3:10 第三殺し合い週間 『傍観』

「…? 見送りに来てくれたのかい?」

「まぁね~」


 第三殺し合い週間が始まる二時間前。

 俺とルナはレインとリベロを連れて、フリーズとブレイズがやってくるのを正門前で待っていた。


「受験前の応援団みたいなものだぜー」

「加護でも与えてくれるのなら喜んで応援を受けてやるぞ?」

「俺たちが加護を与えれるのならとっくに与えている」

「それじゃあ本当に応援をしに来ただけ…?」

「…悪い?」

  

 応援をするために出向いてきたことを知った二人は俺たちを嘲笑する。フリーズたちがこれから行うのは命を懸けた殺し合い。それを応援しに来たのだから、笑いが込み上げてもおかしくはない。 


「ボクたちは生き残る。君たちにそう言っただろう?」

「そう…だったな。見送りは余計なお世話だったか」

「当たり前だっつの。オレたちの心配よりもお前らは自分たちの心配をしろ。お前たちにもやるべきことがあるんだからよ」

「ところで…君たち二人がボクたちを見送りに来るのは分かるけど、どうしてそこの二人まで?」


 フリーズはレインとリベロに視線を送りながら、こちらに尋ねてくる。


「…私は特に理由はない」

「オレは外の空気が吸いたかったからだぜー。どうせ暇だし付いていってやろうかなーって思っただけだ」 


 フリーズはレインの返答に唖然とし、ブレイズはリベロの返答に小癪なヤツだと鼻で笑った。けれどルナと俺はこの二人が本当はそんな理由で付いてきたわけじゃないことを知っている。


(レインとフリーズは一度でも本気で戦った仲だ。それにリベロもブレイズとはそれなりに関係を築いているとヘイズから聞いているしな)


 レインとフリーズは言葉にしないものの、お互いに実力を認め合っている。ブレイズとリベロも共にゲームをしたりして遊んでいると、二人はヘイズから話を聞いていた。自分たちの知らない場所で、関係を築いている。俺とルナはそれを決して悪いことだとは思わず、むしろクラスによる隔たりを無くす良いことだと考えていた。


「お前は勝手にオレの買ったゲームを進めんじゃねぇぞ」

「はいはいー。お前がもし死んだら、火葬するとき一緒に燃やしておいてやるからなー」

「…レイン。この一週間で君がどれだけ強くなれるのかを楽しみにしているよ」

「…今は他人のことより自分のこと、でしょ? 」 

「ははっ、そうだったね」  


 彼らは握手も別れの言葉も交わさず、正門から校庭へと入っていく。

 レインとリベロはそんな二人の背中を見送りながら、 


「んじゃ、眠いからもう帰ろうぜー」

「…私もそれに賛成」


 俺たちと共に寮へと戻ることにした。

 二人はフリーズたちが生き残るのは当然だと思っているからこそ、大した会話もしなかったのだ。俺とルナはそんな二人に生き残れる可能性が少ないなどと口出しは出来ない。


「あ…鐘が鳴ったね~」


 俺たちが街灯に照らされた道を歩いていれば、本校舎がある方角からあの狂った鐘の音を耳に入る。今まで校舎内で聞いていた鐘の音を外で聞いてみると、複雑な心情になってしまう。


「フリーズたちの言う通り、俺たちはやれることをやろう。今はそれしかない」


 Zクラスのみ、平日と変わらない一週間がその日から始まった。俺とルナが赤の果実のメンバーたちを鍛える日々が一日目、二日目、三日目…と過ぎていく。本校舎にあるトレーニングルームは使用不可なため、殺し合い週間のおかげで人目を気にする必要がなくなった公園で行っていた。


「また聞こえたね~」

「…そうだな」


 だが集中しなければならないのに、脳裏にCクラスの存亡が過る。


「…ノアお兄ちゃん、あっちから変な音がするよ?」

「気にするなノエル。きっとお祭りでもやっているんだ」

  

 忘れたくても本校舎から聞こえてくる、それのせいで嫌でも思い出してしまう。爆破音が鳴り止まぬ日々が五日ほど続いていたが、六日目に入ると嵐が通り過ぎたかのように物音一つすら聞こえてこなくなった。


「…ルナ、中の様子はどうだ?」

「ダメみたい。相変わらず妨害をされて能力じゃ見えないよ」


 ルナが第一キャパシティで校舎内の様子を覗けないかと試してみても、障壁のようなものによって阻まれているせいでぼやけてまったく視認できないらしい。


「一体どうなったんだ…」


 たまに校舎の前を通って中の様子を遠目で確認しようともしたが、窓ガラスに何か加工でもされているのか外側からは見られないようになっている。ならばとグラヴィスに監視カメラのハッキングを試せないかとも相談をしてみても、ファイヤーウォールが現ノ世界で使用されている最新式のものらしく、無理だと断られてしまった。


「…ねぇ」  

「あぁ、どうした?」

「…あなたが集中しないと私たちが困る。もっと真面目にやって」

 

 気にかけ過ぎたせいで、ついにはレインに叱られてしまった。決して真面目にやろうという意志がないわけじゃない。ただ脳内に巡る「救える」か「救えないか」の選択肢が鍛錬の集中を妨げてくるせいで、時折上の空となってしまうのだ。


「…前から思っていた。あなたにとって『仲間』という存在は自分自身の足かせになっているとしか思えない」

「それを否定はしない。俺は仲間というものは、この世で最も必要なものでもありこの世で最も邪魔になるものである…という大きな矛盾を生む存在だと考えているからな」

「…どうしてあなたは同盟を組んだの? 私たちがいなくても、あなたやあの金髪女なら一人で救世主や教皇になることだって簡単に成せたはずでしょ?」

「じゃあ聞くが、俺やルナが救世主や教皇になるためには何人の人間が死ぬと思う?」

「…百人程度・・は必ず死ぬ」


 表情を変えないレイン。

 百人が死ぬことに対して、それが当然のことだと思っている顔だ。


「百人だぞ百人…! お前だけじゃない。この世界に住むやつらは数千年も続く戦争のせいで、一つの命の価値が分からなくなっているんだ。ここで死ぬのはたった・・・百人なんかじゃない、百人死ぬんだよ。その価値観のズレがどれだけ迂愚なことなのか…理解しているのか?」

「…外の世界のテレビを見ていれば、五百人、千人が死んだ話なんて日常茶飯事。あなたは記憶を失っているせいで、この世の中の当たり前が分からなくなっているだけ。この世界は、そういう世界だから」

「―――やっぱり話しても無駄か」


 戦争が続くことで失われる命は二倍、三倍、四倍と増えていく。それがもたらす悪影響は、後に生まれれば生まれるほど命の価値観が薄れていくこと。

「一人死んだ、十人よりマシ」

「十人死んだ、五十人よりマシ」

「五十人死んだ、百人よりマシ」

 人間は常に増え続けていく生物。どこかで知らない誰かが死んでも、また知らない誰かが産まれていく。これの繰り返しでどれだけ人間が死んでいるのか、その危機感を悟れなくなっている。


(…俺たちが止めないといけないな)

 

 このエデンの園で救世主と教皇の決着がつけば、どちらかの世界が支配をされてしまうだろう。その結末の先に待ち受けている未来は誰もが想像できる。殺戮、人種差別、奴隷制度…勝利を得た世界の人間たちが、敗北した世界の人間たちをゴミのような仕打ちを与えるのだ。


「レイン、お前の考えが間違っていることに何も変わらない。それに気が付かない限り、救世主になれはしないよ」

「でも、あなたの考えが正しいとも限らない。記憶喪失の戯言とも捉えられる」

「…本当にそうだといいな」

 

 梅雨はまだ続いているようで雨は降り止まない。

 そんな気候のまま、殺し合い週間は最後の七日目の夜を迎えた。

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