3:7 赤の果実はノエルと出会う
「…これはどういうことですか?」
第三殺し合い週間が始まるまで残り一週間が切っている。そんな時間がない状態で、ルナとノアはノエルのいる部屋で赤の果実のメンバーたちの前に正座をさせられていた。
「どうしてパパとママは正座をしてるの?」
ノエルがノアとルナの顔を覗き込む。
何があったのか…もう既に察していると思う。
「違うんだ。あれはおままごとに付き合っていただけで…」
「酷い…! ルナとの関係はおままごと程度だったの!?」
「ノア君、最低だよ」
「あー、死にてぇ…」
今日はノアの部屋で作戦会議をしようという予定が入っており、レインたちがノアの部屋へと訪れたのだが、
「離婚ってどういうことだよー? お前ら結婚してたのかー?」
そのタイミングは、離婚話をしているという演技の最中。何故そんな演技をしなければならないのかと文句の一つでも言いたかったが、ノエルに「お願い」と頼まれてしまえば、二人も断ろうにも断れない。その結果、ノアが離婚協議書をルナに見せ、それを見せられたルナが涙を流し抗議する…というシチュエーションになった。
「違うって~! 私たちは本当におままごとをやっていただけで―――」
「…それならこの子はどう説明をするつもりだ? お前たち二人のことをパパとママと呼んでいるんだぞ?」
「僕たちと会った時にはもうルナさんは…妊娠、してたの?」
「私は産んでなぁぁい!!」
「大丈夫だよ! 私たちはルナちゃんの味方だから!」
ファルサに慰められるルナは、がっくしと肩を落とす。
その一方でノアは救世主側のブライトたちからお叱りを受けていた。
「あの、話を聞いてくれ。ノエルはこの孤島の裏で見つけて、俺とルナで保護をしただけだ。断じて結婚なんてしていない」
「じゃあこの離婚協議書は何なの!?」
「それは、あれだ。ノエルの為に本格的なおままごとをやろうとして、創造したもので…」
「規則にはそのような行為を禁ずることなど書かれていませんが、あまりにも淫らなことはしないでください」
「してねぇよ! じゃあ何だ!? 証拠はあるのか証拠は!?」
「…では、これは何ですか?」
ティアは部屋の棚から何かを手に取って、ノアの前に突き出す。
「おまっ…それ…」
これが証拠と言わんばかりに、ティアが見せてきたものは避妊具。ノアはもちろんそんなものを創造した覚えは一切ない。
「…これを上手く扱えなかったノアのせいでルナはこの子を産んでしまった」
「私は産んでないってー!!」
「この子が産まれることを、ノアは望んでいない。だから離婚をしようとした…そうでしょう、ノア?」
ノアは思い出した。
ティアと四月の休日に出掛けた際、読んでいた本の内容。それは恋愛沙汰のドロドロの修羅場が主体のものだった。ノアはそれらを踏まえて、ティアがこの避妊具を創り出し嵌めようとしていることに気が付き、
「ティア…! これお前が自分で創造しただろ――」
そう言いかけた。
だが、背後から感じる怒りと殺意を感じ取り、言葉を止めてゆっくりと振り返る。
「…ノア、さいっあく」
「……見損なった」
「ノア君、死んだ方がいいよ」
まるでゴミを見るかのような視線を送られたノアは「人生が終わった」という錯覚に陥り消沈した。
「へっ!? ちょっと、しっかりしてよ~! 私を一人にしないで~!」
「ノア、何とか言ったらどうだ? ルナを一人にするつもりか?」
「そういう意味じゃなぁぁぁぁい!!」
三十分後…
「はぁ…酷い目にあった」
「本当だよ~。どうしてみんな信じてくれないの~?」
「…ごめん、普通にあり得そうだったから」
ブライトが苦笑いをしながら、ノアとルナの二人に謝罪をする。
「ティア、お前のせいで余計にややこしくなったんだぞ?」
「私は弁護士役としておままごとに参加しただけです。最初からそんなことだろうとは気が付いていましたよ」
「だったら、現実の俺の弁護をしろよなぁ…?」
「ベロくんも本当は気が付いていたんでしょ~?」
「さぁなー? オレはそういうのよく分かんねーからなー」
必死に違うと否定をし、ノエルの口から直接「おままごとだった」と聞いて、レインたちはやっと落ち着いてくれた。全員が安堵をしているわけでもなく、リベロとティアだけは茶番だということに最初から気が付いていたようで、クスクスと笑っていた。
「ノアお兄ちゃん、ルナお姉ちゃん。この人たちは誰なの…?」
ノエルが二人の背後に隠れ、顔を覗かせながらそう尋ねる。
「俺たちの仲間だよ。みんな優しい人たちだから安心してくれ」
「わたしのことを…救ってくれる人?」
「うん~。事情を説明したら守ってくれるよ~」
「…事情? その子は一体何者なの?」
レインの問いに対して、ノアとルナはノエルとの出会い、ゼルチュたちに狙われていること諸々メンバーに説明をした。それを聞いたレインたちは、「なるほど…」と納得する。
「…ゼルチュがノエルを狙っていたの?」
「あぁ、俺とルナはノエルがゼルチュたちを怖がっていたから守ったんだが…。それがどうかしたのか?」
「…関係ないかもしれないけど、ゼルチュについて少し気になっていたことがある」
「気になっていたこと~?」
レインはジュエルペイに一枚の画像を表示させて、ノアたちへと見せた。
「…この人は?」
「私たちが産まれる前に、レーヴ・ダウンに所属していた最高指揮官の写真」
その写真に映し出されていたのは短い銀髪を持つ若い男性。
髪型はともかく顔つきはどことなくゼルチュに似ているようだ。
「待ってください…! レイン、その写真をなぜ持っているのです!?」
「…? 写真を持っていることが悪いのか?」
何がおかしいのかティアが珍しく驚いているため、ノアはティアに何故そこまで声を荒げているのかを問いかける。するとティアだけでなく、ブライト、ヘイズも深刻そうな表情でレインを見つめていた。
「…そういえば、ノアは記憶喪失でしたね」
「あぁ、悪いんだが説明をしてくれるととても助かる」
ノアが記憶を失っていることをティアは思い出し、分かりやすく続けてこう説明をする。
「レーヴ・ダウンに関する情報はすべて機密事項となっているんです。私たち一般市民はレーヴ・ダウンについて何一つ知ることが出来ません」
「それはどうして?」
「ナイトメアに情報を送らないためです。一般市民がもし機密事項を知っていれば、ナイトメアは片っ端に現ノ世界の人間を攫い、拷問をして吐かせるでしょう」
「ならお前たちはレーヴ・ダウンの内部情勢について何も知らないのか?」
「うん。私たちはレーヴ・ダウンが生活を守ってくれていることぐらいしか知らないよ」
「それなのにレインは内部情報を、しかも最高指揮官の写真を所持している。これは外の世界であれば、処罰を受けてもおかしくないことなんです」
ノアたちはレインへと視線を向けた。
簡単に手に入るものではないことは分かったが、何故それを今持っているのか。というよりもどうしてこのタイミングで出してきたのか。ノアだけでなく、他の者たちも疑問を抱いていた。
「…レイン、お前は何者だ?」
「……私には兄がいるから」
「兄がいるからって~? それとその写真に何の関係が…」
「――私の兄は七代目救世主。現ノ世界を守る、選ばれた者」
レインの言葉に全員が沈黙をする。兄がいることにも驚いたというのに、その兄が七代目の救世主。要はほぼ現役の救世主だということだ。ノアとルナはブライトたちよりアホ面を浮かべて、呆然としてしまう。
「…レインの兄が、七代目の救世主様、なんですか?」
「そう。この写真はここへ来る前、兄が私に渡してくれたデータチップに入っていたもの」
「…うそ、でしょ?」
ノアもルナも声が出せなかった。
こんな近くに、この時代の救世主の妹がいるとは予測も出来なかったからだ。
「…ジュエルペイのデータチップを抜き取れることを聞いたから、自分でやってみた」
「…ま、待ってよ! レインさんの兄はあの『光速の救世主』…なの?」
「確かそう呼ばれていたはず」
「……」
「ファルサちゃん~? どうしたの~?」
「…え? う、ううん何でもないよ」
ファルサが一瞬だけレインに良からぬ視線を飛ばしていたことに気が付いたルナは、大丈夫かと声を掛ける。彼女は少しだけ動揺をしていたが、普段通りの笑顔をルナに振りまいた。
「驚いたぜー。丸裸になった女の兄貴が七代目の救世主だなんてよー?」
「リベロぉ…?」
「ははっ、冗談だって冗談だヘイズ!」
リベロがレインをからかうと、ヘイズが彼の肩に手を置いて、鬼のような形相を向けた。リベロは乾いた笑い声を上げながら、ヘイズから後退りをする。
「…でも、私と兄は血が繋がっていない。兄の元で世話を受けていただけ」
「お前が意地でも救世主になりたかったのはこれが理由か?」
「……」
ノアの質問に対して、レインはだんまりとしているだけ。
違うのか、それともまだ言えない秘密でもあるのか。どちらにせよ今この場でレインの兄についての話をするのは、お門違いだとノアは考え、話を戻すことにした。
「ゼルチュの話に戻そう。それでレインはこの写真の何が気になったんだ?」
「…私の兄は何も言わず、これを渡してくれた。この写真に何の意味があるのかを知りたい」
「顔はゼルチュに似ているが…」
「だけど日付からするに、今から一千年前の写真だよね~? どう考えてもこの時代にゼルチュが生きているとは思えないし~…祖先とかかな~?」
(いや、何かあるんだ。それは分かるのに、言葉が出てこない)
ウィザードとルナの考察に対しての反論の言葉。
ノアは確かな根拠があるのに、記憶喪失の影響か言葉が出ずに喉を詰まらせてしまう。
「…あなたなら何か知っているんでしょ?」
レインがノエルへと視線を移して、そう聞いた。
「……!」
「レイン、ノエルが怖がっている。これ以上聞くのはやめろ」
「…でも」
「でもじゃない。今はこんな話をしている場合じゃないはずだ」
ノエルが怖がっているのを見たノアは、一早くこの話を終わらせるためにレインを無理やり黙らせる。レインは納得がいかない顔をしながら、ジュエルペイの画面を暗転させすぐ近くの壁に背を付けた。
「ともあれ、ノエルは悪いやつじゃない。お前たちも仲良くしてやってくれ」
ノエルと赤の果実が初めての出会ったその日。
錆びていたはずの歯車は回り始めた。
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