教皇はウィザードと過ごす
「おはよ~! 私に用があるってなに~?」
私は朝の十時頃、ウィザードによって近くの公園まで呼び出されていた。集合場所にした公園の時計台の近くまで足を運んでみれば、ウィザードがベンチに座って私のことを待っている。
「悪いな、急に呼び出して」
「全然いいけど~。ウィザードくんの方から呼び出すなんて珍しいよね~」
ノアではなく私を呼び出した。
それには何か裏があるのではないか、とメッセージを受け取った時から私は憶測を立てていたのだ。
「ノアが『五月の休日はしっかりと休め。六月から本格的に鍛える』って言っていただろ?」
「そういえばそうだったね~」
赤の果実のメンバーたちが強くなりたいという意志を固めたあの後、ノアは休日に鍛錬をすれば六月の授業に響くからという理由で、すぐにブライトたちを鍛えようとはしなかった。私は「それがどうしたの~?」とウィザードに理由を尋ねてみれば
「ルナに頼みがある。俺を今から鍛えてくれ」
ベンチを立ち上がり、私を見つめながらそう言った。
「え? 今から?」
「俺は前線で戦わないといけないA型だから、グラヴィスたちよりも何倍も努力をしたい。守られる立場じゃなくて、仲間を守れる立場にいたいんだ」
ウィザードの眼差しには一切の揺らぎが無い。
私はそんなウィザードの頼みを断れるはずもなく
「いいけど…。私は厳しいよ~?」
「むしろその方がやりやすい。今度の相手は手加減してくれるほど甘くないはずだからな」
それを了承した。
ノアに怒られたりするだろうが、ウィザードが仲間を守りたいという強い気持ちを無駄にはしたくない。
(…さて、どうやって鍛えればいいんだろ)
私の頭の中に浮かんできたプランはこの三つ。
創造力の向上・第一キャパシティの開花・基礎訓練。最初の二つはユメノ世界に住む人間の長所を生かしたプラン、そして三つ目はユメノ世界も現ノ世界も共通して重要なプランだ。
(そういえば、あの青髪女は基礎的な訓練を受けさせられているんだっけ?)
ノアはレインに対して、基礎的な武術や剣術、受け身の取り方等を教えていると言っていた。確かにそれらも戦況の有利不利を決めることになる大事なことだが…。
「じゃあ、ウィザードくんはまず創造力を向上させるための訓練をしてみよっか~?」
「創造力の向上か?」
「うん。ユメノ世界に住んでいる人間たちは創造に関して伸びしろがあるからね~」
赤の果実の戦力バランスを調整するために、教皇側のウィザードたちは創造力関連を鍛えた方が良いと考えていた。相手のBクラスは創造力に長けている教皇側の生徒のみ。ならば救世主と教皇のそれぞれで伸ばす個所を変えるべきだろう。
「それで、俺は何をすればいい?」
「創造力を鍛えるのに最適なのは、質量の多いモノを沢山創造することだよ~。例えば…車とかを創造して消しての繰り返しとか~?」
「車…!? そんなもの創造できるはずがない…!」
「え~? そうかな~?」
私は試しにウィザードの目の前で、赤色の軽自動車を創造する。
「ほら~。難しくないよ~?」
「あのな? 俺の創造力も足りないが、車の構成すらも分かっていないんだぞ?」
「あ、そっか~。ウィザードくんは創造力とかの問題以前だったね」
「…お前は流れるように毒を吐くんだな」
苦笑いをしているウィザードを他所に私はどうしたものかと頭を悩ませた。創造力を鍛えるのに、知識が足りないという短所によって痛手を突かれている。現ノ世界の人間ならば知識はあるが、創造力が足りないという問題に直面するため、どちらにせよ鍛えるために一工夫が必要なようだ。
「ルナ、第一キャパシティはどうすれば使えるようになるんだ?」
「能力のこと~?」
「ああ、俺たちも能力なしでこの先戦っていけるとは思えない。ブレイズやフリーズのような強力なキャパシティがあれば、戦いやすいだろう?」
「キャパシティかぁ…。今の状態じゃ開花させるのは無理だよ~」
キャパシティが開花されるタイミングは個人差がある。
通常ある程度の創造力が備わっていれば、自然と第一キャパシティは開花されるものだが…。この時代の人間たちの創造力は私たちが転生する前の時代よりも、かなり減衰している。
その為、選ばれた者しか扱えないという変な風潮が流れているのだ。
「ウィザードくんはとにかく創造力を鍛えよう~! 車が厳しいのなら自転車はどうかな~?」
「自転車ぐらいならどうにか創造できそうだが…」
「知識はある~?」
「あぁ。中学を卒業する段階で自転車を試験で創らされるからな」
ウィザードによれば、通っていた中学校で自転車が創れる段階まで創造力による指導を受けていたらしい。卒業試験の内容の中に「自転車を一台創造する」と記されていただとか。
「よ~し、今から自転車を創れるだけ創ってみて~」
「分かった。やってみる」
そう言いながら両手を突き出して、まずは一台自転車を創造する。
私はウィザードの創造の速さに少しだけ感心をしていたが
「……ウィザードくん?」
「…悪いルナ。これで限界だ」
「エッ!?」
一台で音を上げたことで、私は思わず変な声を出してしまう。
ウィザードの体内に流れる創造力を私が観察していたため、確実に出し惜しみはしていない。
「言い訳にしか聞こえないだろうが、ノアやルナがおかしいだけでこの年代ならこれが当たり前のことなんだ」
「う、う~ん…? 三台はいけると思ったんだけど…」
まさかここまで創造力を持ち合わせていないとは想像だにしていなかった。
自転車を沢山生み出して訓練するという安直な内容さえ不可能。こうなれば奥の手を使うしかなさそうだ。
「プラン変更~! 三輪車ならどう~?」
「三輪車か? 流石にそれについての知識はない―――」
「はいこれ読んで~」
私は黒色のハードカバーに包まれた分厚い本をウィザードに手渡す。
これは私が知り得るモノの構造が記された参考書のようなもの。何が創造できるかという手の内がバレてしまうので、本当なら読ませたくはなかったがこうなってしまえば仕方がない。
「…こんなに知っているのか?」
「うん~。ノアには敵わないけどね~」
私の数倍の知識量を持つのがノア。
ノアの数倍の創造力を持つのが私。
お互いに短所を補い、長所を伸ばしているからこそ、前世で接戦を繰り広げていた。
「三輪車の構造は…自転車の応用のようなものか」
「応用ってほどでもないけどね~」
ウィザードは私の参考書を読みながら、試しに三輪車を一つ創造してみる。こんな公園内でいい歳の高校生二人が、三輪車を真剣に見つめている光景などあまりにも滑稽すぎる、と私は可笑しく思い笑ってしまった。
「…三台が限界、だ」
「ウィザードくんの創造力を数字で表すのなら一とその半分ってところだね~」
自転車は三輪車二台分の創造力。ウィザードが自転車を一台しか創造出来ないのは、三輪車一台分の創造力が足りないから。そうとなればやることは決まっていた。
「ウィザードくんがこれからすることは~…三輪車をひたすらに創造し続けて、創造力の向上の特訓ね~」
「言葉にするとショボい特訓内容だな…」
それから私が考案した特訓内容が本格的に始まった。
私はベンチに座り、ウィザードは参考書を読みながらひたすらに三輪車を創造し続ける。この場に私がいる意味はあるのかと問われたら間違いなく「必要ない」と即答をすることだろう。
「脚に流れている創造力をちゃんと使って~! 集中力が切れてるよ~!」
「了解…!」
「ほら~! 二輪が創れてないでしょ~!? もっとしっかり頭の中で創造して~!!」
「了解…!!」
「息切らしてて草~!」
「りょうか――今、何て言ったんだ…!?」
それでも何もしないわけにはいかないので、スパルタ監督としてビシバシとウィザードを指導する。休憩も無しに続ける特訓は、朝の十一時~昼過ぎの十六時まで続いていた。
「ストーップ!」
私はウィザードの身体に流れる創造力がかなり弱まったことを確認し、すぐに止めにかかる。
「はい、今の疲れている感覚をよく覚えて~! それがあなたの限界だからね~? それ以上、特訓はしちゃダメだよ~!」
「…何でだ? 俺はまだやれて―――」
「もし体内の創造力をすべて使い切ったら、二度と創造は使えなくなっちゃうんだって~! そんなことも知らないの~?」
「そうだったのか…。創造力はゼロになったら自然に回復すると思っていた」
「するわけないでしょ~? 創造力は細胞みたいに一から二へ、二から四へ…っていう感じに増えていくんだからね~?」
創造力は有限な力。
その為、肝臓には必ず少量の創造力が残る仕組みとなっている。その仕組みのおかげでよほど無理な使い方をしなければ、創造力を失うことはない。
しかし身体全体から絞り出すようにして無理な創造を行えば、肝臓に残された創造力を引き出してしまい、一という数字が
「一般的には知られていないかもしれないけどね~」
この情報を知っているのは私の知る限り、ノアのみ。
肝臓の件についてノアは知らないが、この「創造力の消失」の情報についてはいつの間にか学習をしていた。
「このまま創造をし続けていたら、俺は創造力を失っていたってことか」
「そういうことだね~。今の状態で続けていたら、ジ・エンドだったよ~」
ウィザードは「笑えねぇ…」と頬を引きつりながら、私の隣に座る。
「なぁ、俺はちゃんと成長しているのか?」
「まだ分からないよ~。ウィザードくんの創造力が回復をした姿を見ないとね~」
「…成長しているようにとお祈りしておくよ」
「あはは~、神様に祈るの~?」
「それ以外に祈る相手はいるのか?」
私は微笑んでいるウィザードを横目に、空を見上げた。
その日も真っ青な空。太陽の光が木々を照らす中、やや潮の香りがする風に当たりながら、ベンチでのんびりと話す。私はそんなひと時を初めて過ごしたような気がした。
「…ルナは、記憶がないんだろう?」
「そうだね~。戦い方とか、自分の力とか…そういうのしか思い出せないかな」
「怖くないのか?」
「…? 怖いって~?」
「ルナにも記憶を失う前は大切な家族や友人がいたはずだろ? 時々、自分に孤独を感じて怖くならないのかと思ってな」
そんなことを尋ねられても答えようが無い。
仲間がいたことや、家族がいたことは覚えている。それをノアに殺されたことだってちゃんと覚えている。けれどその仲間や家族がどんな人物で、どれだけ大切だったのかは覚えていない。
以前、ノアに対して私怨が渦巻いているとは言っていた。しかしその理由はノアに憎しみを抱いていなければ、前世の仲間たちを忘れてしまいそうだったから。私はそれがどうしても嫌で、ノアが敵だという認識を取り除けないでいる。
「よく分からない、かな? でも私は記憶を失ってから孤独なんて感じたこともないよ? ノアもいるし、ウィザードくんたちだっているから」
「…それならいい。ルナはノアに色々と相談をするとは思うが…もし俺に相談したいことがあればいつでも話してくれ。助けになれる保証はできないが、力になれるよう努力をする」
「もしかして、私のことを気にかけてくれていたの?」
「あぁ、お前が少しだけ妹に似ているからな。どうしても放っておけなくて…」
ウィザードが前に見せてくれた妹の写真。
それは大切にロケットペンダントの中へと飾られていた。
「…そうなんだ。心配をしてくれてありがと、ウィザードくん」
私は感謝の言葉を述べて、ウィザードに笑顔を向ける。
笑顔を向けられたウィザードは、少しだけ動揺しながら
「やっぱり、似ているな…」
懐かしむようにそう呟いた。
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