Jun Holiday
ノアはレインと過ごす
「どうして模擬戦闘システムをやってみたいんだ…?」
「…あれは実戦に限りなく近いでしょ。本番の戦いに強くなるには、何回も模擬戦を行うのが手っ取り早いから」
個別での特訓日。
レインの要望で、トレーニングルームへと訪れて模擬戦闘システムを使用することにした。俺はこのシステムに安全性の欠片もないので、可能ならば避けて通りたい道だったが、レインは引き下がる様子など見せない。
「危険だと思ったらすぐに退け。こんなところで死んだら一生笑いものだぞ」
「…分かってる。早く起動させて」
俺はステラが触れたというパネルをタッチして、模擬戦闘システムの項目を選択する。
「レベルはどうするんだ? Z~SSまであるぞ」
「…Bがいい」
「なるほど。これならBクラス程度の実力者が相手をしてくれそうだ」
俺はBというレベルを選択し、決定項目に触れた。
『模擬戦闘システム作動。模擬戦闘システム作動。各自、戦闘態勢に入ってください』
赤色のランプが辺りに点滅を繰り返し、あのカプセルががたがたと以前と同じように動き出す。俺はトレーニングルームの隅でレインの戦いを見守ることにした。
『レベルB、
「…センティピード?」
以前のような分かりやすい名詞ではない。明らかに何かしらの生物を表す英単語、俺はその意味を何とか思い出そうと壁に背を付け考えていれば、
「――アレはなに?」
レインがカプセルを見て、小声でそう呟いた。
何がいるのかとそのカプセル内へと視線を移してみれば、ぬらぬらとした巨体の生物と小さな粒のような生物が蠢いている。俺はそれを目にして、すぐにその正体を掴んだ。
「――
センティピード、意味はムカデという名詞。
その名の通り、カプセル内には巨大なムカデが這いずり回っている。Bクラスと同等の実力者はもはや人ではなく、巨大な蟲だった。おまけに小さな蟲たちも付き添いだ。
「レイン、来るぞ」
カプセルがゆっくりと開いた瞬間、まずは小さな蟲たちが床を這いながらレインへと接近をした。
「…燃やせばいい」
レインは足元にバケツに入ったガソリンを創造しすると、脚でその場に蹴り倒した。そして至って冷静に焼夷手榴弾を二つほど創造し、ガソリンの上に転がせて蟲たちを燃やし尽くす。扇状にその連鎖は続き、無数に思えた蟲たちはほんの数匹しかその場に生き残っていない。
「……問題はアレ」
生き残った蟲たちは辺りに散らばり逃亡する。
カプセルが完全に開けば、ついにあの巨大なムカデが牙を見せながら突進を仕掛けてきた。
「第一キャパシティ
(…もう使うのか)
「――
レインは第一キャパシティを発動し、辺りに霧を漂わせながら消えてしまう。彼女の第一キャパシティ
(…まさか、ここまで強力な第一キャパシティを覚えるなんてな)
本来A型は主に攻撃に特化した第一キャパシティを覚えるのだが、レインは攻撃だけでなく霧雨のように自分自身の様式を変化させ、回避や防御にも多用が可能な能力を覚えたのだ。これはかなり珍しいことで、俺もこの能力を見た時は正直驚いてしまった。
「…遅い」
レインはムカデの背中の上に乗り、刀を振り上げて力強く突き刺そうとする。
「――っ!?」
だがしかしそのムカデの皮は鋼のように丈夫だったことで、レインが手にしていた模擬刀の方が真っ二つに折れてしまった。ムカデはその場で暴れ回りつつ、レインへと噛みつこうと大口を開けながら迫りくる。
「第二キャパシティ…
レインは飛び退いて第二キャパシティを発動し、ムカデの身体全体を氷漬けにした。一旦態勢を整えようと、ムカデから距離を取りながら模擬刀をもう一度創造する。
「レイン、そいつの皮は創造破壊で貫ける。創造力抜きの一騎打ちをするつもりなら、今のうちに念仏でも唱えておけ」
「…悪いけど私は無宗教なの」
「そうか。それじゃあ一生救われないな」
「違う、私は救う立場。救われる立場じゃない」
彼女は俺にそう抗言すると、模擬刀の先端に創造力を集中させ大ムカデに飛び乗って、背中の皮をいとも簡単に貫いた。大ムカデは甲高い鳴き声をトレーニングルームに響き渡らせる。
(効いているな…)
絶対零度で凍らせている個所を狙ったことで、突き刺した一撃の損傷が大ムカデの致命傷となっているようだ。この有利な状況であれば、このまま押し切れるだろう。
「…このままケリをつける」
レインは大ムカデの頭部に向かって、模擬刀を振り抜いた。
「……?」
…が、その模擬刀は届かない。
レインの身体は大ムカデの横を通り過ぎ、そのまま床に倒れ込んでしまった。
「…あの蟲、神経毒でも持ってるのか」
その原因は先ほど散らばって逃げた数匹の蟲。よく見てみればレインの首元にあの蟲が一匹だけ張り付いているのが分かる。気が付かぬ間に神経毒を流し込まれていたようだ。
「レイン! 再生を使え!」
「……」
応答がない。
ということは意識を乱す神経毒の類のため、再生で治療は不可能。
「仕方ないか」
俺は手を叩いて、大ムカデの注意をこちらへと向けた。レインという獲物が完全に動けないことを知っていることからするに、あの小さな蟲と意思疎通が取れているに違いない。
(第二キャパシティを…使ってみるか)
あの小さな蟲をまとめて処理するには第二キャパシティが最適だと考えた俺は呼吸を整え、
「
トレーニングルーム全体に衝撃波を二度放った。
視界の隅で、小さな蟲が体液を飛び散らして死んでいく。大ムカデはそれに激怒したようで、勢いを付けてこちらへと突進を仕掛けてきた。
「…その程度か?」
俺はそれを左手で難なく受け止めて、右手に召喚した剣を顎から上に突き刺す。この衝撃操作という能力は、その名の通り衝撃を操ることが可能なもの。相手を吹き飛ばす際の衝撃を増加させたり、自身に加えられる衝撃を軽減させたりと便利な能力だ。大ムカデの突進はそれを利用して、衝撃を弱めたうえで受け止めている。
「お前は実験台になってもらうぞ」
この能力は俺自身が得たものではなく、仲間から受け継いだキャパシティ。記憶を失っているせいでその仲間の名は思い出せないが、とても大切な仲間だったような気がする。
「衝撃を、手元に集中させて…」
右手の中に衝撃を集中させて、一つの衝撃波の塊として象らせていく。
「…これをコイツの口の中に突っ込めば――」
そしてその塊を大ムカデの体内へと放り込んだ。
俺はすぐに倒れているレインを回収して、大ムカデから可能な限り距離を取った。
「――体内から破裂する」
大ムカデの体内に放り込まれた衝撃の塊は、すぐに解放され、四方八方に衝撃波が飛び散ることになる。いくら外側が硬くても、内側から強烈な衝撃波が加えられれば、
「恨むなよ」
大ムカデの身体は木端微塵に破裂をする。
辺りに体液や身体の欠片が舞うが、それらはすぐに光の塵へと変化をしていった。やはりこの大ムカデも創造力によって構成された創造物なのだろう。
「レイン、大丈夫か?」
「……何とか」
気合で再生を行ったようで、レインは頭を押さえながらその場に立ち上がる。
『模擬戦闘システム終了。模擬戦闘システム終了』
「…あれは卑怯」
模擬戦闘システムを無事に終えたが、いまいち模擬戦闘を行えていないレインは気に入らない様子だった。
「たかが小さな蟲だと気を抜いたお前が悪い。この場に俺がいなかったら間違いなくお前は死んでいたぞ」
「あのムカデとディザイア。何か関連性でもあるの?」
「それは知らんが…模擬戦闘システムはお前に気を抜くなとでも言いたかったんじゃないのか?」
「…余計なお世話」
レインは一言し、模擬刀をもう一度創造する。
「またやるのか?」
「…倒せるまでやる」
これは命がいくつあっても足りないな、と呆れながらも俺はパネルを操作し、今度はレベルをZにして模擬戦闘システムを発動してみた。
『模擬戦闘システム作動。模擬戦闘システム作動。各自、戦闘態勢に入ってください』
「安心しろ。今度はZクラスのレベルだ。お前と丁度互角ぐらいの相手が―――」
『レベルZ、
「……ドック?」
何か嫌な予感がしたため、目を凝らしながらカプセル内を見ていれば、
「わんっ!」
可愛らしい大型犬がレインに向かって走ってきた。
「…犬、だな」
レインは呆気に取られてしまい、犬に飛びかかられその場に押し倒される。
「……これがZ?」
その牙で噛みついてくるのかと思えば、特に攻撃らしきことは何もしないまま、レインの顔をただ舐めるだけだった。レインは抵抗する気も失せているようで、こちらに視線を向けながら不機嫌そうに尋ねてくる。
「そ、そうらしいな…」
「ふざけてるの?」
「俺に聞かれても…」
俺は片手に音の鳴るボールを創造し、何度か握って音を立てた。可愛らしい大型犬はそれに反応をして、こちらへと駆け寄ってくる。
「そら、取ってこい」
軽く投げてみれば、はしゃぎながらボールを取りに行った。そこら辺にいる犬と何ら変わりない。
「…これが模擬戦闘?」
「お前は顔を拭けよ」
犬の涎だらけになっているレインの顔を見て苦笑し、俺はタオルを彼女へと投げ渡す。
「…どうして犬なの? 私たちは犬一匹も殺せないと思われているってこと?」
「あぁ、そういうことだろうな。けど殺せないという意味は、俺たちZクラスが躊躇して殺せないという意味だ」
Zクラスの生徒は敵となる相手を殺す度胸なんてないと思われている。だからこそ無抵抗の犬のような愛おしいものをこのレベルで出現させ、慈悲を持たずして殺して見せろとでも言いたいのだろう。俺はその憶測をレインに話し、右手に注射器を創造する。
「俺からすれば一番相手にしにくいかもな…」
ボールを咥えながら戻ってきた犬の頭を撫でてやり、その場にしゃがみ込んだ。
「…殺すつもり?」
「殺さなきゃここから出られない。その為の汚れ役は俺が引き受けるよ」
大型犬の前足に注射を刺し、薬剤を投与する。
「…ごめんな」
何も悪いことはしていない。
だから、安楽死をさせるのがせめてもの優しさだ。俺はその犬が永遠の眠りにつくまで頭を撫で続け、気が付けば犬の身体は光の塵となって消えてしまっていた。
『模擬戦闘システム終了。模擬戦闘システム終了』
「何が模擬戦闘だ。反吐が出る」
レベルZはこれから選択しないことを心に決め、側で眺めていたレインに視線を向ける。
「犬が嫌いになったか?」
「…このシステムが嫌いになった」
「あぁ、俺もだ」
二人揃えて同じ意見を口にすると、小さなボールが転がりレインの靴に当たって音を立てた。
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