ノアはティアと過ごす
「ノア、次はあの店を見に行きましょう」
狐の面を被った不思議な存在にショッピングモールを連れ回される。こんな状況になっている理由は、買い物に付き合ってほしいとティアに頼まれたから。
「…かれこれ五店舗ぐらい回っているが、何も買わないのか?」
一時間以上も店を見て回っているというのに、ティアは商品を物色するだけで何かを購入することはなかった。『買い物に付き合ってほしい』という文からして、てっきり荷物持ちをさせられるのかと勝手に思っていたのだが…。
「そうですね。何を買うかは考えている最中なので」
「考えている最中って…何か買いたいものがあったから俺を呼んだんだろう?」
「いいえ、そういうわけではありませんよ」
特にこき使われることもなく、ただのティアの付き添いを務めているだけだった。俺は彼女の行動を理解が出来ないまま、次の店まで連れていかれる。
(…本当に、ショッピングモールも静かになったな)
ショッピングモールの人口密度はCクラスの生徒がほぼ殺されてしまったことで、殺し合い週間前よりもかなり減っていた。現在は人の声などまったく聞こえず、ほぼ俺とティアだけでショッピングモールを貸切っている状態に近い。
「…古本屋か。そういえばティアは本が好きだったよな」
「好きというよりは暇つぶしになるから読んでいるだけですよ」
古本屋へと入店すると、年老いた店主が新聞を読みながら無言でこちらへと注目した。古本屋へ訪れる生徒がさぞ珍しかったのだろう。
「ノアは本を読まないのですか?」
「読むよ」
「暇つぶしに?」
「いや、勝つために読むんだ。当時、現ノ世界はユメノ世界に対して知識でしか勝つしか方法がなかったからな」
「…? 当時とはどういう意味ですか?」
俺は口を滑らせたことに気が付き、平然を装いながら近くにあった一冊の歴史本を手に取って、
「…ってこの本に書いてあるから読んでみるといい。数千年前に起きたことすべてが記録されているぞ」
何とか誤魔化しながらその本をティアへと手渡した。
「そうですか。歴史はあまり得意分野ではないので、このような本を手に取ることはなかったですね」
「…ティアはどういうのを暇つぶしに読むんだ?」
「築き上げられたはずの人間関係が一瞬にして崩れてしまう…そんな内容の小説が好きです」
「そ、そうだったな。前に見せてもらった本も確かそんな感じの内容だった覚えがある」
狐の面で顔を隠し、常に敬語を扱い、そして好きな本の内容があまりにもバイオレンスなもの。ティアは個性の塊のような存在なのだと改めて実感させられる。そんな彼女は歴史本には興味がないようで、俺へとすぐに返却した。
「今思い出しましたが…あの話の続きを語らないまま、二ヶ月以上も経過していましたね」
「…四月の殺し合い週間に教えてくれたお前の過去のことか?」
「ええ、そうです。せっかくなのでここで続きを話してあげますよ」
ティアはこちらと視線を合わせることなく本棚に並べられているハードカバー製の本を一冊ずつ手に取りながら、あの時の話の続きを語り始めた。
「私の家族が焼け死んだ理由は…ナイトメアの襲撃が原因でした」
「…ナイトメアだって?」
「ええ、それも私は運が悪かった。何故なら私の故郷へ襲撃してきたのは『消えぬ炎』の異名を持つ…
「七つの大罪だって? それはSクラスの連中がやったということか?」
ティアは小さく頷く。七つの大罪がナイトメアに所属をしていたことなど初耳だ。俺は少々食い気味にその話を追求することにし、手に持っていた歴史本を元の本棚へと戻す。
「待ってくれ。なら七元徳はレーヴダウンに所属しているのか?」
「そうですよ。ナイトメアには七つの大罪が、レーヴダウンには七元徳がそれぞれ配下として加わり、戦争を繰り広げていましたから」
「…なるほど。だから七つの大罪と七元徳は世界的に有名だったんだな」
有名だったワケに納得をしたと同時に、あれほどの実力を兼ね備えている理由も密かに納得していた。実戦を何度も経験しているからこそ、このエデンの園で一切動じることなく殺し合い週間を乗り切ることが出来る。
「それじゃあ、四色の蓮と四色の孔雀は? もちろんいたんだろ?」
「ええ、いましたよ。七代目救世主様・四色の蓮・七元徳が現ノ世界の砦。そして七代目教皇・四色の孔雀・七つの大罪がユメノ世界の砦でしたから」
(四色の蓮と四色の孔雀は知っているが…俺たちの時代に七元徳と七つの大罪はいなかった、はず)
それの記憶が正確かと聞かれれば、もちろん答えはノーだ。
何度も言うようだが、俺とルナは記憶喪失。実はいました…なんてことも十分にあり得る。
「七元徳や七つの大罪はティアたちの幼少時代から姿を見せたのか?」
「おそらくそうだと思います。私が火災に見舞われたのは小学六年生の頃で、親伝いやニュースで何度か七元徳や七つの大罪という言葉も聞いていましたから…」
「やっぱり、おかしいな」
「…おかしい、とは?」
「Sクラスの連中はどこからどう見ても俺たちと同じ歳だ。それなのにティアが幼少期の時代から戦争に参加をしていたんだろう? あいつらは小学生の頃からレーヴダウンやナイトメアに所属していたとでもいうのか?」
ティアは「そういえば…」とおかしいことに気が付き、顎に手を付けてうつむいたまま黙考を始めた。物事の核心を突いたのではないのかとティアの回答をしばらく待つことにする。
「…いえ、七代目救世主様たちだって百年以上あの姿のままで戦っています。七元徳や七つの大罪も何か救世主様たちと同じ
辿り着いた結論はそれが当然だという考え。
ティアの返答からするに、レーヴダウンもナイトメアも永遠と戦わせるため
「長生きする力…か」
「ノア? どうしました?」
「いや、どうもその話が引っ掛かってな…」
脳裏に映し出されたのは、俺が初代救世主として、ルナが初代教皇としての最後の死闘を繰り広げた場所だ。火の海の中で倒れている俺たち二人に忍び寄る人物が一人。その人物が一体誰なのかまでは分からず、そこでその衝動は止まってしまう。
(この衝動も段々と頭痛を伴わなくなってきた。これは過去を思い出す前兆みたいなものなのか?)
「……大丈夫ですか?」
「あー…問題ない。話を変えて悪かったな。気にせず、ティアの話を聞かせてくれ」
心配をするティアに俺は恬然としてそう返答し、続きを話してもらおうと彼女へと会話の主導権をパスした。ティアは「ならいいですが…」と自身の過去について再び話を始める。
「ナイトメアの襲撃があった後…両親も弟も、私を一人残して逝ってしまいました」
「…弟もいたのか?」
「ええ、それもあなたにそっくりでしたよ」
狐の面の奥からこちらを覗く瞳には、僅かに懐かしむような、愛おしさのようなものを感じ取れた。俺がティアの弟と似ていることは初耳だったが、今まで妙に親しくしてきたことを踏まえれば納得がいく。
「…恨んでいるのか?」
「恨んでいるとは?」
「七つの大罪をだ。そこまでされたら恨むだろう?」
――両親と姉弟。
かけがえのない存在をナイトメアに殺されたとなれば、常に冷然と物事を対処するティアでも怒りで身を焦がしているに違いない。
「いいえ恨んでいませんよ」
しかし俺の予想とは裏腹にティアは否定をしながら、古本屋を出ていこうとする。
「…流石だな」
「ええそうですね。そこまで愚かではなありません」
「やっぱりお前は赤の果実で一番柔軟に対応が―――」
「ただ」
俺はティアの称賛しつつ後を付いていこうとすると、ティアが一言述べてからこちらを振り返り、
「――殺してやりたいとは思っています」
確かな殺意を込めて、小さく呟いた。
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