たり前のようにその場へ呼び出せるのだ。
「やれ」
ナイトメアの兵士たちはユメノ使者は数十体呼び出していた。虎、熊、ワニ、どれも危険生物として有名な類。しかもその大きさはユーリが三人いても足りないほど。
「に、逃げて…」
「ユーリ…!」
「逃げてヴィル! 早く!」
ユーリの握る剣は震えていた。
目の前に立ち塞がる獣たちに加えて、それを眺めるナイトメアの兵士。恐怖という感情を一度でも全身に染み渡らせてしまえば、自然と人間は死に対する恐怖によって思考が働かなくなる。
「はや―――」
ヴィルタスのすぐそこでユーリは巨大な虎によって押し倒された。
「ぎゃあ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"あ"あ"っ!!!」
そこからはただの地獄絵図。
ユーリが獣たちによって貪られていく悲惨な光景。
「痛い痛い痛いいたいいたい…!!」
巨大なワニによって両脚を噛み千切られ、巨大な熊にとって両腕をもがれる。極めつけは巨大な虎によって、腸を引きずり出されていた。
「うぐっ…」
ヴィルタスは思わず口を押さえる。そんな光景を間近で見てしまえば、当然のことだが体内の胃液は込み上げる嫌悪感と共に逆流してしまう。
「俺は、俺は…何で、ずっとナイトメアが正しいと思っていたのに…」
ヴィルタスの父親はナイトメアの一員だった。
だからこそヴィルタスは子供の頃からユメノ世界を守り続けるナイトメアに、父親に憧れていた。どんなにカッコいいスポーツ選手より、どんなにカッコいい俳優より、現ノ世界と戦い続けるナイトメアが、父親が一番にカッコいいと思っていた。
「ナイトメアには教皇様と四色の孔雀様がいるんだぞ。俺たちのことを守ってくれる正義のヒーローだ」
「へー! 父さん、俺もいつかナイトメアに入れるかなぁ?」
「出来るさ! なんたって俺の自慢の子だからな。教皇にでも四色の孔雀にでもなれるだろうよ」
いつかはナイトメアに所属して、自分も父親のようにユメノ世界を守る一員になろうとユメを見ていた。だからこそ周囲の人間よりも人一倍努力をし、いつでも戦えるようにフェンシングの技術を磨いたのだ。
「是非君を…教皇と四色の孔雀を決めるために作られたエデンの園に一人の候補生として招待をしたい」
「…! いいんですか!?」
「もちろんだ。君のフェンシングの腕を見込んでの招待だよ」
そんな彼に巡ってきたチャンス。
それはこのエデンの園での殺し合いに参加する権利。ヴィルタスのフェンシングの技術はユメノ世界においてトップ争いをするほどの実力。それがナイトメアの目に留まり、招待をされたのだ。
「どうやって教皇と四色の孔雀を決めるんですか?」
「簡単だ。自分以外の人間たちを殺せばいい」
「…え? 殺すって…」
幼い頃からナイトメアの人間たちが現ノ世界の人間たちを殺している姿を見て成長してきた。だがそれをいざ自分がやることになれば困惑してしまう。
「そんなこと…」
「あぁ、それともう一つ報告することがあったよ」
ヴィルタスをここまで憎悪に浸る生徒へと変えたそのひと言は――
「君のお父さんだけど、レーヴダウンの奇襲で亡くなったから」
――父親をレーヴダウンによって殺されたという報告だった。
「くそぉ…くっそぉ!!」
いつの間にか自分が憎しみによって溺れていたこと。それを死が迫りくる直後になって自覚する。彼自身が追いかけていた正義のヒーローはどこかへ旅立ってしまったようだ。
「父さん…俺のことを自慢の子だって言ってくれたのに、俺は、その期待に応えることも出来なくて…憎悪だけで行動して……」
苦しみ紛れの涙。
それで許されるとは到底思わなかったが、彼には泣くことしか出来なかった。
「ネッド、サリー、アイク、ユーリ…ごめんな。俺が、俺が
仲間への謝罪。それはもう届かない。ジュエルペイの画面に表示されているのは、赤く照らし出されているユーリたちの名前欄。彼らは先に逝ってしまった。
「……」
片手に細剣を創造して死ぬ準備をする。
ユメノ使者に貪られるぐらいなら自害した方がマシだと考えたのだ。
(…死ぬ準備は出来たか。あぁ出来ている。俺は、ここで、
自問自答をしながら細剣を首元へと近づけた。
そして深呼吸をして、細剣を首に突き刺そうとしたその時、
「ぐぅぅあ!?」
「がはっ…!?」
雷撃が辺りを飛び回り、ユメノ使者を光の塵へと変えながらナイトメアの兵士たちを次々と感電死させていく。ヴィルタスはその光景に思わず愕然としていると、
「――それは愚問愚答よ」
雷を身体に纏ったSクラスのストリアがそこに立っていた。
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