ノアはブライト過ごす
「確か、テニスコートに集合だったよな」
ブライトに『スポッチェ』まで呼び出された俺は、料金を支払って中へと入場し集合場所であるテニスコート前まで向かっていた。
「よいしょぉぉっ!」
「うりゃぁぁ!!」
「何だ…?」
目的地のテニスコートの方から気合の入った掛け声が聞こえてきたため、俺は角を曲った先にあるテニスコートを覗いてみると、
「ブライトと…誰だあいつ?」
ブライトがロン毛の男子生徒らしき人物と打ち合っていた。
その二人以外にも、コートの外で打ち合いを楽しそうに眺める金髪の女子生徒もいる。
「あのー、今女の子と打ち合っている相手はあなたの連れですか?」
「そうだよー。あなたはあの女の子の彼氏さんー?」
「いえ、ただの友人です。今日はテニスに付き合ってほしいと言われて来ただけで…」
俺が来たことに二人とも気が付いていない。
それほどまでに熱い戦いを繰り広げているようだ。
「あの子上手いよねー」
「あっちの彼も中々上手いと思います」
「あなたはどうして敬語なの?」
「…初対面でため口なんて使えませんよ」
ブライトのテニスにおいての実力は相当なものだというのに、互角に渡り合っているロン毛の男子生徒。ブライトの創造力が込められた殺人サーブも難なく打ち返しているではないか。表情からするに創造力が込められていることなど気が付いておらず、力技で無理やり返しているらしい。
「ちなみにお尋ねしますが…あなた方のクラスは?」
「Sクラスだよー」
「…ですよね」
何となく察してはいたが、やはりこの金髪の女子生徒とあのロン毛の男子生徒はSクラス。逆にあのサーブを馬鹿力で返せるような人物はどう考えてみてもSクラスしか思い当たらない。
「あなたとあの子のクラスは?」
「最底辺のZクラスですよ」
「Zクラスだったんだー。私はてっきりAクラスの子かと思ったよー」
隣で笑顔を保ち続けている彼女は妙にふわふわとしている天然女子。見た目だと抜けているように思えるが、Sクラスに所属しているだけあり、内側からは測り知れない創造力を感じ取れる。
(ブライトは息を切らしているのに…あいつはまったく息が切れていないな)
実力はほぼ互角、けれど疲労によってブライトが徐々に押され始めていた。普通に考えれば男子と女子の体力の差も関係あるのかもしれない。しかしいくらなんでもあのロン毛の男子生徒がまったく息を切らしていないのはおかしい。ブライトと同じぐらい全力で動き回って、全力で打ち返しているのに少しも疲れを見せないのだ。
「よいしょぉ!!!」
「あっ…!?」
ロン毛の男子生徒はブライトが立っている反対側にシュートボールを放ち、その打ち合いを終わらせた。そこでやっと二人とも俺の存在に気が付く。
「おう、お前の彼氏か?」
「ち、違うって!」
「ブライトは友人だよ」
「お、そうだったのか」
焦りを見せているブライトの代わりに俺がロン毛の彼にそう返答した。彼は「わりぃわりぃ」と平謝りしながら手に持っていたラケットをネットに立て掛ける。
「自己紹介が遅れちまった。オレの名は
「私は
「…俺はノアだ。それでこっちがブライト」
お互いに自己紹介をして、何故ブライトとグリードの二人が打ち合っていたのかを尋ねてみれば、
「久々にテニスがやりたくなってなー。ブラっとここへ来てみたら滅茶苦茶強そうなやつがいたからよぉ。オレから勝負を申し込んだんだ」
「突然声を掛けられたからビックリしたよ。新手のナンパかと思ったら『試合をしてくれ!』なんて言われてさ」
大体の経緯を説明してくれた。
ブライトはこの二人がいつの日か敵となるSクラスに所属していることを知っているのだろうか。…いや、表情から窺うにもはやそのようなことは微塵も考えていないかもしれない。
「ノアもグリードと打ち合ってみたら?」
「え? 俺は別に――」
「おう! やろうぜノア!」
こちらが断ろうとする前に、ラケットを無理やり手渡される。
あのグリードという男子生徒は自身が楽しいと感じることしか眼中にない。それが原因で周囲の話を聞いたりせず、すぐ行動に移そうとする空気が読めないタイプ。悪く言えばアホだ。
「よーし! 行くぜー!」
仕方がないのでラケットを構え、レシーブの態勢へと入る。
対してグリードはサーブの態勢に入ると、トスを真上に投げ、ラケットの中央の面でテニスボールを叩き、
「うおいしょぉ!!」
ブライトほどではないが、それなりに豪速球と言えるサーブを打ち込んできた。
(…ショートを狙うか)
俺はそれをネットギリギリを掠めながら、相手のコートの手前側にショートで打ち返す。
「うおっと危ないぜ…っ!」
全力疾走でそのボールを、俺の立っている位置とは逆側へ打ち返し、グリードはなんとか抵抗をした。
(ブライトと何度か試合をしたおかげで、大体感覚は掴めている…)
反対側へと打ち返されるテニスボールの元まですぐに駆け寄り、バックハンドでグリードの立っている逆側を突いて渾身の一撃を打ち込んだ。それをグリードは防ぐことが出来ず、そのままボールはコート内で一度だけ跳ね、壁に衝突した。
「くっそぉ…! 今のはいい球だったぜ!」
それから一時間ほど打ち合いは続く。
俺もグリードも一歩も退かない。ただただ攻めることだけを意識してラケットを振り抜き、矛と矛によるぶつかり合いとなっていた。
(…やっぱりグリードのやつ、疲れをまったく見せないな)
意識してグリードをコート内で振り回しているつもりだったが、いつまで経っても呼吸がぶれない。テニスコートに響く掛け声は、一時間前と変わらず大声だ。
「これで決めてやるぜ…!」
俺が高く上げたテニスボールに狙いを定め、グリードが大きくラケットを振りかぶる。
「…! おいグリード待て!」
明らかにグリードの手元に無茶苦茶な程の創造力が集っていたため、声を上げて止めようとしたのだが、
「くらえぇぇぇぇ!!!」
叫びながらラケットを振り下ろして、テニスボールをこちらへと打ち込んできた。
(あれがコートに打ち込まれたらヤバいな…!)
俺はすぐにそれをラケットで受け止める。
もはやこうなったら勝敗などは関係なかった。グリードのスマッシュボールは、いわば砲弾。創造力によって強化されにされたそのテニスボールは、コートに突き刺さりでもしたら辺りの地盤が崩壊してもおかしくないほどの威力。
(馬鹿力が…っ!!)
ラケットを振り上げてそれを阻止しようとしても、それ以上腕が上がらない。肉体のみの力では受け止めきれないことで、俺は身体全体に創造力を張り巡らせ、身体能力を大幅に向上させた。
「…もう少し手加減しろよ」
「おお…! わりぃな!」
何とかそれを受け止めきれたことで、床に落ちたテニスボールを手に取って、グリードに投げ渡してやる。よく見てみればグリードのラケットは持ち手から上がない。グリードによってかけられた負荷には、流石のラケットも耐えられなかったのだろう。
「ブライト、交代だ。今度はお前がグリードの相手をしてやれ」
「えぇ…まだ疲れてるんだけど…」
「来いよブライト! お前の全力はそんなもんなのか?」
「グリードくんー。私たちはもう行かないとだめだよー」
のほほんとしたアリタスがグリードに忠告をする。
彼はそれを聞くと「あ、やっべ!」と何か用事を思い出したようで、
「ノア、ブライト! オレ、用事があったわ! 悪いけどまた今度な!」
「いや…別に俺らはお前とテニスをやりたかったわけじゃ――」
俺の言葉を聞き終える前に、グリードはテニスコートから飛び出してどこかへと走り去ってしまう。そんな姿を俺とブライトは苦笑いを浮かべていると、
「ばいばいー。またどこかで会えるといいねー」
アリタスが俺たち二人に手を振りながらのんびりと歩いて、グリードの後を追っていった。
「変な人たちだったね」
「グリードたちはSクラスだからな」
「えっ!? Sクラスだったの!?」
「やっぱり気づいてなかったのか…」
ブライトは警戒すべき眼目をよく分かっていない。
今はBクラスのことだけ考えていればいいと思っているようだが、この先どう転んでもAクラスやSクラスと戦うことになる。可能ならば自身の手の内を公にせず、AクラスやSクラスの生徒と接してほしいところだが…。
(まぁ無理だよな。ブライトはただでさえ鈍いから)
「…もしかして、私のことをバカにしてない?」
「バカ
「バカ
「落ち着け。別に悪い意味じゃないんだ」
俺は詰め寄ってくるブライトをなだめながらも話を逸らそうと、別の話題を出すことにする。
「そんなことよりもだ。どうなんだ? 第一キャパシティの調子は」
「えっと…ちょっと待っててね…」
試しにブライトはテニスボールを拾いに行き、それを何度かバウンドさせながらこちらへと戻ってきた。
「やっぱり意識するとダメかな。どうしても物体を通して創造ができないよ」
ブライトの第一キャパシティは
それは単純に物質から物質へと創造力を伝わらせる技。言葉に表せば大した能力ではないのかもしれない。だがこの第一キャパシティは実際に使用してみると十分な性能を持っているのだ。
「なら得意のサーブを打ってみろ」
「うん。やってみる」
彼女は身体に染みついたサーブを普段通りに打つ。
無意識のうちにラケットからテニスボールへと創造力は伝導し、相手のコートへと飛んでいく際に、
「
ブライトがそう独白をすれば、テニスボールから短剣が一本だけ飛び出した。
(…遠隔で創造が可能になる、か)
本来であれば創造というのは創造力が通っている肉体からしか発動は不可能。だがブライトの伝導を上手く扱えば、創造力を別に物質に通わせ、例え離れた場所にあってもその物質から新たな創造が可能となる。先ほどのはテニスボールに彼女の創造力が通っていたことで、そこから創造力を消費して遠隔で短剣を創造していた。
「やっぱり無意識の感覚を掴むのは難しいよな」
「うん。少しでも意識しちゃうと全然だめで…」
ブライトは意識をしただけで第一キャパシティがまったく扱えなくなる。俺はそれを何とか直そうと、彼女が長年やってきたテニスを主軸に練習しさせようとしていたが、どうやら未だに感覚が掴めないらしい。
「……何度もサーブを打って、感覚を掴むしか方法がなさそうだな」
「なんか、部活の自主練みたいだね」
「テニスで救世主と教皇を決められたらどれだけ平和に終わることか…」
「あっ、それいいね」
そんな馬鹿げた理想を語りながら、俺はブライトのサーブを日が暮れるまで受け続けていた。
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