4:7 赤の果実は面談する 後篇

「最後はブライトの両親だな」

「…ライトちゃんの表情暗い気がするんだけど~?」 

 

 最後にブライトの元へ向かおうとしたが、両親と再会しているというのに何か浮かない様子。俺とルナは少し離れた場所で耳を澄ませて、どんな会話の内容をしているのかを盗み聞きしてみる。


「私たちがあなたをどういう想いでここに送り出したのか分かってるの?」

「で、でも―――」

「そうだ。もっと派手に殺し合って、救世主になることがお前の目的じゃないか」


 必ずこのような親がいるだろうとは予測していた。

 それは自分の子供を何がなんでも救世主か教皇の座へ就かせたいと考える類の親。長きにわたり繰り返されている戦争によって、殺し合いに対する感覚が鈍くなり、平気で子供をこの地獄へ送り出している異常者。


「それなのにユメノ世界に住むゴミたち・・・・と手を組んでいるとはどういうことだ?」

「――!! ゴミなんかじゃない! 私の大事な仲間だよっ!!」

「あなたは今まで何を見てきたの? ユメノ世界の人間は敵なのよ? ちゃんと付き合い方は考えなさい。それとユメノ世界に住んでいるあの男子生徒」 


 ブライトの母親はウィザードの方へと一瞬だけ視線を向ける。


「――あんなの・・・・と一緒に居たら汚れるわ」

「…チッ」 


 これ以上は聞いていられない。

 俺はブライトに救いの手を差し伸べようと、軽く舌打ちをしながら行動しようとしたとき、


「ノア、待って」


 ルナに肩を掴まれ、それを阻止された。


「大丈夫だ。別に大事にするつもりはない」

「違うよ。ほら、あれ」 


 ブライトの周囲に赤の果実のメンバーたちが集まり始めている。救世主側のレインたちも、教皇側のリベロたちも、会話の内容をすべて聞いていたのか黙ったままブライトの両親と向かい合った。


「な、なによあなたたち…」

「何って言われてもなー? オレらは同盟メンバーだから一緒にいるってだけだぜー」

「お前たちか。俺の娘に近づくゴミたちは…」 

「お言葉ですが御父上。ユメノ世界の人間たちがゴミだというのなら、私たち現ノ世界に住む人間は綺麗な綺麗なお花だということでよろしいですか?」

「本当にそう思ってるのならお高く留まるのはやめてくれよー」


 うろたえるブライトの両親にリベロとティアがそう言及する。 


「ブライトちゃんだけじゃない。私たちだって同じように、皆のことを大切な仲間だと思っています」

「あなたたちは…自分で何を言っているのか分かっているの!?」

「…それはこっちの台詞。あなたたちこそ、その言葉の重みを分かっているの?」


 ヘイズとレインが更にブライトの両親へと付言した。

 

「ど、どういう意味だ!? 俺たちに何が言いたい!?」 

「私たちのことをゴミだと、汚れる存在だと思うのは勝手だけど…その考えをブライトちゃんに押し付けるのはやめてほしいと言いたいんです」

「ユメノ世界の人間のくせしてよくもそんな口を…!」

「僕たちからしたら、現ノ世界の人間もユメノ世界の人間も関係ない。確かに最初は怖かった。現ノ世界に住んでいる人間ってもしかしたら恐ろしい人ばかりなのかも…って」 


 ファルサとグラヴィスも負けじと自分の意志を込めた言葉を述べる。


「…けど、それは違ったんだ。俺たちに現ノ世界の人間も、ユメノ世界の人間も…みんな同じ人間だとあの二人が教えてくれた」


 ウィザードがそう言いながらこちらを見た。

 俺とルナはウィザードへの返事代わりに強く頷く。


「あなた方二人が俺たちのことをどう言おうが構わない。だがな、何と言われようが俺たちは一つの同盟として手を貸し合う仲間だ」

「…そうだよ! みんな、みんなは…大切な友達だから!」


 ウィザードの言葉に決意を固めたブライトが、自身の産みの親に強く諫言した。これによりブライトの両親は強く動揺を見せる。俺とルナは自分たちが出る幕ではないと、その場をウィザードたちに任せることにした。


「……」

「…?」


 次に声を掛けようと思ったのはステラだったが、どうやら未だに両親が姿を見せていないようだ。


「ステラ、両親は?」

「……」


 やり場のない悲懐を拳で握りしめて堪えている。

 そんなステラに声を掛けても、口を開くことはなかった。


「何か急用でも出来たんだろう。それかこのZクラスの場所が分からなくて迷ってたりしてな」

「ううん、ぜったいに来ないよ」


 俺はあらゆる可能性を述べて彼女を励まそうとした。

 だがステラはその可能性をすべて否定し、そう言い切ったのだ。


「…来ないだって? どうしてそう言い切れるんだ?」

「だって――そもそもわたしに連絡なんて来てないもん」

「――」


 その事実を伝えられ、俺は言葉を失ったと同時に憐憫の情を抱いてしまう。

 ステラは心のどこかで認めたくなかったのだ。両親が会いに来てくれると信じて、例え個人での連絡が来なかったとしても、必ず来てくれると信じてひたすら席に座っていた。

 

「…ステラちゃん」

「パパもママも…わたしのことなんて忘れちゃったのかなぁ…?」


 ステラの赤い瞳がうるうると歪み始める。

 今にも泣きだしそうな彼女を慰めようと、俺は何がしてやれるのかを考えた時、


「…いたぞ! こっちだ!!」


 赤い髪の若い女性と、黒髪の男性が教室に息を切らしながら飛び込んできた。 


「え…? パパとママ?」


 ステラはその二人の姿を見て、小さな声で確かにそう呟く。


「ステラ!」 

「パパ! ママ…!!」

  

 母親と父親に挟まれて、泣きわめくステラ。

 俺とルナは家族の愛が表された光景を目の当たりにして眼福してしまう。


「ごめんな…! 怖い思いをさせたお父さんとお母さんを許してくれ…!!」


 彼女の両親はステラをエデンの園へ送り出したことを後悔していたようだ。それもそのはずで、ステラはモニカたちを失ったうえ、あの血塗れの悲惨な光景を見てしまったから。ステラの両親がどこまで見ていたのかは不明だが、二人の目元にクマが付いていることから睡眠不足になるほど心配をしていたに違いない。


「…ルナ、俺と同じことを考えたんじゃないか?」

「うん。多分同じことを考えたよ」  


 俺とルナは二人を顔を見合わせ、口には出さなかったもののこう強く決意をした。



 ―――このエデンの園を終わらせなければならないと。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



「…今日は色々と感慨深かったな」

「そうだね~。皆のお父さんとかお母さんとか見れたし~」


 星芒せいぼうがより空を照らすその日の夜。

 ノアはベッドに潜り込み、ルナはすやすやと寝息を立てているノエルの横で仰向けになって天井を見上げる。二人はどうも眠れないため、小声で話をすることにした。

 

「俺たちにも両親がいたと思うか?」

「う~ん…人として産まれてきた以上はいるんじゃない~」


 ノアとルナは赤の果実のメンバーたちが親族と喋る姿を見て、自分たちの生まれについて深く考え込んでいたのだ。母親と父親はどんな人物だったのか、自分たちは愛されていたのか、そんな疑問が次々と頭の中に浮かぶ。


「ノエルちゃんはお母さんとお父さんがいるのかな…?」

「ノエルにか?」

「うん。お母さんやお父さんがいるのなら会わせてあげた方がいいかな~って」

「…どうなんだろうな。例えいたとしてもこのエデンの園だろう? どうせロクなやつじゃない」

 

 ノアはルナたちに背を向けて、真っ白な壁を見つめた。

 

「ノア、これはもしもの話なんだけど…」


 ルナは天井を見上げながら、ぽつりとこんな話をし始める。


「もしも――私がノアのことを好き・・だったらどうする?」

「本当ならそんなことあり得ないが、もしもの話でそれを考えるとするなら…」

「するなら…?」 

「多分、俺はお前のことを―――」


 ノアはそう言いかけ、口を閉ざした。

 

「…ノア? どうしてそこで止めて…」

「静かに…!」 


 何かが風を切るような音。

 それが徐々にノアたちの元へと接近してくる。



「――!? 伏せろっ!!」 


 

 ノアがベッドから立ち上がりルナの前に立った瞬間――ベランダの方面が爆発を巻き起こした。


「ゲホゲホッ…何が起きたの!?」

「砲撃だ…! 南東百四十!!」


 創造でノアが壁を創り出し、何とか爆発の被害を抑えられた。

 だが再び風を切る音が二人の耳に入る。


「ルナ! ノエルを守りながら能力で辺りを探れ!」

「分かった!」


 自分たちに向けての奇襲かとノアは憶測を立てたが、それにしては次なる砲撃の狙いどころがまったく違う場所。何が起きているのかと辺りを警戒しながら、ベランダから外を覗く。


「――嘘、これって」 

「ルナ、何が見えた?」

「…戦艦? それもこの数は…」

「おい! 何が見えたんだ!?」


 ルナは話を聞こうとしない。

 それに苛立ったノアはベランダの方面を向きながら彼女の肩を掴んで、何が見えたのかを肉迫して問い詰める。


「攻めてきた…」

「そんなこと分かってる! 一体誰が攻めてきたんだって――」

 

 敵の正体を求めるノアに対して、ルナはしっかりと彼に伝わるようにゆっくりとこう言った。



「――レーヴダウンとナイトメアだよ」

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