3:9 救世主と教皇は途方に暮れる
「待ってください…! 参加不可というのはどういうことですか!?」
「そのままの意味よー。上からの指示で、Zクラスのみ今月の殺し合い週間は無しになったのー」
「俺が聞いているのはそういうことじゃありません! なぜZクラスだけが、しかもこのタイミングで、殺し合い週間を無くしたのかを聞いているんです!」
ノアは席を立ちあがり、声を荒げながらウィッチへと問いただす。ルナは彼を止めようと手を伸ばしたが、そのあまりの必死さに止められずにいた。
「私も知らないわよー。参加しない分のチップはちゃんと補給してくれるし問題ないでしょー?」
「そんなことどうだっていいんです! Zクラスだけ省く理由を教えてください…! 俺たちが納得できるように―――」
「とにかくー! 今月の殺し合い週間中に校舎へ立ち入ることは許されないわー。あなたたちは自室で時間を潰すか、外出でもして時間を潰していなさいー。連絡は以上よー」
「…っ! 待ってください!」
ウィッチは話を無理やり終わらせ、教室から出ていくとノアもその後を追いかける。教室内に一瞬だけ静寂に包まれたが、誰かが席を立つとその静寂さはすぐに生徒の声によってかき消された。
「…ノア」
ルナが教室を出て行ったノアのことを心配していれば、周囲には赤の果実のメンバーが集まる。
「ねぇねぇ、どうしてあいつはあんなに必死だったの? 今月の殺し合い週間が無しになったのなら普通喜べるでしょ?」
「…ステラちゃん。確かに私たちは今日から三か月間も安全に生き延びられるよ」
「そうでしょ? ならどうして――」
「…Cクラスはどうするの?」
「あっ……」
ノアがあそこまで声を荒げて訴えていたワケ。
それは協定を結んだCクラスだけを殺し合いへと参加させることになるから。Bクラスを相手にするには赤の果実の力が確実に必要だ。それを前提に立てていた作戦も、あのウィッチの一言ですべて崩壊した。
「ウィッチ先生…!」
「…しつこわいねー」
ノアは廊下を走ってウィッチに追いつく。
ウィッチは少々面倒くさそうな表情をしながら、背後を振り返った。
「俺たちだけでも参加は出来ないんですか…!? それぐらいならウィッチ先生から上に言えば――」
「無理よ。これはもう決定事項なの。私が今更どうこう言っても手遅れ」
「なら俺が説得をする…! ゼルチュさんの元まで案内をしてくれ!」
「…ノア、もう遅いのよ。例えあなたがどれだけ未知数の力を持っていても、殺し合いに参加できる権利を失ってしまえば小動物と一緒。可愛がられるだけの存在になるの」
彼女はそんなノアの頭を愛でて、背を向ける。
「その力に物を言わせようとするのはやめておきなさいー。これはゼルチュからじゃなく、
ノアはそのまま去っていくウィッチの後姿を見送ることしかできない。これでもうどうしようもなくなる。彼の頭の中には今月の殺し合い週間に参加をするための打開策が何一つ思いつかなかった。
「あ、戻ってきたよ」
「…どうだったんだ?」
ノアがとぼとぼと教室に戻ってくる。
そして、その結果を伝えるかのようにルナたちの前で首を横に振った。
「ノア、どうするんですか?」
「こればかりはどうしようもない。無理やり殺し合い週間に参加をすれば、確実にアニマとペルソナが襲い掛かってくる。だからといって穏便な話し合いも通じない」
「Cクラスは…どうなるの?」
ブライトの質問に、誰も口を開けない答えは出ている。ただその答えはあまりにも重すぎる現実。それを言葉として表すことに、その場にいる者たち全員が躊躇をしているようだ。
「――全員殺される」
レインの哀調を帯びた声がノアたちの胸に響く。
「どうにか、ならないのかな?」
「私もノアと同じくどうしようもないと思う」
「ノアとルナがお手上げなら…俺たちに出来ることは何もないな」
戦いに参加ができなければ、勝利や敗北などの結果も与えられない。
それは真っ向勝負で敗北することよりも屈辱的だ。
「おはよう。そんなに暗い顔をしてどうしたんだい?」
「もうすぐ殺し合い週間だぜ? もう少しシャキッとしろよ」
追い討ちをかけるように、最悪なタイミングでブレイズとフリーズがZクラスの教室までやってくる。ブライトたちは気まずそうに視線を逸らしていたが、ノアとルナだけはしっかりとフリーズたちと向かい合う。
「フリーズ、ブレイズ…話があるんだ」
「ああ作戦の事か? それならもう一度ぐらいちゃんと確認をして―――」
「違う。今月の殺し合い週間についてだ」
ブレイズとフリーズはノアたちの態度に当惑していた。
自分たちに一体何を隠しているのか、二人はノアたちに「どうしたんだ…?」と審問する。
「…俺たちは、参加が出来なくなった」
「……は?」
「それはどういうことだい? ボクたちはそんな話聞いてないよ?」
「さっき、私たちZクラスに向けてウィッチさんがそう言ったんだ。今月の殺し合い週間にZクラスは参加不可だって…」
ノアとルナはその事象を二人に縷説した。
フリーズたちの内面は、その発言によって惑乱され表情が険しくなる。
「…大丈夫だ。心配するな」
「何を言ってるの? 私たちもいないのに、Bクラスを相手にして大丈夫なわけが…」
「ボクたちだって伊達に修羅場を潜ってきていない。この程度で負けを確信していたら、この先やっていけないさ」
彼らは苦しいはずなのに気丈に振る舞う。
赤の果実のメンバーたちは逆に鼓吹させられたことで、二人の顔を見て苦笑するしかなかった。憐れむことはフリーズとブレイズに対しての負けを表すからだ。
「君たちはボクたちが帰ってくるまで、メンバーたちを鍛えていればいいよ」
「帰ってきたらオレたちが力試しに相手になってやるからな。ガッカリさせない程度に実力をつけておくんだぞ?」
(それ死亡フラグだと思うんだけど…)
ルナは心の中でそう独白する。
他の者たちは彼ら二人に向ける眼差しの中に、僅かに平謝りする詫びの感情が込められていた。フリーズとブレイズはそんなノアたちの前で、決して弱気にはならない。
「取り敢えずボクたちはZクラスの教室に移動をした後、防衛線を張って生き残ることだけを考えることにするよ」
「ああ、その方がいい。下手な交戦は避けろ。あいつらの力量は俺たちでもまだ測り切れていないからな」
――梅雨を予期する俄雨。
彼らを鼓舞するか、嗤笑するか、窓の外では大きな雨粒がいくつも降り注いでいた。
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