4:3 候補生は教皇の授業を受ける

「だるいなー、帰りたいなー。…っていうかサボってもバレないんじゃねー?」

「サボったらヘイズちゃんに報告だからね~」

「ひゃ―! それは勘弁だぜー!」


 私たちはノアたちと逆の場所にある会場へと案内をされていた。歩いている途中でリベロがぶつぶつと独り言を呟きながら私たちの後ろを歩いていたため、ヘイズという名前を口に出して何度か黙らせている。

 

「よぉし! 到着したぞー!」

「…何だここは?」

「僕たちは…特別授業を受けに来たんだよね?」


 その会場へ辿り着いた時、思わず自身の目を疑った。ウィザードたちも自分たちが一体何の目的でその会場へやってきたのかと忘れてしまうほどに困惑している。


「派手過ぎじゃない…?」

「ファルサちゃんの言う通り、ちょっと豪勢だよね~」

  

 そこは金色の宮殿。

 たかだか教皇一人呼ぶのにどれだけの費用がこの会場とやらに掛かっているのか。私たちは嫌な予感がしながらも、メテオさんの後に付いていく。


「候補生を連れてまいりました!」

「うむ、わらわは待ちくたびれたぞ? いつまで待たせるつもりなんじゃ?」


 金色の宮殿の奥にあるのはふかふかのソファー。

 そこにいるのは欠伸をしながらメテオを見つめる絶世の白髪美女。服装もかなり肌を露出させる過激なもので、男性を誘っているのではないかと勘違いをされても不思議じゃない。


「…ねぇねぇ、あれが七代目教皇なの~?」

「あぁ、間違いない。ルナは初めて見るんだったな」

「うん」


 ウィザードに一応本人かどうかを確認する。

 あの人物が七代目教皇だといまいち認識が出来ないかったからだ。


「どうだ? 七代目教皇を前にして」

「…デカいよね」

「……デカい?」


 私はてっきりムキムキの爺さんでも出てくるのかと予想していた。しかしその予想は大きく外れ、そこに姿を見せたのは巨乳・・でスタイル抜群の、巨乳・・な七代目教皇。


「うげー…オレが一番苦手なタイプだぜー」

「そこの者。お主の声は聞こえておるぞ」

「しかも地獄耳かよー…」


 七代目教皇が言葉を溢したリベロに視線を向けた。

 私はじーっと七代目教皇を見つめて、体内に流れる創造力を透視する。


(…うん、確かにあの人は教皇っぽいね)


 あり得ない量の創造力が身体の隅々まで行き渡っているようだ。私はやっとのことでその人物を七代目教皇だと認めることが出来た。


「おい妲己・・。特別授業とやらをさっさと始めろ」

「相も変わらず腐れ口じゃが…それも一理あるのう」


 スロースが七代目教皇のことを悪女を表す『妲己』という名詞で呼ぶ。

 ユメノ世界のナイトメアには教皇・四色の孔雀・七つの大罪の三つが属していたことはノアからの話で聞いているため、顔見知りでも不思議ではない。 


「わらわの特別授業は…そうじゃのう? 身体で味合わせるというのはどうじゃ?」


 艶めかしく脚を見せつけて、候補生の男性陣を誘惑する。

 しかしBクラスのディザイアたちも、Aクラスのエルピスたちも、Sクラスのスロースたちも…誰もそんなものに動じることはなかった。…ただ唯一動じていたのは、


「うっひょ! たまんねぇー!」

「すげぇ身体だよなぁ…!」


 ヴィルタスの同盟メンバーたちだ。特にネッドなんかは気分が上がっているが故に、自身の足が妲己の方へと進んでいることさえ気が付いていない。


「しっかりしろネッド。誘惑に耐えられないようじゃ、救世主の一人も殺せない」


 ヴィルタスがネッドの肩を掴んで、それを止める。

 ネッドは「あぶねぇあぶねぇ…」と言いながら、静止してくれた彼に感謝をした。


「ではこうしよう。わらわがお前たちの質問に何でも答えてやる。これを特別授業にしようかのう」

「あはは~…それってただの質問コーナーだよね~…」

  

 質問に答えてやると言われても、そんなすぐに質問内容など思いつかない。私はどうせ誰も手を挙げないだろうと思いきや、


「何でもいいのなら質問したいことがある」

「うむ、よかろう。それじゃあそこのお主」


 Bクラスのディザイアがすぐさま挙手をした。一体どんな質問をするのかとその場にいる者たちが黙って、ディザイアたちへ視線を向ける。


「七つの大罪のメンバーの中で最も強いのは誰だ?」

「ディザイア。それは関係のない質問じゃないか?」


 ディザイアが妲己というあだ名の七代目教皇に尋ねたのは、『誰が七つの大罪の中で最も強いのか』という質問内容。それを耳にしたPrideプリーデというネームプレートを胸に付けた茶髪の男子生徒が横から口を挟む。 


「何でもいいと言ったのは七代目教皇だ。文句があるのなら直談判しろ」

「チッ…」


 プリーデは妲己に物申すことはしたくないようで、軽く舌打ちをしてその口論から食い下がった。

 

「うーむ…そやつらの中で最も強い人物のう?」

「あぁ、教えてくれ」

「……それはこのエデンの園での話かのう? それとも外での話かのう?」

「…どういう意味だ?」


 妲己は二つの選択肢を投げかける。

 その意味が汲み取れないディザイアは、目を細めながら妲己に説明を求めた。


「お主にわらわから助言を与えてやろう。お主は確かに実力はあるが、このエデンの園は実力だけでは生き延びられないぞ」

「殺し合いは実力がすべてだ。殺せば勝ち、殺されれば負け。たったそれだけだろう」

「このエデンの園を蠱毒と思っておるつもりじゃろうが…それは少し違うからのう」


 何か深い意味がある。

 私は妲己がヒントを与えようとしているようにしか見えなかった。それもこのエデンの園で生き延びるために必要な…警戒するべきことと大事なことを。


「説法はいい。外の世界もこのエデンの園も何も変わらない」

「…まぁお主がそう言い張るのなら、わらわからは何も言わないでおくかのう」

「外の世界で最も強い大罪は誰だ? それを教えてくれ」

「わらわからすればプリーデじゃ。そやつはかなり厄介じゃぞ」  

 

 ディザイアはプリーデに鋭い視線を向けた。

 七つの大罪と共に戦っていた妲己がそう言うのならまず間違いない。私は後でノアに報告をしておこうと、ジュエルペイを開いたと同時に、


「こんにちは。ちょっといい?」

「――!!」


 視界のすぐ横から黒髪に一つ結びをした女子生徒が顔を覗き込んできた。 

 

「…驚かさないでよ~?」 

「あっ、ごめんね。驚かすつもりはなかったんだ」


 その女子生徒は本当に申し訳なさそうにこちらへと謝罪の言葉を述べる。


「あなたは~?」

「わたしはDualデュアルだよ。あなたはルナちゃんだよね?」

「…私のことを知ってるんだね?」


 デュアルと名乗る女子生徒のネームプレートは灰色。

 他のSクラスのメンバーと違って一段階上のランクだ。


「ちょっと話に出たから…かな?」

「そうなんだ~。デュアルちゃんは私に何か用でもあるの~?」


 この際、彼女が何人殺したかなんてどうでも良かった。私が本当に注目していたのはデュアルが声を掛けてきたときに感じた悪寒。それは例えるのなら黒い霧・・・。私の身体を包み込むようにまとわりついてくるような感覚。 


「前から一度お話がしたくて…。今がそのチャンスかなって思って…」

「お話はしてもいいけど~。何を話すの~?」

「えっとね…ルナちゃんって何か趣味があるのかな~って」


 聞いてくることは大したことじゃない。ただ私でさえ悪寒を感じてしまったほどの気配。それのせいでまともに会話をすることなど不可能だ。それに加えて、私はあることを彼女に問いかけることにした。


「デュアルちゃんってさ。元四色の孔雀…だったりしない?」

「えっ…!? そ、そんなわけない…よ?」

「あはは~…図星だったかな?」


 四色の孔雀は絶望の象徴。

 私は何となくだが、彼女が四色の孔雀を務めていたような気がしたのだ。案の定ビンゴのようで、デュアルは下手くそな演技で誤魔化そうとする。


「どうしてわかったの?」

「勘かな~。私は勘がよく当たるからね~」

「…そうなんだ」

 

 彼女は誤魔化すことを諦めたようで、小声になりながら私にこんな話をしてくれた。


「わたしは確かに四色の孔雀の一員として務めてたよ…。他の三人もこのエデンの園にいたりするんだ」

「…他の三人もいるの?」

「うん。これは内緒だよ?」


 四色の孔雀が紛れ込んでいる。私は七つの大罪だけでなく、四色の孔雀も留めておかないといけないのかと自然と溜息が出てしまった。


「そうじゃ! わらわは最近身体を動かしておらんくてのう。誰でも良いからわらわの運動に付き合ってはくれぬか?」

「運動ですか? 七代目教皇様、一体それは何を――」

「手合わせじゃ手合わせ。少しはおぬしらの実力も見ておきたいからのう」


 質問コーナーはディザイア以外に手を挙げるものはいなかったらしい。その代わりに妲己が提案してきたのは、手合わせというなの戦い。私はその提案に嫌な予感がしながらも、ジュエルペイで早く終わらないかと時刻を確認していた。

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