3:8 救世主はウィッチに告げられる
「後三日で殺し合い週間か…」
「あんまり無理をしちゃだめだよ~? またこの前みたいに失神されたら、私がたまったもんじゃないからね~」
「…悪い。お前が俺の心配をしてくれても素直に喜べない」
「『あー…喜べない俺は感情を失ってしまったのか』…とか思ってるんでしょ~!」
「おかしいんだよなぁ、ちゃんと殺意は芽生えるんだけど…」
毎日毎日鍛錬の日々。それはあっという間に時間を奪い去る。今月は先月のような悲劇を生まないために、ルナが俺を無理やりにでも休ませていた。
「とにかく~! ちゃんと自分の身体には気を遣ってよ~!?」
「あぁ、分かっている」
「その返事を聞いたのはこれで十三回目だからね~?」
「まだやり残していることが」と言って、ベッドから起き上がろうとすることが多々あるのだが、その度にルナによって何度かそれを阻止される。ノエルの世話はルナが基本的に行っているが、「ノエルちゃんよりノアの方が面倒」とこの前ハッキリ言われてしまうほどだ。
「おはよー」
「ライトちゃんにウィザードくんおっは~」
「…おはよう」
教室にブライトとウィザードが二人で顔を出す。
一週間ほど前にあったヴィルタスとの一件以来、ウィザードはブライトと共に登校と下校をすることが多くなった。仲が良いのか、それともそれなりに
「二人とも仲良いよね~!」
「「そうかな(そうか)?」」
「ほら~! 息もピッタリだし~!」
ルナにそう言われると、二人は顔を見合わせて首を傾げる。
救世主側の人間と教皇側の人間がここまで仲良くしている光景はやはり珍しいことだが、これこそノアとルナが望んでいるもの。ルナと満面の笑みで二人を見つめ、俺は頬杖を突きながら微笑していた。
「うぃーす」
次に顔を出したのはリベロとヘイズ。
眠そうに欠伸をしているリベロとは他所に、ヘイズは頗る調子が良さそうに見えた。
「ノア君たちっていつも来るのが早いよね」
「早寝早起きは得意だからな」
この組み合わせも救世主と教皇。
リベロとヘイズだけは他の者たちと違って、俺たちのように入学式の日から仲が良い。
「そういえばさ~? ヘイズちゃんとベロくんってこのエデンの園に来てから仲が良かったよね~」
「私とリベロは昔からの
「え? 幼馴染だったの?」
その意外な関係性に俺たちは驚きを隠せず、口を開けたままにしてしまう。
「おー? そうだったかー?」
「へぇー、リベロのせいで私がご近所さんに怒られたこと…まさか覚えていないわけじゃないよね?」
「冗談だってー! 冗談! あの時は悪かったなーと反省してるぜ!」
随分とやり取りがスムーズだと感じていたのはその為か、と俺はその二人の真実に納得をした。リベロをやけに気に掛けるヘイズは、昔からお調子者のリベロのストッパーとなっていたから。その場にいる俺だけでなく、ルナやブライトたちも頷きながら同じことを考えているようだ。
「…でも、リベロとヘイズは住んでいる世界が違うんだよな? それで幼馴染っていうのは…」
ウィザードが二人にそんな質問する。言われてみれば住んでいる世界が違うというのに、昔からの幼馴染という関係は一般的に考えてあり得ないことだ。
「オレの両親が子供の頃に離婚してさー? それで現ノ世界からユメノ世界に引っ越したってわけ」
「いや、離婚したから引っ越したという意味が分からないんだが…?」
「何て説明すればいいのかな…? リベロの父親がユメノ世界出身で、母親が現ノ世界出身だったんだけどね。レーヴ・ダウンがリベロの父親を現ノ世界から追放したから…」
「そうそう、オレの親父はさー? 出身を偽ってたんだよなー。お袋はそれを知ってて結婚してたらしいけどー。オレはそんなこと知らなかったし、突然親父と現ノ世界から追放されて驚いたぜー」
何の痛手もない軽い過去話のようにリベロは話しているが、それはかなり苦しい過去だ。戦争が原因が故に、愛する人と無理やり別れさせられる。リベロの両親はきっと今も悲しみを背負っているに違いない。
「…そうだったのか。変なことを聞いて悪かった」
「おいおい、オレの辛い過去みたいに話すなよー」
「えっ? でも、リベロはあの時―――」
「はいはいこの話は完結完結。とにかくオレとヘイズはこのエデンの園で、数年ぶりの再会をしたってわけだ」
ヘイズが何かを言いかける。
けれどリベロは過去話を隠したいのか声を上げて、話をそこで半ば無理やりに中断した。
「へぇ~。だからベロくんとヘイズちゃんは仲が良かったんだね~」
「ヘイズはさー。たまにオレの本名を言いかけるんだよな。やめてほしいぜー」
「リベロだってネームじゃなくて、本名で私のことを呼んだことあるんだから変わらないでしょ?」
(…なるほど。お互いに外の世界で知り合っていると、そんな欠点が生まれるんだな)
リベロやヘイズのように信頼関係を築き上げている幼馴染ならば問題はない。だがもしこの二人の信頼関係があやふやなものだったら…。それを想像しただけで恐ろしい。
(このペアは教皇側と救世主側の隔たりを中和しているが…残りのメンバーは…)
「おはようございます。今日もお早い集まりですね」
「あ、おはようティア」
まずはティア。
彼女は同じ救世主側のメンバーとはそれなりに仲良くしている…が、教皇側のメンバーとは誰一人として打ち解けていない。彼女自身がそれを避けているようも見える。
「…どうしましたノア? 私の顔に何か付いていますか?」
「あー…狐の面が付いているな」
「ノア。そういう冗談は私と二人きりの時に言ってもらえますか」
第一殺し合い週間で、ティアは火災で家と家族を失ったと俺に話した。そういえばそれ以降の続きをまだ話してもらっていない。それを聞けば間違いなく品性を疑われる。だがしかし、それを聞かなければティアは一生心を開いてくれない。
「お、おはよ…」
「…来たかグラヴィス」
「みんな何を話してたの?」
「あ、やっほ~ファルサちゃん!」
グラヴィスとファルサ。
この二人もまた救世主側のメンバーと打ち解け合えていない。グラヴィスはつい最近、自分で話すようにはなったが、ウィザードやルナのフォローがあってこそのもの。ファルサに至っては、救世主側の人間と深く関わりを持とうとはしていないようだ。
「…」
「おおー。前に丸裸になっ――」
「リベロ?」
「何でもないぜー」
そんな中で飛び抜けて問題なのはレイン。
彼女は自分が救世主になること以外に興味がない。そもそもレインは俺からあらゆる戦闘知識を教えてもらうという条件下で、同盟に参加をしている。仲間との日常的なコミュニケーションなど不要と考えているのだろう。
「…何を見ているの?」
「お前はもう少し愛想よく出来ないのか?」
「…私がなりたいのは道化師じゃなくて救世主。愛想なんていらない」
Bクラスとの交戦の組み分けは相手が一人に対して、救世主側の人間一人、教皇側の人間一人、という構成にしてある。互いの短所を補うためにこのような構成にしたはずが、信頼関係を築けていないのでは話にならない。
「ほらー、今日は
ウィッチが教室に姿を見せれば、レインたちも自分の席へと戻っていく。ウィッチは全員が席に着くことを確認し、出席簿を片手に話を始めた。
「今から三点連絡をするわー。本当に大事な連絡だからちゃんと聞いておきなさいよー」
ここまで念を押して注意をするウィッチを見るのは初めてだ。
余程大切な話なのだろう、とこのZクラスの生徒は何となく察していた。
「まず一つ目よー。来月のどこかで七代目の救世主様と教皇様がこのエデンの園に来てくれるわー」
「え、えぇ!? 救世主様が来るんですか!?」
「…ウィッチ先生、それは本当なんですね?」
ブライトが声を上げ、ヴィルタスは冷静に真実かどうかをウィッチに問いかける。レインの様子を確認してみると、目を細めその連絡に興味を示しているようだった。
「本当よー。次の八代目になる救世主と教皇の候補生に特別授業をしてくれるらしいわー」
「特別授業って…何ですか?」
「さぁ? 私もそこまでは聞いてないから分からないわよー。多分座学かなんかじゃない?」
来月に七代目の救世主と教皇が拝める。
それは俺やルナからしてもありがたいことだ。
「ちなみにその都合で来月と再来月の七月、八月は
(…殺し合い週間が無しになるだって? 夏休みのつもりか?)
クラス内では密かに喜ぶものや、舌打ちをするものなどで溢れかえる。しかし俺は無しになることに対して、不信感を抱いていた。
「次に二点目ー。これも来月の話になるけど、あなたたちの親族と面会をする時間が作られたわー」
この連絡で一斉に教室内がどよめく。
親族と面会をする時間。それは当たり前のことだが両親を含め、友人と顔を合わせられるということ。俺とルナは記憶を失っているうえ、転生をしてきた身のため、その面会というものは全く意味をなさない。
「面会って…どうやるんですか?」
「このエデンの園に来てもらうのよー。面会場所はもちろんこの校舎でねー」
(…ブライトたちの親族にも会えるかもしれないな)
「あとこれはどうでもいいと思うけどー。夏祭りを開催するらしいわー」
「夏祭りを開く場所って…殺し合いをしているエデンの園、ですよね?」
「当たり前じゃないー。これを開くことばかりは私も理解できないわー」
これを決めたのは創始者のゼルチュ。
一体どんな意図があってこんなことを考えたのか。
「最後の三点目よー。これが一番重要かもしれないわねー」
最後に残された連絡。
今までのも十分に重要だったと思うが…。
「今月の殺し合い週間についてなんだけどー……」
ウィッチは、そう述べると一息つく。やけに彼女の表情が深刻そうなものへと変わっている。俺はそこまで重大な連絡をするつもりなのかとウィッチの顔を眺めていれば、
「――Zクラスは参加不可となったわ」
俺の目を見つめ、一言一句、間違いなくそう告げた。
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