4:4 初代教皇は七代目と手合わせをする
「手合わせなら俺にやらせてほしい」
真っ先に手を挙げたのはヴィルタスだった。Bクラス~Sクラスのメンバーたちは自身の実力を隠そうと考えているのか、その場から少しも動く様子がない。
「ふむ、おぬしか?」
「現ノ世界の人間を殺すために、俺は強くならないといけないんだ」
「そうか。おぬしは強さを求めているのじゃな」
ヴィルタスが名乗り出た理由を彼女は悟る。
そして七代目教皇はその場に立ち上がり、伸びなどをして準備体操をし始めた。
「いいじゃろう。相手をしてやろうぞ」
「ありがとうございます」
(あれ? あそこにいるのって…)
宮殿の柱の陰に佇む黒いローブ。誰にも見つからないよう気配を完全に絶ち、最初から今までの様子を傍観する…そんなことが可能なのはアニマだけしかいない。
「それでは…お願いします」
「うむ、いつでもよいぞ」
アニマに気を取られていれば、ヴィルタスが黒色の
(ふーん…剣術は悪くないね~)
細剣は突きによる攻撃が主体となる。ヴィルタスはフェンシングでも過去に経験していたのか、妲己に突きの連撃を繰り出す際につま先を上げながら前進をしていた。
「あの動き…前にテレビで見たことが…」
「え? テレビで見たことがあるの~?」
「僕もウィザード君と同じくテレビで見たことがあるかも…」
ウィザードとグラヴィスの二人が、ヴィルタスの"動き"をテレビで見たことがあると私の隣で口を揃えてそう述べる。私は"動き"に注目をして、妲己と交戦しているヴィルタスを観察してみることにした。
(…上手すぎる、かも)
しばらく見ていれば、悪くないという評価から抜群に上手いという評価へと私の中で変わる。フェンシングに関して私はドが付くほどの素人。その素人にも彼の動きや剣術に磨きがかっていることが分かるほどに上手いのだ。
「おぬしの動きは悪くないぞ」
しかしそのヴィルタスの剣術を持ってしても、妲己には掠りもしない。
「ただのう――」
妲己は顔の目前まで迫る細剣の先端を、人差し指で受け止める。本来なら貫かれてもおかしくない人差し指は、創造力を通わせているためか一切傷が付くことはなかった。
「――憎悪に溺れすぎじゃ」
――創造破壊。
妲己は容易くヴィルタスの細剣を光の塵と変え、勝敗を決めようと人差し指を彼の額へと向ける。
「憎しみだけでこのエデンの園は生きていけぬ。…まっ、今のおぬしにはそんなこと分からんとは思うがのう」
「……」
「次じゃ次。わらわを楽しませてくれるのなら誰でもよいぞ」
ヴィルタスは唇を噛みしめながら悔しそうにネッドたちの元へと帰っていった。妲己はまだ満足できないようで、次なる挑戦者を探し出そうとこちらを見渡している。
「そこのおぬしはどうかのう?」
「げっ…!?」
妲己が次に目を付けたのはリベロ。先ほど「一番苦手なタイプ」だという独り言を呟いていたため、視線を送られただけでも彼は露骨に嫌そうな表情を浮かべている。
「いやー…お断りしますぜー」
「わらわと手合わせが出来るのじゃぞ? 光栄なことではないか」
「オレは形として残らないものに興味はないんだよなー」
リベロはそう言いながら私の背中を押し、妲己の前へと差し出した。
「ちょ…ちょっとベロくん?」
「代わりにこいつが相手をしてくれるから勘弁してくれよー」
「ふむ…そなたが相手をしてくれるのか?」
私は心の中で「何て奸悪なやつだ」と憤りを覚えながらも妲己と向かい合う。
「あはは~…どうやらそうみたいだね~」
後でヘイズに報告を絶対してやろうと強く決意し、仕方なく妲己と手合わせを行うことにした。
「…ずいぶんと可愛らしい姿じゃのう?」
「あなたもずいぶんと
「ほぉ…。さてはおぬし、嫉妬してるな?」
「そんなまさか~。戦いにくそうだなぁって思っているだけだよ~」
「…あの二人は何を話しているんだ?」
ルナと七代目教皇が何を言い争っているのか。
それを理解できる者はその場で数人のみ。
「まぁあれだなー。持つ者と持たざる者の違いってやつだぜー」
「え…それってどういう意味なの? 私、全然分からないんだけど…」
「ああうん…僕は何となく察したよ」
ウィザードとファルサは何を話しているのか全く理解が出来ない様子だったが、グラヴィスとリベロはどことなく察しているようだった。
「余分な
「そうかそうか。わらわもおぬしが妬ましいぞ?
「あはは~!」
「アッハハー!」
妲己とルナは何が可笑しいのかお互いに笑い始める。
それを見ていたリベロとグラヴィスはその二人から、女性だけしか発することができない特有の嫌な空気のようなものを感じ取り、冷や汗をかいていた。
「…あの二人は何で笑っているんだ?」
「睨めっこでもやってるのかな…」
「お前らまだ気が付かないのかよー?」
しばらく彼女たちは笑い合う。
そんな中でウィザードとファルサはやはり理解が追い付かないようで、不思議そうにそれを眺めていた。
「…あの二人の仲介人だけはやりたくないなー」
救世主と教皇。
それぞれ選抜されるのに至って特徴がある。まず救世主は『知力・統率力』を持ち合わせていることが絶対条件。初代救世主であったノアがそうあったことでそれが基準となり、現代のレーヴ・ダウンはこの二つを重視して救世主を生み出してきた。
「…何が起きるんだ?」
そして教皇に必要なもの。
それは『自己顕示欲・高慢』の二つ。初代教皇としての役割を背負っていたルナはこの二つの要素が強かったことでナイトメアはこの数千年の間、それを重要視して教皇を生み出してきた。
つまり教皇は『自己顕示欲・高慢』、この二つに関しては世界で頂点を取っている唯一の存在。その唯一の存在がもし何かの手違いで、例えば初代教皇と七代目の教皇が出会ってしまったらどうなるのか…。
「「殺す…!!」」
――必ずその二人はぶつかり合うことになる。
「くっ…何て馬鹿力だ…!?」
ルナの左拳と妲己の右拳の衝突。
二人は一瞬で距離を詰め合い、辺りに突風を巻き起こすほどまでに自身の力を引き出して殴り合いを始めた。
「女って怖いよなー」
「僕は…大きくても小さくても気にしないんだけどなぁ」
「グラヴィス君。今、大きくても小さくてもって言ってたけど…何のこと?」
「な、何でもないよ!」
例え永遠の富を与えられたとしても、ルナと七代目を止める気にはなれない。それほどまで彼女たちは素手で、怒りに身を任せて接近戦を繰り広げていたのだ。
「この乳臭い小娘…!!」
「いい歳したおばさんが調子に乗らないでよ…っ!!」
実力は間違いなく均衡している。…いや、均衡させていると言った方が正しいのかもしれない。何故なら妲己もルナもお互いに、周囲の人間に被害を及ばせない程度の力の度合いを分かっていないからだ。辺りを半壊させることなく徐々に力を引き出して相手を上回ろうとする…チキンレースと何ら変わりないこと。
「やるのう小娘!」
妲己はルナと距離を取り、いくつかの狐火を自身の周囲に漂わせる。
「…!」
そして狐火が無数に分裂を繰り返し、ルナは取り囲まれてしまった。
「これがわらわの第一キャパシティ
――
それはその名の通り、妖術が扱えるようになる能力。人を惑わし、傷つけ、時には癒す。
「…あなたの身体には
「ほぉ、おぬしにはそれが分かるのか?」
ルナは狐火から創造力ではない…妖力と呼ばれる力を感じ取っていた。それを感じ取れるのは他でもない。ルナ自身の身体にも創造力と同じように神通力が流れているから。
「おぬしにもわらわと同じように、別の力が流れているのじゃろ?」
「…」
創造力で成り立つユメノ世界。
その世界に住む人間たちの中に異例となる者が存在する。それは創造力とは別の力を身体に宿す者。妲己ならば創造力と妖力、ルナなら創造力と神通力。
「まぁよい。わらわの妖術をどうやり過ごすのかを見せてもらうぞ」
狐火が一斉にルナへと襲い掛かる。
創造力ではなく、妖力が込められた狐火を創造破壊は不可能。
「…使いたくなかったけど」
ルナは左手を横に振り払い、小さくこう呟いた。
「――
狐火がルナに纏わりつくその瞬間。
彼女の周りに御神札が浮かび上がり、狐火に衝突して一つずつかき消していく。
(この第二キャパシティはやっぱり使えないなぁ)
――
本来キャパシティ一つに対して与えられる能力は一つだが、この第二キャパシティはあらゆる能力が詰められた
(今回は運が良かっただけだよね~)
キャパシティ一つで無数に能力が扱えるのは聞こえが良いようにも思えるだろうが、この第二キャパシティは自分の意志でその能力を決められない。毎回使用するたび能力が状況に合わせてランダムに変わり、ルナにも何が当たるのか分からないのだ。
「その力は神通力…!? おぬしもしや――」
「もうそろそろ時間です。そこまでにしてください」
狐火がルナの御神札ですべて消滅をしてしまうと、妲己が目を丸くしながら何かを言いかける。だが特別授業の時間は終わりが近づいているようで、メテオが横から口を挟み、ルナと妲己の間に入ってきた。
「う、うむ…。わらわも満足が出来たからのう。これぐらいが潮時じゃろう」
「七代目教皇さん、ありがとうございましたぁ~」
ルナは未だに怒りを鎮められていないようで、わざとらしくお辞儀をしてリベロたちの元へと帰っていく。それに対して妲己は何か思い当たることでもあるのか、ルナの後姿に真剣な眼差しを送りながら、
(もしや、あの小娘…)
どうも解せない表情を浮かべていた。
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