ノアはヘイズと過ごす
「ノア君、こういう感じでどう?」
ヘイズが俺の手を握りながら、具合を尋ねてくる。
男女一対一で一体何をやっているのかと怪しまれるとは思うが、決して卑しいことをしているわけじゃない。これはれっきとした彼女の特訓。
「あー…前よりは良くなってると思うぞ」
ヘイズの第一キャパシティは
通常、他者の創造力が体内へ入ると逆流を起こし死に至るはずが、彼女の創造力は不思議なことにその者の創造力へ適合しようと変化を起こす。その流れはおそらく劇物と劇物で混ざり合い、体内で中和された…というものに近い。
「こんな能力、みんなの役に立つの…?」
「役に立つさ。人に創造力を分け与える技なんて、数年鍛錬しないと習得不可能だ。それを第一キャパシティを通じて行えるなんて、幸運な上に十分戦力になれる」
一歩間違えれば創造力を分け与える際に、相手を殺してしまうことだってあり得る。それを第一キャパシティで確実に、安全に、創造力を分け与えられるのならこちらとしても非常に心強い。
「ねー! わたしが暇なんだけどー?」
「…ステラ、そもそもお前はどうしていつもヘイズの部屋にいるんだ?」
「友だちからに決まってるでしょ? そんなことよりもなんか面白いことしてよー」
じたばたと床の上で暴れ回り、我儘な姿を大いに見せつける。
ステラはヘイズの部屋へとよく訪れているという話は噂に聞いていたが、ここまで他人の部屋でくつろげるほどヘイズの部屋に来ているとは思っていなかった。
「暇ならなぞなぞを出してやろうか?」
「いいよ! わたしに任せて!」
「お酒は二十歳から飲めて、煙草は二十歳から吸える。選挙権は二十歳から。じゃあ、自動車は何歳から乗れるでしょうか?」
「簡単簡単、十八歳でしょ!」
「はい不正解」
ステラは「えぇー!?」と驚きながら、本気で考えようと頭を捻らせる。
これでステラは静かになったと、再び話の路線を戻すことにした。
「…それでだ。この能力についての注意点は覚えているか?」
「私自身が無理をしないこと…だよね?」
「その通り。いくら創造力を分け与えることが出来るからといって、自分を犠牲にしてまでその能力を使わなくてもいい。それにヘイズはC型だ。再生を使えない怪我人に対して、この能力を使ってやるのが一番だと思う」
この中和作用を上手く扱えるようになれば、俺が四月の殺し合い週間でモニカたちに使用した再生の強制発動も難なくこなすことが可能。死傷によって集中を乱され再生を発動できない怪我人を、見ているだけでなくこちら側で助けることが出来るのだ。
「後、全く関係のないことを質問してもいいか?」
「…? 質問?」
「あぁ、ヘイズさんはリベロのことが好きなんだろう?」
「――!?」
本当に何の脈絡もない。
そんな質問を俺はヘイズへと投げかけた。
「ノア君は…ど、どうしてそう思うの?」
「いや、普通に見ていれば分かる」
「見ていればって…そんな根拠もないのに…」
俺は誤魔化そうとしているヘイズに、テレビが置かれている台の下を指差す。
「四月に部屋を訪れたとき、確かあそこにゲームを隠していた」
「ゲ、ゲーム? そういえばそうだったかな? 面白そうだから買ったんだ」
「そのゲームのタイトル『タクティスブレイク』だろう」
「え…っ!? どうしてそれを知って―――」
失言をしたとヘイズが口を押さえるがもう遅い。
俺はそこへ更に言葉を加えて、本音を聞き出そうと試みる。
「リベロがその日に神ゲーだと俺に話してくれた。あまり親しくない俺に話すぐらい神ゲーなんだ。幼馴染のヘイズさんにも当たり前のように話すはずだよ」
「……」
「多分、リベロと共通の話題を作るためにヘイズさんは買ったんだろう?」
「……」
ヘイズはこちらが述べた推測がすべて図星のようで、大きな溜息をついて近くにある椅子へと座り込んだ。
「ノア君にはやっぱり気づかれてたかぁ…」
「いや、俺以外も気が付いてるよ」
「ほんとにっ!? そんなに分かりやすかった!?」
逆にあそこまで息の合ったやり取りを見せつけておいて、気付かないはずがない。つい最近幼馴染だったという関係を聞いて、片思いをしているという可能性がより強くなっていた。
「まぁ…かなり分かりやすかった」
「そうなんだ…。なんかショックだな…」
「…リベロのことは昔から好きだったのか?」
「うん、そうだよ。離れ離れになったけど、私はずっと好きだったから…」
ヘイズは昔から抱いていた自身の想いをすべて話そうと口を開く。
「でもリベロはね。昔はあんな適当な子じゃなかったんだ。優しかったし、明るかったし…とにかく私のことを何度も助けてくれるぐらい思いやりがあった」
「…今のあの姿からは想像できないな」
「だから、再会したときは正直ショックだったよ。私と何年振りかに会ったのに、大して嬉しそうにしないから…」
彼女が言うには、リベロという人物は数年前と今では別人格と言ってもおかしくないほど変わっていたらしい。薄々勘づいてはいたが、問題児であるリベロの過去には何かしらあった…とこの話を聞いて強く確信した。
「リベロに気持ちは伝えたのか?」
「私の好きだったリベロは数年前の姿で…今のリベロに対する気持ちは分からない、かな」
「…そうか」
「時々、私の側にいるリベロは本当にリベロなのかって考えるときがあったりもして…」
リベロがそれほどまでに違う人物へと変わっている。普段から彼とやり取りをしている裏では、ヘイズ自身が不信感を抱いていること。俺はそれを彼女の口から打ち明けてもらい、一度だけ縦に頷いた。
「ノア君は、リベロのことどう思う?」
「…悪いヤツでもないし、良いヤツでもない。俺も人のことを言えたもんじゃないが、度々探りを入れてくるあの性格が問題だ。しばらくは心を許せる相手じゃないな」
「…やっぱりそうだよね」
ヘイズは少しだけ悲しそうな顔をして、未だになぞなぞで頭を捻らせているステラの方へと視線を向ける。
「そもそも私が間違っていたのかもしれないね。殺し合いをするこのエデンの園で恋愛感情を抱いているなんて…」
「……」
「私たちは…高校生らしいことをしたらいけないのかな。世界の為にこんな殺し合いをさせられて、私たちは普通に暮らしたらいけないのかな」
それは心の底からの叫び。
勝手に選抜され、勝手に連れて来られ、勝手に殺し合いをさせられる。それはすべて大人の勝手な都合。俺とルナは前世で数百年生きてきたからこそ、こんな場所でも平気でいられる。だがヘイズたちはたった十七年という短い人生を歩んできただけ。そんな未来ある若者たちを世界の為だとこんな場所へ駆り立てる。
「…ヘイズ、俺たちはこの同盟を組むとき決心したはずだ。この殺し合いを生き延びて、永遠と続いていた戦争に終止符を打つと」
赤の果実はこのエデンの園での反逆者の集い。
俺やルナだけではなく、ヘイズたちもその意見に賛同して同盟を組んでくれた。
「ノア君…」
「残酷な話だが…俺たちが普通に暮らすことはもう不可能だろう。けどな、これから生まれてくる子供たちに正しい道を歩ませることは出来る。その為には、俺たちがこの状況に耐えて、耐え抜いて、平和な世界を築き上げるんだ」
そして――殺し合いを鳥瞰するだけのゼルチュを地の底へ引きずり下ろす。俺とルナはノエルの一件でゼルチュが何かを企んでいることを確信している。救世主と教皇を選抜する裏で、ゼルチュがこのエデンの園を作り出した真の理由を俺たちは訝っていた。
「私からもノア君に全然関係ない質問をしてもいいかな?」
「別に構わないけど…?」
「ノア君って誰かを好きになったりしたことあるの?」
仕返しだと言わんばかりにとんでもないことを尋ねてきたヘイズ。
俺はどう答えたものかと少しの間、喉を唸らせて考え、
「…無いんじゃないか? 記憶喪失だから覚えていないだけかもしれないけど」
曖昧な答えを返した。
何せそのような類の記憶をすべて失っている以上、恋をしていたのかしていなかったのかなんて見当もつかない。だからこそ、そう答えるしか他ならなかった。
「私のことを聞いたんだから、ノア君も何か私に教えてくれないと対等じゃないよね…??」
「……いやだから記憶がなくて―――」
「そんな言い訳が通じると思ってるの? あんな尋問みたいに私が片思いしていることをばらして、ノア君の品性を疑ったんだけど?」
ヘイズはかなりお怒りのようで、額からやや血管が浮き出ている。それに気が付いた俺は死による恐怖ではなく、初めて感じる違う類の恐怖が肌に突き刺さり、最善の打開策を思案しようと試みた。
「ルナちゃんとはどうなの? 一緒の部屋で暮らしてるんでしょ?」
「いや、仲間だから」
「レインさんは?」
「…仲間だけど」
「ブライトちゃんは? ティアちゃんは?」
「……仲間だ」
女性の名前を並べられて、平凡な返答を返してその場をやり過ごすことにする。それでもヘイズは食い下がることがなかった。
「もしかして…ステラちゃん?」
「へ? わたしのこと呼んだ?」
「どうしてそうなったんだ…」
どうしてもこちらの弱みを握りたいらしい。
というよりも、そもそも俺の弱みなんてものは初代救世主だったという情報ぐらいしかないではないか。これをここで吐いてしまえば、弱みどころの騒ぎじゃなくなる。
「ねぇー! 答え何なのー!?」
丁度いいタイミングで空気の読めないステラが、先ほどのなぞなぞの答えに辿り着けず俺にその回答を求めてきた。俺はヘイズから逃げるようにして、ステラの方へと身体の向きを変える。
「自動車は何歳から乗れるでしょうか…という文を何度も読み上げてみろ」
「えー…自動車は何歳から乗れるでしょうか、自動車は何歳から乗れるでしょうか、自動車は何歳から乗れ――」
「何歳からでも乗れるが正解だよね? 誰も自動車は何歳から運転できる…なんて聞いてないから」
「お、おお…ヘイズさん正解だよ。さ、流石だなぁ…やっぱり頭が良い」
嘆賞の言葉を次々と並べても、ヘイズの表情はピクリとも動かない。
「で? 私との話は続いているよね?」
「……神よ」
その日――俺は初めてリベロがヘイズに反発しない理由を身に染みるほど理解した。
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